仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
エボルの足元が沈んだ瞬間、交差点の空気は明確に変わった。
それは衝撃波を防いだのではなく、攻撃が進む向きそのものをねじ曲げた動きだった。
ソウゴはジオウⅡの視界越しに、今まで見ていた未来とは違う分岐が生まれる感覚を覚える。
砕けた路面へ軽く降り立ち、戦場の中央で静かに手を下ろした。
周囲の瓦礫がふわりと浮き上がり、重力から一時的に切り離されたみたいに空中で静止する。
その光景を前に、エボル・コブラフォームは愉快そうに肩を揺らし、蛇のような軽さで首を傾けた。
「へえ、俺の攻撃を落としたのか、なかなか面白い真似をするじゃないか」
北条武吉はグラビティホルダーを構えながら、エボルの軽口へ目だけを向けた。
その態度には怒りも焦りもなく、被害の広がりを先に測る冷静さだけがある。
「私は北条武吉、仮面ライダーグラビティに変身する者です」
重力の力が黒い光となって彼の身体を包み、筋肉質な黒いスーツが輪郭を固めていく。
白い複眼が灯り、余計な装甲を持たない素体の姿が、ただ一点の重さとして戦場へ立ち上がった。
仮面ライダーグラビティはエボルの前に立ち、ソウゴたちを背後へ置く位置を選んだ。
「あなたがこの場所を壊すなら、私が戦場の重さを預かります」
エボルは答える代わりに、コブラフォームらしい細い軌道で横へ滑った。
踏み込んだように見えた次の瞬間、彼はすでにグラビティの斜め後ろへ回り込んでいる。
片手の武器が閃き、刃が黒いスーツの脇腹へ向かって鋭く走った。
グラビティは避けなかった。
だが当たる瞬間、彼の重心が横へ沈み、刃の芯だけがわずかに外れる。
火花は散ったが深くは入らず、衝撃の大半が足元のアスファルトへ落ちていった。
「重さで受け流すか、なかなか器用だな」
エボルは距離を取りながら銃撃へ切り替え、連続した弾丸でグラビティの進路を刻んだ。
弾丸は直線ではなく、彼自身の高速移動と合わせて角度を変え、死角から何度も撃ち込まれる。
グラビティは右手を払って弾道を曲げたが、エボルは撃った位置にもういない。
「弾を曲げれば済むと思ったか、俺は弾より先に場所を変えるぜ」
「思ってはいません、あなたの速さは弾丸ではなく居場所に宿っている」
グラビティが手を上げた瞬間、二人の足元だけがふっと軽くなった。
エボルは即座に違和感へ反応するが、遅れて地面が“下”ではなくなっていく。
交差点の重力が反転し、グラビティとエボルだけがビル壁面へ引かれるように跳ね上がった。
ソウゴは追おうと一歩を踏み出すが、足が鉛のように重くなった。
オイカケも同じように膝を沈め、ガンナーの弾丸さえ重さに引かれて地面へ落ちる。
グラビティが作った境界は、味方を遠ざけるための壁であり、巻き込ませないための安全圏だった。
「ソウゴ、今は無理に追うな、あの戦場は重さの向きが違いすぎる」
ガンナーの声は冷静だったが、ソウゴは視線を外せなかった。
ビルの壁面では、グラビティとエボルが垂直の世界を足場にして戦っている。
地面を走る感覚ではなく、落ちる方向を奪い合うような戦いだった。
エボルは壁を蹴り、窓ガラスの反射を利用して真横へ跳んだ。
コブラのようにしなる軌道で距離を詰め、刃と銃を交互に使って間合いを乱していく。
グラビティは手首を動かすたびに弾道を沈め、斬撃の重心をずらし、最小限の被弾で受け続けた。
だが、防御だけでは追いつかない。
エボルの動きは速いだけでなく、相手の視線が向く直前に角度を変える狡猾さを持っていた。
グラビティの肩へ刃が浅く入り、続けざまの蹴りが胸部へ打ち込まれる。
「守る戦いは綺麗だが、遅いんだよ」
エボルは至近距離で銃口を向け、反応する暇を削るように弾丸を撃ち込んだ。
グラビティは重力を曲げ切れず、身体がビル壁へ叩きつけられ、ひび割れた外壁を滑り落ちる。
白い複眼の光が一瞬だけ揺れ、ソウゴの未来視には倒れ込む姿がよぎった。
それでもグラビティは落ちなかった。
彼は自分の身体を極端に軽くし、落下の速度そのものを削って空中で姿勢を取り戻す。
だがエボルはすでに上を取っており、急降下の蹴りを叩き込むために迫っていた。
「踏ん張るなよ、折れる時が派手になるだけだぜ」
蹴りが胸へ入る直前、グラビティは壁面の瓦礫をいくつも浮かせた。
それは盾ではなく、蹴りの角度をわずかに逸らすための重力点だった。
直撃は外れたが衝撃は残り、グラビティは屋上の貯水タンクへ弾かれて金属を大きくへこませた。
ソウゴは思わず剣を握り締めた。
未来視は上空の戦闘を捉えているのに、身体がそこへ届かない。
オイカケもガンナーも同じで、追いつけない戦いを下から見るしかなかった。
屋上の縁で、グラビティは片膝をついた。
エボルは壁面を軽く歩きながら近づき、飄々とした態度で武器を揺らしている。
その余裕は相手を見下しているのではなく、どこまで壊せるかを楽しむ悪意だった。
「立てよ、まだ終わりじゃつまらないだろ」
グラビティはゆっくり立ち上がり、損傷した肩を押さえずにエボルを見る。
彼は倒されかけたことで、ようやく相手の速さの置き場所を掴み始めていた。
エボルは常に最短距離を選んでいるのではなく、相手の意識が向く前に足場を変えている。
「あなたは速い、ですが速さだけで戦っているわけではありませんね」
「今さら褒めても遅いぜ、俺は勝てる角度を選んでいるだけだ」
「ならば、選べる角度を減らせばいいだけです」
グラビティの手が屋上の縁へ触れた。
瞬間、看板の破片、ガラス片、折れたアンテナ、外壁の欠片が周囲へ浮かび上がる。
それらはエボルへぶつかるのではなく、空中の見えない点へ配置されていった。
エボルは一歩踏み出した。
その足元が突然“下”になり、身体が横へ落ちるように引かれる。
彼はすぐに壁を蹴って逃げたが、逃げた先の空気にも別の重力点が置かれていた。
「へえ、俺を追うんじゃなくて、行き先を嫌な場所に変えたか」
エボルの声に初めて小さな警戒が混ざった。
グラビティは答えず、重力点をさらに細かく増やしていく。
ビルとビルの隙間が、巨大な天体模型のように歪み始めた。
エボルは高速移動を続ける。
だが壁を蹴れば壁が下になり、空中へ逃げれば瓦礫が小惑星のように進路へ落ちる。
銃口を向ければ手首だけが重くなり、刃を振れば腕の軌道が一瞬遅れる。
「面倒な戦い方をするじゃないか、気づいた時には空気まで罠か」
「重力とは常にそこにあるものです、見えないからといって逃れられません」
エボルは笑いながらも、速度をさらに上げた。
コブラフォームの柔軟な動きで重力点の隙間を縫い、刃と銃撃を交互に重ねて接近する。
グラビティは迎え撃つが、完全には止められず、胸部へ刃が浅く走った。
その一撃でグラビティの姿勢が崩れる。
エボルは勝機と見て、至近距離で武器を突きつけた。
ソウゴの未来視には、ここからグラビティが撃ち抜かれる未来が一瞬だけ映る。
「捕まえたぜ、重力使い」
そこで、戦場の音が消えた。
浮いていた瓦礫がぴたりと止まり、空中の粉塵さえ動きを失う。
グラビティは武器を突きつけられたまま、白い複眼でエボルをまっすぐ見返した。
「いいえ、捕まえたのは私です」
次の瞬間、エボルの身体が内側へ引かれた。
外から押さえつける重力ではなく、身体の中心へ向かって全方向から落ちていく圧だった。
エボルはワープのように抜けようとするが、移動先のすべてが同じ中心へ引き戻される。
「これは……移動先そのものを下にしているのか」
「あなたがどこへ行っても、そこが落下点になるよう整えました」
エボルの装甲が軋み、コブラフォームの軽快な動きが完全に止まった。
グラビティは拳を握り、周囲の瓦礫と空気と、エボル自身の勢いを一点へ収束させる。
逃げるための速度までもが、今は拘束の材料になっていた。
エボルは最後に強引な波動を放とうとする。
だが波動は出た瞬間に下へ折れ、また別の重力層で曲げられて本人へ戻っていく。
黒い火花が装甲から弾け、エボルの軽口が途切れた。
「あなたが軽く扱ったものほど、最後には重く返ってきます」
グラビティは右手を振り下ろした。
その動作に合わせ、エボルの身体が屋上から交差点へ叩き落とされる。
ただの落下ではない、上も下も横もすべてが地面へ変わる、全方向からの落下だった。
エボルは交差点へ激突し、円形の衝撃波が広がった。
ソウゴたちの足元にかかっていた重力の境界が解け、ようやく前へ走れるようになる。
それでも彼らが駆け寄る前に、グラビティは空中から手を伸ばして最後の制御を行った。
エボルの身体がわずかに宙へ浮く。
逃がすためではなく、立ち上がるための接地を奪うためだった。
次に周囲の重力が内側へ閉じ、見えない槌がエボルの召喚体を圧縮する。
黒い粒子が装甲の隙間から漏れ、アナザーディケイド由来の召喚体が形を保てなくなる。
エボルは膝をついたまま、最後まで面白がるように首を傾けた。
「なるほどな、重さってやつは思ったより厄介だ」
「あなたの遊びはここで終了です」
グラビティが静かに手を下ろすと、エボルの姿は黒い粒子になって崩れた。
粒子はオーロラの裂け目へ吸われる前に、重力で押し潰されるように消える。
仮面ライダーエボルの召喚体は、交差点にひび割れだけを残して完全に消滅した。
戦場に静けさが戻った。
グラビティは浮いていた瓦礫をすぐに落とさず、一つずつ安全な位置へ降ろしていく。
勝利の余韻より先に、壊れた街をこれ以上傷つけないための処理を優先していた。
ソウゴはジオウⅡのまま、ただその背中を見つめた。
強いライダーは何人も見てきた。
だが、戦いながら被害の重さまで背負うような戦い方は、初めて見た気がした。
「すごい……勝つだけじゃなくて、壊さないようにしてた」
グラビティは振り返り、穏やかな声で短く答えた。
「勝利の後に誰かが泣くなら、それは美しい勝利ではありません」
その言葉が落ちた瞬間、遠くの空間がまた揺れた。
オーロラの残滓がビルの隙間へ細く走り、消えたはずの敵意が夜の底から覗く。
ソウゴは未来視の奥に、黒い影が一瞬だけ立ち上がるのを見た。
それは太陽のような光を背負いながら、黒い身体を闇へ沈めた異形だった。
胸に刻まれた年号と歪んだ銘が、わずかな赤い光を放っている。
影はすぐに消えたが、ソウゴの胸には名前にならない重さだけが残った。
「今のは……最後のアナザーライダーなのか」
誰も答えられなかった。
ただ、遠くで風が止まり、街の灯りが一拍だけ暗く沈んだ。
アナザーブラックRXの影は、まだ戦場へ現れていない。
それでも次の運命が、すでにこちらを見ていることだけは分かった。