彼は自分の目でそれを確認したいと思い、ホテルのフロアマネージャーに自分の意向を伝える。マネージャーは高速軌道エレベーターの乗車を勧め、彼はエレベーター乗り場へ向かうが、その後をつける不審な二人組がいた。その二人組の正体とは……
マイケルはホテルに到着するとすぐには自分の部屋へは行かず、コンシェルジュに荷物を預けエアタクシーを拾った。行き先は展望台行き高速軌道エレベーター乗り場だ。
彼はこの船旅でトランターという惑星全体の姿を生で見ることができなかったため、どうしても俯瞰して見てみたいという希望があった。
もちろん電子フィルムでトランターを見たことがあるし、地表が金属でおおわれていることも知っていたが、彼はある意味究極のリアリストで、実際に目で見たものや確認できるもの以外は信じなかった。
ホテルのマネージャーに彼の意志を伝えると、手っ取り早い方法は展望台への高速軌道エレベーターに乗るのが一番よいと知らされた。
マイケルを載せたエアタクシーが音もなく進みだすと、ホテル脇の停車していた特徴のない平凡な一台のエアカーが、マイケルの乗ったエアタクシーがいる車列の後に滑り込むように続いた。
マイケルのエアタクシーの後に続いたエアカーは二人の乗客を乗せており、二人ともエアカーと同じく特徴のない平凡な中年男性達だった。彼らは帝都内務省安全局の局員達だった。
帝都内務省安全局は帝都全体の安全保障を統括する部門とされていて、事実それらの業務に携わっていたが、その中には皇帝や帝国に対して不穏な言動や、帝政転覆を企む不平分子を調査し、時には人知れず除去することを専門とする部門があった。
その部門は、表向きは帝都内の情報セキュリティーの強度や質を評価・維持する業務に従事しており、『セキュリティーサービス部門』と呼称されていた。彼らはその部門に所属している。
安全局の構成員の内、諜報員に関しては全員リクルーター制で選抜されるため、志願はできない。
候補者の選抜は現役のエージェントが素質の有りそうな者を見定めて組織のメンバーに誘い、完全な身元確認が行われ問題がないとされた場合のみ、入局が認められ訓練が施される。
また、諜報員としての能力に欠ける人物であっても、リクルートが行われることがある。
それは、高位の交換で有益な情報を所持していたり、あるいは情報を操作できる立場にいるものの場合だ。年齢や体力的な条件において諜報員になるのは無理でも、局員にする価値のある人物が存在するのだ。
ただ、この場合は大抵は弱みを握って脅し、強制的に局員に仕立て上げる事が多い。脅しが効かない場合はハニートラップという手もある。いずれにせよ、組織の一員に引き込むのに手段は選ばない。
ただ、そうやって引き込んだ彼らの場合は、諜報員というよりモール(潜伏している連絡員のこと。主に表舞台に立って行動しない構成員を指す)に近いと言える。
安全局では諜報員を除く局員は普通にスーツ勤務であるが、部門の諜報員全員に共通する特徴は『灰色の存在であること』である。
彼らは決して黒スーツを着たりサングラスをかけたりしない。また、左肩が少し上がっているような、『いかにも』と言った特徴を見せたりはしない。諜報活動の基本は隠密で、できる限り環境に溶け込むことが何より重視されるからだ。
マイケルは展望台高速エレベーターの乗り場の建物についたあと、小鳥のように頭をあちこちに動かして周りを見た後、落ち着かない様子で周囲をさまよった。
そのうちに前方にかなり大きな行先案内があるのに気付いた。それはエレベーター乗り場の場所を示していた。彼はそれを見つけ、慌てて乗り場の方向へと早歩きで歩いて行った。
マイケルの乗ったタクシーを追跡していた二人の諜報員たちは、自分たちのエアカーを降りて、彼の後を追いながら、目立たないように一人はマイケルを、もう一人は周囲を観察していた。
これはツーマンセル(二人一組)の基本的な監視テクニックだ。二人一緒に監視対象を監視すれば、監視対象の突発的な行動にいち早く対処できるが、自分たちに起こる可能性のあるインシデントには対応できず、諜報活動が発覚するかもしれない。
だから、一人は監視対象(ターゲット)を観察し、もう一人はそのような行動をしている自分達を見ている者を見つけるのである。
彼らは目立たずごく自然な様子で歩いていた。
「あれが、例の数学者で間違いないのか?」
「ああ、間違いない。我々が受け取った電子画像ビューの通りだ。名前はマイケル・ブランダバス。アルゴル星系区の辺境惑星出身だ。地元ではそこそこ有名らしい」
「なんだかぼんやりした奴だな」と片方の諜報員が言うと、もう一人が「人は外見ではわからないものさ。ただ一つ確かなのは、あの
最初に話しかけた諜報員が、少し表情を改めたあと「危険人物だな……」とつぶやいた。それを聞いて、もう一人が「ああ、危険人物だ」とうなずいた。それきり彼らは口を閉じマイケルの後を追ってそのまま歩いて行った。
展望台への高速エレベーター乗り場の周りは多くの人々でにぎわっていた。恒星間旅行でトランターにやってきた老夫婦、珍しそうにあたりをきょろきょろする田舎者丸出しの中年男性、どこにいようが、自分たちの興味のある話にのみ夢中でおしゃべりする中年女性の集団など、人々の構成は様々だったが、その中でひときわ目立つ集団がいた。
修学旅行か何かのプログラムだろうか。体格や顔の幼さから見るとどうやら中学生の集団のようだ。女子ばかりだった。年頃の女の子らしくいくつかの小集団を作って活発な様子でおしゃべりしていた。
なぜこの集団が目立ったのかというと、全員同じデザインの制服を着ていたからだ。この世界では珍しいことだった。
同じ制服を着用する集団は、軍隊・警察、病院、それに消防局くらいのものと相場が決まっているからだ。
マイケルはしばらく乗り場で順番を待った後、高速軌道エレベーターに乗り込んだ。エレベーターには12人ほどが、まずまずの空間で過ごせるだけの広さがあったが、実際には8人だけ乗せて出発準備が行われた。
積載人数が12人なのに8人しか載せていないのは、このエレベーターが15分ほどの長時間の運航であるため、繁忙期を除きパーソナルスペースを配慮してのものだった。
その構成員は、エレベーターのオペレーター、裕福そうな老夫婦、肩までかかったツインテールで制服を着た女子学生と、その子と同じくらいの年齢と思われる、アーバンカモのキャップを目深にかぶったポニーテールにホットパンツの私服の女の子、二人の諜報員、そして、マイケルだった。
乗客達はごく普通の構成だったが、その中で女子学生とポニーテールの女の子達だけが異様な雰囲気を醸し出している。
この年代の少女達にはありがちだが、この世界でも同性愛者というわけではなくても同性で手をつないだり腕を組んだりする少女達が街中を歩いている様子は、ごく普通の日常の光景となっていた。
一見すると、その二人の少女達は特に目立つ存在ではなかったが、一人が制服、もう一人が私服という外見のコントラストの違いは周りの視線を引き付けるのに十分だった。
二人がともに制服であれば、友達同士だろうかというごく当たり前の想像が引き起こされるが、集団旅行でここにきているはずの生徒が私服の子と一緒というのは、様々な想像を呼び起こす。だが、単に制服を忘れただけの子なのかもしれない。
ただ、このエレベーター内に限っていえば、その二人の少女たちは極めて異様に見えた。二人の少女たちの距離があまりにも近すぎたからだった。
二人はお互いの目を見つめ、ホットパンツとスカートから覗くそれぞれの白い太ももの間にお互いの太ももを差し込んで身体を重ね合っていた。
両手は指を互いに絡ませており、エレベーターが少しでも揺れればキスしてしまいそうなくらいの距離で、二人はただただお互いを見つめあっていた。
そんな二人の様子を見て老夫婦はけがわらしいものでも見るかのように顔をしかめ、マイケルはたまに盗み見るように二人の少女たちを見ていた。
二人の諜報員たちは何事もないかのようにエレベーターの外に何気なく目をやっており、オペレーターはエレベーター出発の準備に忙しくコンソールを盛んにチェックしていた。
オペレーターが出発のアナウンスをエレベーター室内に行うと、乗客は各々自分の体が揺れないようにエレベーター内の手すりにつかまった。
二人の少女たちも名残惜しそうにお互いの絡み合った指を離して後ろ手に腰のあたりの手すりにつかまったが、顔はお互いの方を向いたままだった。
その内に制服の少女の視線が何気なく動き、マイケルの視線とぶつかった。彼は慌てて目をそらし、心の中でやれやれ、とため息をついた。