3.72%の少女   作:六位漱石斎正重

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 ホテルの部屋に戻ったマイケルは自分の部屋に見知らぬ少女がいることに驚愕する。彼は彼女のことをまるで知らなかったが、少女は彼のことを知っているようだった。
 そのことが不思議でもあり不気味でもあったマイケルだったが、状況が状況なだけに未成年の少女と一緒に部屋にいることが知られればやっかいなことになる。彼は何とか事を荒立てずに少女を部屋から追い出そうとするのだが……



第八話 あり得ない出来事

 ホテルの部屋の中で中年男性とミドルティーンの少女が向かい合って立っていた。男は渋い顔で、少女はにこやかな表情でお互いを見つめていた。ただ、場所が場所だけにはたから見ると怪しげな関係を想像させる男女の組み合わせだ。

 

 男の名前はマイケル・ブランダバス。年齢は35歳。辺境星系の数学者で、社会科学者のセルダン博士の招聘に応じる形でここトランターにやってきた。

 

 少女はアーバンカモのキャップにやや暗めのサンシャインイエローのポニーテールを収め、切れ長のアーモンド型の目にやわらかそうなふっくらしたリップが、顔の表面に理想的な位置で配されている。

 その上、ターコイズブルーを背景色にアンティックゴールドとマンダリンオレンジの色が複雑に散らばった『アースアイ』の瞳が彼女の魅力をさらに一層引き立てている。

 

 年齢は恐らく14、5歳だと思われるが、将来言い寄る男が数えきれないほどの美女になりそうな素養があるものの、容姿以外は彼女について全く何一つわからない。

 

 マイケルは無駄だと思いつつも、今一度少女を説得しようと試みた。

 

「お嬢ちゃん、僕は君みたいな女の子を買いに来たんじゃなくて、セルダン博士に会いに来たんだ。もういい加減に開放してくれんかな」とうんざりした様子で少女に話しかけた。

 

「『お嬢ちゃん』、というのはとっても失礼ね!」と少女はむくれた後、小首を傾げて、彼が何を言いたいのか見当もつかないといった表情で尋ねた。

 

()()()()()()……って何?」

 

 何だ? マネージャーが余計な気を利かして手配したんじゃないのか? マイケルは少女の怪訝そうな表情にどぎまぎして慌てて話題をそらした。

 

「えっ! ……いやその、と、とにかく僕は君に会いに来たんじゃあないんだよ」

 

 少女はマイケルのその言葉を無視して、彼の言葉の後に続けた。

 

「それにセルダン博士って、あのレイブンのこと?」

「そう、君たちが大鴉(レイブン)と呼んでるその『ハリ・セルダン博士』だよ」

 

 そう答えると、マイケルは話題がそれたことに一安心して小さく息を吐き出した。

 

「ふーん……」と少女は何かを考え込むかのように首をかしげた.

 

 しばらくすると、少女は彼の方に顔を向けて明るい表情で「それならちょうどよかったわ」と言って、少女は自分の小さな右手をこぶしに握って親指を突き出し、それを自分の胸に向けた。

 

 彼女は少し胸をそらすとニコニコと笑いながら言った。

 

「ほらっ! わかんないのっ、もぅ! 私っ、私よっ、私がハリ・セルダンだよっ!」

 

 マイケルは不思議な生き物を見るかのように首を傾げながら少女をしげしげと見つめた。

 

 二人はしばらく時が止まったかのようにお互いの顔を見つめていたが、その内マイケルは一つ大きな咳払いをして少女の背後に回った後、そっと彼女の肩に手を添えた。甘いジャスミンに似た芳香が少女の髪からかすかに漂う。

 

 ほんのわずかの間二人は一つのシルエットになっていたが、その内マイケルはゆっくりと少女の体を部屋のドアに向かって押し出し始めた。

 

 少女は最初、あら顔に似合わず大胆な人ね、と男の部屋に一人で来てしまったことをわずかに後悔したものの、その後すぐに自分の体がドアの方に押し出されるのを感じた。

 

 少女は肩を背後から押し出されながら、「えっ、何? 何? どうしたの?」と慌てて、懸命に足を踏ん張ったが、到底男の力に抗えずじりじりとドアの方へと彼女の体は押し出されて行った。

 

 マイケルは「はい、はい、もう店じまいですよ~。おうちの人が心配しますからね~、よい子はもうおうちに帰りましょうー」と言って少女の体をドアに向かってぐいぐい押し続けた。

 

 彼の口調はおどけていたものの、目は真剣そのものだった。

 

 少女は自分の目の前にドアが近づいてくるのを見て、「ちょっ、ちょっと! 待ってっ、待ってってば! 少しは私の話を聞いてよっ!」と叫んだが、抵抗むなしくドアの外へ押しだされそこで軽くマイケルに突き飛ばされた。

 

 少女はその場で床にペタンと座り込むと「やーん」と大声を出した。

 

 少女は座ったまま後ろを振り返りマイケルをキッと睨むと「もー馬鹿ーっ! ケチー!」とわめいたが、マイケルはそれを無視して部屋のドアを閉めた。

 

 ドアを閉めようとした瞬間、彼は少女の『アースアイ』が、淡い光を帯びて悲しげな様子を宿したかのように見えた。ドアが完全に閉まると、ドアには即座に電子ロックがかかった。

 

 いやいや哀れを誘おうったってそうはいかないぞっ、明日の準備があるんだから、ときっぱりとその考えを振り払った。

 

 電子キーでロックされたドアから一歩下がると、もうドアの向こうに見えなくなった少女に向かって、自分の右手を腹のあたりにまげて添え、左足を下げて少し腰を落として気取った格好をした。彼はその場で深々と頭を下げた。

 

 マイケルは「またのご来店をお待ちしております」と小さくつぶやいてニヤっと笑った。

 

 やれやれ、やっと片が付いたと彼はほっと一息つき、ドアを背にして振り返った。

 

 その瞬間、マイケルは部屋の中のあり得ない光景を目にして、驚きのあまり立ったまま彫像のように固まってしまい、口をあんぐりと開け放った。

 

 今追い出したばかりのポニーテールの少女が、ダブルベッドの上に彼が最初に彼女と出会った姿そのままで座っているのを目撃したからだった。

 

 馬鹿なっ! ありえない! 今追い出したばかりだぞ。帝国のホテルのセキュリティーは銀河一だ。素人に破れるものじゃない。

 仮に破れたとして、このほんのわずかの時間に僕の脇をすり抜けてベッドの上に座ったとでもいうのか? それとも壁抜けでもしたっていうのかっ? と彼の頭は激しく混乱した。

 

 少女は何事もなかったかのように自分が座っているベッドの真横を手でポンポンと軽くたたいた。

 

「ほら、博士っ、ここに座って」と軽い調子で少女は言った。

 

 マイケルは「な、なんで……」と体をワナワナと震わせて言葉にならない喘ぎを漏らした。

 

 少女はそんなマイケルの様子を気にも留めないように「だって……あなたが言ったんじゃない、またのご来店をお待ちしておりますって。だから来たんだよ……」と言った。

 

 それを聞いてマイケルは本気で恐怖した。おかしい、それだけはありえない! 私がその事を言ったのは、()()()()()()()()()()()()()()だぞ。なぜ……そう思った瞬間、マイケルの心の中から冷たいものがせり上がってきて、彼の口をふさいだ。

 

 彼は完全にパニック状態に陥り、言葉にならない叫びをあげながら少女に駆け寄り、ベッドに座っている少女につかみかかった。少女は不意を打たれ両手を彼につかまれた状態であおむけに抑えつけられた。

 

 マイケルは目を限界まで見開いて「貴様、誰だっ、何者だっ!」と怒鳴り散らした。口から少し泡を吹いていた。

 

 正気を失いかけてる……ちょっとやりすぎちゃったかな、と少女は思った。やわらかいベッドの上とはいえ、男の本気の力で締め付けられて白くなった両手首が痛む。

 

 彼女は「痛いわ、離して……」と言ったがマイケルの耳には全く届かないようだった。彼女はため息をついたあと、キッとマイケルを睨みつけた。

 

「いいの? こんな状況を誰かに見られたら、おじさんただじゃすまないと思うよ? 明日の数学者全体会議に出るんじゃなかったの?」と尋ねた。

 

 それを耳にしたマイケルは、ハッと我に返ってほんの少しだけ少女の手首をつかんでいた手を緩めた。

 

 その瞬間、少女はつかまれていた左手首をひねりながらはずし、自由になった左手をつかまれたままの右腕の下からマイケルの左手首の上に通し、そのまま彼の左手首を上からつかんだ。

 それと同時に右のひじを自分の内側に曲げて、一瞬のうちにつかまれている自分の右手のロックを外したかと思うと、瞬時に自分と彼の体勢を入れ替え、あっという間に彼の左腕を上から押さえつけた。

 

 マイケルの左手首と左ひじは完全にロックされていて、素人目に見ても力でははずせそうにない状態だ。マイケルはぜいぜいと喘いで、力を入れてもびくともしない自分の左腕を見て「これはっ!」と小さく叫んだ。

 

 少女は真剣そのものの表情でマイケルを抑え続け、静かな声で「私の話を……ちゃんと聞く?」と尋ねた。

 

 正気に返ったマイケルは押さえつけられたベッドの上で、首がちぎれそうなほどぶんぶんと縦に振った。彼の右の頬はベッドのシーツにこすれて少し赤く変わった。

 

 マイケルは少女の座っている場所から少し離れた位置で痛む自分の左手首をさすり、おびえた様子で少女を見つめていた。

 

 少女は最初険しい視線をマイケルに向けていたが、これ以上彼が自分に危害を加える事はないだろうと判断すると元の優しげな表情に変った。

 

 少女はマイケルを見ながら少しすまなそうに尋ねた。

 

「ねぇ、痛む?」

「痛いよっ、決まってるだろっ!」

 

 マイケルはふてくされたようにそっぽを向いてそう答えた。少女はごめんね、と小さく答えた。

 

「それで、今度こそ話してくれるんだろ?」とマイケルは少しだけ少女の方へと体を近づけた。

「うん、いいよ……」

「それで、そのう……君は一体誰なんだ?」

 

 少女は真剣そのものの表情で、「だからさっきも言ったように私は『ハリ・セルダン』よ? ホントだよ?」と言った。

 

 それを聞いたマイケルはあからさまにがっかりした様子で、「よしてくれ、もうこれ以上僕をからかうのはっ! でも、もしかすると同姓同名なのか? にしても女の子にハリって名前は……」と彼は言葉を濁した。

 

 少女は「同姓同名なんかじゃないわ! 私があの社会科学者の『ハリ・セルダン』なの」と困ったように答えた。マイケルは心底訳が分からないという困惑した表情を浮かべていた。

 

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