「仕事は順調なのにむしろ早く帰れない怪奇現象は何なのだろうな」
戦車の陣形をボトムアタックでズタズタに切り裂いて第148特技大隊の下士官は嘆息する。
乾ききった砂漠の戦場。無数の戦車の残骸が一面に散らばって炎上していた。凄まじい土煙を挙げて進撃する友軍の戦車部隊も遠くに見える。
「暇を持て余すより仕事やってる方がよほどいいだろ」
完全な航空優勢、精鋭機甲師団、良好な兵站、極め付きに連邦軍の部隊は攻勢の結果隊列が伸びきっており、何よりも疲弊している。真剣党などの国内の猛烈な反対を押し切って入植地を犠牲にした徹底的かつ合理的な誘引作戦の成果が如実に出た。
結果は端的に現れた。蹂躙。圧倒的な突破前進。
旧国境近くまで誘引した客に対して主たるラコブス軍は猛烈な歓待を浴びせかけた。
前線の急激な移動に伴い空域の対応が間に合わない防空の傘の穴をついて精鋭の空軍が敵への縦深攻撃を敢行。最前線の戦車から後方の輸送車両まで。某福祉政策の如く一切漏らすことなく手厚く痛打する。
「引き続き友軍の機甲部隊の前進を支援しろとのお達しだ」
「我々の仕事残ってるといいですね」
そして空軍、砲兵が面制圧し耕した後、戦車と歩兵が前線を突破。それまで幾度となくラコブス戦車を撃退し続けてきたプトレマイオス連邦軍の対戦車陣地も抗いきれず一撃で前線は崩壊。諸兵科連合は脇目を振らず自殺的とも言える前進を開始。敵前線の遥か後方、敵の警戒が貧弱な開戦前の国境付近に投射された空挺部隊と合流を図る。
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「戦局発表は以上です。」
「失礼します」
「やっと来たか。任務ご苦労。作戦は終わったのか?」
アズラ少佐が病室に入ると犯罪捜査部の部長がラジオを聞いていた。
「厄介払いされただけです。大佐もお元気そうで何よりです」
「この様でかね。家ごと吹き飛ばされて全治一ヶ月で済んだだけ幸運だが。まさか"横流し"の捜査に出向いた家が"ちょうど"テロリストに襲撃されるとは全く運が悪い」
全身包帯だらけの大佐は笑う。ごく普通の軍人の一家が暮らす民家。普通とちょっと違うのは重大な軍規違反の容疑者であるという事か。大佐が踏み込んだ時には既に一家が虐殺されており、仕掛けられた爆弾で家は爆破。公式にはアレリア人過激派の犯行とされている。窓の外からは遠くで鳴り響く複数のローターの轟音が聞こえた。
「あの音はなんですか?」
「数日前到着した新しい玩具らしい。で、代わりに頼んだ"商品"は見つかったか?」
「はい、仕入れ先も確かです」
少佐は証言をまとめた報告書を渡す。部長が捜査を行っていた兵器の流出者と首謀者が赤裸々に
「尊敬すべき“知り合い”の名前、あと聞いたことが皆無な会社の名前もありますね。」
会社の方は実態が存在しないペーパーカンパニー同然。要するに武器流出の為のダミー企業だろう。
「よく情報がこれだけ見つかったな」
「“協力者“の方達がそれはもう積極的に、”命がけ“で教えてくれたので」
手当たり次第に関係者を抹殺すれば生き残りは当然情報を洗いざらい喋って助かろうとするだろう。ラコブス人だろうがアレリア人だろうが関係なく。相手が“親しみのある”公安、秘密警察ならなおさらだ。
「出揃ったと言っていいでしょうがいつにします?」
「今は情勢として不可能だからなあ…」
大佐はメモに書いて見せる。
(最低でも停戦発効後、それも根回しが必要だから一年かかる可能性もある)
「“協力者“達にも感謝するべきだろうが…昔なら考えられんな。彼らの証言を大々的に使うとは」
「…」
「鎮圧作戦の方は区切りを付けて撤収するのか?前線でも無い場所に予備役とはいえ一個旅団を遊ばせる余裕なぞ無いだろう」
「それどころか増援が回されて残業らしいです」
「人質を全て殺されて面子が叩き潰されたからそうなるか…蜂起勢力の狙いもそれか。聞いたか?鎮圧に投入する兵力の選定には苦労したらしい」
「?」
大佐は煙草を勧めながら皮肉気に笑う。
「ラコブス人だけで構成されている部隊、それも空軍や機甲部隊ではなく歩兵部隊が珍しい、いやほぼ無いと言ってもいいだろう。血迷ったか敬虔派から徴兵しようとして真剣党から総スカン喰らったとか。結局入植地の警備兵や東のフィラデルフィア王国に当たる中央軍から抽出したらしい…で極めつけはコレだ」
大佐はラジオを指す。
「…国家安全保障特別行政令 第109号に基づく措置として治安上の観点から保護されるべき優先保護対象を指定の隔離施設へ収容が行われており…」
「何ですコレ?」
「過激派が暴れたからこれ幸いとアレリア人を一掃しようとして戦争遂行に支障が出るからと反対され皆が納得出来る妥協案が採用されたらしい。ラコブス軍に参加している、あとは公務員や議員のアレリア人の家族を収容所送りにして保護する“人道的な”措置らしい。彼らはラコブス人からもアレリア人からも嫌われてるからちょうどいいのだろう」
「何か意味があるのですか?」
「多数の人間の願望がそれなりに満たされて幸せになれる。趣味と実益を兼ねてもいる。暇な手は悪魔の工房とはよく言った物だな」
「…」
煙草を灰皿に押し当てアズラは立ち上がる。
「では失礼します。その見舞い品はそのまま渡しておきます。」
「憲兵総監にもよろしく頼む。ああ貴様も身体には気をつけろよ」
突然ラジオの調子が変わる。
「速報―我が軍の機甲師団は敵前線を打通し、運河まで到達―プトレマイオス連邦軍を多数包囲―諸兵科の完璧な連携―戦争終結の見込み―聖戦の完遂―歴史的大勝利!」
「これで戦争も終わりですか」
「普通ならそうだろう」
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犯罪捜査部のオフィス、アズラが戻ると誰もいなかった。
「何が聖戦だ…」
彼は机を蹴り飛ばす。意外と派手な音を立てて机が倒れる。
「何が趣味と実益だ…!我々は遊びでやっているのか!」
光景がちらつく。同期の死体の顔。すっかり見慣れた山と積まれた幾多の死体。燃え上がる出口の無い建物。
「…」
壁を蹴りつける。2度、3度。壁の古いへこみがふと目に入った。
「告発が終わったら辞めるか」
「それも選択肢としては良いだろう」
突然声がかけられる。彼が振り返ると憲兵総監が入り口に立っていた。
「っ!大変お見苦しい所をお見せして失礼…」
「あー気にしなくていい。疲れているのだろう」
憲兵総監は普段と変わらない様子で淡々と言う。
「部長は元気そうだったか?」
「ええ、よろしく伝えるようにと」
「告発の件か…で、君は休暇を取らないか?」
「はい?」
怪訝に問う彼に憲兵総監は言う。
「憲兵部隊の指揮官を少し頼めるか?」
「…分かりました」
一瞬戸惑った少佐だったが、尋常ではない雰囲気を感じて返事する。それに陰鬱な仕事から離れられる機会をくれた配慮に素直に感謝した。してしまった。
「では頼む。“後片付け”も、な。」
憲兵総監はそう言うと立ち去り際に思いついたように彼に言う。
「ああそうだ。例の彼女も入院するらしいから見舞いに行ってきたらどうだ?」
「…はい?」
「あと戦略局に貴様の同期が一人いたな。直接会って話出来るか?」
「出来ますが…」
「ならちょうどいい。秘蔵の酒をやろう。あとで私の部屋に来たまえ」
アズラ少佐が訳も分からず酒を貰い、ディナと戦略局の同期に渡りをつけたその数日後、憲兵総監は殺された。
勝ったっ!第二章完!
戦術的勝利を作戦的勝利に繋げ、あとは戦略的勝利につなげるだけの”簡単”なお仕事です。
起承まで終わったのであとは転んで終わりです。