パルミラ帝国の首都、帝国こそ歴史は浅い新興国家であるもののその都市が建造されて久しく、幾多の国家の興亡に立ち会ってきた。
前線部隊との連絡が次々と途絶し帝国軍が掌握している数少ない予備兵力となってしまった首都防衛軍司令部。
「他の国境に配備されていた部隊の到着は一週間はかかる見込みです」
「話にならん。五日だ」
「不可能です!既に限界まで鉄道ダイヤを酷使しています!」
「全て集結する必要はない。到着した戦闘単位を逐次投入する。敵は必ずこちらの準備が整うまでに首都を制圧しようとする。手段を選ばず急がせろ!」
パルミラ帝国が抱える国境はラコブス共和国だけではない。それらの国境にも当然軍隊が配備されており徴兵でかき集めた部隊も合わせれば共和国軍に対抗することも可能だ。
「がら空きですが、これで今国境侵犯されたらと思うとぞっとしますね」
隣接する国家群は交流も盛んで国境沿いの僅かな土地を巡って矢玉を放った交流も盛んだ。その矢面に立つ国境部隊は相互理解や親睦を深めたその土地のプロだ。彼らを全て引き抜くという事はいかに国家存亡の瀬戸際といえ躊躇いが生じる。
「そうなればこの国は亡ぶというだけの簡単な話だ」
とはいえ、とアバ―シュは薄っすら笑いを浮かべて続ける。
「親愛なるラコブス共和国と親しく隣人として付き合う事に気が引けてしまうだろうし直ちに問題は無いだろう。連中に動員の兆しは無い。そもそもその仕事は外交官の方々に任せるべきだ」
「期待したい所ですが…相互防衛協定を結んだフィラデルフィア王国は動く気配もありませんよ。共和国は中央軍から三個師団全て引き抜いてこっちに回してくる有様です」
「しかし連中国内にアレリア解放戦線を抱え込んでほぼ内戦と言ってもいい。致し方あるまい」
「それにプトレマイオス連邦の動きも不活発です。いくら主力が包囲殲滅されたとは言えまさかとは思いますが共和国と秘密裡に交渉しているのではないでしょうか」
参謀達の議論を遮ってアバ―シュは苦々しい現実を突きつける。
「我々は最善を尽くしか無かろう。喫緊の課題は敵の攻勢限界がいつどこで訪れるか、だ。」
帝国軍が取りうる作戦は限りなく選択肢が少ない。先の開戦時のドクトリンは縦深攻撃理論だったが、もはやそんな夢を見る余裕は無い。彼が掌握している戦力で最も効果的な作戦は共和国軍の攻勢軸を正確に見極めて戦力を集中し、その攻勢限界に逆襲、後手からの一撃、あるいは煌めく復讐の剣を馳走するソレだろう。というよりそれしかない。
「敵は首都制圧を指向していると考える蓋然性が高いとは思われますが…今が最も制圧出来る見込みがあり我が国にとって致命傷となる以上狙わない理由は無いでしょう」
「だがそんな事赤子でも思いつく。首都制圧はブラフで迂回機動を行い分断。その後国境から再配置される部隊を各個撃破された場合こそ終わりだ。仮に首都が制圧されても致命傷ではあるが即死する訳ではない。リスクを考えるとどちらを対策するべきか自明だ」
「それは余りにも悲観的過ぎるのでは?共和国軍の戦力不足は常識です。完全に分断出来るような戦力はどう奇跡が起きても捻出出来ません。現に包囲下の部隊が手付かずとなって撤退を行った例の報告もあります」
「一方では僅か数個小隊によって重防御の陣地が殲滅されたという報告もある。ヘリコプター以外にも新兵器を投入している可能性があり、そうなれば額面上よりも多い戦力と換算するべきだ」
参謀達の喧々諤々の議論を聞きながらアバ―シュはふと気付いて尋ねる。
「収容した敗走兵の数が更に増えたか?逆に収容出来ていない部隊の傾向は?」
「はい、収容出来た数は増え続けているのですが…特に傾向などは無いですね。ただ司令部や補給デポの守備隊の兵士の収容はごくまれです」
空挺対策に血祭りになって戦力が分散し前線こそ手薄になったものの意図せず縦深防御の形になった。前線の手薄な戦力を囮にして相当数の後方部隊が敗走しつつも包囲を免れ撤退に成功して更に後方の部隊で収容でき辛うじて前線を再構築したのは怪我の功名と言うべきか。
「後世パルミラ帝国軍の深謀遠慮と讃えられるかもな。戦死された司令官も泉下で慰められるといいのだが」
「まだ戦死なされたと確定した訳ではないですが」
アバ―シュは皮肉でも無く大真面目に言う。参謀が控えめに訂正するが指揮系統を考えると名誉の昇進をされているという事になるべきだから仕様がない。もしアバ―シュが司令官だったとしても彼らと同じようにしか出来なかっただろう。どちらかと言うと彼は冷遇され特に恩恵を被った覚えは無いが、それでも感謝と冥福を祈りつつアバ―シュは指示を飛ばす。というより死んでいてもらわないと混乱の元でしかない。
「敵の攻勢目標は首都と想定して動く。これは確定事項だ。万難を排して首都に全ての戦力を集中、迎え撃ち敵の攻勢を頓挫させる」
「「はっ!」」
「敵のヘリボーンに対してはどのように対策を行いますか?」
「引き続き対空網の強化、情報の収集を行う位でいい。ルーシー連邦から到着した対空兵装を迅速に配備させろ。慣熟訓練も省略でいい。それに空挺は脅威ではあるが地上部隊と連携が取れていなければ所詮点の攻撃でしかない」
「共和国軍が化学兵器や生物兵器を投入したという未確認情報がありますがどうされますか?」
「無視でいい。機動戦とそれらの兵器は相性が悪い。どうせ対策している余裕もないし効果も限定的だ。情報の確度は気にせず広報に宣伝させて声高に共和国を非難させろ。大事な事はいかにそれらしく聞こえるか、だ。真実なぞどうでもいい」
皮肉気にアバ―シュは続ける。
「もし真実なら我々より連中のほうがのたうち回るだろうな」
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「どうしてこうなった」
激戦の後、死臭や腐臭が漂うのはいつものことだ。が、明らかに異常な刺激臭を嗅いだアズラは悶絶する。臭いが効いたからではない。ただし科学的、肉体的には効いていないが精神的、いやもっと正確を期すなら“政治的”に効いた。
共和国軍に制圧されたパルミラ帝国軍の前線総司令部、頑丈なコンクリートに包まれた墓標。共和国軍の輝かしき勝利の象徴の地で彼は案内役の十代の兵士に詰め寄る。
「制圧した部隊の責任者を出せ」
「いません」
「どこにいる?」
「分かりません」
目眩を覚えつつ彼は諦めて足早に移動する。後方警備に当たる老兵や少年兵に訊ねて徘徊し首都への連絡手段を確保する。
「どういうことだ!俺が聞いていたのは生物兵器の無許可の搬入だけだ!なぜ化学兵器がある!?」
「それはもう既に一部の部隊に配備されているからね。手の施しようが無い。それより問題の“六型防腐剤”だ。仕様に問題があったと指摘して配備を差し押さえたのに勝手に一部が持ち出された。全く良識に則った行動が出来ない人間がいると困ったものだね」
「それは朗報だ。てっきり制御出来ない生物兵器に比べたらガス兵器の方が人道的だから言わなかったのかと」
S.B.Fのいつもと変わらない他人事のような口調に苛つきながら皮肉で返すアズラ少佐。
「化学兵器のほうがまだ好みという事は否定しないかな」
「否定しろ。いいか?化学兵器の使用だけでも問題なのに民間人に被害をもたらすような事態を考えてみろ!共和国の信頼は地に墜ちる!合衆国にも見限られかねん!」
「それは信頼が残っていたらの話でしょう?」
「…」
一瞬沈黙したアズラに彼女は続ける。
「合衆国が手を引くとしたら“今“ではないしそれは心配しなくても大丈夫」
「それはどういう」
「あーゴメン時間だ。またかけ直すね。くれぐれも気を付けて」
会議の時間に気付き彼女は慌てて電話を切る。
「彼も難儀だなあ。どうせ結末は変わらないから楽しんだ方が得なのに」
そう呟きながら彼女は内閣へのレクで用いる為に厳重に封印された金庫を手順通り開ける。取り出したその書類には“選択肢”と素っ気なくタイトルが付けられていた。
「ろばのあご骨で、ひと山、ふた山ろばのあご骨で、千人を打ち殺した。」
彼女は歌うようにある英雄の言葉を口にする。玲瓏に紡がれる文章が文学的要素の欠片も無い物騒な内容というシュールな光景。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かったという。
SMプレイが原因で破滅した英雄とかいたらヤバイですよね。