だが、彼らの『縁』は完全に途切れたわけではなかった。ジェシカはマイケルが旅立って7か月後に彼との間にできた赤子を産んだ。果たして赤子はジェシカの『力』を受け継いだのか……
テルミナスへの輸送船団がトランターを出発してから7か月後、入院しているジェシカが破水したとの連絡を病院から受けたセルダンは、急いでジェシカの入院している病院へと向かった。彼が病院に到着したときにはすでに出産は始まっていた。
分娩室の外で待たされたセルダンの耳に、「なんで私だけがこんな苦痛を!」とか、「くそっ!」とか散々なジェシカの悪態が飛び込んできた。
それを聞いたセルダンは、そういえばジェシカを産んだパットも同じように悪態をついていたなと思い出し、含み笑いをもらした。
だが、その痛みを代わって受けてやることはできない。耐えるしかないんだ。彼は孫娘の出産の無事を祈った。
陣痛から十二時間が過ぎ、車いすに座ったままうつらうつらとうたたねをするセルダンの耳に、激しい赤子の鳴き声が聞こえてきて、彼は目を覚ました。彼がそのまま待っていると分娩室の扉が開き、看護師が彼の前にやってきて告げた。
「2730g、元気な女の子の赤ちゃんです。もちろんお母さんも無事です」
セルダンは力が抜けたように車いすの中にへたり込み「そうか……よ、よかった……」とつぶやいた。
看護師は「おめでとうございます、セルダン博士。しばらくはお母さんと赤ちゃんをゆっくり休ませてあげてください。2週間くらいしたら、もう一度いらっしゃってくださいね」と言ってどこかへ立ち去った。
2週間後、再び病院を訪れたセルダンは、しばらくの間外で待たされた後、ジェシカのいる病室に通された。彼女は、やわらかい産着にくるまれた自分の娘を抱いて、入室してきた祖父を黙って見つめていた。
ジェシカの病室に入室したセルダンは一歩踏み入れたところで、驚きのあまり車いすに座ったまま動きを止めた。不審に思ったジェシカは、「どうしたの?」と尋ねたが、彼は言葉を失ったかのようにジェシカを見つめたままだった。
セルダンはジェシカの姿に、娘のパトリシアの姿を重ねていた。16年前にジェシカを腕の中に抱えていたパトリシアの姿と寸分たがわぬ同じ姿がそこにあった。
違いは赤子がブランダバス譲りの明るいバートンアンバーの髪を持つくらいか。彼は何となく気恥ずかしくなって、「いや、何でもない……」と言うと、ジェシカの枕元に近づいた。
ジェシカが口を開いた。
「女の子よ?」
「ああ、そうらしいな……」
「……おじーちゃん」
「ん?」
「本当は男の子じゃなくてガッカリしてるんでしょ?」とジェシカが尋ねると、彼は慌てて言い添えた。
「いや、ワシは女の子でもうれしいよ。そりゃ、確かに男の子を期待していなかった、と言えば嘘になるが……」
「そーでしょーねー。男の子なら私の『力』の継承が性別に影響を受けるのかどうかを知ることができるもんね?」と彼女は軽口をたたいた。
「いや、まあ……学者としての興味は尽きないがな」
「でもね、おじーちゃん、私はウシやニワトリじゃないんですからね? そうポコポコと簡単に子供は産めないわ」
「無論、そんな風には考えておらんよ。とにかくご苦労だった」彼がそう言うと彼女は微笑んだ。
眠っている自分の赤子を見つめていたジェシカは、祖父に声をかけた。
「ねぇ、おじーちゃん。この子をちょっと抱いてみる?」
「え? ああ……」
車いすに座っているせいか、力の加減やバランスがとりにくい。彼は赤子をとり落とさないように慎重に受け取った。
まず最初に感じたのは暖かさだ。日の光や暖房の温かみとはまるで違う、まさに生きている証だった。16年前にジェシカが生まれた時にも彼女の温かさを腕に感じた彼は、それを懐かしく思った。そして次の世代に命が受け継がれていくことに改めて感動を覚えた。
そうやって彼はしばらく赤子を抱いていたが、何を思ったのか突然自分の頭にわずかに残った髪の毛を上につまんだり、戻りしたりしては「ほーら、ひいおじーちゃんですよー」とおどけた様子で赤子に話しかけた。
「何やってるのよ、おじーちゃん、この前産んだばかりよ? まだ目も開いてないじゃない。そもそも今は眠っているでしょ?」とジェシカはあきれたが、「いや、そんなことはない。お前の子だ。この子は目をつむっていてもわかるはずだ」とセルダンは決めつけ、自分の髪の毛を引っ張ったり戻したりし続けた。
セルダンはそのうちあることに気づいて、ジェシカに声をかけた。
「おい、ジェシカ、この子の目が開くぞ?」
「何言ってるのよ、たった2週間で赤ちゃんの目が開くわけないじゃない……」と言ったが、少し興味をそそられたのか、まだだるさが残った身体をほんの少しだけ起き上がらせて、ジェシカは祖父と赤子を交互に眺めた。
セルダンは興奮した様子で「いや、本当に目が開く!」と大声を出したが、ハッとなってすぐに口を閉じた。
彼の腕の中で赤子はゆっくりと目を開け始めた。セルダンはじっと見つづければ赤子の目が速く開くと信じているかのように、赤子の目の中を覗き込んだ。
そこでセルダンの目に飛び込んできたものに彼は息を飲んだ。瞳の中にターコイズブルーを背景色にしてアンティックゴールドとマンダリンオレンジの色が散らばっている。
ジェシカとの違いは、ターコイズブルーが濃いめであることと、アンティックゴールドがやや強めに入っているくらいか。間違いない! 『アースアイ』だ、この子は『力』を受け継いでいる。そう知って彼は歓喜のあまり涙を流した。
涙を流している祖父の姿を見てジェシカは「おじーちゃん……」と優しく声をかけた。そうやって彼女は祖父と赤子を交互に見ていたが、その内に祖父の様子がおかしいことに彼女は気づいた。
ジェシカは「おじーちゃん?」と声をかけたが、彼からは何の返事もなかった。さすがに異変を感じたジェシカが無理に自分の体を起こした瞬間、セルダンは突然身体をかすかに震わせながら「うおっ!」と叫んだ。
あやうく取り落とすところだった赤子をジェシカにあずけ、彼は車いすの中で息を切らしてあえいだ。
「こ、これが……『お前たちの世界』……」とセルダンは息も切れ切れに言葉を吐き出した。
ジェシカは、祖父がまたおかしなことを言って自分を担ごうとしているんだと思い、赤子を見たが特に何かおかしなところは見当たらなかった。
「ワシは今さらながら初めてわかった……パットやお前が使う『力』というものの実体を……」
「?」
「ワシとこの子の目が会った瞬間……この子は……入ってこようとしたんだ……この子が
ジェシカは、祖父が何を意味の分からないことを言っているんだろうと訝しく思い、改めて赤子の目を覗き込んだ。
赤子はまだ視線を定めることができないらしく、ジェシカの目に視線が中々合わせられなかったようだったが、その内ジェシカの瞳に赤子の瞳の焦点が合った。
その瞬間、彼女は赤子の目の中に引きずり込まれるかのような錯覚を覚え、彼女の『芯』がわずかに揺らいだ。
一方、落ち着きを取り戻したセルダンは、赤子を見つめて黙り込んだまま動かなくなったジェシカに異変を感じ、彼女に必死に呼びかけたが返事はなかった。
しばらくすると、ジェシカの左のこめかみの血管が浮き上がり始め、彼女はかすかに鼻血を流し始めた。それを見て慌てたセルダンはジェシカの顔に近づこうと車いすを寄せたが、その瞬間、赤子が元気な声で泣きはじめジェシカは脱力して枕に頭を預けた。
彼女は直前に全力疾走をしたかのように息を切らしてあえいでいた。ジェシカは看護師を呼び赤子をあずけると目を閉じて息を整えた。
しばらくして、ジェシカは口を開いた。
「おじーちゃん……あの子は危険だわ」
「?」
「あの子は間違いなく『力』を持っている。それもとてつもない力を……信じられないわ、私が『力』を使えるようになったのは、せいぜい6歳くらいからだったというのに……」
「あの子は、今はまだ赤ちゃんだから、人間がもっとも敏感に反応する『恐怖心』で私はあの子を無理やりねじ伏せた。あの子はしばらくはこの恐怖を覚えていて、安易に『力』を使おうとすることはないだろうけど、今後もあの子を抑えられるかどうか……私、自信がないわ」
「まあ、大変かもしれんが、何とかうまく育ててやってくれ。もうワシは
祖父のその言葉に不穏な響きを感じたジェシカは「どういう意味?」と怪訝な表情で尋ねた。
「いつまでも黙っているわけにもいかんから、本当のことを言っておく……」
「……」
「ワシは末期の肺ガンだ……もう助からん」
それを聞いたジェシカはわずかの間、きょとんとした表情を浮かべていたものの、しばらくすると怒りに燃えた目付きで祖父を睨んだ。
「なんで今まで黙っていたのよっ!」ジェシカは祖父に向かってそう怒鳴った。
「お前は出産を控えていたし、精神的なストレスを与えたくなかったんだ。すまん……」
祖父の面目なさげな表情を見たジェシカは少し言い過ぎたと反省し、うつむいて軽くため息をつくと静かに口を開いた。
「人間、何事も思い通りにいかないものね……」とつぶやいた。
「ああ……むしろこの世に思い通りになることが一つでも存在するのかと、不思議に思うくらいにな……」彼も独り言のようにそう答えた。
「ねえ、おじーちゃん……」
「ん?」
「もう……何も思い残す事はないの?」
「そうだな……全く後悔がない、と言ったら嘘になるな。だが、ワシはワシにしか果たせない使命があることが分かって、それが達成される見通しが立った時、もうこれでワシがこの世でやるべきことはないと思ったよ。ただ、あとはお前とお前の子の行く末だけが心配だ。他には何もない」セルダンはジェシカの目を見てそう答えた。
「私と私の子か……あの子が生まれながらいくら強力な『力』を持っていたとしても、私はあの子よりも16年も多く積み上げた知識と経験がある。ママが私にしてくれたように、あの子がちっちゃい時からなんとか『力』の使い方を徹底的に仕込めば……うん……まあ、なんとかなるわ。心配無用よっ」ジェシカはそう元気に答えた。
セルダンは「そうか……」と答えて窓の外の景色を眺めた。ジェシカも同じように窓の外の景色に目をやった。
病室の外には数本の背の高い木が植えられていて、窓から見える木の葉は生い茂り、緑を濃くしていた。それは季節が夏の到来を示す兆しだった。そうしてしばらくの間、二人はそのまま何も言わず窓の外の景色を眺め続けた。
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長らくのご試読ありがとうございました。本作は『銀河帝国の興亡』テイストの外伝的な作品として仕上げてみたんですが、いかがだったでしょうか。
本作は過去2020年11月にPIXIVにアップし始めた同名の小説を加筆修正したものになります。PIXIV側の小説があまりに読みにくいため、本作では読みやすさ? の方を優先して編集しました。内容に関してはほぼ同じもので、難解な表現を言い換えたり削除するなどの修正を行いました。
さて、本作を作成するきっかけについてですが、私が原書を読んだのは確か高校生くらいの時だったと記憶してるんですが、当時は内容が良く理解できていなくて、なんとなくSFファンタジー? っぽいのかなあと漠然とした印象を持ったのを覚えています。
その内、年齢を重ねていく過程で何度か読み直してみたのですが、化学を本格的に学ぶようになった大学生くらいに、本書の内容がおぼろげに理解できるようになったような気がします。
原書の著者であるアイザック・アシモフも生化学者の大学教授で、化学に造詣が深いことはよく知られています。気体分子の挙動を人間の集団に援用するアイデアは私にとっては大変興味深い手法で、なるほどなあと妙に感心したものです。
今後の投稿についてですが、しばらくお休みをいただいて『3.72%の少女の外伝』として、ジェシカの母親であるパトリシア・セルダンとハリ・セルダンとの出会いについてストーリーをアップしていく予定です。
幼少時から強力な【干渉】能力を持つパトリシアをセルダンは一体どうやって見つけだし、またどうやって自分の養女になるように口説き落としていったのか、という点にフォーカスを当てていきます。
これも過去PIXIVにアップした同名の小説を加筆修正する予定ですが、まだ全く手を付けていないので、その前にブレインシップシリーズの小説をアップする予定となっております。