仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦   作:ボルメテウスさん

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野生の追跡

夜風が屋上の縁を撫で、コンクリートの焦げ跡からまだ薄い匂いが立っていた。

ソウゴが受け取ったウォッチをポケットに押し込み、目の前の青年を見上げる。サングラスの奥が読めない。なのに、立ち姿だけが妙に礼儀正しい。

 

「鬼走、って言ったよね。ハンター?」

 

「鬼走 天涯。所属は……もう関係ない」

 

語尾が少しだけ鈍る。ネクタイの結び目を指先で確かめる仕草が、落ち着かない心を隠しきれていなかった。

 

「関係ないって、どういう……」

 

「俺は未来から来た。追うべき獲物がいる。そこだけが仕事だ」

 

ソウゴは瞬きを一つ置いた。耳に残る“未来”という言葉の響きが、目の前の現実と噛み合わない。天涯の喉が一度動く。驚きを飲み込む癖だ。

 

「ここ、二〇一八年だよ」

 

「……二〇一八?」

 

足元がわずかに揺れたように見えた。天涯の肩が一瞬だけ強張り、次いで息が浅くなる。驚いているのに、騒がない。騒げない。狩りの途中で感情を散らさないように、身体が勝手に押さえ込む。

 

ソウゴはその硬さを見て、思わず口角を上げた。

 

「びっくりするよね。分かる。俺も最初そうだったし」

 

「……お前は、知っていたのか」

 

「うん。もう何人か会った。未来のライダー」

 

天涯の顎が、わずかに上がる。視線が一瞬だけ遠くへ滑った。知らない時間、知らない規則、知らない戦場。その全部が、背中に重りみたいに乗っている。

 

ソウゴは言葉を選びかけた。

そのとき、街の下から細い悲鳴が割り込んだ。

 

「きゃああっ!」

 

空気が変わる。天涯の首がすっと悲鳴の方向へ向いた。判断が速い。迷いがない。狩りのスイッチが入る音が、見えないのに分かる。

 

「行こう!」

 

ソウゴが階段へ走る。天涯は一拍遅れて……いや、遅れていない。追い越す勢いで影が前へ滑った。

 

路地へ飛び出すと、人の輪ができていた。誰かが転び、誰かが壁に張りつくように逃げる。中央には、灰白い皮膚の異形が立っている。黒い血管の線が、脈打つたびに浮き上がった。口元は固く噛み締められ、唸り声だけが喉の奥で擦れている。

 

ソウゴの視線が、鎖骨あたりの刻印に吸い寄せられた。生々しい文字が、皮膚に沈んでいる。

 

『SHIN』

 

「……シン?」

 

天涯が一歩踏み出した瞬間、異形の視線がぴたりと固定された。次の刹那、ソウゴの目には“動き出し”が見えない。見えないのに、天涯の肩がわずかに沈む。そこへ来る、と身体が先に知っているみたいに。

 

ソウゴは喉の奥が冷えた。

 

「アナザーライダー……アナザーシンだ」

 

異形が跳ぶ。地面を蹴った音が遅れて届く。天涯はすでに横へ滑っていた。攻撃が空を切る。

紙一枚ぶん、身体をずらしただけ。避けたというより、最初からそこにいない。

 

「……逃がすな」

 

天涯が低く呟く。ドライバーへ手が伸びる。

その前に、アナザーシンが天涯の進路を“塞ぐ”ように踏み込んだ。視線が動かない。呼吸も乱れない。なのに、こちらの足の置き場だけが奪われていく。

 

ソウゴはバイクの鍵みたいにライドウォッチを握り、周囲を見回した。逃げ惑う人々。段差。看板。細い抜け道。

 

「鬼走!こっち、路地!」

 

呼びかけた瞬間、アナザーシンの首が僅かに傾く。ソウゴの呼吸が一拍だけ詰まった。

目の前の異形が、まだ起きていない動きを“拾った”気配がした。

 

天涯は躊躇なく路地へ走る。アナザーシンも追う。追跡が始まる。

狭い道へ飛び込んだ途端、世界が線になる。壁が迫り、看板が掠れ、足音が重なり合う。天涯は障害物を避けるたび、わずかに速度を上げる。追い詰める動き。

なのに、アナザーシンは詰められていないように見える。歩幅を変えず、角を曲がる前に身体の向きだけが変わる。追われているのに、先にいる。

 

ソウゴは息を吸い直した。視線を落とし、足元の影を追う。相手の目を見ない。呼吸を読ませない。

路地の出口が近づいた。そこに、通りの街灯が一本、白く立っている。

 

天涯が一瞬だけ肩越しに振り返った。

 

「……こいつ、読む。普通の獲物じゃない」

 

「分かってる!」

 

アナザーシンが跳躍する。街灯の光を跨ぐように、天涯の真横へ飛び込む。

天涯が止まらない。止まれない。狩りの脚が、逃げる者と同じ速度で回り続ける。

 

ソウゴは路地の角で一度だけ立ち止まり、ポケットの中のウォッチを握り締めた。金属が冷たい。

追跡の先で、何かが“カチリ”と動いた気がした。耳ではなく、胸の奥で。

 

遠ざかる二つの影を見送る余裕はない。

追う者と、読む者。夜の街は静かなまま、足音だけが物語を押し進めていった。

 

路地を抜けた先、街灯の白い光が細く伸びていた。天涯の足音がコンクリートを叩き、その背後を灰白の影が滑るように追う。アナザーシンは大きく踏み込まない。ただ、踏み出す場所が最初から決まっているみたいに、無駄がない。

 

ソウゴは少し距離を置きながら走っていた。呼吸を整えようとしても、胸の奥がざわつく。視線が、何度も同じ動きを追ってしまう。

 

「……なんだよ、あの動き」

 

天涯が左へ避ける前に、アナザーシンの肩が僅かに沈む。次の瞬間、そこへ攻撃が来ると分かっているみたいに、すでに身体が外れている。剣を振るうより早く、避け終わっている。

 

ソウゴの足が一瞬だけ鈍った。

見覚えのある“間”だった。

 

「……似てる」

 

呟きが風に消える。頭の奥に、まだ使えないはずの感覚がかすかに蘇る。未来の分岐が一瞬だけ重なる、あの感覚。ジオウⅡで見た、選択肢が枝分かれする瞬間の静けさ。

 

「ジオウⅡ……」

 

思わずポケットに手が伸びる。触れたウォッチは冷たいまま、沈黙している。今はまだ、力を貸してくれない。けれど目の前の異形は、それに似た動きを“本能”でやっている。

 

アナザーシンが天涯の進路を読むように斜めへ滑り込む。天涯の足が止まる前に、身体が反転し、壁を蹴った。火花が散り、距離が開く。

 

「……読む、か」

 

天涯の低い声。ソウゴは息を吸い直した。

 

未来を見るわけじゃない。

動く前の“何か”を拾ってる。

 

理解した瞬間、背筋が冷えた。

ジオウⅡの時、未来が枝みたいに見えていたのは、もしかして――。

 

「違う……でも、似てる」

 

ソウゴは視線を落とした。相手を見過ぎると、呼吸まで読まれる気がした。わざと歩幅を変え、リズムを崩す。靴裏が水たまりを踏み、跳ねた水滴が光を散らす。

 

アナザーシンの頭が、ほんの一瞬だけ揺れた。

 

「……今だ、鬼走!」

 

声を上げる。天涯が迷わず前へ踏み込む。雷光が足元から弾け、狭い路地を切り裂いた。アナザーシンが追う。けれど、さっきよりも半拍遅い。

 

ソウゴは胸の奥が少し軽くなるのを感じた。

未来は見えていない。

でも、読む“材料”は壊せる。

 

遠くで風が唸り、三つの影が次の曲がり角へ消えていく。

握ったウォッチの縁が、指先に微かに震えた気がした。

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