TS世界の逸脱者 作:匿名
「好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
「……分かった」
「え?」
「私も君が好きって言ってんだよ!」
「それってつまり」
「……今日から恋人としてよろしくってわけ!」
「! あぁ、こちらこそ」
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さっきのやり取りのどっちかが俺だと思っただろう? 残念、俺は全く関係ない。あんな気色悪いやり取りしてたまるか。
あの告白のどこが気持ち悪いって? 綺麗な青春の一ページだろって?
あぁ、もちろん言った理由はある。
ただ、それを話すには少しこの世界について話さなければいけないな。
この世界は十年ほど前、隕石が降り注いだ。
最初は、隕石が落ちた町のライフライン停止ぐらいで済んでたんだぜ。でもそんなのは始まりでしかなかった。
詳しい経緯まで知ってるわけじゃないが、そこから何故か“女性にしか感染しない致死性の高いウイルス”が拡がった。
このウイルスで世界の8割ちょいの女性が死亡してしまった。
……俺の母もこの8割に入っている。
まさしく最悪ってやつだ。ここから人類はゆっくり復興するか、そのまま緩やかな滅びを迎えるだろう――と思われた。
だが、今この世界の男女比は6:4なんだ。
ここで問題。何故こうならなかったのでしょうか――シンキングタイム、スタート。
正解は、“男が女になる”とかいう意味不明なウイルス、通称TS病が流行ったからだ。
つまり今の世界は、この感染者が女性の役割を担ってどうにか成り立ってるってわけだ。
俺はTS病がどうしようもなく嫌いだ理由は2つある。
1つは、俺自身がこのウイルスに感染してしまったからだ。それも2年前。
180あった身長は150のちんちくりんに縮むし、声も髪も顔も――何もかもが“自分”と実感できない。
鏡を見るたび、知らん誰かがこっちを見返してくる気分だ。
もう1つは、
さっきのは、
……背筋が冷えてきたし、この辺にしておく。
言いたいのはそこじゃない。俺が嘆かわしいのは、あのTS患者が“男性であることを捨てた”って点だ。
つまり、自分の“男として生きた十数年”が短くて数か月、長くて数年の恋心に劣ったと証明してしまったということだ。
簡単に自分を捨てて、恋に身を任せて……それが俺には心底理解できない。
あいつらにとって自分ってのはそんな安いもんなんか?
俺も同じようにTSを経験してるはずなのに、この重さを理解してくれるやつは誰もいない。
だからこそ、他人の軽さが腹立たしくて、同時に悲しくもある。
とまあ長々と独白してきたが、つまるところ俺の主張は“男として生まれ育ったんなら、それを大切にしろ”ってだけだ。シンプルだろ?
物思いにふけっていたら、時計の針はすでに6時を指していた。
少し速足で帰路につくと、十五分ほどで家が見え、その一分後にはドアを開け靴を脱いだ。
「ただいま……って言っても誰もいないけど」
母はさっき言ったようにウイルスに感染して死んだ。父は単身赴任だ。
出迎えてくれる人がいないのは少し……いや、かなり悲しい。
――昔は両親揃って迎えてくれたのにな。
母の死は乗り越えたつもりだ。
沢山悩んで、色んな人に弱いところを見せて、泣きまくって……ようやくだ。
だから、この悲しみは“母を喪ったせい”じゃない。
「てめぇのせいだろ?」
鏡に映る、アメジスト色の髪を肩まで伸ばした、ダルそうな目のチビのせいだ。
なにいっちょ前に悲しそうな顔してんだよ、だって。
「お前のせいで父さんは出て行ったんだから」
部屋に響くのは少女の甲高い声。男の低い声は、もうどこにも存在しない。
「死んどけ」
世界ってのは常に最悪ってやつを更新してくる。
何でよりにもよって“死んだ母そっくりの少女”になってしまうんだよ、俺は。
父の形容しがたい感情の顔を思い出してしまう。
乗り越えたはずの妻の死。それが、息子がTS病なんてものにかかったせいで、また呼び起こされてしまうなんて。
……母には何もできず、父には辛い顔をさせるだけ。なんて親不孝な子供なんだ。
帰ってきてから三十分ほど経っていた。
「……ちっ、また弱いとこ出した。直ったと思ってたのに」
「……これ、もう克服したと思ってたんだけどな」
「課題……やらなきゃ。明日小テストだし、準備もしないと」
「課題やって、テストの準備もして……はぁ」
時間ってやつは人間を待ってくれない。
明日があるなら明日のことを考えろ――と、自分に言い聞かせる。
こんなのまやかしだって分かってる。でも俺が“俺であるため”には、こうするしかない。
やるべきことを片づけ、数十分後、すべてのタスクを完了した。
あとは飯を食って、風呂に入って寝るだけ。
ほかにやりたいことがないのかって?
なにもやる気起きないし、課題も多かったんだよ。なんか悪いか。
時間の使い方を振り返っていたら、いつものゼリー飲料の夕食も終わっていた。
次は風呂か。……これが日常生活で一番と言っていいほど憂鬱だ。
下着は男物を使ってる。問題は“上”だ。この矮躯には少々大きすぎる胸が邪魔だ。
重いし、足元は見えにくいし、何よりブラをつけなきゃいけないのが最悪なんだ。
着脱のたびに、「お前は女なんだ」と嗤われてる気がする。引きちぎってやりたくなる。でも困るのは自分だ。厄介極まりない。
脱衣を済ませ浴室に入ると、いつも通り正面に鏡が配置されていた。
「もう今日はお前の顔見たくねぇんだよ……帰った帰った」
このチビの顔を見てるだけでどうにかなりそうだったので、即座に目線を下げる。
何も考えずにシャワーを浴び、何も考えずに服を着て、何も考えずに無心でベッドに横たわった。
「明日も学校か……。今日はいつも通りの一日だったが、明日はいい日になると祈るか……」
そうして浅い眠りへと堕ちていった。
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そういえば、自己紹介をしていなかったな。
俺の名前は柏本千夏。……まずここで質問させてくれ。お前はこの名前をどう読む?
「柏本」はかしもと。こんなのは誰だって読める。問題は次だ。
下の名前だ。ちか?それとも、ちなつか?
……んなわけねぇだろ。俺は男だ。名前は千夏(せんか)だ。
一度聞けば間違える頭チンパン野郎はいないだろ。
勘違いされそうな名前でいいのかって?
いいんだよ。これは、――大切な両親が付けてくれた大切な俺の名前なんだ。
変わっちまったのは体だけで、
さて、登校だ。
いつもの時間、そろそろあいつ等が来るはずだ。
「おっす、
「おはよう、
おっ、噂をすると来たな。
「しけた面なんかしてねぇよ、栄治、それに徹夜でクマ作ってんのはお前だろ?」
「仕方ねーだろ、ゲームやりたいんだから」
「開き直んな」
こいつは宮島英二、俺の小学校からの付き合いバカできる親友だと思ってる。
……最もそんなこと言う気はさらさら無いが。
「薫も生活に不便はなくなってきたか?」
「いやー、僕はまだ全然慣れないなー」
「まぁ、そんなもんか」
こっちは黒沢薫。薫とは中学からの付き合いだが気が合ってよく3人でつるんでる。
……こいつは俺と同じ立場になってしまったんだよな。
つまり薫は3か月ぐらい前にTS病に感染した、TS病患者というわけだ。
解せないのが、俺は身長も30cmほどチビになったのに、こいつは背が大きくなっているということだ。
こうなることもあるのになんでTS病ってやつは俺には最低の結果しかもってこないんだ? おかしくないか。
……おい、栄治なんでこっち見てんだよ。
「なんだ? 面白いもんでもあったか?」
「いや、ショック受けてるガキが一人いただけぜ」
栄治はにやにやしながら言うが、その目だけは笑ってない。
「ほら、いつもの調子戻せよ。じゃねぇとお前、顔に出すぎ」
ちっ、わかってるよ、でもそうか……
――栄治は分かってくれるのか?
やめだやめ、こんな下らねぇこと考えてないでさっさと行こう。
「ほら、もう着いたよ。僕はもう行くから」
薫は少し駆け足で去っていった。
「千夏、俺らも行こうぜ」
「あぁ、行くか」
自分たちのクラスである3組のロッカーと向かう。ちなみに薫は5組だ。
「ってか栄治、放課後、薫も誘って飯でもいこうぜってなんだこれ?」
約束を取り付けようとしたらロッカーの中に自分のものではない紙が鎮座していた。
「お前、食いかけのパンでも詰めてたのかよ? ちょっと見せてみろって」
栄治はこちら側へ身を乗り出しロッカーの中にあった紙を見た。
少しすると栄治は眉にしわを寄せ俺を見てきたかと思うと、すぐ視線を紙へと戻し折りたたんでロッカーに戻した。
「おい! 結局何だったんだよ」
数秒、いや十数秒は見ていたはずなのに何も言わない栄治にしびれを切らし、少し声を荒げ聞いた。
「……お前にいうことじゃないけどなんかごめんな」
は? おい、一体何が書いてあったんだよ。
すぐ紙を手に取って読み始める。
ほんの一瞬、心臓がドキッと跳ねた。
いや、気のせいだ…でも、読まなきゃいけない。
――――――――――――――
柏本千夏さんへ
いきなりごめんなさい。
伝えたいことがあります。
今日の放課後、学校裏の木の下に来てください。
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果たし状か? なんてこの内容で勘違いするほど俺の頭は低スペックじゃない。
……つまりこいつは。
「愛を伝えるための手紙、ラブレターってことだぜ」
栄治はこちらが言おうとしたことを代弁するかのように思考に被せてきた。
「うげぇ、気持ちわりぃ言い回しすんなよ」
「で? 行くのか千夏」
「ノーセンキューって言いてぇとこだが……よし、行くか。差出人が不明ってのは……あ、あいつかもしれん!」
「少なくともあの子ではないと思うぞ、筆跡違うし」
あの子? それに筆跡? まるで俺が言った人物が分かってるかの言い方だな。
「は? 誰のことだと思ってんだよ」
「詩織さんだろ? うちのクラスの伊藤詩織さん」
……何で知ってんだこいつ、言ったことあったか? いや、絶対言ってない。なのに…どうしてわかる?
「おっと、何で知ってんだ?という顔をしているな、歩いてるときも言っただろ。お前は顔に出やすいんだよ。てかあの子こんなことするタイプじゃないだろ」
「うるせぇ! 顔にも出てないし、詩織の話をするな!」
「まぁ、可哀そうだし苛めるのはこの程度にしといてやるよ。どうせこの手紙も知らない誰かだって」
栄治は心底面白そうに肩を震わせながら俺の肩を叩いてきた。
クソ、何で分かんだよ、あーもう最悪だ。
……お前恋愛アンチじゃないのかって?
なんでそう思ったんだって……あれか?
もし、お前がそう考えてる理由が昨日みた告白に否定的だったからとかいう理由だったら嘲笑もんだぜ。
俺はな、TS病患者と男の恋愛が嫌いなんだ。
つまり普通に女の子と恋愛する分には憧れもあるし、実際、詩織に恋心を抱いてもいる。
ちなみに世間ではTS病患者の方が男を理解しているとかいう理由で人気らしい。
おえ、最高(最悪)だな、それに見る目のねぇやつらだ。
「って、栄治、時間時間!」
「時間がなんだよ……!?」
時計の長針は23分を指していた、始業は25分。
「走れ! 栄治」
「おい! 置いてくな、それにラブレター落としてんぞ!」
「拾っとけ、それより早くしろ」
「拾っとけって言われても、あぁもう今行くぜ」
「「セーーフ」」
俺は大きく息をつき、心臓がまだドキドキしているのを感じた。
地味に長いんだよこの学校の廊下は。
「皆さん、席についてください、ホームルームを始めます」
おっ、先生がこのタイミングってことは絶対気づいてないな、ラッキー。
――――――――――――――
まぁここからは普通に学校が始まるだけだ。
ホームルーム、授業、昼休み、授業。
俺はほとんどぼーっと過ごしていた。
廊下の人混みや教室のざわめきも、心理の中ではほとんど背景になっていた。
気づけば、放課後のベルが鳴った。
「うっす、栄治お疲れー」
「おう、お疲れ。今日はもう帰るから別々だな」
? 俺、飯誘ったよな、忘れてんのか。
「何言ってんだよ、飯行こうぜって言っただろ」
そう言うと、栄治は顔をしかめながら鞄を持った。
そんなに飯行くの嫌なんか?
「告白された後のお前と? そんなの行きたくないに決まってるだろ?」
あっ、……行くって言ってたのに忘れてたわ。
「あーうん、そうだったな、じゃあまた明日」
「お前忘れてただろ。てか、紙返すぞ」
栄治はポケットから朝みた紙を取り出し手渡してきた。
「あぁ、ありがと、じゃあな」
「おう、また明日な千夏」
さて、場所は……学校裏の木の下か。
はぁー気乗りはしないが早くいかんとな。