仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
クジゴジ堂の居間は、戦いの後の静けさが畳に染み、息を吸うたび微かな焦げと金属の匂いが喉の奥に引っかかった。テーブルには傷だらけのライドウォッチと、ひび割れた外殻の欠片。湯気の立つカップが並んでいても、温度だけが取り残されている。
ウォズは破片の並びを指先で整え、視線を三人に巡らせた。
「論点は一つ。なぜ2018年に、別々の未来の仮面ライダーが同時に現れたのか」
ジョニーが帽子のつばを押さえたまま、乾いた息を漏らす。
「時空の気まぐれ、って線は?」
「否定はしません。ですが状況が揃いすぎています」
ハルトが自分の腰を押さえ、噛むように言う。
「俺たちは別々の未来なのに……同じ系統の“鍵”で落ちた可能性がある、ってことか」
「理解が早い」
ウォズの笑みは形だけで、瞳の奥は硬いままだった。龍之介はカップの縁に指を沿わせ、湯気の揺れを見つめながら結論へ滑り込む。
「仮説は立った。……次は“誰が扉を開けているか”だ」
言い終える前に、声がもう一段低くなる。
「その前に、一つだけ確認したい」
ジョニーが目だけで促す。
「……なんだ」
「救うために人を変えた。あの方法は——正しいのか」
湯気が一瞬、止まったように見えた。ハルトの指がカップの取っ手を強く掴み、陶器が小さく鳴る。ウォズは返事を急がず、息を整えるように指を組む。
「正しい、という言葉は便利です。……ですが、あの場で測っている間に増殖が進めば、救える命も救えなくなる」
龍之介が間を詰める。椅子の脚が畳を擦り、乾いた音が走った。
「なら、正しくなくてもいいのか。戻らなかったらどうする」
「戻すためにやった」
「戻ったことを、誰が保証する」
刃のような問いが、言葉ではなく息の圧で迫る。ハルトが耐えきれず口を挟む。視線が天井の梁へ逃げ、戻る。
「助けるために変えるって……奪うのと同じにならないのか? 空を奪われた俺の世界と、何が違うんだよ」
ジョニーがラムネ瓶を指で弾き、ビー玉が小さく鳴った。
「違うのは、生きてるか死んでるかだ」
ハルトの喉が詰まり、言葉が途中でほどける。否定したいのに、足場がない。龍之介は引かない。視線がまっすぐで、逆に怖い。
「線引きしないと、どこまでも踏み込む。救うために改造。改造のために支配。——同じ坂を、別の言葉で滑るだけだ」
ジョニーの声が少しだけ強くなる。
「現場じゃ、綺麗な線なんて引けねぇ。手を出せない間に増えるんだよ」
言いかけた龍之介の言葉を、ウォズが静かに断つ。声を荒げない。荒げないから、余計に逆らいづらい。
「二人とも。そこまでにしましょう。順番があります」
視線が三人の間を滑り、刺さる直前で止まる。
「原因を特定する。——君たちがここにいる理由を、先に切り分ける」
ウォズはテーブルの破損したウォッチへ指を伸ばした。ひびの入った外殻に光が薄く反射する。
「力が欠けた。歴史の整合性が削れた。その隙間に未来が落ちてきた」
「隙間……?」
ハルトが反芻する。ウォズは比喩を選ぶ。説明のためではなく、像を結ぶために。
「本のページを破って、別のページと貼り合わせたようなものです。印刷が違う。紙質が違う。なのに一冊に綴じられてしまった」
龍之介が短く息を吐く。
「並行世界の継ぎ接ぎ……」
「ええ。そして、それを可能にする“手”がある。——スウォルツ。アナザーディケイド級の干渉です」
ジョニーの瞳がわずかに鋭くなる。
「“世界の境目”に触れる、ってやつか」
「境目を裂ける」
ウォズは言い切り、言葉の端を飲み込む。ハルトの掌に汗が滲む。
「俺たちは……呼ばれたのか」
「呼ばれた。あるいは落ちた。結果は同じです。次はもっと大きい。未来が集束し始めています」
その瞬間、遠くで爆発音が腹に響いた。窓ガラスが微かに震え、カップの水面が輪を描く。順一郎の奥からの声が、途中で詰まる。
「え……?」
ジョニーが立ち上がる。帽子のつばを押さえ、窓の外へ顎を向けた。
「ほらな。議論してる暇が消えていく」
ハルトも反射的に立つ。空を見上げる癖のまま、この時代の空を睨む。
「また……どこかで戦ってるのか」
龍之介は椅子の背に手を置いたまま、ゆっくり体を起こす。
「同時刻に別の地獄。……単発じゃない」
ウォズが頷き、逢魔降臨暦を胸元へ抱える。
「動きましょう。まずは目撃情報を拾い、現場の違和感を集める」
順一郎が不安げに身を乗り出す。
「い、いきなり行っちゃうの? 危ないよ——」
「叔父上。ここは安全に。必ず戻ります。戻るために行くのです」
玄関へ向かおうとした、そのとき。
――カチ。
小さな音が居間の中心から弾けた。古い時計の針ではない。テーブルの上だ。龍之介の足が止まり、視線が一点に縫い付けられる。
「……今、動いた」
ジョニーが振り返る。
「何がだ」
ハルトも戻り、テーブルを覗き込む。割れたジオウⅡウォッチの内部で、歯車が一瞬だけ噛み合い、すぐ空回りした。針が数ミリ跳ねる。復活ではない。外から押された痙攣だ。
――カチ、カチ。
今度は複数。同じタイミングで揺れる。龍之介が低く言う。言葉が短いほど、確度が増す。
「反応が“遅れていない”。外の爆発と同期している。偶然なら、説明が面倒すぎる」
ジョニーが壊れた心臓を眺める距離感で、ウォッチに近づく。
「死んだはずのもんが、外から電気流されて跳ねたみたいだな」
ウォズは笑わない。硬さだけが残る。
「予兆です。ライドウォッチは歴史の欠片。欠片が揺れるのは——大きな干渉が近づいた証」
ハルトが喉を鳴らす。恐怖を飲み込む音が、やけに大きい。
「これが……次の場所を示してる?」
「指し示しているかは不明。ですが無関係ではない」
龍之介がすぐ続ける。
「測定値として扱える。爆発地点と反応を照合すれば、干渉の周期が割り出せるかもしれない」
ジョニーが短く笑った。
「学者だな。……嫌いじゃねぇ」
ハルトは一瞬だけ梁を見上げ、すぐ視線を戻す。低い天井は相変わらず窮屈だ。それでも足は止まらなかった。
「……行こう。ここで立ち止まったら、また増える」
ウォズが頷き、扉へ向かう。外の光が差し込み、遠い硝煙の匂いが流れ込んだ。テーブルの上で、破壊されたライドウォッチが——もう一度だけ、かすかにカチリと鳴った。