仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦   作:ボルメテウスさん

10 / 28
2077 感染

博物館を出た途端、空気の温度が一段落ちた気がした。

夜へ向かう街の冷え方とは違う。人の気配が薄いせいで、温度そのものが“空洞”になっている。

 

ウォズは前を歩く。足取りは迷いがなく、しかし急いでいない。まるで、急げば急ぐほど“何かに見つかる”と知っている歩き方だった。

 

龍之介――古代龍之介は、少し遅れてついて行く。膝がまだ重い。博物館での戦いの余波が体内に残っている。息を吸うたび、胸の奥で薄い紙が裂けるような感覚がする。

変身の代償が、いまも静かに遅れて追いついてくる。

 

「……さっきの、あの鎧。お前は誰だ」

 

龍之介が声を絞ると、ウォズは振り返らずに答えた。

 

「ウォズです」

 

それだけ。

名前だけが、夜の道路に落ちる。説明はない。欲しいのは説明より、状況の理解だと龍之介は悟る。

 

「ここは2018年だ、と言ったな。なら……俺は、何に巻き込まれてる」

 

ウォズは一拍置き、街灯の光が届かない横道へ視線を滑らせた。

 

「“未来の綻び”です。いまはそれ以上、言葉にしない方が良い」

 

言葉にしない方が良い。

その言い方が、逆に不穏だった。

 

二人が角を曲がると、街の音がさらに薄くなった。

車は走っているのに、クラクションが鳴らない。コンビニの看板は点いているのに、店内に人影がない。駅へ向かうはずの道が、妙に空いている。

 

街が避難している――そう思いかけて、龍之介は違和感を噛み砕く。

避難なら、声が出る。怒号も泣き声も、説明し合う声も出るはずだ。

だがここには、声がない。声だけが、吸い取られている。

 

「……静かすぎる」

 

龍之介が呟いた。

 

ウォズは歩調を変えず、同じ調子で言う。

 

「見えますか」

 

視線の先、交差点の向こう。

街灯の下に、人影が列を作っていた。

 

十人、二十人。

等間隔。等速度。等姿勢。

 

誰も喋らない。スマホも見ない。肩が揺れない。

歩くというより、運ばれている。録音を流しているように足音が揃い、止まるタイミングまで同じに見える。

 

龍之介は思わず足を止めた。

研究者としての好奇心が、嫌なところで顔を出す。人間の集団がここまで同期するのは、普通ではない。催眠でも薬物でも、こんな精度は出ない。

 

列の最前を見ようとして、見えないことに気づく。

角が多い。路地の曲がりが、視界を必ず遮る。列の先頭が“見えないように”作られている。

 

(誘導……?)

 

龍之介の喉が乾いた。

 

列の横へ近づくと、匂いが来た。

血でも腐敗でもない。湿った鉄と、薬品と、獣臭の中間。鼻腔の奥を掻き回す匂い。長い時間嗅いだら、肺が変なことを覚えそうな匂い。

 

地面には、透明な粘液が点々と落ちていた。踏むと靴底に吸いつく。糸を引き、戻らない。

街灯の光を受けると、粘液の中に細い繊維が混じっているのが見える。髪の毛より細く、しかし硬質で、きらりと反射する。

 

龍之介はしゃがみ込みたくなる衝動を飲み込み、息だけで観察した。

生体由来。分泌物。だが、人間ではない。

 

列の人々は目を上げない。

目だけが同じ方向を見ている。視線の高さすら揃っている。瞬きの間隔まで似ているように見えた。

 

「……聞こえるか」

 

龍之介が一人の男に声をかける。

返事はない。男の喉がわずかに上下する。唾を飲み込む動きではない。もっと硬い、何かが内側を通過する動き。

 

ウォズが小さく言った。

 

「触れないでください」

 

「触れる気はない。だが、こいつら――」

 

言葉の途中で、列の最後尾にいた男が、ふいに膝を折った。

倒れる、と思った瞬間、倒れない。倒れる前に“反って”起き上がる。背中が不自然に弓なりになり、首がぎくりと傾く。

 

乾いた咳のような音が一度。

続いて、湿った“カチ”という音が二回。

 

骨が鳴る音にも似ているが、違う。節がある。節が曲がる音。

 

男の袖口から、細いものが一瞬だけ覗いた。

触手――そう呼ぶしかない。黒く、濡れていて、先端が針のように尖っている。

覗いた瞬間、引っ込む。

 

列は動じない。誰も振り返らない。

恐怖が起きたのに、恐怖が共有されない。恐怖が“列の一部”として処理されている。

 

龍之介の背筋が冷えた。

 

「……操られてるのか」

 

ウォズは肯定も否定もしない。ただ言う。

 

「見失えば、増えます」

 

増える。

その単語が、街全体を濁らせる。

 

列は駅前へ向かわない。人が集まる場所を避ける。監視カメラの死角を縫う。

偶然ではない。意思がある。

 

二人は列の後ろにつき、距離を保って追う。

歩くほど、壁の低い位置に粘液の筋が増える。地面だけではない。壁を撫でるように、上向きに伸びる筋。

何かが“這った”痕跡。

 

角を曲がるたび、湿った節の音が近づく。

“カチ、カチ”。

雨の滴より遅いテンポで、しかし確実に心拍へ寄り添ってくる音。

 

やがて、列が分かれた。

先へ進む者と、左右へ散る者。

 

散った者たちが、路地の出口を塞ぐ形で立ち止まる。逃げ道を潰す配置。

無言で、しかし意志的に。

 

龍之介は息を飲んだ。

近くで見ると、彼らの目は濁っている。瞳孔が定まらないのに、視線だけが揃っている。唇の端が乾いて裂け、喉元に小さな穴が複数ある。

そこから粘液が糸を引いていた。

 

皮膚の下が、脈打っている。

心臓の鼓動ではない。もっと表層で、細いものが動く脈動。

 

(人間……だったものだ)

 

龍之介は本能的に後退した。

学者の理性が遅れて追いつく。感染。変異。使役。

そんな単語が頭をよぎり、どれも現実より軽く感じた。現実の方が重い。

 

路地の先――街灯が届かない空き地の中央に、“影”が揺れていた。

姿はまだ、完全には見えない。見えるのは輪郭だけだ。

 

触手が地面を叩く輪郭。壁を撫でるように伸びる複数の線。

粘液が落ちる音が、雨より遅いテンポで続く。

 

影が一度こちらを向く。

視線ではない。“方向”が揃う。

列の人間たちが一斉に、同じ角度で首を傾ける。まるで、見えない糸が引かれたみたいに。

 

龍之介の喉が鳴った。

ここで初めて、逃げたいという感情が言葉を押しのける。

だが足は動かない。動けば、こちらが“狩り”の合図になる。

 

ウォズが、静かに言った。

 

「……アナザーライダーです」

 

龍之介は眉を寄せた。

 

「アナザー……何だ?」

 

ウォズは、見えたものだけを繋ぐ。説明は最小限。だが、致命的に分かりやすい言い方で落とす。

 

「歴史を歪める偽物の仮面ライダー。触手で人間を感染・変異させ、使役する個体――アナザーアマゾンネオ」

 

その名が落ちた瞬間、影が“応える”ように触手を広げた。

粘液が街灯の端の光を反射し、触手の先端に刃のような硬質部が覗く。

立ち塞がっていた人間が、一歩だけ前へ出る。命令された動きだ。

 

アナザーアマゾンネオの触手が、列の一人の背へ刺さった。

刺さった瞬間、その人間の姿勢が“整う”。背筋が伸び、首の角度が揃い、目の焦点が“戻ったように見える”。

戻ったのは人間性ではなく、命令への忠実さだ。

 

龍之介の胃が冷たくなる。

研究者として分かる。感染の速度が異常だ。使役の精度が異常だ。

そして何より――人間が“素材”として扱われている。

 

ウォズは龍之介の横に立ち、囁くように言う。

 

「ここから先は、あなたの判断です」

 

龍之介は腰へ手を伸ばしかけ、止めた。

カセキアギトの感触が、皮膚越しに生々しく伝わる。変身すれば寿命が削れる。だが放置すれば“列”は増える。街が街でなくなる。

 

触手が、地面を叩く。

湿った“カチ”という節の音が、今度は明確に心拍へ追いついてきた。

 

龍之介は息を吸い、歯を食いしばる。

その瞬間、アナザーアマゾンネオの影が、ふっと“近づいた”。

 

距離ではない。

存在が、こちらの目の前へ滑り込んだ感覚。

 

――戦いが始まる直前の、最悪に静かな一秒。

その一秒の中で、龍之介はようやく決める。

 

(……やるしかない)

 

その手が、カセキアギトへ向かう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。