21話
「人間は何故争うのかという疑問をよく人は口にするじゃない?この国では余り聞かないけど他の国では人気で創作のネタにもよく使われるらしい」
「はぁ」
「なぜそんな分かり切った問いを投げかけるのか常々疑問なのよね。自らが生きる為に他人を殺してでも手に入れたいものがあるというだけの単純な答えになるしかない。尊厳、誇り、名誉といった精神的な、あるいは水や食料など肉体的な生命線など主にその二つだろう。それで問いは終わり」
「ソウデスネー」
辟易とした表情でディナは答える。第199特技中隊がク―デター部隊を制圧して戦略局をあっさり奪還したのは良い。しかしディナは暇にしていた生き残りの彼女に話しかけ続けられただただ困り果てていた。
「争いは本質的に非生産的極まり収支は赤字になることが構造的に確定している。1の価値が有って一の労力で守られたものを奪おうとするなら当然1以上の労力がかかる。その帰結は当然赤字だ」
彼女は饒舌に喋り続けている。死体こそ片付けられているが先程まで室内戦が行われていた戦略局は至る所に血や肉片が散乱している。
「全体として見ればマイナスでしかないから戦争は悪というのも短絡的な結論ではあると思うのだよね。マイナスによって逆に齎されるものだってある。例えばこの今の戦略局は上役の局長、統括運用部長、連絡官、監査官と発射権限の譲渡に抵抗して悉く殺害され今や一介の少佐である私が発射権限の一部を持ってしまっている」
彼女は鍵と装置を指さす。
「鍵持ってみる?多分一生に一度あるか無いかの貴重な」
「要らないです」
「数十万、いや数百万の命が一部とは言え私の手にかかってるのだよ。震えるね」
そう言う彼女の手は微塵も震えていない。
「そもそも争いとは人間が他の生物と比べた時の一つの明確な差別点、相違なのだから否定的に捉えるだけというのもおかしな話よね。むしろ差異こそその存在の価値を担保しうると言っても過言ではないのに」
「では我々は後続の部隊が到着次第移動があるので準備に失礼します」
「もう移動の必要は無いから話す時間はあるわ」
「根拠は何ですか?」
「勘。いや待って冗談だから。クーデターの初動に参加した部隊の中核は数個中隊、優先目標であるここ、戦略局に一個小隊しか割けないという事はこの推定は正しいはず。そして参謀本部や官邸を占拠して血祭りに上げたは良いものの暫定政府の発表が無いという事は組んでいた政治家連中が裏切った、正確に言うなら怖気づいたのだろう。おまけにクーデターの駒として連れて来た筈のラコブス人だらけの正規軍はあまり同調しなかったらしい。可愛いね。そして君ら鎮圧部隊が動き出して既に四時間経つ。詰みだ」
勘という言葉で揶揄われたと理解したらしいディナが離れようとすると彼女は慌てて説明した。外から偶に銃声は聞こえるが殆ど静かで普段と変わらない。
「首相に内閣官房、情報本部長、労働組合会長、市長に憲兵総監まで殺されるとは。先日亡くなられた君らのボスと、尊敬すべき先人達が次々といなくなる。過去の栄光を土足で踏みつけるが如き行為が罷り通るとはつくづく報われない時代だ」
「話と言ってもそんな"高尚"なお話私に聞かされてもしょうがないのでは」
「いや有意義な会話だよ。一度君には会ってみたかったからね、ディナ・ヘイル中尉。敵味方に関わらず"悪"を粛清する血みどろの巫女」
「到底誉められた事では無いでしょう。いずれ裁かれる身です」
「まともに法が機能していない国でその終わり方はナンセンスだ。陳腐でもある。だから
私が保証しよう」
彼女は爽やかな笑顔で言う。その物言いは有無を言わせぬ雰囲気があった。
「君は英雄となって終わるだろう。君にとって不本意な形にはなるかもしれない。そして全てが"解決"する」
「…貴女は何ですか?」
「S.B.Fと呼んでほしいかな。知り合いにはそう呼ばせている。ごく普通の少佐さ」
「中尉!全ての目標が制圧完了した連絡がありました。直に後続があるので撤収との事です」
ベラが二人のそばに走り寄って伝える。
「では失礼します」
ディナにS.B.Fは声をかける。
「憎むべきものとして憎み徹底して厭い退けよ。それは聖絶すべきものである」
「…」
その聖句を聞いた瞬間背筋を強張らせて動揺を隠せないディナは返事をせずに敬礼だけして離れる。
「何話していたんですか?」
離れた後ベラは問いかける。
「難しい話を一方的にされただけ。で、君は問題無いの?」
「なぜ?」
「クーデター側の人間に知り合いがいるでしょ。君の出自や所属は散々君から聞かされたから」
ベラは淡々と答える。
「そこで死んだのは一緒にこの国に移住した一家の父親ですね。近所付き合いもそれなりにありましたね」
「…なぜ君はあちら側につかなかった?」
「そんなの決まっているじゃないですか」
ベラは顔を輝かせて答える。
「貴女に付いていくのが私の使命だと確信したからですよ。その為なら敵がだれであろうと一切の容赦なく排除します」
「…ゴメンよくわからない」
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一人の壮年の男性が海岸沿いの道を歩いていた。パルミラ帝国の辺境。新興国家の田舎なぞ当然舗装はされていない。燦燦と日が照りつける中、彼は釣りをしている人間を見つける。
「なにか釣れたか?」
「いや今日は駄目ですね。」
「なぜ釣りをしている?」
「針を付けずに釣りをした古の名将の話を聞いた事がありましてね。まあ私は当然針を付けていますが。心配されなくとも仕事はきちんとしていますよ叔父さん」
ため息をつく壮年の男性をよそに彼は釣りを続ける。周辺には人の気配は一切なく、一切の静寂。
「それで公用でここまで来られたので?左遷された私に会いに?」
「一応は私用だ。散々やんちゃしたお前を港湾部に左遷して例の“輸入品”の管理業務も問題なく果たしているようだから禊は十分だろうという事になった。数日で首都防衛司令官の内示も出るだろう」
「必要だったから行った措置をそう形容されるのは心外ですが…まあ仕事を頂けるのはありがたいのでやめましょう。私が復帰出来るという事は情勢は最悪のようですが…それを伝える為だけにわざわざ?侍従ともあろう方が?」
「ラコブス軍の連中我々との国境に相当数増派している。停戦が明け次第即座に襲いかかってくる状況を陛下も憂いておられる。今からお前を前線の軍団の司令官にねじ込めないかとも」
「開戦直前に前線司令官にされるのは堪ったものでは無いですが…そもそもなぜ戦争が再開する流れに?入植地の一部放棄と引き換えに国家の存続を保証することで妥結するという話になっていたのでは?」
具体的には休戦期間、国際的な監視、兵力削減、挑発行為の抑制などだろう。ただしそれだけでは安心できない人間もいる。
「ラコブス共和国でのクーデターは聞いているな?タカ派の真剣党、公安、敬虔派ら碌でもない連中が一丸となって始めた乱痴気騒ぎ」
「一日も経たずに呆気なく崩壊して鎮圧されたと聞きましたが」
「それで終わればよかったのだがな」
「…なるほど。他に聞きたい事があるのでは?」
侍従は釣りをしている若い彼、ラマル・アバ―シュ将軍に意を決して訊ねる。
「もし再戦となれば守り切れるか?」
「不可能です。秘策も既に晒して大敗北を喫して今や正面戦力において我々は質でも量でも負けています。統一された指揮系統でどんな名将が指揮を取ったとしても勝利は望み得ないでしょう」
「お前が言うなら間違いでは無いのだろう、な」
呻く彼をよそにアバ―シュは続ける。
「負けなければいいだけですよ。連中も何か“玩具”を貰ったようですが我々にもある」
「…アレはあくまで嫌がらせ程度にしかならない。しかも海だ。防空の傘程活躍するとは思えんが…」
二人は海を見る。何か小さな物体が複数泳いでいた。一見イルカのように錯覚してしまうソレ。生物にはあり得ない、金属の棒で水面を切り裂いて泳ぐその物体はそんな可愛げのある物ではないと二人は知っている。
「モノは使いようですよ。ああこの作戦書陛下の目にも止まるよう図ってください。高度に政治が絡むので陛下の完全な同意を出来れば取り付けて下さい。場合によっては銀の弾丸足り得るでしょう」
以前の筆者は普通に怠けて投稿遅れる反逆者でしたが次の筆者はもっとうまくやるでしょう。
申し訳ありませんが次回投稿は4/2にずれ込みそうです(3/30追記)