3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 少女らしいごく普通の生活を送ることも叶わず、様々な条件に縛られた生活を送るジェシカ。彼女はずいぶん前から自分の生活に大きな怒りと不満を抱えていた。
 同い年の友達もいない、素敵なボーイフレンドを作ることもできない。それらの押さえつけられた悲鳴にも似た渇望が彼女の『干渉』能力を発動させる一つのきっかけとなっていた。
 ジェシカは、祖父に安易な能力の使い方をしたことを糾弾され、泣きながら家を飛び出してしまうのだった。しばらくしてある者がセルダン宅の部屋をノックした。ジェシカではなかった。深夜の訪問者の正体とは……



第十二話 深夜の訪問者

 質素なディナーテーブルでハリ・セルダンはダイニングチェアに座り、頬杖をつき葉巻をくわえ煙をくゆらせていた。顔には気難しげな表情が張り付いており、何か考え事をしているかのように見える。

 

 この時代では喫煙の習慣は、無論積極的に推奨されるものではなかったものの、特別に悪習というわけではなく、単なる一つの嗜好品を楽しむ事として普通に行われていた。

 タバコの燃焼とともに発生する熱と香り、ニコチンが神経組織に引き起こす鎮静効果など、喫煙には功罪あるものの考え事をするにはそれほど悪い選択肢ではない。

 

 セルダンは元喫煙者であったが、長い間喫煙をしていなかった。その理由は、彼がタバコを吸った後にひどい咳をするため、孫娘のジェシカに禁煙するように、ときつく言われており、事実今の今まで5年もの長い間禁煙していたのだった。それが突如、禁煙の誓いを破ることになった原因は、無論孫娘であるジェシカの事だ。

 

 彼としては単純に彼女の身の上を案じての発言だったが、残念なことに彼の真意はジェシカには届かなかった。

 彼女は現在の自分が置かれている状況に大きな不満を持っていた。それが今夜の夕食での会話の中で爆発し、彼女は泣きながら家を飛び出してしまったのだった。

 

 14、5歳の年頃の少女なら親しい友人と一緒に、とるに足らないおしゃべりをしたり、男の子と手をつないだりデートをしたりするのは、ごく当たり前の行動だ。

 本人にとって役に立つ立たないとか、あるいは他人から見て意味があるとかないとか判断されることではなく、それは成長過程におけるごく自然の行為なのだ。

 

 だが、ジェシカが持っている他人の感情に『干渉』する能力は社会にとって危険極まりないもので、社会はその存在を決して許容しようとはせず、必ず排除に向かうであろうことをセルダンは確信していた。

 

 強大な力というものはどんな種類の力にせよ、行使する際にその影響を十分に考慮しなければならない。力の大きさ、行使する範囲、タイミング、それらの判断を誤れば大きな悲劇を生むことになる。それは歴史が証明している確かな事実だ。

 

 政治権力、経済力、あるいはジェシカが持っているような異能。この世界にはさまざまな力があるが、力を持たざる者が力を持つ者に期待しているものは、力の行使者の公正さと力を行使したときのその効果だ。

 

 一方、力の行使者の人間性が問題にされることはほとんどない。彼の性格が劣悪だろうが、小児性愛のようなど変態な性癖を持とうが、公正に力が発揮され、力が及ぼす効果が有益な形で示されている限り、彼が何者であるかは多くの人々にとってはどうでもいいことで、一部眉をひそめる者がいたりゴシップ記事の一つになるくらいにすぎない。

 

 強大な力は一度発動されると、力を持たない民衆はただただそれを受けるしかない。何も持たず、また無知なるがゆえに、強大な力の影響で直接的あるいは間接的に民衆は大きな犠牲を支払わされる。では、民衆は唯々諾々として黙って犠牲を払うことになるのかというとそうでもない。

 

 力を持たざる者の唯一の救いは、力を持つ者から力を剥奪できるなんらかの手段を持つところにある。政治権力の多くは法に従い行使されるため、同じく法によってその権利を剥奪することができるし、経済力なら不買やデモによる間接的な権力の削減行為を行うことができる。

 

 ところが、ジェシカの持つ能力は彼女の頭脳から生み出される力で、彼女から能力を剥奪することができない上に、今のところ引き継ぐ方法は遺伝によるものしかないようだ。現在は特殊なトレーニングによって能力を引き出す方法を模索している段階だ。

 

 人は不安を抱えながら長い間健康に過ごすことはできない。安定な精神からは決して生まれないグロテスクな感情はそのような不健康な状態から生み出される。

 

 自分たちでコントロールできない力が身近にあることを人々が知った時、彼らはその存在を決して許さないだろう。だからこそ、セルダンはジェシカの『干渉』能力の行使に神経をとがらせるのだ。彼はなんとしてもジェシカに言い聞かせ、力の行使に慎重な姿勢を必ず身につけさせるつもりだった。

 

 ただ、ジェシカの言い分もよくわかる。『計画』や帝国全体のために一人の少女の人生を台無しにすることを強いる資格が自分にはあるのだろうか。

 

「いずれにせよ、あの子と話しあう必要があるな……」

 

 彼はそうつぶやくと、キッチンを喚起して室内に充満したタバコの煙を急いで追い払った。

 

 ジェシカが戻った時にタバコのにおいがしたら、またどやされる。そう思って、彼はわずかに口元をゆがめた笑みを浮かべた。

 

 静かなキッチン内で、セットした自動食器洗浄機が食器洗浄の完了を告げる短いアラーム音が唐突に鳴り響いた。彼は椅子から立ち上がって自動食器洗浄機へ向かおうとした時、突然部屋のドアがノックされた。

 

 セルダンはドアを一瞥したが、ドアは閉じられたままだった。ジェシカが戻ってきたのだろう。感情を爆発させて自分から家を飛び出していったため、気まずくて自分でドアを開けられないに違いない。

 

 こういうときはこちらから歩み寄ってやるのが目上の務めでもあるが、今回のことはなんとしてもジェシカに言い聞かせる必要がある。彼はドアを開けず自動食器洗浄機へ向かい、機械から食器を取り出しつつ背後のドアを振り返らず声をかけた。

 

「鍵はかかっていないよ。お前を阻むドアはない。わかっているだろう?」と彼は優しく声をかけた。そしてドアに背を向けたまま、話をつづけた。

 

「なあジェシカ、ワシはお前が心配なんだよ。無論、お前の指摘した通りお前を含め、例の『組織』の事を『計画』の方程式の変数の一つとして組み込んである事を否定はしない。だがな……ワシはもうそれほど長くない。お前の祖父として今後のお前の身の上がただ心配なだけなんだ」

 

 ドアは閉じられたままで、ドアの向こうから返事もなかった。セルダンは食器を機械から取り出し、食器チェストに並べながら話をつづけた。

 

「お前の言い分はよくわかる。年頃の女の子だ。やりたいことがたくさんあるだろう。ワシはそれを禁ずる気は毛頭ないよ? ただ付き合い方に慎重になってほしいだけだ。それから……」

 

 そこまで彼が話したとき、部屋のドアが再びノックされた。彼は訝しげな表情でドアのそばまで歩いてくると、ドアの背後に声をかけた。

 

「ジェシカ?」

「……」

 

 彼は一つため息をつけてドアを開けたが、ドアの向こうにジェシカの姿はなく、二人組のスーツ姿の男たちがセルダンを見つめていた。

 

「ハリ・セルダン博士ですか?」

 

 セルダンは訝しげな表情のまま「ああ……君たちは?」と尋ね、男たちの背後の空間のあちこちに視線をさまよわせたが、やはりジェシカの姿はどこにも見えない。

 

 男の一人が「夜分遅くに失礼いたします。我々は帝都内務省安全局の者です」といって、身分証をセルダンに見せた。彼にはそれが正規の身分証かどうかはわからなかったが、いよいよ事態が動き出したとわずかに緊張した。

 

「それで、帝都の安全を担うようなお方がワシのような老人に何の御用かな?」と、セルダンは尋ねた。

「あなたが帝都の治安を乱す恐れがある……との噂があります」男はそう答えた。

「ほう、ワシは治安を乱す恐れがあるという、まったくの憶測で拘禁されることになるのかね?」とおどけて言った後、表情を改めスーツ姿の男を真剣なまなざしで見つめた。

 

 スーツ姿の男はひるんだ様子もなく、自分の行動は非の打ちどころもない完璧な行動をしていると信じ切っている様子で、セルダンの言葉の後を続けた。

 

「『拘禁』ではありません。帝都の治安を維持するために、博士にご協力いただきたいのです。博士もご自分に関する妙な噂を打ち消せば、ご自身の『行動』に余計な掣肘を受けずに済むのではありませんか?」

「その『噂』がどこから起こったのかワシには見当もつかんが、ワシは皇帝陛下に忠誠を誓っている帝都市民の一人だ。ワシは帝都の安全に危害を加えるようなことは決してしないし、そのような能力もない」

「ですから、危害を加えないことを『証明』していただきたいのです」とスーツ姿の男は一歩も引かずにそう言った。

 

 セルダンはほんの少し考えた後、「もし……ワシが同行を断ったら?」と言って再びスーツの男を見つめた。

 

「博士は我々と同行する事を拒否することはできません。皇帝陛下のご下命です。ご協力をお願いします」と言って、スーツ姿の男はセルダンのさすような視線を正面から受け止めた。

 

 皇帝陛下のご下命ねと彼は鼻で笑い、疑わしげな視線を男に向けた。

 

 

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