仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
街灯の端が届かない場所で、列が動いた。
人の形をした“壁”が、無言のまま行く手を塞ぐ。
カセキは一歩踏み出し、拳を上げ――止まった。
「……どけ。頼むから、どけよ……!」
声は強く出したつもりだったのに、喉が掠れていた。
目の前の感染者は、焦点の合わない眼でこちらを見ている。見ているのに、見えていない。
「……生きてるじゃねぇか……」
拳が震える。
殴れば砕ける。道は開く。けれど、それは“救う”じゃない。
ウォズが、横で低く告げる。
「……迷うのは当然です」
「当然で済むか……! 俺は、化石を研究してきたんだぞ。死んだものを相手にしてきたんだ。
なのに……目の前の“生きてる人間”を、俺の手で――」
言葉が詰まる。
飲み込んだ唾が、妙に冷たい。
その瞬間、湿った“カチ、カチ”が近づき、闇が動いた。
触手が、まるで考えを読んだみたいに襲いかかってくる。
「ッ……来る!」
カセキが踏み込む。地面が沈み、触手の軌道がわずかにズレる。
だが、ズレた先に“人間”がいる。
「……っ、やめろ!」
触手の一本が感染者の背へ刺さる。
刺さった瞬間、感染者の姿勢が整う。目が“揃う”。足音が“揃う”。
カセキは歯を食いしばる。
「……ふざけるな……! 人を……部品みたいに……!」
ウォズの視線が、感染者たちの動きを追う。感情を切り離した観察――のはずが、言葉には僅かな硬さが混じった。
「……見てください。刺されるたびに、揃っていく」
「揃う……? 何がだ!」
「瞬き。首の角度。歩幅。――意思ではありません。“命令”です」
カセキは息を呑む。
命令。そんな言葉が、人間の列に当てはまるのが、最悪に気持ち悪い。
闇の奥で、影がこちらを“向いた”。視線ではない。方向が合う。
列も一斉に、同じ角度で首を傾ける。
カセキの声が、怒りと恐怖の間で揺れる。
「……あいつが……やってるのか」
ウォズが短く言う。
「見ている限りでは間違いないだろう」
その言葉の意味を噛み砕く前に、触手が再び二本、同時に襲う。
一本はカセキの胸へ、もう一本はウォズの喉元へ。
カセキが踏み込み、ウォズが半歩で外す。
避けたはずなのに、粘液の飛沫が感染者の頬を濡らし、皮膚がわずかに変色する。
カセキの声が、かすれる。
「……避けるだけで、増えるのかよ……!」
ウォズが答える。淡々としているのに、残酷に正確だ。
「はい。ここは“戦えば戦うほど救えなくなる”場所です」
「……そんなの……! じゃあ俺は、どうすりゃいい!
殴れない! どけとも言えない! でも、放っとけば――」
言葉の先を、触手が奪う。
闇の影が触手を広げ、列が前へ。空気が狭くなる。呼吸が削られる。
ウォズは、カセキの装甲――その噛み合いを見た。
肉体を退避させ、仮の身体に置き換える“定義の書き換え”。
刺されるたび同期が強まる。
命令回線が太くなる。
なら――別の回線で上書きするしかない。
ウォズの目が、決まる。
「……方法はあります」
カセキが振り向く。怒鳴りたいのに、声が出ない。
「……本当に、助けられるのか……? 今からでも……?」
ウォズは即答しない。即答できないからこそ、誠実に聞こえる。
「救う“可能性”を作れます。……確実ではないが」
「それでもいい……! 生きて帰せるなら――」
「“人を変える”ことになります」
カセキの呼吸が止まる。
その一言が、拳を止めたときと同じ重さで胸に落ちる。
「……人を……変える……」
ウォズは淡々と、しかし逃げずに言う。
その手にあるミライドウォッチを見せる
「キカイの力。ナノツールを放出し、セミヒューマノイズ化させる。
その状態で、異物として侵入したものを……抜き取る」
カセキの声が震える。怒りでも、恐怖でも、祈りでもある。
「戻れるのか……? 元に……」
ウォズは目を逸らさない。
「保証はできませんし、確実ではない。むしろ失敗する可能性がある」
感染者の列が、また一歩進む。
“カチ、カチ”が心拍に重なる。
カセキは拳を握り直した。
殴れない相手を前に、殴るためではない拳を作る。
「……分かった。俺が時間を稼ぐ。
お前は……その“可能性”を形にしろ。今ここで……!」
ウォズが小さく頷く。
「えぇ、勿論」
闇の影が、触手をうねらせる。
救うための選択が、戦いの始まりになる。