仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
アナザーBLACK RXの黒い太陽が砕け、街路を覆っていた逆光がようやく薄れていった。
崩れた装甲は黒い粒子となって夜風に散り、胸に埋まっていたアナザーウォッチ状の器官も音を立てて消滅した。
ソウゴは変身を解き、まだ熱の残る手を見つめながら、勝てたという実感よりも先に深い疲労を吐き出した。
「終わった……のかな」
ゲイツは武器を下ろさず、黒い粒子が流れていった方角を鋭く睨んでいた。
戦士としての勘が、勝利の直後に来る静けさを信用してはいけないと告げていた。
「油断するな、ソウゴ。こういう時ほど次が来る」
ウォズは逢魔降臨暦を開きかけ、しかしその指を途中で止めた。
黒い太陽は消えたはずなのに、歴史の歪みは閉じるどころか、別の中心へ集まり始めていた。
「我が魔王、黒き太陽は退きました。ですが、歴史の裂け目そのものはまだ閉じていないようです」
グラビティは崩れた瓦礫へ手を向け、安全な位置へ静かに降ろしながら空間の重さを測っていた。
彼の周囲だけ微かに浮いていた破片が、何か見えない力に引き寄せられるように震え始める。
「空間の重さが戻りません。誰かが、こちらを観測しています」
ウォッシュは消えたアナザーBLACK RXの場所ではなく、交差点の奥に残った暗い色を見ていた。
それは倒した敵の痛みではなく、倒された痛みを拾い集めている誰かの色だった。
「嫌な色が残ってるよ。倒された色じゃない、集めてる人の色だよ」
その言葉が落ちた瞬間、交差点の奥でオーロラのような幕が開いた。
空間の裂け目は静かで、これまでの敵のように荒々しくなく、むしろ最初からそこに道があったように自然だった。
その中から現れた男を見た瞬間、ゲイツの肩に力が入り、ウォズの表情からわずかな余裕が消えた。
「よくここまで壊してくれた。おかげで、役者は揃った」
スウォルツはゆっくりと歩いてきた。
これまで直接前に出ることを避けていた男が、今だけは隠れる必要がないと言わんばかりに堂々と立っている。
その足元には、黒い光を帯びた複数のアナザーライドウォッチが浮かび上がっていた。
「スウォルツ……やっぱり、あなたが全部仕組んでたんだね」
ソウゴは一歩前へ出ようとしたが、ゲイツが腕で制した。
周囲に浮かぶウォッチの気配があまりにも濃く、迂闊に距離を詰めれば何が起こるか分からなかった。
「姿を見せなかった男が、最後に出てくるか。狙いは何だ」
スウォルツは答えず、指先を軽く動かした。
すると浮かんでいたアナザーライドウォッチが一つずつ明滅し、それぞれが倒された時の残滓を滲ませた。
獣のような鼓動を持つもの、煤を漂わせるもの、黒い日蝕の光を残すものが、彼の周囲で小さな衛星のように回っている。
「それは……俺たちが倒してきたアナザーライダー達のウォッチ?」
ガンナーは銃口を向けたまま、引き金に指を掛けずにいた。
撃てば弾丸より先に何かを起動させてしまう、そんな嫌な予感があった。
「砕いたはずの弾が、誰かの手で拾い集められていたってわけか」
オイカケは視線を走らせ、ウォッチの一つ一つに残る痕跡を追った。
消えたはずの追跡反応が途切れずに残っていた理由が、今ようやく形になっている。
「追っていた痕跡が消えなかった理由は、ここに繋がっていたのか」
ウォッシュは顔をしかめ、浮かぶウォッチを見上げた。
それらはただの力ではなく、倒された者達の痛みを閉じ込めた瓶のように濁っていた。
「あの色、みんな痛いまま閉じ込められてる。きれいじゃないよ」
スウォルツはその言葉を聞いて、初めて愉快そうに口元を歪めた。
だがその笑みには、痛みへ同情する気配も、力を扱う恐れも一切なかった。
「倒したと思ったか。違うな。お前たちは、私のために力を選別していただけだ」
ウォズは低く息を吸い、逢魔降臨暦を閉じた。
ここで語られる歴史は、彼の本に記された流れとは別の悪意で組み替えられている。
「オーマジオウの力を奪うために、アナザーライダーの力を集めていたのですか」
「オーマジオウの力は、ただ奪えば手に入るものではない。器が要る」
スウォルツの周囲でウォッチが鳴動し、街の空気が黒く重く沈んだ。
倒されたアナザーライダーの力が、彼の言葉へ応じるように脈打っている。
「王の力を飲み込み、壊れず、なお支配できる器がな」
ソウゴは拳を握り締めた。
未来から来たライダー達がこの時代へ流れ込んだ理由が、ただの偶然ではなかったのだと理解した。
「そのせいで、未来のライダー達までこの時代に来てしまったんだね」
「副作用だ。だが、結果としては悪くない。異なる未来が流れ込むほど、王の歴史は不安定になる」
グラビティの複眼がわずかに細く光った。
彼にとって二〇一八年は本来なら遠すぎる過去であり、ここに立っていること自体が異常だった。
「つまり、私たちの来訪も、あなたの収束実験の余波ということですか」
「そうだ。遠い未来も、近い未来も、王を中心に歪む」
ゲイツは一歩前へ出た。
怒りを言葉にするより先に、身体が敵へ向かっていた。
「貴様……未来そのものを材料にしたのか」
「未来も過去も、王の座へ至るための部品にすぎない」
スウォルツはアナザーディケイドライドウォッチを取り出した。
それを起動した瞬間、周囲に浮かぶアナザーライドウォッチが一斉に震え、黒い光の糸で彼の身体へ繋がっていく。
「まずは、私自身の力を開く」
ウォズが鋭く声を張った。
その声には、祝辞のための高揚ではなく、純粋な警戒が混じっていた。
「来ます。我が魔王、あれはただの変身ではありません」
「全員下がれ。取り込まれるぞ」
ゲイツの声と同時に、アナザーライドウォッチがスウォルツへ吸い込まれ始めた。
黒と赤の歪んだ装甲が彼を覆い、まずはアナザーディケイドの姿が形成される。
だが変化はそこで止まらなかった。
胸部へ、肩へ、腕へ、背中へ、これまで倒してきたアナザーライダー達の力が歪んだ意匠として刻まれていく。
アナザーアマゾンオメガの獣じみた脈動、アナザーJの煤と怨念、アナザーBLACK RXの黒い日蝕が、異形の鎧となって重なった。
それはディケイドの完全形を歪めたようであり、敗北したアナザーライダー達の墓標を身体に貼りつけたようでもあった。
「これが、アナザーライダー達の敗北を重ねた姿だ」
アナザーディケイドコンプリートが、黒い光をまとって立ち上がった。
その存在感は、先ほどまでのエボルやアナザーBLACK RXとも違っていた。
一体の敵でありながら、幾つもの事件と未来が同時にこちらを睨んでいるような圧がある。
「そして、オーマジオウの力を吸収するための器となる」
ウォズはその姿を見つめ、言葉を選ぶように口を開いた。
彼の目には、歴史の外側から無理やり書き足された完成形が映っていた。
「アナザーディケイド……いや、これはもはや別の完成形です」
グラビティは片手を上げ、重力で牽制しようとした。
しかしアナザーディケイドコンプリートの周囲では、複数の時代の圧が乱れ合い、重力の向きそのものが定まりにくくなっている。
「周囲の重力が乱れています。存在そのものが、複数の時代を引きずっている」
ガンナーは銃口を上げるが、撃つ前から引き金にかかる重さが変わっていくのを感じた。
あれは一発で測れる敵ではなく、撃った瞬間に別の力で上書きされる敵だと分かる。
「撃つ前から分かる。今のあいつは、さっきまでの敵とは格が違う」
オイカケは反応を追おうとして、逆に多すぎる痕跡に足を止めた。
一人を追っているはずなのに、何体分もの気配が重なって道を塞いでいる。
「追跡反応が多すぎる。一人なのに、何体分もの痕跡が重なっている」
ウォッシュは胸の前で手を握り、苦しそうに眉を寄せた。
彼女に見える色は、もはや一つの存在の色ではなく、混ぜ過ぎて濁った痛みの塊だった。
「色がぐちゃぐちゃだよ。全部の痛い色を、自分の服みたいに着てる」
アナザーディケイドコンプリートは腕を軽く振った。
それだけで周囲の空間に裂け目が走り、アナザーワールドの気配がいくつも開きかける。
ジオウトリニティの残光をまとっていたソウゴたちの足元に重圧が落ち、全員の動きが一瞬止まった。
「さあ、常磐ソウゴ。お前の王の力を渡せ」
ソウゴはその圧の中で歯を食いしばり、真っ直ぐにスウォルツを見据えた。
王の力は誰かを踏みつけるためのものではないと、何度でも自分へ言い聞かせる。
「渡さない。王様になる力は、誰かを支配するためのものじゃない」
「挑発に乗るな、ソウゴ。今のあいつは未知数だ」
「我が魔王、この敵はこれまでの決着すら力へ変えています」
スウォルツは満足そうに頷いた。
その表情には、彼らの勝利さえ自分の計画の一部だったと告げる冷たさがある。
「その通りだ。お前たちの勝利は、すべて私の完成へ繋がった」
アナザーディケイドコンプリートの背後に、巨大な門が開いた。
歪んだカードの影とアナザーウォッチの残像が夜空へ螺旋を描き、街の上に黒い渦を作っていく。
その向こう側には、まだ形にならない無数の敵意が沈んでいた。
「次に会う時、私は王の力を手に入れる」
スウォルツは門へ向かって歩き出した。
その背中は隙だらけに見えたが、誰も踏み込めなかった。
今ここで追えば、こちらの力ごと門の中へ飲み込まれると全員が直感していた。
「その時、お前の未来は私のものになる」
黒い門が閉じ、アナザーディケイドコンプリートの姿は闇の向こうへ消えた。
しかし裂け目は完全には閉じず、夜空に黒い傷跡のように残り続けている。
戦場に戻った静けさは、もう勝利の静けさではなかった。
ソウゴは黒い裂け目を見上げ、ゆっくりと拳を握った。
自分たちが守るために戦ってきたことを、あの男は力として利用していた。
それでも、その戦いに意味がなかったとは絶対に言わせたくなかった。
「次で、終わらせよう。俺たちの未来を、あの人のものにはしない」
ゲイツはソウゴの横に立ち、同じ裂け目を睨み上げた。
その声は短く、だが迷いはなかった。
「当然だ。お前が王を名乗るなら、最後まで立て」
ウォズは逢魔降臨暦を開かず、閉じたまま胸に抱えた。
祝辞を述べるには早すぎるが、歴史が最終章へ進んだことだけは否定できない。
「祝辞はまだ早い。ですが、歴史の頁は確かに最終章へ進みました」
グラビティは静かに頷き、未来人としてではなく、今ここにいる一人のライダーとして言葉を置いた。
「援助を継続します。未来を奪われるなら、私にも無関係ではありません」
ガンナーは銃を回してホルスターへ納め、帽子の影で小さく笑った。
「報酬はいらない。ああいう支配者を撃つ理由なら十分だ」
ウォッシュは黒い裂け目の色を見つめながら、強く頷いた。
「ぐちゃぐちゃになった色は、ちゃんと洗わなきゃね」
オイカケは足元の痕跡を踏みしめ、消えかけた追跡反応をなお拾い続けていた。
「逃げ道は追う。どこへ行っても、最後は捕まえる」
夜空には黒い裂け目が残っている。
その向こうで、アナザーディケイドコンプリートの歪んだシルエットが一瞬だけ揺れた。
ソウゴたちはそれを見上げ、次の戦いこそが本当に最後の決戦になると静かに受け止めた。