巫女戦記   作:零デイ

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28話

 ラコブス共和国中央軍の長年の仮想敵は国内の分離勢力、そしてフィラデルフィア王国だった。

 王国は合衆国の影響下の国であり、同じく合衆国の犬である共和国とは良き隣人であろうとした。だから共和国が叩きだしたアレリア解放戦線が王国内に押し付けられ、領土を一部奪われようと取り合えず解放戦線を叩いて溜飲を下げた。

 

 今回の戦争においても中立を決め込む予定だったが、全ての前提が狂い始めた。

 

 まず、アレリア解放戦線の軍事力が王国の手に負えなくなった。本来なら難民のゲリラなど合衆国の軍事支援で強化されている王国軍の敵ではないはずだったが、近年特に軍事力を拡張させ排除が不可能までになった。しかも支援元がルーシー連邦でも合衆国でも無いという事しか分からず外交による支援遮断は出来そうにも無い。その為解放戦線と交渉の席に座る必要に迫られた。

 共和国の機関の関与の証拠はいくつかあったが、順当に近隣の敵対国家が支援したのだろうという事になった。まさかアレリア人穏健派の弱体化を狙うというが為に過激派の支援をしているという一部の暴走だと把握出来た人間は誰もいなかった。

 

 次に共和国が和平を蹴った事が王国を恐怖させた。大ラコブス主義の範囲はこの土地一帯、当然王国も含まれるのだ。何故含まれるのか王国人には分からないし共和国人にも分かっていない。それはともかくパルミラ帝国が地図から消滅すれば最後王国も消滅するだろう。合衆国がプトレマイオス連邦と交渉しているという専らの噂も恐怖心を倍増させた。すなわち、王国の消滅は共和国と合衆国の合意事項であり、その代替品として交渉しているのではないか、という事だ。

 そしてラコブス共和国の包囲網たる諸国からの圧力も当然加えられた。

 

 そのような絶望的な状況で、全てを解決する妙案が王国指導部に舞い降りた。天恵と言ってもいいだろう。

 その特効薬の内容は解放戦線と妥協して共和国軍の疲弊を見計らって共和国にけしかける一方で合衆国を通じて共和国に警告を発して王国は本格的な参戦意図が無いという事を伝える、というものだ。

 共和国と解放戦線を潰し合わせ、合衆国や共和国の心証を損ねない程度に義理を果たし尚且つ共和国に軍事的圧力をかけ共和国と交戦する諸国に愛想を振りまく会心の外交傑作。

 

 そもそもアレリア解放戦線の元はラコブス共和国の内政問題であり、何故か王国に出荷されたそれを送り主の元に返すだけだから文句を言われる筋合いはないだろう。

王国軍を援護という名目で派遣して解放戦線を監視し、共和国軍が手を焼くようなら“不幸な連絡の行き違い”により戦場ではよく起こりがちな“友軍相撃”で解放戦線が壊滅する“悲劇”が起こる予定すら立てていた。

 

 解放戦線と王国軍が手を組んだ所で無敗の共和国軍に脅威足りえず、勝ち目も無いと王国は“謙虚”に考える。

 共和国と解放戦線を両方消耗させ、共和国かその包囲網どちらが勝とうと勝ち組に乗っかれるだろう。はずだった。

 暴力こそ至高の言語だと考える、ちょっと通常の思考パラダイムからズレた国家が相手で無ければ何も問題無かっただろう。その絶滅危惧種が隣国でさえなければ。

 

__

 

 合衆国を通して王国の警告を受け取った共和国の反応は劇的であった。王国が知れば首をかしげるだろう。

 

「あの厚顔無恥の裏切り者が!」

 

「この機会に係争地帯を奪い取る魂胆かハイエナ共め!」

 

「何が解放戦線への共同作戦だ!どうせ中央軍の弱体化につけこんであわよくば共和国を分割せんとする腹だろう!」

 

「残存する中央軍による対応計画はどうなっている!王国の占領も考慮するべきだ!」

 

「戦略局を呼び出せ!」

 

 王国のメッセージは正確に伝わった。伝わった上で、頭の大事な回路が総力戦で焼き切れてしまった共和国は謀略だと確信する。暴力を唯一神と“同等”に信仰している彼らには共和国軍の弱体化に当然付け込まれるものと判断した。

 陸軍の主力が崩壊したにも関わらず尚共和国軍は恐れられてるという事にはついぞ気付けなかった。

 

__

 

「敵野戦軍と後方支援拠点への特殊弾頭を搭載した地対地弾道ミサイル打撃を確認…“戦果“は概算でおよそ十八万の”兵員“を殺害、二十五万以上の兵員や”後方支援要員“を負傷させ、撃破した車両は七百台以上と見られます。破壊した弾薬物資は少なく見積もっても半年分です。王国軍と解放戦線の攻勢意図、そして戦争遂行能力の喪失は確実と評価できます」

 

“坑”と呼ばれる作戦参謀本部司令部。核攻撃にも耐える地下深くのそこで航空機による観測写真がスライドに映し出された。

 

「当面の危機は退けられたか」

 

「全くこの忙しい時に余計な手間を取らせてくれおって」

 

 苛々とした口調で将軍が葉巻を吸う。中央軍の正規師団三個は全てパルミラ侵攻、いや“奪還“の為に全て投入されており王国と解放戦線の侵攻に当たるのは極めて脆弱な後備兵旅団の薄っぺらい防衛線であった。もし核使用という奥の手を使わなければたちまち決壊していただろう。練度や装備がマシな予備役部隊は制圧した地域か南方のプトレマイオス連邦への防衛ラインに割り振られている。

 

「戦略局への処遇はどうされますか?疑いなく功績は大きいですが…」

 

「核兵器使用は国際的に“受けが悪い“事ですしここは国家の為にも彼ら、いや彼女に”名誉”な役割を与えるべきでしょう」

 

「戦略局の臨時局長である大佐が自裁されたことは悲しむべき事だが、恐らく彼は身をなげうって祖国の為に奉仕してくれたのだろう」

 

 核兵器の発射現場の鉄則であるツー・マン・ルールに基づき実際の運用は戦略局の少ない生存者である大佐とその部下の少佐が担当した。国家の命運を握る戦略局の人員は替えが利かない人材である。

 

「彼の犠牲を無駄にしないためにも和平交渉を始めるべきでしょう」

 

 臨時首相は彼らに平和の為の礎となってもらうことを決断する。

 

「核兵器の使用は共和国としても極めて遺憾であり正規の指揮系統を逸脱した行為には厳正に対処すると声明を出しましょう」

 

 この世界においては核攻撃は“まだ”大戦中の戦術的目的のみであり、戦略的使用、例えば多大な付随的被害を誘発しかねないような後方への核攻撃はされたことが無かった。

 

 もちろん、共和国の攻撃目標は敵野戦軍とその後方支援拠点の軍事目標に限定されており、民間人への付随的被害が生じたとするなら“人間の盾として卑劣な敵が軍事拠点に民間人を配置していた事”が主な原因である。

 また、民間人への被害より“軍事的損害”の方が大きい事は共和国の基準に照らし合わせれば明らかであり国際法の基準である均衡性も問題無い。均衡性の再定義という”斬新”なアプローチを採った共和国の理論武装は褒められこそすれ責められる謂れなどある訳が無い。

 

 しかし、現実においては往々にして“真実”より“一方的な、理論や科学的根拠に基づかない感情的な主張”が罷り通る不条理があるという事も共和国は身に染みて理解している。その為にも外交的な申し開きも準備しようとした。

 臨時首相に選ばれるだけあって臨時首相は賢明な人物であった。個人の立場としてはアレリア人への迫害に反対しているし、国内の対外強硬派の言説や軍事力への依存、そして共和国人全体の倫理観の崩壊も将来的に改善する必要があると痛感している。

 

「もう既に命令は届いているはずですから彼女の冥福を祈り」

 

「国家の為に死ねと言うなら別に良いですし責任も歓迎しますが…しかし」

 

 もしその賢明な処置が、例えば現場責任者に詰め腹を切らせて油断したところを核攻撃で一網打尽にするという荒唐無稽な謀略であったならあるいは彼女は殊勝に死んだだろう。

 

「なぜ貴様が此処に!?」

 

「少佐!入室の許可を出していないぞ!即刻」

 

「“幽霊が出てきても、わが道を進め。苦しみにもぶつかるだろう、楽しみを味わうこともあるだろう。しかし人間は、どんな瞬間にも満足してはいられないのだ”」

S.B.Fは構わずにある一節を呟いて歩き続ける。

 

「私の個人的な欲というのはごくありふれた細やかなものですが…それを侵害するというなら個人の権利を主張する為に行動するしかないでしょう」

 

「警備兵!何をしている!?」

 

 拳銃を突きつけて彼女は宣う。

 

「破壊と混沌を狂おしいほどに愛していましてね。人の本能に基づく感情の発露はどうしても抑えられないのですよ」

 

 戦争と恋愛においてはあらゆる行動が正当化されるものだ。

 

__

 

「将軍!大変です!共和国が王国国境で核攻撃を行いました!」

 

 勝利の余韻に浸るパルミラ帝国軍司令部にかけられる冷や水。

 

「直ぐに全部隊に一個師団以上が半径2,3kmに密集しないように通知しましょう!密集を避ければ核攻撃してこないでしょう」

 

「空軍は輸送機や爆撃機など後方に下げて前線の航空機も可能な限り分散すると連絡が来ました!前線の作戦機も可能な限り後方に下げたいと要請が!」

 

 凶報に慣れた彼らは比較的冷静に対応する。ある意味一番動揺していたのは司令官だったかもしれない。

 

「閣下?どちらに?」

 

 アバ―シュは当面の指示を出し終えると身支度を始める。

 

「参内する。以前提案した作戦を発動するべき時が来た」

 

「しかしもう和平しかないのでは?共和国がいくら核兵器を誇示しようと陸上部隊の崩壊は決定的です。降伏するしかないのでは?」

 

 アバ―シュは一瞬考えこんだが、すぐに答える。

 

「今更共和国の存続を許容出来る訳が無いだろう。かの国は亡ぶしかあるまい。事ここに至っては、な。原状回復の和平など論外だ。」

 

「しかし、戦争の長期化は我が国にとっても耐えきれるでしょうか」

 

「誰もが戦争が短期間で終わることを望んでいる。どんな手段を取ろうと結果がそれを正当化するだろう」

 

 彼は皮肉に笑う。

 

「望むなら当然代価は支払ってもらうがな」

 

 数日後、付近の軍港に停泊していた合衆国空母打撃群所属の原子力空母が損傷、さらに沖合を航行していた、厳重な護衛下の一隻の補給船が轟沈した。

 

 




初めてベルカ式国防術を知った時は震えましたね。
自分の想像力の貧困さをあれほど痛感した事は…いやこれまでで結構ありました。
そんなわけでこの作品でも登場です。
厳密にはベルカ式国防術では無い気がしなくでもないですが、共和国によると王国も含めて全て失われた領土なのでれっきとした”自国領域内”での核攻撃です。Q.E.D
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