巫女戦記   作:零デイ

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19話

「相手が非正規勢力とは言え12機撃墜…問題行動も依然として変わらず、か」

 

 読み終えた報告書を執務机に投げ出して嘆息する。

 

「やはり碌でもない事にはなるか…ただ魔力は異常に上昇しているが体が持たんな」

 

 水の入ったコップを取り上げただけで飲まずに誰に対してでもなくしゃべり続ける。

 

「不可解な事は…“常識的”過ぎるという事か。かの“准将”閣下なら魔導部隊にここまで手古摺らず、あの“糞袋”ならまず命令に従わないか、むしろ率先して従うかだろう…となれば奴は何だ?」

 

 異常な程短期間に、ディナはその魔力保有量を増大させていた。具体的には動員され前線に投入された時からたった数週間で元々の魔力量の数倍に跳ね上がっている。正しく主の御業と形容するしかない現象だ。それでもエレニウム九七式演算宝珠の限界まで性能を引き出すには足りず体に負荷を与えて絞り出して誤魔化している。

 

「このまま常識の範囲に収まり、自重するなら更に魔力量が跳ね上がった場合は自らの魔力に溺れて自滅か…国家、いや共同体にとって人智を超越した化け物は許容出来ない。」

 

 グスタフ=アドルフ亡き後のヴァレンシュタイン、項羽亡き後の韓信、ハンニバル亡き後の大スキピオと狡兎死して煮られた走狗は歴史上枚挙にいとまがないが、魔導士の場合彼らと異なる点はワンマンアーミーであるという事か。脅威としては集団に遠く及ばないが内ゲバ、裏切りも無く兵站確保も容易という平時の悪夢だろう。

 

「まあ、畢竟私も化け物でしか無かったのだろうが」

 

 と皮肉気に笑いながら魔導総監は崩れ落ちる。手から滑り落ちたコップが床で砕け水をぶちまける。

 

「ムーア人は役目を果たした…もう去るべきだ…」

 

 彼の死は共和国の政治バランスを崩壊させた。この国においては力を持つ人間が尊ばれる。権力の源泉が経済力でも政治力でも無ければ単なる暴力なのである。科学の発展した時代に時代錯誤も甚だしい有様だが、それだけ共和国が建国以来崖淵に立っているという事の現れでもあるのかもしれない。

 

__

「…」

 

「中尉殿!目を覚まされましたか!」

 

 目を覚ました彼女は医療テントの白い天井を見上げた。戦場の医療テントの光景はいつも変わらない。慌ただしく動く看護師達、苦痛に苦しみ叫ぶ患者、今回の作戦の場合は外傷は少ないが蹲って奇妙に痙攣するように震えるような、精神的に壊れた兵士の数が多いのが特徴だろうか。そしてもう一つ特徴があった。

 

「…ラコブス人ばかり」

 

 北部戦線では医療現場にアレリア人やラコブス人と雑多な人種が混在していた。そもそも“それ”自体が問題ではある。

 

「…っ痛」

 

 左目に眼帯を付けたディナは起き上がろうとして頭の痛みに顔をしかめる。

 

「…起きたか」

 

 苦虫を嚙み潰した表情のアズラ少佐がベッドの横に歩み寄ってきた。

 

「あーすまん軍機に関わる話だから君は少し席を外しておいてくれ」

 

「分かりました」

 

 ベラを離席させた彼は口を切る。

 

「運が良かったな貴様も彼らも。周りの人間が制止して私が気絶させなかったらそのまま公安職員を皆殺しにしていただろう。そして貴様は今度こそ反逆罪で銃殺だ。幸いなことに貴様はその筋では知られているからな。まず助かる道は無いだろう」

 

「…なぜ止めたのですか?」

 

「説明しなくても分かるだろう。貴様は今や正式に部下を預かる身だ。好き勝手が許される訳が無い…いや有体に言うなら我々にとってまだ貴様には使い道があるから死なれては困る」

 

「貴方はいつもそうだ」

 

「…?」

 

 様子がおかしいディナにアズラは困惑する。

 

「なぜいつもいつも邪魔をするんですか貴方は!?何で私を死なせてくれないんですか!?死ぬことが出来る人間はこの世に幾らでもいるのに何故私“達”だけいつも失敗する!?」

 

「…?何の話だ…?」

 

 彼は憲兵といえど軍人だ。発狂した精神を病んだ人間、いや直截に言うなら駄々をこねる子供への対処法は知らなかった。泣き喚く彼女にただ困惑するしかない。元から騒がしい医療テントでそこまで目立たず、助け船も特に無かった。

 

「…それで用件はそれだけですか?」

 

「大丈夫か?いや私の話を聞けるか?」

 

 彼女の狂乱は大して時間もかからず静まり普段通りの無表情でアズラに話しかける。

 

「お見苦しい所を見せましたが、昔からこんな感じなので大丈夫です」

 

「何もそこまで死に急ぐ事は無いだろうに。生きていればいつか死ぬ。焦る必要はあるまい」

 

「この世には、一つの何かに縋って辛うじて生きている人間がいるのですよ」

 

「…なるほど?」

 

「それで用件は?」

 

 アズラ少佐はため息をついて周りを一瞬確認しつつ用件を持ち出した。

 

「貴様の部隊に一人預かってもらいたい人間がいる。拒否する選択肢は無い。公安への暴行未遂だけですら庇うのに苦労したからこれくらいはやってもらいたい」

 

「…さっきの私の話聞いていました?」

 

 ディナの冷ややかな視線を無視してアズラは住民IDを取り出す。その写真を見たディナは驚愕で目を見開く。

 

「貴様も多分知っているだろうがこいつを預かってほしい。どうやら書類上共和国人らしいから現地徴用の名目で何とか処理出来る」

 

「私が捕らえた捕虜じゃないですか!?何のつもりです!?」

 

 声を潜めてディナは叫ぶ。

 

「仕方あるまい。連中にとってここで捕らえた人間は捕虜ではなく“犯罪者”と見なすこともできる。そうすれば国際法に触れずに“人道”に基づいた扱いが可能になる、なってしまう。そして我々は命令系統として連中に従うしかない。例えば共和国の裏切り者の情報を持っている貴重な証人でもテロリストとして私が即刻銃殺しなければならなくなる。当然供述資料も破棄される」

 

「どうせすぐにボロが出ますよ」

 

「当座をしのげればそれで構わん。ボロが出るのは向こうも同じだ」

 

 話し終わったアズラ少佐が立ち去り際に彼女に訊ねる。

 

「そういえば彼に貴様の事について聞いたらかなり怯えていたというか…何であのおぞましい笑い声をあげて戦う化け物をすぐに殺さないんだと詰められたが何をした?」

 

「…さあ?」

 

 共和国軍は複数の作戦を同時に展開していた。

 まず、南部のプトレマイオス連邦への欺瞞作戦「エクソダス」を発動。航空戦力や魔導部隊を大量に展開させ攻勢を企図しているように錯覚させる。この投入戦力は共和国中から全てかき集められ共和国の伝説的なトップエースである魔導総監も久方ぶりに前線に投入。その暴威をまざまざと見たプトレマイオス連邦は共和国の攻勢近しと防備を固めた。

 

 防空の傘などのプトレマイオス連邦らが練り上げた戦術は確かに効果的だった。しかしその弱点の一つは限りなくコンセプトが受動的であるという事だ。敵の攻撃を迎撃する事を前提とし必然的に主導権を譲り受け身になりがちになるという事だ。

 

 そして連邦の一瞬の躊躇いの内に共和国は航空戦力、魔導戦力を北部に配置転換し「投石」作戦を発動。パルミラ帝国の野戦軍を半壊せしめ、更にがら空きとなった南部戦線で連邦の攻勢を誘引。同盟国の危機に慌てたプトレマイオス連邦は攻勢を開始。それに対して共和国は入植地も捨てる徹底した誘引で連邦軍を大きく引き込んだ。

 

 そして三個機甲師団を投入した攻勢作戦「血災」、戦争終結のための最終的勝利を追求した作戦が発動しようとしていた。




そういえば帝国の謎と言えば大ドイツ主義をどうやって実現したのかというのが気になりますね。隣国が他の用事で忙殺されていたが実現可能性が低い、もしくは実現しても脅威ではないと判断したのか
hoiの欧州シナリオの地図は外交とか戦略とか考えるだけで楽しいのでやはりそれで舞台を決めたんですかね
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