3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 ハリ・セルダンの逝去からおよそ一世紀がたった頃、<第二ファウンデーション>の非公開電子アーカイブに1つの短編の手記が追加された。この手記はハリ・セルダンの家族(血縁の有り無しを問わず)とその関係者について、書籍あるいは彼らと関わった人々へのインタビューなどを通して調査された彼らの生涯の概略について記載されたものである。


エピローグ

-注意事項-

 この手記の閲覧者は、我々の『組織』の隠ぺい状態を維持する事を目的とするための『EO(eyes only 自分自身の閲覧のみ許可。他言無用)』を順守するよう強く要請する。

 

 このアーカイブの保管場所にはいかなる種類の記録デバイスも持ち込んではならない。また、この手記に関する内容の全て、あるいは一部であっても公開ネットへの放流を禁ずる。

 それと同様にこの手記に関して、<発言者>どうしの『発信』および『受信』能力による意見交換をも禁ずる。

 

 この保管所全体には電子障壁と精神障壁が張り巡らされている。ここで電子機器を使用した場合、その使用履歴がログとして残る。

 

 また、この場所で『心理障壁』以外の『力』を発動させた場合、『観測所』の能力者にそれが伝わるような仕組みになっている。

 その場合、その対象者は本人の意思を問われることなく精神的調整手術を受けてもらうこともあるので重ねて注意しておく。

 

 この手記は主にハリ・セルダンの生きた時代、もしくは極めて近い時代に生きた人物のみを取り上げているが、この手記に記されている人物よりもはるかにハリ・セルダンと関係の深かったはずの人物が記載されていないことにも注意する事。

 

 なお当手記中のハリ・セルダンを除く全ての人物は、エンサイクロピーディア・ギャラクティカにその記述が存在しない。

 

 また、この手記は我々の生きている時代よりもはるか昔の<発言者>がまとめた記録の断片に過ぎず、<発言者>である彼女の独断と偏見がかなりの割合で含まれている可能性について留意されたい。

 

 手記の中の我々の『能力』と関係の深い異能者の内、特に『アンリエッタ・B・セルダン』に関する記述は詳細に記載されており、<過去>に出現した驚異的な異能力者である突然変異体『ミュール』の存在と絡めながら、今後の我々の未来を占う試金石としての価値が多少はある。

 

 手記の記載内容には、一部文章表現が適切でないショッキングと感じられる内容が含まれている。閲覧者においては、あらかじめ最低限の『心理障壁』を構築した上で、資料を閲覧することを強く勧める。

 

                                        以上 

 

                        注意事項記載者 第31代 <第一発言者>

                          ミッシェル・ヴィクトー・ファルクラム

 

 

【ハリ・セルダン】

 パトリシアの養父にしてジェシカの祖父。孫娘ジェシカの出産を見届けたその3か月後、肺がんによる循環器系障害により死去。

 

 享年81歳。トランター帝立墓地に埋葬される。墓碑には『心理歴史学の創立者。銀河系全体の人々のために全てを捧げた』という一文が刻まれている。詳細についてはエンサイクロピーディア・ギャラクティカを参照する事。

 

 

【ジェシカ・B・セルダン】

 ハリの孫、パトリシアの娘、アンリエッタの母。祖父が亡くなった後、彼女は念願だった『ハリ・セルダン』の名前を襲名する予定だったが、結局彼女は『ジェシカ・B・セルダン』を名乗る。

人々はミドルネームのBの意味を知りたがったが、彼女の口からその説明が出てくることはついに一度もなかったという。

 

 祖父セルダンの死後まもなく、セルダン財団の役員に彼女は推挙されるが、彼女は自身の相続分を全て財団に寄付した。

 

 18歳で『組織』のCTO(Chief Training Officer 主任訓練担当官)に就任。干渉能力者訓練プログラムの策定と改良、および後進の能力者の訓練に従事する。

 

 20歳、トランター帝立大学で心理歴史学とカオス解析数学の博士号を取得。21歳、同大学で教授職に就任。

 

 23歳、彼女の所属している『組織』は<第二ファウンデーション>としてリニューアルされ、スターズ・エンド(星界の果て)に『設置』された後、本格稼働を開始。

 ジェシカは初代<第一発言者>に推挙されるが、彼女はこれを固辞。<評議会>構成員全員の強い推挙を断りきれず、折衷案として非常勤アドバイザーに籍を置く。

 

 『会議中』の彼女は『無口』で会議内容に否定も肯定もせず、<第一発言者>から意見を求められたとき以外は一切『口』を開かなかったという。

 

 32歳、彼女の娘アンリエッタが16歳で死去。彼女はしばらくの間正気を失った状態となり、まともに生活できるようになるまで3か月程度を要したと言われている。

 

 43歳、新規構成員の訓練中、目に違和感を感じその場で倒れる。彼女は緊急搬送されたが、両目とも視力を永久に失った。

 視力を失ったことにより、『アースアイ』の瞳を介した彼女の『干渉』能力が失われたため、<評議会>のアドバイザー役を自ら退く。

 

 彼女は『干渉』能力を失ったものの、『受信』と『発信』の能力はかえって増大し、TO(Training Officer 訓練担当官)としての彼女の需要はさらに高まった。

 

 46歳、心不全で死去。死の直前の言葉は「おじーちゃん、ごめんなさい。私、エッタを死なせてしまった。私はおじーちゃんの遺志を継ぐことができなかった」であると、彼女の死を看取った人間が証言している。

 

 一人娘の教育に手を焼きながら、シングルマザー、アドバイザー、教授職、TOの4つのわらじを履きこなす人生だった。類まれなる美貌を備えながら一切の男を寄せ付けず、アンリエッタを産んだ後の残りの人生を独身で過ごした。

 

 彼女の生前の希望により、彼女の遺体は娘アンリエッタの墓の隣に埋葬された。墓碑には『心理歴史学と数学の発展に寄与』とだけ刻まれている。

 

 

【パトリシア・セルダン】

 ハリの養女、ジェシカの母。詳細は別稿を参照する事。

 

 

【マイケル・ブランダバス】

 惑星テルミナスへ到着後、精力的に入植計画に取り組む。好奇心が強く様々なことにチャレンジし、そのせいで彼はしばしば深刻な怪我をした。

 

 そんな彼の危うさを見かねてか、一人の女性が彼の世話を焼き始める。この女性は後のブランダバス夫人となった。彼はこの女性との間に二男一女をもうける。

 

 彼には気分が高まったり乱れたりした時には、決まって自身の左目から涙があふれる奇癖があった。それは彼がトランターを出発した頃に始まったとの証言を彼自身から得ている。

 彼は眼科や精神科医などに診てもらったものの、結局その原因はわからず、医者達も頭をひねるばかりだったという。

 

 彼は、学者として研究に没頭しながらデスクワークを行うよりも、現場で活動する役職を好んで受け、惑星テルミナスの自然環境開発の職務に精励した。

 

 後年、岩盤採掘現場の指揮監督中、掘削重機の倒壊に巻き込まれ死去。61歳の生涯を閉じた。埋葬場所は不明。

 

 

【ブランダバス夫人(氏名不詳)】

 彼女の名前の記録は残っていないが、その容姿については、はっきりした特徴ではないものの人の口から伝わったものが残っている。

 彼女は暗めのプリズムイエローの髪を持つポニーテールの女性で、瞳の色は薄い色合いのペリドットのような色だったと言われている。生没不詳。

 

 

【ブランダバス家の二男一女(氏名不詳)】

 生没不詳。父親の死後、激しい遺産相続争いを行ったということ以外、何もわかっていない。

 

 

【クレア・デュランダル】

 テルミナス入植後、現地で診療所を構える。患者達からの評判は上々で、彼女の診察を受けた患者の多くは、まるで『こちらの心の中を見通している』かのような丁寧な診察であった、との証言が数多く残されている。

 

 私生活においては、かつて彼女はハリ・セルダンの内縁の妻であったという噂もあったが、生活を共にしていたという確たる証拠や記録もないため、信憑性の薄い単なる噂話の可能性が高い。

 

 彼女は医者であったが、心理歴史学の博士号を所持していたため、何度か政治家に招聘されて彼らの政治的決定に意見を求められたものの彼女は頑なにそれを断り、生涯政治に携わることはなかった。

 だが、いったんテルミナス政府が致命的な危機(政府要人に対するテロや、政府転覆の計画を企てている邪悪な政治家の出現等)を迎えると、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()し、治安部隊などに知らせることで政府の国家運営の安定に寄与した。

 

 82歳、自宅で亡くなっているところを同僚の医師に発見される。死因は腎不全。埋葬地不明。生涯を独身で通した。

 

 彼女は我々の『組織』の異能力者の一人だったと考えられているが、なぜ彼女が『組織』を離れテルミナスへ赴いたのか、あいまいな情報を含め一切わかっていない。

 

 

【アンリエッタ・B・セルダン】  ※発音の仕方によっては、アンリエットまたはヘンリエッタとも?

 ジェシカの一人娘。母親よりやや濃いめの色合いの『アースアイ』を持つ。生誕時から強力な『干渉』能力を持っていたと言われている。

 

 母親であるジェシカの『抑え込み』によってしばらくアンリエッタの『力』は封印されていたものの、5歳のころから再び『力』を発動しはじめたらしい。

 

 母親は『力』の使い方とそのタイミング、及び『力』を行使した結果、周りに与える影響について根気よく教え込こみ、一対一で丁寧に娘にトレーニングを施した。その甲斐あってアンリエッタには『干渉』、『受信』、『送信』の全ての能力が高いレベルで発現した。

 

 特に『受信』能力は母親を上回るほどの成長を見せたが、『障壁』を張る能力は未成熟のままだったという。このことが彼女自身を不幸に追い込むことになる。

 

 母親は自分の感じたさみしさを味あわせないように、娘を一般の帝立学校へ通わせたが、毎朝何があっても人前で『力』を使ってはいけない、としつこく言い聞かせることだけは忘れなかった。

 

 アンリエッタが学校に通う頃になると、彼女の『受信』能力はさらに飛躍的に高まり、その結果、彼女の頭の中には他人の考えていることが絶えず無制限に流れ込んでくるようになった。

 母親とは異なり、心理的『障壁』を張るのが苦手なアンリエッタはそれらの『ノイズ』に終始悩まされ続け、慢性的な頭痛を感じるようになったという。

 

 アンリエッタが小学3年生の時、彼女に父親がいないことを男子生徒に馬鹿にされた上、「お前のBは『Bitch』のBだろう」とからかわれ激怒。

 しかしながら、彼女はその男子生徒の胸ぐらをつかんだだけで特に彼に暴力をふるったりはせず、ただ、男子生徒の目を見つめ続けた。

 しばらくすると、男子生徒は突然奇声を発し、コンクリートの壁に自分の頭を打ち付け始め、頭から大量の血を流して死んだという事件が発生。

 

 アンリエッタの慢性的な頭痛を抑えるため母親は市販の鎮痛剤を与えるが、それらの鎮痛剤はどれも半年ももたなかったという。

 母親は彼女を医者に診せ、精神療法、磁気療法、などありとあらゆる治療方法を試した結果、アンリエッタはそこそこの強度を持つ心理障壁を張ることが可能となったものの、『受信』能力はそれを上回る成長を続けたため、彼女の頭痛は大幅に改善されることはなかった。

 

 アンリエッタはその後不登校となり、母親も忙しさにかまけて娘とのコミュニケーションを欠きがちだった。

 

 この後4、5年の間、アンリエッタに関する記録はない。なお、この期間のいずれかの時期にアンリエッタは家を出て行方をくらましたと考えられている。

 家を出たまま行方不明となったアンリエッタを母親はあらゆる手段(もちろん『能力』も)を使って探したが、彼女の行方は一向につかめなかった。

 

 次のアンリエッタについての記録は、彼女が14歳になる頃に現れる。彼女の名前は繁華街のガラの悪い連中の間でひそかに知られるようになっていた。彼女は数人の少年少女を配下に置く小集団のトップとして君臨するようになっていた。

 

 裏社会のギャングや暴力団の者達は、最初はアンリエッタの存在に注意を払わなかったが、裏社会で彼女がその版図を拡大し始めた頃、彼らは最初、彼女を懐柔して自分達の組織に取り込もうとしたが、アンリエッタはそれを公然と拒否。すると彼らは手のひらを返して今度は彼女を恫喝し始めた。

 

 彼女を暴力やレイプ、あるいは暗殺等の計画を立てて、この世界から彼女の存在を社会的、あるいは物理的に抹殺しようと、彼らは何人もの手下をアンリエッタの元に送り込んだが、それらの連中は一人の例外もなく、ことごとく彼女の配下に『転向』させられた。

 

 配下たちは誰一人彼らを派遣した組織の事を覚えておらず、最初からアンリエッタの配下であったかのように振舞った。

 

 アンリエッタは15歳で裏社会の覇権を全て握ったが、今度は彼女の存在を政府がかぎつけ、それと同時に政府は彼女の持つ『力』にも感づいた。

 

 政府は強大な警察力と政治力で『合法的に』アンリエッタを追い詰め、ついに彼女の身柄を確保することに成功する。彼女の腕には象を一瞬で昏倒させるほどの麻酔弾が撃ち込まれていた。

 

 政府直属の研究所に連れ込まれたアンリエッタは、開頭手術を受ける準備をしているさなかに目を覚まし、最初に彼女と目が会った者に『干渉』し、その者に手術室にいる全員を殺害させた。

 

 アンリエッタが開頭手術直前に目を覚ました理由については、彼女が幼少時から鎮痛剤などの薬物漬の生活を送っており、何らかの薬物耐性を獲得していたものと予想される。

 

 政府は彼女の『力』の源泉を調査することをあきらめ、彼女を『飼いならす』ことに方針を転換。彼らの『汚い仕事』をさせる代わりに、未認可ではあるものの強力な鎮痛剤を供与することをアンリエッタに提案。彼女はこの条件を飲んだ。

 

 アンリエッタは政府の『ゴースト』となって彼らの命じる非合法な作戦のいくつかに従事したが、その後彼女に提供されていた鎮痛剤は彼女の頭痛に対して、次第に効果を及ぼさなくなっていった。

 

 激しい頭痛に苦しむアンリエッタは自身の『力』を全く制御できなくなり、敵味方問わず被害を出し始めるに至ってついに政府はアンリエッタを持て余し始める。

 

 政府組織から追われ、裏社会のチンピラたちからも命を狙われ続けるアンリエッタは、ある12月の寒い夜、安いモーテルの一室で自分の頭に電子銃を突きつけ引き金を引いた。

 

 享年16歳。死因は電子銃による頭部破壊による自死。彼女の遺体はハリ・セルダンの眠る場所であるトランター帝立墓地に、彼の墓とはかなり離れた場所に埋葬された。彼女とハリ・セルダンとの関係については誰一人関心を寄せず、気づいた者もいなかった。

 

 墓碑には『死してようやく安らぎを得る』という短い一文が刻まれていたが、誰がいつその墓碑を刻んだのかについては何もわかっていない。

 

 

 -アンリエッタ・B・セルダンに関する<発言者>による追記-

 

 アンリエッタの母親であるジェシカは、自分の母親であるパトリシアを若くして亡くしていたので、彼女は自分の娘に『アンリエッタ』と名付けた。

 

 それは古い言葉で『健康を保つ』という意味を持つ名前だったが、皮肉にもアンリエッタは、母親ジェシカ、祖母パトリシアのいずれよりも早い年齢で死んだ。

 

 ここにパトリシア・ジェシカ・アンリエッタによる強力な異能力者の系譜は途絶えた。

 

 後年アンリエッタの墓の前で、一人の黄色い髪の中年女性が、声を押し殺して泣いているのが二度三度目撃されたものの、この女性の正体についてはわかっていない。

 

 なお、アンリエッタ・B・セルダンについて我々<評議会>は、彼女が政府の走狗となって非合法作戦に参加していることをキャッチしていたが、彼女と接触することで『組織』の隠ぺい状態が消失してしまう危険を冒すことはできず、彼女の行動を黙認せざるを得なかった。

 

 また、そもそも<評議会>構成員の中ではジェシカを除き、アンリエッタの能力に匹敵する能力者は当時はおらず、その上彼女の存在はセルダン計画の変数に関与していなかったため、少なくとも記録上はアンリエッタとの接触は一度も行われていないことが確認されている。

 

                         -『ハリ・セルダン関係者概略一覧』 

 

                 <発言者>ソニア・アレクサンドルヴナ・トルスタヤ著

 

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