3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 いろいろとトラブルはあったものの、なんとかランチボックスをマイケルに渡すことができ、上機嫌のジェシカ。だが、祖父セルダンは孫娘の浮かれた気分に水を差す嫌な役割をこなさなければならなかった。
 セルダンはどうしてもジェシカに言わなければならなかった。『お前は彼と一緒にテルミナスへは行けないのだ』と。それを聞いたジェシカの返事は……



第二十一話 3.72%の少女

 その夜、いつもよりかなり豪勢なディナーをジェシカとともにしたセルダンは、少し言い難そうに彼女に語り掛けた。

 

「ジェシカ、上機嫌なところ悪いんだが、お前にどうしても言っておかなければならないことがある」

 

 それを聞いて祖父の言いたいことをすぐに察したジェシカは、わずかに顔を曇らせた。

 

「ええ、わかってる……わかってると思うわ、たぶん……ブランダバス博士の事でしょ?」

「彼が好きかい?」

 

 ジェシカはもっと直接的な問いかけかと身構えていたが、オブラートに包まれたような質問だったので、わずかにほっとした様子でその質問に答えた。

 

「好きか嫌いかってことで言えば、嫌いな道理はないわね……」

「……」

 

 それを聞いたセルダンは、ダメだな、この子に婉曲表現は通用しない。いずれ言わなければならん事だ、今言おう。彼はそう決心した。

 

「持って回った言い方をしてすまなかった。ずばり核心を突くことにする……」

「……」

「彼を……愛しているのか?」

 

 それを聞いてジェシカはハッとなってセルダンを見つめた。美しいアースアイが見開かれて驚愕の表情が宿る。だが、それはすぐに困惑へと変り、どうやって説明すればいいか心底悩む様子でジェシカは言葉を絞り出した。

 

「わからない……この感情が愛なのかどうか、私にはわからないわ……でも私にとって彼が大事、いや大事になったってことだけははっきりしてる」

 

 やれやれ、まったく弱ったことになった。孫娘の気晴らしをするために自らが提案したことだが、最悪に近い方の『目』が出てしまった。ワシはその兆候に気づいていたにもかかわらず、ジェシカへの情に溺れてそれが見えないふりをしてしまった。

 

 周りはワシのことを近年まれにみる最高の天才だ科学者だともてはやすが、結局のところワシは孫娘一人の先行きさえ見いだせないただのおいぼれにしか過ぎなかったというわけだ。

 

 ワシの知恵など所詮はその程度のものさ、と彼は自嘲した。だが、自嘲してすますわけにはいかない。『計画』は進行中なのだ。彼は強い決意を心に抱き、ジェシカに再び語り掛けた。

 

「……一応念押ししておくが、あと6か月もすればブランダバスはテルミナスへ旅立つ」

 

 それを聞いたジェシカは、思わず祖父から目をそらした。

 

 セルダンはそこでしばらく間を置くと、言い難そうに次の言葉を吐き出した。

 

「そしてお前は……ここに()()()()()()()()()()……わかっていると思うが」

 

 ジェシカはそこまで聞くと目を開き、かすれたような声でわずかに下を向いて言った。

 

「わかってる……」

 

 ジェシカは祖父の悲しそうな表情に気づいて、慌てて言葉を添えた。

 

「もぅ、そんな顔しないでっ。おじーちゃんを置いて、いきなり彼と駆け落ちするようなことは絶対にしないから私」そう冗談めかしてジェシカは無理に笑顔を作りながら言った。

 

 しばらく二人は黙り込んだが、セルダンは重い口を開き、再びジェシカに話しかけた。

 

「ワシのことなどどうでもいいさ。それより二つばかり尋ねたいことがあるんだが、いいかね?」

「ええ、どうぞ」とジェシカ。

「一つ目の質問だが、ブランダバスに『例の能力』はありそうかね?」

 

 ジェシカは話題が変わって少しほっとしたのか、わずかに考え込んだ後、その質問に答えた。

 

「……残念だけど全く見込みはないわね」

「なぜそう思う?」

 

「私が彼に初めて『干渉』したとき、彼は目の前で起こったことと自分の考えていることの整合性が取れず口から泡を吹いたわ。たぶん、生来のものだと思うけれど、心的圧力が元々低い人なんだと思う。だからほんのわずかな変化で心的圧力のバランスが大きく崩れ、パニックに陥ったんだと思うわ」

 

「それに、彼は歳を取りすぎている。とても訓練についていけるとは思えないし、今後彼の能力が開発されるとは私には思えない。それに現状『組織』の人的リソースもフル稼働で限界に近い。何らかの能力の片鱗を示しているならともかく、平凡な中年男性を一から訓練する余裕は全くないわ」

 

「そうか残念だ……ならブランダバスには予定通りテルミナスへ行ってもらうしかないな。彼がこちらに残っても何の役にも立たない」

「……そういうことになるわね」とジェシカは心底残念そうな表情を浮かべた。なぜならこの方法は、マイケルとジェシカが共に生活できる可能性がほんのわずかに見える唯一のものだったからだ。

 

 しばらくの間二人を無言の空間がつつんだ。セルダンが再度口を開く。

 

「二つ目の質問は例の『組織』についてだ」

「ええ……」

「一応、『組織』から定期報告は受けているが、ワシは細かい内容までは関知していないし、わからない。そこで、お前に率直な意見を聞きたい」

「ええ、何?」

 

「一、今の『組織』にお前の能力に匹敵する能力の持ち主は何人いる?」

「二、仮に今お前が『組織』を抜けたとして、その後『組織』を維持していくことは可能か? 無論『組織』が本来の機能を維持したまま、という条件がつく」

「その二つだけ?」

「ああ……」

 

 ジェシカは表情を改め真剣な様子で考え込んだが、すぐに困惑した様子で口を開いた。

 

「うーん……実際のところ、自惚れに聞こえるかもしれないし、言い難いんだけど……」と言ってジェシカは口を閉ざした。それを聞いてセルダンはすぐに口をはさんだ。

「ジェシカ、謙遜はこの場合美徳でも何でもないよ。いいから思ったことを言いなさい」

 

 ジェシカはしばらくためらった後、ゆっくりと口を開いた。

 

「わかった……正直なところ、私のレベルに達している能力者は今のところ一人もいない……と思う」

 

 それを聞いたセルダンは特に驚いた様子もなく淡々とした様子で、論拠を示してもう少し詳細に説明するようジェシカに頼んだ。

 

「えっと、私の意見の根拠となる他の人たちの能力の査定に関してなんだけど……最近の能力開発トレーニングの一つを例に出すと、自分の心を読まれないようにする訓練メニューがあるのね?」

「ふむ……」

「その内容をかみ砕いて言うと、心の周りに心理的な障壁を張り巡らせるような感じかな……最近になってようやく障壁を張ることのできる人が出てきたんだけど、その障壁はまだまだゼリーみたいな状態で、感情が高ぶったり乱れたりするとすぐにその障壁は消えてしまう」

 

「それでは使い物にならんな」とセルダン。

「その通りよ。私にとってはそんな障壁はないも同然で、仮にその程度の障壁が張られていても、私はその内部に『手』を突っ込んで相手の感情に作用することができる」

「ほう……」

「一方、彼らは私の障壁にすら『手』が届かない。『手』が届く人が全くいないわけではないんだけど、彼らには私の障壁が破れない……そんな感じだね」

 

「なるほど。全くの悪いニュースというわけでもなさそうだな。障壁を張る能力の方はそれほど気にしていないが、障壁に『手』が届く者が何人かいるというのはいい知らせだ。だが、そうなると今の回答で二つ目の質問にも同時に答えた、ということになるな」

 

「そうね。残念ながら私が抜けた場合、『組織』としての機能は半年も維持できないと思う。恐らく帝国の『崩壊』が始まった途端、その後を追うようにして『組織』自体も消滅することになるでしょうね」

 

 そう答えたジェシカの目にはあきらめにも似た深い悲しみが宿っていた。『組織』のゆく末を悲しんだからではない。ジェシカがどうしてもトランターに残らなければならないという、冷酷な事実をその予測が示していたからだった。

 

 セルダンは再び口を開いた。

 

「ありがとうジェシカ。だいぶ状況はつかめたよ。『組織』に対してはワシはたった1つの事しか要求していない。『計画』の方程式に『組織』が影響力を与える変数の値を、指定した閾値の間に維持する事。その一点だけだ。ただこれはマストな事項だ。()()()()()()()()という返事はさせない」

 

「そのために財団の資金を潤沢に使わせているし、使用用途の報告も不要としている。結果さえ出してくれればいい。これほど恵まれている条件であっても達成できない無能な集団なら存在しなくてもいい」

 

 そう言ったセルダンの目は真剣そのもので、使えないと判断すれば本当につぶしてしまうといった強い意志を感じさせる目だった。

 

 『組織』の一員でもあるジェシカはなんとなく気まずい感じを覚え、話題を変えてみた。

 

「ねえ……」

「ん?」

「おじーちゃんが『組織』に要求している変数ってどのくらいの範囲の値なの?」

「4.0±0.3%」と彼は即答した。

 

 示された数値自体はちっぽけなものだったが、それを聞いたジェシカは特に何の印象も抱かなかった。確率はその数字自体は何の意味も持たず、『○○に対して』という確率を適用する対象があって初めて意味が生まれるからだ。

 

 その確率の対象が気になったジェシカはそのことについても尋ねてみた。

 

「それって……何に対する確率?」

 セルダンは深い一呼吸をすると、「銀河系全体」とこともなげに答えた。

 

「銀河系全体!? 単なる一組織が及ぼす影響で? それだと、いくらなんでも影響を及ぼす確率が大きすぎるわ。冗談よね? おじーちゃん」と対象規模の大きさにジェシカは驚愕し、うろたえた。

 

「無論、冗談などではないさ」セルダンは生真面目にそう答えた。

 

 ジェシカは緊張でつばを飲み込んだ後、再び彼に尋ねた。

 

「でもそれは置くとしても、±0.3%という標準偏差は大きすぎる。心理歴史学の方程式ならここまで大きな偏差は生じないように組むはずでしょ?」

 

「それはお前たちの能力を数値で定量化するのが難しいからだよ。その変数の値の範囲だって既存の物理的な力に換算して得た近似的なものに過ぎない。お前たちの能力が恒常的に安定して発揮されるのかどうかもわからないし、ある日突然能力が煙とともに消え失せてしまうことだってあるかもしれない」

 

 それを聞いたジェシカは疑わしげな様子でセルダンに尋ねた

 

「そんな不安定な変数を方程式に組み込んだわけ?」

 

「ああ、お前が持つような能力がありえないほど強力で、しかも有効だと判断したからだ。数さえそろえば負けがほぼ確定しているゲームをひっくり返すことができるほどにな。ただ、影響力が大きすぎてもいけない。『組織』の存在が発覚した場合、それは銀河系全体を敵に回すことを意味するからだ。隠密を維持したまま状況に影響を及ぼすべく事態に関与できる、これが理想形だな」

 

 再びセルダンがジェシカに問いかける。

 

「ジェシカ、さっきも言ったがお前たちの力を定量化するのは極めて難しいことは承知しているが、それでも尋ねたい。お前自身の能力を数値換算したとき、その値は現在の『組織』が持つ全体の能力のおよそ何%ほどを占めることになるのかね?」

「そうね、これは特に確固とした根拠があるわけじゃなく私自身の印象に過ぎないんだけど、それでもいい?」

「かまわない」

「まあ……93%、くらいかな。ちょっと言い過ぎかもしれないけどね」

 

 それを聞いたセルダンは一つ小さなため息をついてジェシカから視線を外すと、ささやくように言葉をつなげた。

 

「……やはりお前にはこちらに残ってもらうしかないな。方程式上では変数の中央値は4.0だからその93%ということは……3.72%といったところか」

「そうね、さしずめ私は【3.72%の少女】ってことになるわね」

 

「超重要人物だな」とセルダン。

「ええ、()()()重要人物よ」とジェシカもすました顔で答えた。

 

 二人はお互いに顔を見合わせて笑った。その後もうしばらく二人は話しあい、穏やかな雰囲気で夜は更けていった。

 

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