3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 祖父だけでなく、マイケルも政府の関係者に連行された。その事実に驚きを隠せないジェシカ。これは偶然だろうか? 肩を落として帰宅したジェシカは現在の帝国が置かれている状況と自分たちの立場を冷静に分析しはじめる。
 頼れる人はだれ一人おらず、すべてを自分で処理しなければならない。そんなジェシカがとった行動とは……



第十五話 ジェシカの思索

 自宅に戻ったジェシカは困惑していた。祖父とマイケルが共に政府の役人に連行されたからだった。偶然だろうか? いやそれにしてはタイミングが良すぎる。それともこれはおじーちゃんの『仕掛け』? 

 

 誰もいなくなった静まり返ったキッチンで、ダイニングチェアに座り込んだジェシカの頭の中を様々な思考が激しく駆け巡った。

 

 現在の帝国は形式の上では皇帝親政だが皇帝はほぼ傀儡に過ぎず、実際のところは甘い汁を吸う貴族達が実権を握っていた。『彼ら』は<公安委員会>を構成し、強力な政治力を帝都内で発揮していた。

 彼らは、自分たちの意に沿わない人々を法的根拠もなく収監し、表立ってでは無いものの証拠もなしに処断することさえしていると噂になっている。

 

 彼らは自身の福祉のみを追求し、国庫の床が見えるまで帝国の資産をむさぼりつくすだろう。もう既に()()()()()()()()()()()のだ。後は、いかに滅亡へ到達するまでの損害を最小限にして、ソフトランディングを行うかという技術的な問題でしかない。

 

 祖父は『計画』発動のトリガーをいつ引くかについて常に考えていた。タイミングが早すぎれば、余力の残っている貴族どもに処断される可能性が増大するし、遅ければ、『計画』が実行される前に帝国の『崩壊』の前兆に巻き込まれ、『計画』自体がとん挫してしまう可能性が高まる。

 

 『計画』は人の意志によって行われていることを気取られることなく、あくまでも自然の形で推移していくのが望ましい。タイミングを無視して無理に実行しようとすると必ずひずみが生まれ、『計画』が許容する閾値をはずれれば想定外の未来が待ち受けることになる。

 

 帝都トランター全体に蔓延し始めた漠然とした不安感。セルダンがメディアで何度もしつこいくらい繰り返し、帝国の危機について説明してきたことがようやく社会の土壌に反映されてきたのだ。

 

 帝国における『政治家の腐敗』はいつものことながら、政治に口出しすることを許さない『政治自体の腐敗』が致命傷となる。

 

 だが、多くの人々は『崩壊』の直前まで現在の生活を続けるだろう。単純に日々の生活を生きるのに忙しいという事もあるが、自分たちにそれを正す力がないことを知っているからだ。

 専制体制下で生きている彼らは、彼らの意思にかかわらず帝国と『殉死』することを強いられることになる。

 

 それでも帝国の遺産の一部は守られる。そうなるように長年『計画』と準備を練ってきたし、すでに果実は熟しつつあるのだから。

 

 次にジェシカは現在自分たちが置かれている状況と今日起こった出来事との関連性について考え始めた。

 

 おじーちゃんが連行されたのは百歩譲って仕方がないことだとしても、今日トランターに到着したばかりのブランダバス博士をも連行するという事は、『計画』が自分たちの権益に影響を与えるという懸念が貴族達の心の中に芽生え始めたという事なのかもしれない。

 

 おじーちゃんがいうように、彼らがいきなりおじーちゃん達を処刑するとは考えられない。おじーちゃんはここ数年メディアの露出が大きく知名度が高い。連中の手下は別として、彼ら自身がそれほど大きなリスクを冒すとは思えない。

 

 帝国の衰亡は避けられない未来だとしても、その後の暗黒時代の期間を大幅に短縮することをおじーちゃんが志しているのは、ちょっと先を見通せる人ならすぐにわかることだ。

 

 もし、連中が安易におじーちゃんを処刑でもしたら、おじーちゃんの志に共鳴する人々や普段から貴族の連中に不満を抱いている人々が、おじーちゃんを『対貴族連合』のシンボルとして糾合し、一大政治勢力を形成するかもしれない。

 

 この場合、生きている人間より死んでしまった人間の方が貴族たちにとっては怖い。一般的に故人の嫌な思い出は忘れ去られ、良い思い出だけが無限に増幅されるものだ。

 

 死んだ人間は二度と発言せず、これ以上心証を悪くすることはありえない上に、残された人々の心の中で神格化されることすらある。連中はそれを一番恐れているはず……となれば、『計画』への関与者の抹殺という、貴族にとっては不名誉で社会に不穏の種をまくような手段は取れない。

 

 たぶん、貴族の連中にとっての最適解とは、できることなら事を荒立てずおじーちゃんたちが自分たちの目の前からいなくなってもらうことなんだわ。

 

 悪を成す人間っていうのは目立つことを何よりも避ける。きっと誰にも気づかれずに美味しい思いをしたいはず。当然、彼らの選択肢は限られてくる……フン、貴族だなんだといっても一般の人たちよりも不自由なものね。ジェシカはそこまで考えると目を開いてつぶやいた。

 

「つまり、今が『追放』にはベストの時期なんだわ……『我々』が追放されれば、彼らは過激な手段を取ってリスクを負う必要もなく、なおかつ彼らの権益は冒されなくて済む」

 

 しかし、ジェシカの表情はすぐにこわばった。

 

「でも、追放はいいとしても、彼らはおじーちゃんを信用していないから『例の惑星』へ移住したいといっても、裏に何かあると疑ってすんなりとは承諾しないはず。いったいどうやっておじーちゃんはあそこを追放先として選ばせるつもりなんだろう……」

 

 そうつぶやくと、ジェシカは軽く頭を振ったあと、「まっ、考えてもわからないことは考えてもしょうがないよ。それに、私は『例の惑星』に行くことはできないし……」そう言ってわずかに悲しげな表情を浮かべた。そして、かすかに葉巻のにおいが残っているキッチンの換気をしたあと、自分のベッドに向かった。

 

 ベッドの中に入って目を閉じるとジェシカは再び考え始めた。おじーちゃんは私が頻繁に『能力』を使うことを快く思っていない。

 

 その理由の多くは、私の能力が社会の明るみに出るようなことを警戒してのことだと思うけど、残りのほとんどの部分は、たぶん私のママのことがあったから……

 

 ママは私の小さい時に若くして亡くなったから詳しいことはわからないけれど、その死の直接的な原因が『能力』の使い過ぎによるものではないか、とおじーちゃんは疑っている。

 

 実際、私が他人の心に【干渉】した後は大きな疲労を感じる。それだけじゃなく、何と言ったらいいか……例えば小さいものを必死に見分けようとして視力を徐々に犠牲にしていくような……そんな感覚。たぶん、『能力』を乱用すれば私も長くは生きられない……そういった予感がする。

 

 やっぱり、電子カートゥーンやビジシネマに出てくる主人公みたいに、特殊な能力を使いたい放題なんてことは無理なのよね。強力な力にはいつだって代償を要求される。私は『人魚姫』なんだわ。

 

 もっとも、私は彼女とは違って自分から能力をねだったわけじゃないけれど……

 

 とにかく今、例の『組織』に頼れない以上、自分の力だけでなんとかするしかない。私が『能力』を使わないでどうにか対処するとすれば、私に残されている武器は体力しかない。だから私は眠る。眠れるときに眠るようにとは、『組織』のTO(Training Officer 訓練担当官)の教えでもあるから……

 

 ジェシカはベッドの中でウトウトしながら小さな声でつぶやいた。

 

「おじーちゃん、タバコは……ダメよ……咳をするために……タバコを……吸っているような……もの……なんだ……から……」

 

 ジェシカの意識は次第に遠くなっていき、そのまま彼女は眠りについた。

 

 次の日の朝目覚めたジェシカは祖父の寝室へ行ったが、彼の姿はなかった。彼女は少々がっかりしたものの、すぐに気持ちを切り替え簡単に朝食を済ませた。

 

 彼女は食後のコーヒーを飲みつつわずかの間考え事をしていたが、にわかにキッチンチェアから立ちあがると、急いで部屋を後にした。

 

 帝国コンフォートホテルは帝都トランターを代表するホテルの一つで、収容客数は120人。贅沢ではないものの温かい郷土料理ときめ細やかなサービスで、トランターのホテルランキングでは常に上位10位内に入っている。

 

 帝都内の有名ホテルではよくあることだが、このホテルは誰でも無差別に泊める場所ではない。厳しいドレスコードがあるわけではないが、このホテルに宿泊するためには簡単な身元審査があるのだ。

 

 このホテルではフロントマネージャーから掃除係およびドアマンまで、完璧なスチュワード能力を身に着けている者でなければ現場に立つことはできない。

 従業員は一流、客層もよい。そのような環境で業務に従事している者には自然とそれなりの品位と風格が備わってくる。環境が『人』を作るのだ。

 

 一通り、宿泊客相手の手続きや案内を済ませて多少手持無沙汰になったフロントマネージャーは、完璧な笑顔を顔の表面に張り付けたまま、視線をホテルの出入り口のドアへ向けた。

 

 ホテルの出入り口の前にはホテルに向かってドアの右側に、パリッとしたしわひとつない鮮やかなクリムゾンレッドの制服を着用した初老のドアマンが、左側にはカモフラのキャップをかぶったポニーテールの少女がドアを挟むように立っており、二人とも身じろぎもせず、ホテルに面した道路に視線を向けていた。

 

 無論、少女はジェシカだ。ホテルのフロントマネージャーはホテルのドア越しに少女の後ろ姿を見て「また来ている……」とつぶやいて、小さなため息をついた。

 

 ただ、少女は先日のようにホテルのフロントでわめいているわけでもないし、宿泊客に迷惑がかからない限り彼は問題ないと考えた。

 

 ジェシカがマイケルの帰りを待つためにホテルと自宅を往復するようになってから3日が経過していた。

 

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