3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 マイケルは帝都トランターを俯瞰するために展望台行きの高速軌道エレベーターに乗り込む。エレベーターの外の光景は無機質な金属都市であったが、乗客は取り立てて興奮するわけでもなく静かな時間が過ぎていく。
 ところが、一緒にエレベーターに乗り込んでいる少女が不意に騒ぎ出し、エレベーター内は混沌の渦に巻き込まれていく。そんな中、マイケルの取った行動とは……



第四話 エレベーター内の騒動

 展望台への高速軌道エレベーターが音もなく上昇を始め、マイケルは体が沈み込むような感覚を味わった。

 

 しばらくの間加速が続いたが、その内加速度0になって一瞬体が浮き上がる感覚があった後、エレベーターは等速直線運動を始めた。

 

 例の二人の少女たちは手すりから手を離して体ごとお互いに向き合い、太ももの間に互いの太ももを差し込んで、再び怪しげな雰囲気を醸し出し始めた。

 

 彼女達は相変わらずパーソナルスペースなど完全に無視した様子でお互いを見つめあっていた。

 

 マイケルがエレベーターに乗り込んで5分も立たない頃、エレベーター内で一つの騒動が起きた。お互いの身体を重ね合わせていた少女たちは二人共、普通にモデルで通用するような美しい少女たちだったが、二人の少女の内、制服を着ているツインテールの少女がいきなり大声を出してある人物を詰問したのだ。

 

「ねぇ、おじさん! 何でジェスを見てンの? キモうぜーんだけど……」

 

 特に大声を出した方の少女は素直で穏やかそうな表情をしていたため、その少女の口からそのような予想外の暴言が出てきたことにマイケルはひどく驚かされた。

 

 また、老夫婦はこの世でありえない光景を見たかのように、唖然として口を開けたままだった。

 

 詰問された人物は二人の諜報員のうちの一人で、諜報員の男にとってその言葉は完全に想定外だったらしく、「なっ、別に何も見てないよ」と慌ててエレベーターの外の光景に顔を向けた。

 

 少女に詰められた男は、ターゲットを監視せずエレベータに彼らが乗り込む前に常に周りの様子を探っていた方の男だった。乗客の視線は一気に男に集まった。

 

 男を詰問した少女は興奮収まらず、「嘘つくなっ! あーしのジェスをヤラシ-目で見てたしっ!」と男に詰め寄らんばかりに糾弾した。

 

 すると、もうひとりの私服のポニーテールの少女は慌てて「ちょっと、リズやめてよ、恥ずかしいよ……」と制服の少女の手を引っ張って止めた。

 

 男はこれ以上周りの注目を浴びるのを避けるために表面上だけは冷静な風を装って「だから、見てないって言ってるだろ。君の勘違いだよ」と、大声を出している少女をなだめるように答えた。

 

 一方、マイケルはわめいている少女から遠ざかるように、そっと少しだけ離れた。それはまるで火花を散らす機械に接するかのような慎重さだった。

 

 その諜報員の男は、実際のところ少女たちを穴が空くほど凝視したりはしなかった。ただ、彼は肉欲に無縁な修行僧というわけではないので、自分に訪れるチャンスを楽しむごく普通の健康な男性だった。

 

 だが、諜報員はかなり厳しい長期間の訓練が行われるため、少なくとも彼の所属している部署には任務を忘れて本能に従う人物は存在しない。 

 

 彼にはなぜ少女が急に自分に難癖をつけ始めたのか皆目見当がつかなかったが、まずいことになったと心のなかで舌打ちした。

 ターゲットと一緒なのに完全に周りの注意を引いてしまったからだ。彼はもう、ターゲットの追跡監視は出来ない。

 

 騒ぎを鎮めようとエレベーターのオペレーターが、「エレベーター内のお客様同士のいざこざは困ります」と慌てて彼らに介入しようとしたが、大声を出している制服の少女は怒りが収まらない様子で、「ホントにこのおっさんがジェスをヤラシー目で見てたしっ!」とオペレーターに向かって怒鳴った。

 

 オペレーターは怒りの矛先が自分に向くのを感じて、「わかりましたから、運行中のエレベーター内ではご静粛に願います。その件は展望台に到着後、お客様同士でご解決ください」と言って、エレベーターの制御盤にもどって計器の確認をし始めた。

 

 『わかりました』だと? 俺は非難されるようなことは何もやってないぞ、ふざけるな! と男は心の中で舌打ちをしたが、ここで自分がさらに抗弁すれば増々周囲の注意を引きかねない。

 

 自分に全く非は無いものの、この任務で取り返しのつかない失点をしてしまった。この上さらに失点を重ねれば追跡任務自体が失敗に終わる。

 

 一つ救いなのは、自分は周囲の注目を集めてしまったがもう一人は『灰色』のままだ。まだ任務は失敗したわけではない。そう彼は思うことにして口汚く喚く少女を無視して、エレベーターの外に顔を向けてだまりこんだ。

 

 怒れる制服の少女をなだめるように私服の少女が声をかける。

 

「リズ……もういいよ、私を心配してくれたのよね?」

「当たり前じゃん、ジェスはあーしの全てだし」

 

 そう言って少女たちは彼女たちだけにしか理解できない解決方法で、ようやくこの騒動は収まった。二人は何事もなかったかのように向き合って再び身体を重ね合わせた。

 

 エレベーターの乗客たちは、みなもうこれ以上少女たちに関わり合うのはゴメンだとでも言うように、各々別々の場所に視線を向けてそのまま動かなくなった。エレベータ内は一枚の風景画と化した。

 

 マイケルは、彼女たちは自分にはわからない『謎の言語』でお互いに会話すると思っており、事実ある意味そうだったが、同じ年頃の少女であっても言葉遣いとかはずいぶん違うんだな、と漠然と思った。

 

 35歳の彼から見た彼女たちの存在は、言葉遣いから仕草や振る舞いまで不可思議極まるもので完全に彼の理解の範疇を越えていた。そして自分にはこの子達とのジェネレーションギャップを埋めるのは到底不可能だと結論づけた。

 

 彼は少女たちなど最初から存在しなかったかのように、知らんぷりしてエレベーターの天井を意味もなく見つめ、それはエレベーターが減速するまで続いた。

 

 エレベーターが上昇を始めてから14分ほどが経過した頃、ようやくエレベーターの減速が始まった。

 

 マイケルは、いきなり自分の体が浮き始めるのを感じたが、考え事をしていた彼は自分の身体がエレベーターの天井近くにまで浮き上がってしまうまでそのことに気づかず、彼は空中で金魚のようによたよたと体を動かした。

 

 オペレーターはそれを見て、「何してるんですっ? 警告表示が見えないんですか!」と、マイケルに向かって怒鳴り、空中に浮かぶマイケルを捕まえようと必死に手を伸ばした。

 

 マイケルは悪戦苦闘しながらなんとかその手を掴み、エレベーターの床に足をつけた時に初めてその警告表示に気づいたのだった。

 

 警告表示の内容は、エレベーターが減速を始めるため、身体を固定するための足元のバーに足首を差し込んで、身体が浮かないようにせよとの指示だった。

 

 マイケルのそんな様子を見て、先程騒動を引き起こした方の制服の少女が蔑むような表情を浮かべてつぶやいた。

 

 彼女は「ダサっ! 今どきこんな()()()()普通にいないんですけどー」と嘲った。彼女の隣の私服の少女もそれに釣られてクスクス笑いをした。

 

 マイケルは少女のその言い草に腹を立て、だから女の子なんて嫌いなんだと思い少女を一瞥したが、すぐに慌てて彼女から目をそらした。

 

 エレベーターの減速で、制服の少女のミニスカートのプリーツが宙に舞ってひらひらしているのに気づいたからだった。

 

 さっきの男のように今度は自分に難癖をつけられたら、たまったものじゃない。彼は完全無視を決め込んで天井を見つめ、早くここから出してくれと必死に祈った。

 

 展望台へと到着してエレベーターは乗客たちを吐き出したが、エレベーターの下り口付近で、件の怒れる少女は最初にいざこざがあった男に再び食って掛かり、男は懸命にそれは君の勘違いなんだと必死に弁明をしていた。

 マイケルを含め、他の乗客たちは関わりあいになるのはゴメンだとばかりに、各々バラバラな方向へ急ぎ足で立ち去った。

 

 そのうちポニーテールの私服の少女が、怒鳴っている制服の少女に強めに声をかけた。

 

「ねえ、本当にもうやめて! リズ」

 

 それを聞いた彼女はハッと我に返ると、私服の少女に顔を向けるとすまなそうな表情を浮かべ、上目遣いに私服の少女の目を見て答えた。

 

「ごめん、しつこかったかな……怒ってる? ジェス」

「んーん、でもこんなことをしていると時間なくなっちゃうよ? もう二人の時間を邪魔されたくないし……」

「そうだね……行こ」

 

 二人は親密な様子で腕を組んで一緒にその場を立ち去ったが、彼女たちの姿が遠くに見えなくなるまで制服の少女は後ろを振り返ったまま男をずっと睨み続けていた。

 

 少女たちが去っていくと、彼女に絡まれていた男はやっと開放されたと安堵のため息を漏らした。彼と少し離れた位置に立って騒動を眺めていたもう一人の諜報員の男が去って行く少女達の方向を見つめたまま尋ねた。

 

「お前、あの子達と知り合いなのか?」

「とんでもない! 今日初めて会ったガキ共だよ」と迷惑そうな表情を浮かべた。

「しかし、まずいことになったな。周囲の注目を集めすぎた。しばらくは何人かがお前の人相を覚えているだろう……」

「ああそうだろうな。仕方がない、俺はお前と離れてここで定点監視に切り替える。お前はターゲットを追え」

「他に方法もなさそうだしな」

「すまん」と彼は気落ちした様子で言った。

 

 一つ貸しにしておくからな、ともうひとりの男は小さくウィンクをするとマイケルの後を追ってその場を立ち去った。

 

 あとに残された男は、あのクソガキのせいで任務が台無しだ。今日はツキがないぜ、と小さくぼやいたあと、飲み物を買うために近くの売店に向かって歩き出した。

 

 周りから自然に見えるように、誰かと待ち合わせをしている風を装うためだと彼は考えていたが、実際には年端のいかない少女に激しく詰め寄られて単純にのどが渇いていただけだった。

 

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