3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 ターコイズブルーを背景色にしてアンティックゴールドとマンダリンオレンジの色が散らばっている複雑な色彩を持つ瞳『アースアイ』。その神秘的な瞳を持つポニーテールの少女は諜報員の男に警告を残して去って行った。そのすべてを見通すかのような瞳に諜報員の男は臆してしまう。
 一方、エレベーターで騒ぎを起こしていた少女は彼女の友達に呼び止められ、なぜ急にいなくなったのかと、詰問されるのだが……



第六話 女子生徒達と諜報員達

 展望台の女子トイレから一人の制服の少女が出てきた。わずかに暗めの白い肌に卵型の顔を、肩までかかる明るめのオーキッドピンクのツインテールがおおっている。

 顔の表面にはやわらかそうな表情を浮かべる逆さになった二つの半月が横に理想的な位置で並んでおり、いかにも柔和そうな面立ちだ。美しいというより、いわゆるかわいらしい感じの少女というべきか。

 彼女は先程エレベーター内で、私服のポニーテールの少女と一緒にいて騒ぎを起こしていた少女だった。

 

 その時の表情は今とは全く違っていて、ポニーテールの少女を見つめているときのとろけるような恍惚の表情や、あるいはまるで親の敵でも見るかのような残忍で復讐心に満ちた表情で男を見ていた少女だったが、今ここで優しげな表情を浮かべている少女と、エレベーター内の少女が同一人物と判断できる者は恐らく誰一人存在しないに違いない。

 

 その少女の元に同じデザインの制服の3人の少女達が慌てて駆け寄ってきてツインテールの少女に話しかけた。

 

「ちょっとリズ(エリザベスの愛称)、どこ行ってたのよ! 先生が心配してたよ?」と一人の少女がツインテールの少女の肩をつかんでゆすった。

 

 突然肩をつかまれた少女は困った表情で「え? ああ……リサ。どうかしたの?」と答えた。

 

 言葉遣いはエレベーター内でのものとはまるで違っていてごく『普通』の少女のそれだったが、それを見ていない他の少女達はそのことを知らない。

 

 リサは一瞬怪訝な表情をしたものの、畳みかけるようにエリザベスに話しかけた。

 

「どうかしたのって……あなた、私たちが一緒に歩いていたとき、キャップをかぶったポニーテールの子といっしょに突然みんなから離れて行ったじゃないの!」

 

 それを聞いたエリザベスは眉を寄せて困った表情で「えっ、え? ……」と、言葉にならない言葉を口から漏らした。彼女は自分を取り巻いている現在の状況を本当に理解できない様子だった。

 

 リサだけでなく一緒にいた女子生徒たち全員が、エリザベスがいきなり自分たちと離れてポニーテールの少女と手をつなぎ、親密な様子で歩き去ったのを目撃していた。

 

 今のエリザベスの心底困った表情を見ていると、わざととぼけているようにはとても見えない。いつものエリザベスだ。穏やかで誰にでも優しいあの子のままだ、リサはそう思った。

 

 だが、彼女にはどうにも腑に落ちなかったので再び問いかけた。

 

「私たちが一緒に歩いていたときに、あのポニーテールの子にぶつかりそうになったでしょあなた。その子のことよ! わからないの? あの子誰? 知り合い?」

 

 エリザベスは、なぜリサがこれほどまでに()()()()()()()()()のことを尋ねるのか訝しく思ったが、リサ以外のほかの少女たちも真剣そのものの目で彼女を見つめており、自分をからかっているようには見えず、本気でエリザベスを心配しているように見えた。そしてみんなのその様子を見て彼女は次第に不安になってきた。

 

「ちょっとっ、ちょっとやめてよー、そんな子知らないよっ? みんな怖いよっ!」と内心の不安を振り払うかのように小さな両こぶしを胸のあたりで握って恐怖で身を固くした。

 

 エリザベスの友達はポニーテールの少女とのつながりを知ることができず、不思議そうな表情を皆浮かべていたものの、彼女が無事に見つかったことで心は既にこれから彼女たちを待ち受けているであろう楽しい出来事に思いをはせていた。

 

 そんな中、リサだけは納得がいかない心情を表情にありありと表して、鋭い目で周りの様子を探っていた。無論、ポニーテールの少女は見つからなかった。

 

 リサはそうしてしばらく睨みつめるように周りの人物たちを見ていたが、「どうしたの、リサ? 戻ろ」、というエリザベスの言葉に注意を引きもどされた。

 

 リサは納得のいかない表情のまま他の少女たちと一緒に、流されるように観光客の人ごみの中にまぎれていった。

 

 ポニーテールの少女と話していた諜報員の男は疲れ切った様子で、売店の近くにある長椅子に座って飲み物を飲んでいるもう一人の諜報員の男のもとに戻ってきて、彼の隣にドカッと腰を下ろした。

 

 任務が完了していない今、それは危険な行為だったが、もう任務は破たんしたと後から長椅子に座った男は考えていた。その表情はまるで10年も年を取ったかのようなやつれ方だった。

 

 飲み物を飲んでいる男は、前を向いたまま、下を向いて肩を落としている男に横目で探るような視線を向けていたが、彼が戻った理由は聞かずターゲットはどうしたと尋ねた。

 

 下を向いている男は床を見つめたまま吐き捨てるように言った。

 

「『ジョニー』、やられた! 俺も()()()()

 

 ジョニーというのは無論、アノニマ(偽名)だ。彼らは当然お互いに本名で呼び合ったりしないし、そもそもお互いに相手の本名もネスト(住まい)も知らない。

 

「殺されたって、誰に? まさか、エレベーター内でギャーギャー騒いでいたあのガキにつかまったってのか? だが、お前は『灰色』のままだったろ? あのガキがお前に因縁をつける理由がない。俺たちが仲間だということは誰も知らないんだからな。そんなそぶりも見せていないし」

 

「違う、そっちの子じゃない。もう一人の連れのポニーテールの方だ! 騒いでいた子とは、エレベーターから降りて以来会っていない」と男は忌々しげに答えた。

 

 それを聞いたジョニーは驚いて相手の男に顔を向けて、「ポニーテール? ああ、そういえば騒いでいたガキの横にべったり張り付いていた子がいたな。カモフラのキャップをかぶってた女の子だろ?」と尋ねた。

 

「そうだ、その子だ」

 

 ジョニーは訝しげな表情で再び前を向きながら「うーん、あの子は騒いでいたガキと違って、厄介そうな印象は受けなかったがなぁ」と何気なく答えると、相手の男が顔を起こして怒りの表情をジョニーに向けた。

 

「あっちだったんだ! 本命はポニーテールの方だったんだよっ。騒いでいた子は俺たちのどちらかを『殺す』ための撒き餌だったんだ!」と怒鳴った。

 

 すでに追跡任務は破たんした。今更取りつくろって他人のふりをしたところで意味はない、そう開き直ったかのような様子だった。

 

 男の急な態度の変化におどろいたジョニーだったが、男がどうやって()()()()のかをまだ聞いていない。彼は続きを促すために、「それで?」と聞いた。

 

 男は再び床を見つめて「知ってたんだ! 俺たちがターゲットを追跡していたことを。しかもターゲットが数学者だという事まで知っていやがった」と、目を剥いて答えた。

 

 それを聞いたジョニーは、あからさまに疑わしげな表情で「ハッ、そんなわけあるかっ、馬鹿馬鹿しい!」と言って鼻で笑った後、「そもそもポニーテールは、なんで俺たちがターゲットを追っているのを知っているんだ? 俺たちは今日初めてあの少女たちと会ったんだぜ?」と男に尋ねた。

 

「お前は騒いでいる女の子に()()()()が、俺は一度は騒いでいる女の子に目を向けたものの、そのあとは乗客の注意をひかないために敢えて目をそらしていた。

 

 だが、あのポニーテールは俺の視線がチラチラとターゲットに向いているのにどういうわけか気がづいていたんだ。それからエレベーターから降りた後もあいつは俺のことをずっと観察していやがった。

 

 あの子はキャップをかぶっていただろう? だから自分の視線を隠しつつ、気づかれないように俺の事を観察するのはたやすいことだったろうさ」と男は吐き捨てるように言った。

 

 ジョニーは完全には納得がいかない表情で男を見ていたが、しばらくすると男の言葉の後をつなげた。

 

「まあ、それはいいとして、どうしてポニーテールはターゲットが数学者であることを知っている? ターゲットはお世辞にもあの年代の子たちが興味を引くような容姿じゃないし、その道の人間でもない限り誰も知るはずのない無名のただの中年男だぞ?」

「ああ、俺もその点が腑に落ちなかったが、『セルダン博士』が呼び寄せた数学者だから彼にかまうな、とあいつは言ったんだよ」

 

「うーん……ターゲットと知り合いの子たちだろうか」と、ジョニー。

 

 その言葉を男はすぐに打ち消した。

 

「いや、それはない。もし知り合いだったらエレベーター内で、彼らの間に二言三言会話があってしかるべきだが、彼女たちはターゲットに見向きもしなかったし、ターゲットもそれらしいそぶりは見せなかった。彼らが知り合いである可能性はほぼゼロだと思う」

 

 しばらくの間彼らの間で沈黙の時間が過ぎて行った。展望台の観光客たちは彼らが存在していないかのように誰も彼らには関心を払わず、思い思いの行動で時間を過ごしていた。

 

 キャーキャー騒いでいる制服の少女たちの集団がいるし、老夫婦は時間が止まったかのように微動だにせず、窓の外の無機質な光景に二人並んで目を向けていた。男女の若いカップルは全世界に彼らだけしか存在しないかのように、熱い瞳でお互いを見つめている。

 

 最初にジョニーが口を開いた。

 

「で、これからどうする?」

「どうするとは?」

「いや、だからターゲットの追跡の計画をどう練り直すか聞いているんだ」

 

 男はうなだれたまま、それに答えた。

 

「どうするもこうするもないさ、俺たちの任務は失敗したんだ」

「なんだと! あきらめるっていうのか? 俺たちはプロだぞ、小娘どもにコケにされて引き下がれって言うのか!」と、彼は怒鳴った。

 

 男はそれには少しも心を動かされた様子はなく「あいつらは普通じゃない。特にあのポニーテールはダメだ」彼はポニーテールの少女の『アースアイ』を思い出しながらそうつぶやいた。

 

 それを聞いたジョニーは「お前報告書に、『今日は小娘たちにしてやられました』って書くつもりなのか?」と皮肉を言ったが、男は返事をしなかった。

 

 しばらく二人の間に会話はなかったが、ジョニーは急に長椅子から立ち上がったかと思うと「お前にやる気がないなら俺だけでもやる、なめられたままじゃ終われない」とその場を去っていこうとしたが、男はすばやく「だめだ! やめておけ」と、彼を呼び止めた。

 

 ジョニーは立ち止ったが、男の方を振り返らなかった。

 

「最近……といってもここ数年の話だが……ある匿名機関の話を聞いたことがある」

「……」

「ティーンの少年少女達だけで構成された工作員の組織だそうだ……」

「!」

「俺達みたいな諜報員がいるんだ、別に少女の工作員がいたって不思議じゃないさ。それに子供相手なら油断する奴が多いしな。まさに今日の俺たちみたいにな……」と、男は自嘲気味に笑った。

 

 それを聞いたジョニーはしばらく考え込むような様子だったが、一つ大きなため息をつくと再び口を開いた。

 

「とにかく、俺たちはここ数年の間かつて陥ったことのないほどの混乱状態にある。こんな状態では任務を続けることはできない。いったん戻って頭を冷やそうや。その間くらいは、あのヘボ学者はトランターを出て行くことはしないだろうよ」、そう言ってにやりと笑った。

 

 男はああ、とうなずいて長椅子から立ち上がった。そして二人ともこの仕事に就いてから一度もやったことのないことをした。

 

 彼らは二人で横に並んで話しながら歩いて帰宅したのだった。

 

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