仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
ウォズは繁華街の裏通りを歩きながら、路面に落ちる看板の影が不自然に揺れていることへ先に気づいた。
風向きが一定にならず、冷たい風だけが上から下へ流れ落ちるように通りを撫で、街の音から生活感を奪っていく。
彼は足を止めずに周囲を見渡し、避難導線と視界の死角を同時に測りながら、歴史の綻びがまた開いたと悟った。
頭上の雲が裂けるように動き、次の瞬間には黒い影が一直線に落下し、ビル風では説明できない風圧で地面へ迫る。
ウォズは空を見上げたまま、吐息をひとつだけ整え、感情より先に役割へ戻るように口元を歪めた。
「……またですか、スウォルツは本当に厄介な盤面を用意してくれますね」
影は着地の衝撃で粉塵を巻き上げ、その中心から翼を持つ異形のライダーが姿を現し、背中の羽根が刃物のように鳴った。
ウォズは一歩も退かず、懐からミライドウォッチを引き抜き、ビヨンドライバーへ繋ぐ動作を迷いなく始める。
だがイカロスは儀式を許さず、翼を振って風を刃へ変え、通り一帯の空気を握り潰すように押し寄せさせた。
風はただの突風ではなく、狙いを持った手のひらのようにウォズの指先だけを叩き、ミライドウォッチを路面へ弾き飛ばす。
硬いプラスチックの音が転がり、ウォズの視界の端でウォッチが排水溝の方へ跳ね、最悪の角度で消えかけた。
ウォズは追うより先に敵の軌道へ身体を差し込み、変身不能の現実を呑み込みながら、素手のまま立ち位置を変える。
「なるほど、私の祝辞を封じるとは、ずいぶんと礼儀の欠けた舞台装置のようです」
イカロスは返答を持たず、翼の先端を開閉させて風を圧へ変え、建物の隙間からウォズを押し潰す角度で突っ込んでくる。
その瞬間、ウォズの胸に薄い寒気が走り、恐怖というより「恐怖を作られる前兆」が肌の内側に貼り付く感覚が生まれた。
イカロスは人の感情を嗅ぐように、頭部の瞳を細めてこちらを値踏みし、逃げ道の少ない地点へ風の壁を立てる。
ウォズは壁際へ追い込まれながらも、声色を崩さず、敵の狙いが肉体より精神にあると読み取ってしまう。
「恐怖を吸うのなら、恐怖を見せなければよいのですが、こちらは変身不能でしてね」
イカロスの突進が来る。
羽根が盾にも刃にも変わり、前面へ展開した翼が壁のように迫り、風圧が骨の内側を揺さぶる。
ウォズは身を捻って受け流し、背中を路面へ擦りながらも立ち直り、次の一撃が致命角へ入る前に距離を詰めて軌道を潰す。
それでも敵の出力は増し、空気が重くなるほどに、周囲の人影がいないのに「誰かの怯え」が街に漂い始めた。
「スウォルツは、失われた可能性まで引きずり出し、こうして実体へ縫い付けたわけですか」
ウォズが言い終えるより早く、イカロスは回転しながら地面を削り、竜巻の芯を作って突っ込んでくる。
避ければ背後の店舗が裂け、受ければ骨ごと持っていかれる速度で、風と質量が同時に襲いかかる。
その刹那、横合いから水彩の飛沫のような光が飛び、竜巻の輪郭へ色を塗るようにぶつかって爆ぜた。
イカロスの突進が一拍だけ鈍り、風の芯が乱れ、ウォズの前から致命の角度が外れていく。
ウォズが視線を向けると、通りの端から小さな影が跳ね、まるで空中に道を描くように滑り込んできた。
小さな少女が笑いながら前へ出て、危険を恐れるより先に好奇心で戦場を測り、武器を構え直す。
「わたしはゆかりっていうの、よろしくお願いしますって言いたいけど今は止めるね!」
その明るさが場違いすぎて、ウォズは一瞬だけ台本を忘れたように瞬きし、次に自分の表情が揺れたことへ気づいてしまう。
イカロスは少女へ向けて風を絞り、恐怖を引き出すように圧を集中させるが、少女は足元に滑る道を描いて逃げずに踏み込む。
ローラーが路面を噛む音が軽快に響き、彼女は翼の死角へ回り込み、色の弾を散らして風の流れを撹乱した。
ウォズはその動きが偶然ではなく、危険を嗅ぎ分けた上での最適解だと理解し、彼女が未来由来の戦闘感覚を持つと判断する。
「君は一体、どこの未来の仮面ライダーなのですか、私は資料に君の名を見つけていません。」
「わたしは仮面ライダーウォッシュで、きれいにして帰るのが好きなの、だから壊すのはやめてね!」
会話の最中にもイカロスの風は鋭さを増し、恐怖を増幅するように街角の空気を冷やし、ウォズの背筋へ見えない針を刺す。
ウォズは変身できない現実を受け入れ、だからこそ戦い方を切り替え、祝辞の代わりに戦況整理を言葉で刻み始めた。
「よいでしょう、私が動けぬなら、私の役目は歴史の意味づけではなく、君の勝ち筋を言語化することです」
彼は落ちていったミライドウォッチの方向を一瞬だけ見てから、イカロスの翼の可動域と風の癖を読み、少女へ短く指示を投げる。
「風の芯を崩せば突進は鈍ります、ならば翼の付け根を狙い、色で流れを汚していきなさい」
ゆかりは大きく頷き、返事の代わりにローラーで軌道を描き、空中へ道を延ばして翼の上を駆け抜けた。
イカロスは苛立ちを咆哮へ変え、恐怖を吸おうとして風を濃くするが、濃くなったぶんだけ流れが見え、ウォズの読みが当たっていく。
戦場は加速し、少女の軌道は線になり、風は刃になり、ウォズの言葉はそのすべてを結ぶ糸として張り詰める。
そしてウォズは、落ちたミライドウォッチを取り戻す隙を作るため、次の一手を組み立てながら、静かに口角を上げた。
ビルの谷間を抜ける風が、妙に冷たく粘ついていた。
ウォズは足を止めず、視線だけで空の流れを追っていた。
気配が一段だけ濃くなり、街の音が押し潰されていく。
影が落ちる。
落下ではない。
風に乗って滑空し、角度を変えて迫ってくる。
「……来ましたか」
仮面ライダーイカロスが、路地の入口に降りた。
翼が開き、羽根が刃のように光を裂く。
その足元に、丸い風の輪が生まれた。
車輪のような渦が回り、路面を蹴らずに加速する。
初手から速い。
直進ではない。
電柱を回り、看板を舐め、壁面へ跳ねる。
密集地形を、迷いなく噛み砕いていく。
ウォズがミライドウォッチへ手を伸ばす。
その瞬間に風が刺さり、指先だけを叩いた。
ウォッチが弾かれ、排水溝へ転がっていく。
変身の道が、一本で折られた。
「厄介ですね」
イカロスは翼を一度しならせ、風を鞭に変える。
見えない衝撃が街路を走り、コンクリ片が跳ねた。
その風が、感情を撫でるように冷えてくる。
恐怖だけを選び取るように、胸の奥へ触れてきた。
そこへ、ローラーの音が短く滑り込む。
ゆかりが空中に“路”を引き、角を切って入ってきた。
仮面の下にあるだろう幼い笑顔が先に出て、身体が迷いなく後から続く。
ウォズが一瞬だけ戸惑い、すぐに立ち位置を下げる。
今の彼は、守られる側へ回るしかない。
イカロスが旋回し、ゆかりへ風輪を投げる。
車輪状の渦が、地面を削りながら迫った。
ゆかりの路が揺れ、足裏の感覚が軽く浮く。
速度を維持すれば切断され、止まれば飲まれる。
ゆかりは路を短く切り、壁へ逃げた。
そのまま看板の裏へ潜り、風の芯を外す。
衝撃が背中を掠め、肋が軋むように響く。
「痛いけど…いける!」
イカロスは追い切らない。
翼を広げ、風を“面”にして押し付けてくる。
逃げ道が狭まり、息が薄くなっていく。
恐怖が膨れ、脚が一瞬だけ止まりそうになる。
イカロスの瞳が、そこを狙ってくる。
恐怖を吸い上げ、力へ混ぜる動きが見えた。
路の輪郭が滲み、ローラーが空を噛み損ねる。
一度の失速が、即座に捕食へ繋がる距離だ。
「くっ…!」
ゆかりは歯を食いしばり、視線を翼へ固定した。
風は翼から生まれ、翼が軽いほど回転が速い。
ならば重くする。
重くして、回転を殺す。
彼女はグラフティシューターを構える。
狙いは胴ではない。
翼の付け根と羽根の重なり目だけだ。
「ぬるぬるにする!」
インク弾が飛ぶ。
一発では足りない。
風が散らす。
だから近づく。
ゆかりは路を壁へ繋ぎ、縦に走った。
窓枠を踏み、鉄骨を蹴り、背面へ回り込む。
イカロスが振り返るより早く、二射目を翼へ叩く。
黒い染みが羽根に残り、風の膜が一瞬だけ乱れた。
イカロスが風圧で払う。
ゆかりの身体が浮き、路がほどけかける。
空中で足裏が迷い、胃が落ちる感覚が来た。
このまま落ちれば、次の風輪で終わる。
だが彼女は、落下を“加速”へ変えた。
路を短く描き、落ちる角度を斜めへ変える。
着地と同時にローラーが噛み、速度が戻る。
「当てるまでやる!」
三射目。
四射目。
今度は羽根の先端へ散らす。
インクが乾く前に、さらに重ねる。
羽根が重くなり、開閉が遅れる。
イカロスは苛立ち、突進を選ぶ。
風輪を足元で肥大化させ、体当たりの速度へ変えた。
狭い路地が震え、壁の広告が裂ける。
初見殺しの圧が、真正面から迫ってくる。
ゆかりの呼吸が詰まる。
恐怖がまた吸われ、頭が白くなる。
けれど彼女は、目だけは逸らさなかった。
「怖い…でも、守る!」
背後にはウォズがいる。
一般人が角を曲がって逃げる姿も見えた。
ここで退けば、風が街へ放たれる。
だから彼女は、避けるのではなく崩す。
突進の直前、翼が大きく開く。
その瞬間だけ、羽根の面積が最大になる。
重くした翼が、そこを弱点に変える。
ゆかりは路を低く描き、地面すれすれを滑った。
突進の下へ潜り、上へ向けてインクを撃つ。
翼の内側に塗料がべったり乗り、羽根が鈍く垂れた。
風輪が歪み、突進の芯が一瞬だけ逸れる。
「今だよ!」
ウォズが短く叫び、身を低くして瓦礫の陰へ入る。
ゆかりは跳ねる。
路を空中へ引き、回転で距離を稼ぐ。
足裏のローラーが唸り、加速の熱がふくらはぎへ溜まる。
イカロスが翼を立て直そうとする。
だが重さが戻らない。
羽根が開き切らず、風がまとまらない。
再生や修復の兆しはあるが、間に合う速度ではない。
ゆかりは一拍だけ呼吸を整えた。
胸が痛い。
脚も震える。
それでも路は消えていない。
「これで終わり!」
彼女はローラーを強く踏み、回転の勢いを蹴撃へ集めた。
カラーインフィキサ。
跳び回し蹴りが、翼の付け根へ叩き込まれる。
重くなった翼が逃げられず、衝撃が芯へ通った。
イカロスの姿勢が崩れ、風輪が砕ける。
次の瞬間、イカロスは地面へ叩き落とされた。
風が途切れ、街の音が戻った。
決着ははっきりしていた。
ゆかりは着地する。
膝が笑い、足首が熱く痛む。
路が揺れ、空中の線がほどけて消えていく。
勝ったのに、身体は軽くならない。
「だいじょうぶ?」
「へいき…ちょっとだけ、こわいの残ってる」
恐怖を吸われた余韻が、胸の内側に薄く残る。
ウォズは排水溝へ目をやり、まだ回収できないミライドウォッチを確認した。