「面白い事になったな」
合衆国の“カンパニー”とは全知の存在だ。世界で起こるあらゆる事象を観測していると自負し、実際にその情報量は世界一と言っても過言ではないだろう。その情報を全て活用できる全能さえ備わっていれば神にも成りえただろう。
「本社に至急警告を出すべきだな。このまま座視していると地域における劇的な“地殻変動”が起こる可能性が高い。何としてでも講和を強要するか、もしくは起こり得る状況を研究するべきだろう」
「問題は本社が動くかどうか、か。共和国の政治的混乱も重症だ。容易に仲介に応じるとは考えにくい」
ラコブス共和国に派遣されていた“カンパニー“の職員はその例に漏れず優秀であった。彼らは現在の局面が如何に重要か正確に理解していた。彼らの働きは称賛されるべきだろう。ただしその情報が正確に上が理解して行動出来なければ無意味なのだが。そして全知であるが故に重要な情報も時に埋没してしまう。
「プトレマイオス連邦との交渉は順調らしいが…場合によれば影響が出るか」
既にフィラデルフィア王国には合衆国の息がかかっている。この調子で
「ラコブス共和国の勢力拡大は喜ぶべき事ではあるが…」
「ルーシー連邦との関係が深い共和国が力を付けすぎるのも考え物だ。念の為釘をさしておくべきだろう」
覇権国家の覇権たる所以は豊富な選択肢。一度や二度のベットが外れても痛手でもなく、むしろ“外れた”ことで別の利益を得ることも可能である。最悪の場合ラコブス共和国が爆散しても保険のプトレマイオス連邦がある。むしろ共和国に気兼ねする必要が無くなるだけより踏み込んだ関係構築も可能。運よく共和国が大勝ちすればこの地域での影響力は確固たるものとなる。そもそも合衆国が仲介に乗り出せば“余程”の事態が起きない限り収拾を付ける事が出来る。どう転ぼうが本国に害が及ぶことは無い。
「何にせよ共和国軍がパルミラの首都を落とせるかどうかによるな。行動を取るのは趨勢が決してからでも遅くはあるまい」
「まあお手並み拝見だな」
“合理的”に考えて合衆国が大損をする事は有り得ない。故に彼らは高みの見物を決め込む。
彼らの行動は全く問題なく職務を果たしていて一切責められる謂れは無いだろう。
一つ間違いがあったとするならこの世には彼らとは別の“合理性”で動く国家がいるという事を理解していなかった、いや“忘れていた”ことだろう。
共和国による○○○まで、残り五日――。
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城下の盟を誓わせるという言葉の甘美な響きに惹きつけられない人間がこの世にいるだろうか。少なくとも共和国にはいなかった。
「七号機、被弾!不時着する!」
「こちら58中隊、敵の伏撃で身動きが取れない!近接航空支援を要請!」
「砲兵火力で圧倒されている!対砲兵攻撃が可能な部隊はいないか!?」
燃えたヘリコプターがゆっくりと回転しながら墜落する。パルミラ帝国首都パルミラに強襲をかけた共和国軍の第一空中機動部隊は待ち構えていた帝国軍により苦戦を強いられていた。
「…」
首都の一角に取り付いたはいいものの敵の猛火に晒され遮蔽に張り付いたまま身動きが取れなくなった空挺部隊に交じって負傷したディナは笑う。開戦劈頭を彷彿とさせる、いやそれ以上の密度である防空の傘。突入の際199中隊に死者が出なかったのは奇跡だろう。現状の負傷者も庇って被弾しただけの
「…死地だ。」
「中尉?」
空挺作戦とは軍事的、心理的に強烈な衝撃を与える事が出来る。しかし降下の際は無防備であるし、自ら包囲されに突入しているようなもので敵が待ち構えていたり地上部隊との合流が出来なければ全滅、あるいは殲滅が確定する。遠すぎた橋、地獄の谷、あるいはムリーヤの破壊。
「このまま張り付いていてはジリ貧か…私が切り込むので中隊は援護を」
「正気ですか!?」
横にいたベラが叫ぶ。頭上では途切れることなく弾丸やロケット、擲弾、砲弾が鳴り響く。
「退路は無い。前方に活路を見出すしか無いですよ。その為にコレもある」
ディナは九七式突撃機動演算宝珠を取り出しながら事も無げに言う。
「しかし!前回使用された時は」
「命令です。各自攻撃準備」
有無を言わせない口調で彼女は言う。喜悦が漏れ出ているのを隠そうともしない。ここは激戦区で、彼女の行動は戦術的に合理的で、指揮官率先で、消耗の抑制で、全てが理論的に祝福されている。
被弾の衝撃で外れた彼女の眼帯から覗いた左目は依然として機能を失ったままだった。
「…コレを頂いたからには有難く使わせて貰いますよ。貴方も、私も、もしかしたら主もソレを望んでいる」
彼女は誰に言うでもなく呟く。
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「打ち続けろ!連中の頭を押さえ続けろ!今までのお返しだ!」
パルミラ軍の指揮官は怒号する。開戦以来生き残った彼はどれだけ有利な状況でも油断などとてもできないと理解していた。死に物狂いの共和国軍が如何に手に負えないか。それを骨の髄まで嫌と言うほど味わった彼は、だからソレが現れた時も的確に対処する。
「隊長!敵の航空魔導士一機が突出してきます!」
「火力を集中しろ!奴は囮だ!直ぐに撃ち落として後続に対魔導ロケットを食らわせてやれ!」
「敵航空魔導士、尚も突っ込んできます!」
双眼鏡を覗く兵士が叫ぶ。
「私の魂を、御手にゆだねます」
砲火を搔い潜りながらディナは呟く。宝珠の出力を殆ど推力に回し最低限の防殻で無理やり切り込む。
「真実の神、主よ、あなたは私を贖い出してくださいました」
避けられない被弾は防殻で受けつつ有り得ない動きで火線を翻弄しつつ爆破術式を同時に展開してそれを浴びた陣地が沈黙。その発現の一瞬の挙動を狙って放たれた対魔導ロケットが命中。
「ギィギャガ…ガッ……ジガギギィガガ…!」
爆炎の中尚も突っ込んでくるソレに当然砲火は集中する。
「クソッ何だあれは!」
「いいから沈黙させろ!対魔導ロケットも惜しまず使え!」
共和国軍の後続が動き始めるのを確認しながらも、至近距離にまで接近したソレに注意を割かざるを得ない。
「目標に命中!」
そして遂に目標に次々と命中する。歓声が上がるが、そしてその瞬間ソレは消え失せる。
「デコイだ!奴はまだ落ちてない!」
爆炎に紛れた光学術式による欺瞞とすぐに看破した指揮官は陣地に音も無く舞い降りたソレに一早く気付いてしまう。血塗れの少女と視線が合う。焦点の合っていない左目で見ながらソレは笑っていた。数秒後、その区画は“消滅”した。
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「404陣地、突破されました」
「恐るべきかな、共和国軍魔導士」
アバ―シュは司令部で呆れる。パルミラ帝国軍は兵力こそ揃いきって無いものの万全の構えで待ち受けていた。
虎の子のレーダーサイト、ルーシー連邦から大量に調達した長距離地対空ミサイル、高射砲、無数の携行型対空ミサイルなどのMANPADSと開戦以来最も重厚な防空の傘、対戦車ロケットを大量配備した対戦車陣地、大戦期から最新鋭の自走砲までかき集めた数百門以上の砲火力と潤沢に構えていた。
その為共和国の航空優勢下でありながら攻撃前の空軍の空対地ミサイルなどの空襲は封殺、それどころか何機か撃墜までした。しかもヘリボーンの降下が予測される地点に伏兵を配置しほうほうの体で輸送ヘリが退避し首都から離れた地点に展開を強要。
快進撃を続けてきた第一空中機動部隊だが、距離の暴虐はあらゆる軍隊に平等に降りかかる。長駆進撃してきた消耗は確実に蝕んでいた。しかも本来なら首都を包囲するように降下する予定だったが、空挺部隊の集結が間に合わず一番先行していたヘリ部隊が攻撃をかけ到着した空挺部隊が順次攻撃に参加、良く言うなら波状攻撃、悪く言うなら戦力の逐次投入となっていた。
常識で考えれば共和国の空挺作戦が成功するはずがない。
「ここまで不利な状況下でこじ開けてくるのだから堪ったものではないな…あとは敵の機甲部隊が間に合えば首都の放棄も考えるべきか…」
しかし、戦争に常識など通用しない。最良の状況を整えてなお敗北を覚悟する羽目になった彼としては笑うしかない。
「機甲部隊とまとめて相手をせずにすんでいるのが不幸中の幸いか…こちらの増援の到着如何によれば辛うじて耐えきれるか…?」
前線部隊は死に物狂いで遅滞戦闘を敢行。敗走から立て直し辛うじて前線を構築した疲弊しきった彼らは予想を遥かに上回る善戦ぶりで共和国の機甲部隊を足止めしていた。共和国の機甲部隊も同様に疲弊していた事も大きいだろう。元来共和国軍は内戦戦略が柱の軍隊で自国を縦断する以上の距離を踏破するなど想定もされていない。
「問題はこちらの機甲部隊だ!どこで道草を食っている!?」
「連絡は途絶えたままです。敵の電子戦でこちらの通信状況が極めて悪く…」
「伝令を飛ばしまくれ!連中の所在をさっさと確認しろ!」
命令を飛ばし続けるアバ―シュ。とにかく今すべきことは兵力をかき集めることだ。共和国の空挺部隊が同じく兵力の集中を待たずに強襲を取らざるを得なかったのはまだパルミラ帝国軍が全て集結していないからだ。逆に言うなら兵力さえ揃えば勝てる。
橋は遠過ぎたか、まだ誰にも分からない。
空挺兵ドクトリンを進めて支援中隊マシマシの空挺師団を投射して現地の部隊をなぎ倒しながら降下させる事が三番目くらいに好きです。
そういえば別に戦死=二階級特進ではないという衝撃の事実
4/19投稿の時間帯は少し遅くなりそうです(4/19追記)