仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
路地を抜ける風が、刃のように頬を打つ。
天涯の足が地面を蹴るたび、雷光が短く弾けた。狭い通路。逃げ場は少ない。追うはずの立場なのに、背中に冷たい視線を感じる。
アナザーシンは走っていない。滑っている。
踏み出す前に、次の足場を知っている動き。天涯が右へ切る瞬間、灰白の影はもうその外側にいる。
「……っ」
距離が縮まらない。
加速しているのに、差が埋まらない。
「逃げるな!」
叫びは風に裂ける。アナザーシンが低く唸り、看板を踏み台に跳ぶ。天涯も壁を蹴り、並走する。足裏がコンクリートを抉り、火花が尾を引いた。
前方の曲がり角。
天涯は最短距離で踏み込む。
だがアナザーシンは半歩早い。角の内側を潰すように身体を滑らせ、行き場を奪う。
「読まれてる……!」
歯噛みする間もなく、灰白の腕が伸びる。天涯は身を沈め、肘をかすめて抜ける。脈打つ黒い血管が、月明かりに不気味に浮かぶ。
背後で足音が増えた。
「鬼走!」
ソウゴが路地に飛び込む。息が荒い。だが目は逸らさない。アナザーシンの動きを追い、何度も瞬きをする。
未来を見るような動き。
動き出す前に、そこにいる。
ポケットの中で、金属が微かに震えた。
ソウゴの指がウォッチに触れる。
冷たい。壊れたままのはずのジオウⅡ。
それでも胸の奥が熱を帯びる。
「まだ……終わらせない」
呟いた瞬間、ウォッチの縁が小さく光を帯びた。
カチリ、と内部で何かが噛み合う。
天涯が再び加速する。
だがアナザーシンは正面から飛び込んでくる。空気を裂く腕。天涯が反応する前に、進路が封じられる。
「くそ……!」
焦りが一瞬、足運びを乱す。
その隙間へ灰白の影が滑り込む。
ソウゴの視界が揺れた。
重なる。
分岐する。
目の前の動きが、ほんのわずかに遅く見える。
ジオウⅡライドウォッチの文字盤が、淡く脈打った。
「……分かる」
ソウゴは踏み出す。
天涯の進路に、手を伸ばす。
「左、二歩目で跳べ!」
声が弾丸のように飛ぶ。
天涯の足が迷わず従う。二歩目、壁を蹴る。アナザーシンの腕が空を切る。
灰白の頭部が僅かに揺れた。
今までなかった“遅れ”。
天涯が空中で身体をひねる。
雷光が足元に集中する。
「逃げるな!」
『鬼スパーキング!』
電撃が路地を焼き、アナザーシンを絡め取る。灰白の身体が硬直するが、完全には止まらない。唸り声が低く響く。
ソウゴはウォッチを握り締めた。
砕けていたはずの外装が、静かに繋がっていく。
文字盤が澄んだ光を宿す。
ジオウⅡ。
復元された感触が掌に伝わる。
アナザーシンが拘束を破ろうと力を込める。
黒い血管が浮き、筋肉が膨れ上がる。
天涯が歯を食いしばる。
速度が足りない。
焦りが胸を叩く。
「王様!」
呼ばれる。
ソウゴは息を吸い、ウォッチを掲げた。
夜の路地に、時間の振動が走る。
追う者。
読む者。
そして――重なる未来。
疾走は止まらない。
ただ、今度は並走じゃない。
追跡の主導権が、静かに傾き始めていた。
路地の奥で、アナザーシンの唸り声が低く響く。
灰白の身体が、雷に絡め取られながらも無理やり動こうとしていた。黒い血管が脈打ち、拘束を引き裂く音がする。
天涯の足が一瞬よろめく。
「……まだ止まらないのか」
焦りが滲む。
読まれる。潰される。その気配が、追跡の流れを逆転させかけていた。
ソウゴはその光景を、真正面から見据える。
ポケットの中のジオウⅡライドウォッチが、掌に脈打つように震えていた。
壊れていたはずの縁が、静かに噛み合う。
微かな金属音が、耳鳴りの奥で鳴る。
「……今度は、俺が選ぶ」
ウォッチを掲げる。
その瞬間、空気が一段重くなる。街灯の光が揺らぎ、路地の影が二重に重なった。
ソウゴの背後に、もう一人の“自分”が立つ。
未来の姿。
別の動きをしている影。
視界が広がる。
アナザーシンが天涯を引き裂く未来。
拘束を破り、次の獲物へ跳ぶ未来。
そして——それを止める未来。
息を吸う。
「変身」
ジオウライドウォッチⅡをドライバーに叩き込む。
回転。
『ジオウⅡ!』
低く重い電子音が路地を震わせる。
ベルトをさらに回す。
『ライダータイム!カメンライダー!ジオウ!』
空間が歪むのではない。
“重なる”。
『ジオウⅡ!!』
時計の針が高速で回転する音。
無数の分岐が一瞬だけ可視化され、次の刹那には一つへ収束する。
装甲が形成される。
黒を基調としたボディに、強化されたアーマーラインが走る。
額に刻まれたⅡの意匠が光を宿す。
胸部のウォッチが重く鳴り、時針がわずかに動いた。
立つ。
二〇二センチの巨体が、路地を塞ぐように現れる。
威圧感が空気を押し下げる。逃げ場のない圧。
アナザーシンが拘束を引き裂く。
跳ぶ。
だが——
ジオウⅡは動いていない。
いや、動き終わっている。
灰白の腕が届くはずだった場所に、既にいない。
回避と同時に拳が伸びる。
未来の分岐を選び、勝つ軌道だけが残る。
衝撃が爆ぜ、アナザーシンの身体が路地の壁へ叩きつけられた。
天涯が息を呑む。
「……選んだ、か」
ジオウⅡの複眼が静かに光る。
時間の針が胸部で微かに刻む音がする。
アナザーシンが立ち上がる。
唸り、再び踏み込もうとする。
だが今度は違う。
読む怪物に対し、選ぶ王が立つ。
路地の空気が張り詰める。
未来は分岐しない。
ジオウⅡが一歩踏み出した瞬間、時間そのものが従うように沈黙した。
路地を抜けた先、倉庫街へと視界が開ける。
アナザーシンは壁を蹴り、上へ逃げようとする。だが、その進路にジオウⅡの視線が重なった。
胸部のウォッチが低く鳴る。
逃げる未来。
左の非常階段。
右の鉄骨足場。
屋根伝い。
分岐が一瞬だけ広がり、次の瞬間には潰れていく。
ジオウⅡが一歩踏み出す。
その動きに合わせ、時間の重なりが揺れる。アナザーシンが左へ踏み出そうとした瞬間、そこに既に立っている。右へ滑ろうとすれば、足場が崩れる未来を選ばれる。
逃走経路が、削られていく。
「……囲むぞ、鬼走!」
声は落ち着いている。
焦りはない。
天涯が頷き、雷光を纏って地面を蹴る。
前方を塞ぐジオウⅡ。
後方から迫るオイカケ。
アナザーシンが唸る。
呼吸を殺し、わずかな隙間を探る。だが、足を置く未来が狭い。
「逃げる未来は、選ばない」
ジオウⅡの指がベルトへ伸びる。
ジクウドライバーを回転。
『フィニッシュタイム!』
空気が震える。
ウォッチが光り、胸部の針が加速する。
『ジオウⅡ!トゥワイスタイムブレーク!』
時間の重圧が周囲を押し下げる。
同時に、天涯がドライバーを叩く。
『オイカケ!鬼ライトニング!』
雷鳴が倉庫街を走る。
ジオウⅡが跳ぶ。
その影が一瞬、二重になる。
未来の軌道と現在の軌道が重なり、正解だけが残る。
オイカケも空中へ。
雷光が脚に集中し、鋭い軌跡を描く。
アナザーシンが迎撃に腕を振るう。
だが——。
振るう未来は、既に潰されている。
ジオウⅡの蹴りが胸部へ叩き込まれる。
遅れて、オイカケの雷撃が横から貫く。
二重の衝撃が爆ぜる。
灰白の身体が地面に叩きつけられ、黒い血管が軋む音を立てる。逃げ場はない。分岐は閉じられた。
ジオウⅡが着地する。
胸のウォッチが静かに止まり、針が定位置へ戻る。
オイカケが隣に立つ。
雷の残光が消えていく。
「……狩り、完了か」
アナザーシンは唸りながらも、立ち上がれない。
時間を読む怪物に、時間を選ぶ王が重なった。
倉庫街に静寂が戻る。
夜風だけが、焦げた匂いを運んでいた。