仮面ライダージオウ 外伝 FUTURE大戦 作:ボルメテウスさん
「私の名はウォズ」
黒衣の男――ウォズは、逢魔降臨暦を開き、ページを静かに撫でる。そこに記された文字は、確かな未来のはずだった。だが今、その文字列は不規則に滲み、まるで別の時代が上書きされるように揺らいでいる。
「この本によれば、常磐ソウゴは幾度も歴史の分岐を越え、レジェンドライダーの力を集める運命にあった。……しかし」
ページをめくる指が止まる。
映し出されるのは、クジゴジ堂に散らばった、割れたライドウォッチ。奪われた力。戻らぬ変身。
それでもなお歩みを止めない我が魔王と、その傍らに立つ者たちの姿。
「スウォルツの介入により、我々の力の一部は失われた。だが、それは“弱体化”ではない。――未来の綻びが、現代へと溢れ出した兆候でもあったのだ」
闇を裂くように現れたのは、銀の銃口。
風来坊の男が引き金を引き、時さえ止まるような一撃で異物を撃ち抜く。
「未来より来訪した仮面ライダーガンナー。
彼は報酬にも地位にも縛られず、ただ己の意志で戦う者。
その一発は、戦いの結末だけでなく、運命の形すらも撃ち抜く」
次いで、空を切り裂く轟音。
翼が光を引き、超高速の軌跡が戦場を縫う。力では劣っても、速度だけで覆す“飛翔”。
「さらに現れたのは、仮面ライダージェット。
奪われた空を取り戻すため、少年は未来の翼を纏い――
その速さで、強敵を支配した」
逢魔降臨暦のページが、勝手にめくれ始める。
紙が風もないのに揺れ、白い余白に黒い染みが滲む。
そこに浮かぶのは、見慣れぬ単語――骨、原始、咬合。
「だが、未来の交差はそれだけでは終わらない」
ウォズの声が、僅かに低くなる。
映像は、暗い館内のような場所へ切り替わる。床に落ちる照明の筋、静止した骨格標本――そして、その影の奥で何かが動く。
姿は見えない。
見えるのは輪郭だけだ。
巨大な顎を思わせるシルエットが、ゆっくりと“噛み合わさる”仕草をする。三度。機械のように正確な動作が終わった瞬間、空気が震えた。
「古代の力を纏う、新たな未来の仮面ライダー……」
骨の粉のような粒子が舞い、影の装甲が一瞬だけ浮かび上がる。
恐竜の頭蓋を思わせる稜線。原始の暴力を宿す肩。
だが、それでも顔は見えない。名もまだ、明かされない。
ただ、床が沈む。
一歩踏み込むたびに、地面が鳴る。
その重さが、戦いの予兆になる。
「仮面ライダーカセキ」
一瞬、影が揺らぐ。
まるで強い光に焼かれたフィルムのように、輪郭が途切れそうになる。
それでも影は立つ。立ち続ける。
倒れたくても倒れられない者の立ち方で。
「未来の戦士たちが次々と現代へ流れ込む。
それは偶然ではない。
誰かが意図して、未来を“混ぜている”」
ページの端が、音もなく裂けた。
裂け目の奥に、別の戦場の気配。別の呼び声。別の怪異。
「ガンナーの銃声が運命を撃ち抜き、ジェットの翼が空を裂いた。
ならば次は――」
ウォズは、ゆっくりと顔を上げ、視線をこちらへ向ける。
「古代の牙が、歴史そのものに噛みつく番だ」
そして最後に、逢魔降臨暦を閉じる。
その音が、やけに大きく響いた。
「これは、そんなもしもの物語。
未来の狭間で生まれた、新たな戦いの予兆である」
博物館の空気は、夜に向かうほど冷たくなる。
展示ホールの照明は、骨格標本の影を床に落とし、白い骨はまるで“生き物の不在”を誇示するみたいに静かだった。
――その静けさが、破れる。
正面玄関のガラスが、音もなく“線”になった。切れ目は遅れて広がり、パキ、と乾いた破砕音が追いつく。そこから吹き込んだ風は生暖かく、空間の裂け目は黒い縁を残して、ひとつの影を吐き出した。
仮面ライダーガオウ。
甲冑のような装甲と、獣の牙を思わせる威圧。手にした大振りの刃が床を引きずり、火花が散る。
「……おいおい、ここは“展示”じゃないんだがな」
誰に言うでもなく呟いて、ガオウは刃を振るった。
展示ケースが斜めに裂け、アクリルとガラスが雪崩れ落ちる。警備員の悲鳴が上がり、来館者が出口へ殺到した。足音、泣き声、転ぶ音。秩序は数秒で溶け、ホールが“逃げ場”に変わる。
ガオウは追いかけるでもなく、追い立てる。刃を床へ叩きつけるだけで、恐怖は勝手に走り出すからだ。
そのとき、別の揺らぎが起きた。
裂け目は床の中央、恐竜骨格の真下。そこから投げ出されるように男が転がり出る。
白衣ではない。研究者らしい無地のジャケットに、くたびれた鞄。だが、顔色が悪い。呼吸が浅く、焦点が合わない目を瞬きもしないまま、ただ“場所”を探すように彷徨わせる。
古代龍之介。
2077年の古代生物学者――ではあるが、この瞬間の彼は、そんな肩書きを主張できる状態じゃなかった。
(……転送、じゃない。投棄だ)
喉の奥で言葉を噛み殺し、龍之介は立ち上がろうとして膝をつく。身体の内側が、噛み合っていない。血が冷える感覚が遅れて来る。頭の中だけが先に回って、肉体が追いつかない。
視界の端で、ガオウの刃が閃いた。
避難しきれずに転んだ親子が、床に手をついて動けない。母親が子どもを覆い、声にならない息を吐く。
龍之介の胸の奥で、何かが“決まる”。
理屈じゃない。倫理でもない。もっと古い反射――危険が来るなら、前に出る。それだけだ。
「……っ」
腰に触れたのは、ミライドライバーの感触。
そして、横顔がT-REXの頭蓋骨を模したモジュール――カセキアギト。歯列の造形が、不気味なほど“正確”だ。
(使えば……削れる)
分かっている。分かっていても、今は迷う時間がない。
龍之介は親子の前へ滑り込み、片腕で床を叩いた。
音が響くより先に、ドライバーへカセキアギトをセットする。
「変身……!」
上顎が、ガチン、と噛みつく。
二度目。
三度目。
『リバイブ!フォッシル!プリミティブ!仮面ライダーカ・セ・キ!カセキ!』
骨粉のような粒子が舞い上がり、龍之介の輪郭が一瞬“薄く”なる。肉体が消える――その感覚は、自分が死んだのかと錯覚するほど冷たい。次の瞬間、仮のボディが生成され、骨格の鎧が噛み合って固定される。
仮面ライダーカセキ。
T-REXの“原始”を纏った姿は、白い骨格装甲と、岩のような質感を帯びていた。胸部には顎のような意匠が走り、肩のラインは頭蓋骨を思わせる丸み。足を踏み込めば床材が鳴り、重さが音になる。
ガオウの刃が迫る。
カセキは受けない。正面から受けたら、守った意味がなくなる。
踏み込む――。
ドン、と床が沈んだ。
衝撃が波のように広がり、ガオウの踏み込みが一拍ズレる。斬撃の軌道が逸れ、刃先は親子の髪を掠めず、空を切った。
「……重てぇな。骨のくせに」
ガオウが笑う。笑いながら、足捌きで揺れをいなす。
剣の達人がやる“受け流し”だ。重いものは、正面から受けない。軌道だけを変え、隙へ返す。
ガオウは展示台の段差に足を乗せ、角度を変えて斬り込む。
カセキの脇腹へ、浅い斬線。火花ではない。骨の擦れるような乾いた音がして、仮ボディの表面が削れる。
痛みは遅れて来る。
だが、遅れて来る痛みほど厄介だ。思考が先に戦術を組む間に、身体が“代償”を請求してくる。
(……長引かせるな)
龍之介は自分に言い聞かせる。未完成のプロトシステム。使えば寿命が縮む。なら、勝ち方は一つ。短く終わらせる。
カセキは踏み込んで腕を振るう。
空気が圧で潰れ、ガオウが一歩下がる。だがガオウは下がった“ついで”に柱の陰へ回り、死角から刃を返す。
展示ケースが割れる。ガラス粉が舞い、視界が白く曇る。
骨格標本の影が揺れ、天井の梁がきしむ。
ガオウは、ホールそのものを“刀の鞘”にするつもりだ。狭さは不利ではない。角度が増えるだけだ。
カセキは追いかけない。
追えば、剣技に引っ張られる。
代わりに、柱を殴った。
ゴン、という鈍い衝撃。
柱が割れ、上部の固定具が悲鳴を上げる。支えを失った展示用の骨格標本が傾き、ホールの動線が狭まっていく。逃げ道を潰す。ガオウの“角度”を減らす。
「……博物館、壊す気か?」
ガオウが半歩退き、刃を構え直す。
カセキは黙ったまま、もう一度踏み込む。床が鳴る。揺れが来る。ガオウはそれを読んで跳び、揺れの頂点を避けて着地――その瞬間を狙って、カセキは“顎”の意匠を前へ突き出した。
噛み砕く。
刃を狙うのではない。刃の“軌道”を狙う。
ガオウガッシャーが、ガキン、と押し戻される。
金属同士の音ではない。骨と鋼が擦れ合う、嫌な硬さの音だ。剣の切っ先が逸れ、ガオウの肩が僅かに流れる。
「おっと……」
ガオウが態勢を立て直すより早く、ホールの入口側で別の声が響いた。
「皆さん、出口はこちらです。走らず、落ち着いて。――そう、あなたはその子の手を離さないで」
黒衣の男が、展示ホールの混乱を切り分けるように歩いてきた。
ウォズ。逢魔降臨暦を片手に、逃げる人々の流れを“作る”ように導く。
誰よりも戦況を見ているのに、彼は戦闘へ割り込まない。まず“命の退路”を確保する。それが最短だと知っている顔だ。
ガオウがウォズへ視線を投げる。
「次はお前か? 黒いの」
ウォズは微笑むだけで、刃の間合いに入らない。
代わりにカセキの姿を見て、ほんの一瞬、目の奥の温度が変わった。
(未来のライダー……しかも、あの規格)
「なるほど。召喚された牙王……そして、未来の仮面ライダー」
ウォズの声は静かだが、言葉が刺さる。
カセキ――龍之介は、ウォズの言い方で理解した。ここは“自分の時代”ではない。誰かが意図して、ここに混ぜた。
ガオウが再び踏み込む。
今度は剣技ではなく、力で押し切る構え。展示台を蹴り、骨格標本の影を裂くように刃が迫る。
カセキは真正面から止めない。
受けるのではなく、押し返す。
踏み込み。床の沈み。揺れの波。
そして、顎で“刃の軌道”を弾く。
ガオウの刃が逸れ、壁を裂き、火花が散る。
その隙にウォズが一歩進む。戦場に入ったのではない。“導線”を戦場の中へ延ばしただけだ。
「こちらへ。あなたが戦う場所は、ここではありません」
カセキは一瞬、迷う。
逃げるのか、と。だが違う。これは撤退ではない。戦うための移動だ。
ガオウが追撃しようとした、その瞬間――空気が裂けた。
先ほどと同じ黒い縁。だが今度は、ガオウの背後に生まれる。
「チッ……呼び戻しかよ」
ガオウは舌打ちしながらも、裂け目に引かれていく。
最後に刃を肩に担ぎ、面越しに笑った。
「骨のやつ。次は“もっと広い場所”で遊ぼうぜ」
裂け目が閉じる。
ホールに残ったのは、割れた展示ケースと、崩れかけた骨格標本と、粉塵の匂い。そして、静けさに戻る途中のざわめき。
カセキの装甲が、わずかに軋んだ。
仮ボディの維持が限界に近い。痛みが遅れて追いつき、視界の端が暗くなる。
変身解除。
骨粉の粒子がほどけ、龍之介の身体が“戻る”。戻る感覚は、生き返るのに似ている。だが生き返るたび、何かが減る。
龍之介は膝をついた。呼吸が乱れ、指先が震える。
汗が冷え、身体の芯が空洞になるような寒気。
ウォズが近づき、しゃがみ込む。
医者のように触れはしない。ただ、状態を見て結論だけを口にする。
「未完成の未来技術……代償で戦う者、ですか」
龍之介は歯を食いしばって顔を上げる。
「……俺は、ここに来るつもりはなかった。誰が――」
「心当たりはありますね」
ウォズは逢魔降臨暦を閉じ、立ち上がる。
博物館の外では、遠くで別の爆発音が響いている。同じ時間に、別の戦いが起きている証拠だ。
「あなたを案内しましょう。会うべき人物がいます。……我が魔王に」
「……魔王?」
ウォズは微笑む。
「ええ。未来が混ざっているのではない。混ぜられている――その中心に、我が魔王がいます」