巫女戦記   作:零デイ

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29話

 当事者たちにとっては起こり得た事態が起こったというだけの事だ。言うなれば彼らには免疫があった。しかし常識という“病気“に罹患した世間一般の人間は彼らと違う。

フィラデルフィア王国が隣国との異文化交流を原子力の陽光の下で熱く堪能している時、国際社会の反応は端的に表すことが出来た。

恐怖、である。

 

 「…」

 

 専用機内の会議室。合衆国上空を飛行するそこで重い沈黙が訪れる。資料として並べられた爆心地の光景を写した写真。再凝固してガラス状になった岩石。全身火傷を負った“だけで”済んだ幸運な人間。熱線で地面に焼き付いた影。それらセンセーショナルな画像は既に世間に広がっている。当然大反響だ。人間の興味を引き付ける話題性はトップクラス。

 

 「…事態を直ちに収拾させるべきでしょう」

 

 絞り出される発言。地域紛争で核兵器使用という悪夢。エスカレーションを嘲笑うかのような飛躍。翼がついているかのような軽やかな上昇。実際には翼は付いていないのだから墜落しか先は無い。

「空母打撃群を増派して手段を選ばずに停戦を強要するべきかと。軍事的介入も選択肢に入れるべきです」

 

「防衛態勢はレベル3を維持するべきですが…ルーシー連邦軍の一部ミサイル部隊が展開を始めています。こちらも戦略航空軍団の出撃態勢を整えるべきでは?」

 

「先ほど書記長と話は付けた。直接的な介入は双方控える事とこちらは共和国への軍事支援、あちらはパルミラ帝国への支援を一時停止して停戦を働きかけ、これ以上悪化しないようにする事は双方問題無く一致した」

 

 彼がそう言うと部屋には安堵の雰囲気が漂った。気の毒な事に彼らはちょっとボタンを掛け違えただけで文明が吹き飛ぶ時勢の中で渦中の人間であった。昔の前任者達はちょっと戦争をするだけで済んだというのに!

 

「それなら何とか収拾させる目途は立ちそうですな。核兵器を使用してくる国家と戦争を続行する無謀さはパルミラ帝国も理解しているはずだ」

 

「被害を最小化するべきです。軍事支援はともかくヘリコプターの人員派遣が洩れたら弾劾では済みません。生存者は直ぐ引き上げさせて隔離、帰れ無かったものは任務中の殉職という事で保障を多めにして死亡原因は適当なストーリーを用意しましょう」

 

「共和国とて最低限の国家理性は持ち合わせています。今ならまだ国家存続の方策が残っている事を理解して“まともな”選択をしてくれることでしょう」

 

 彼らはわざと楽観的な観測を口にする。単なる戦争なら彼らにも一家言ある。しかしそれ以上となると想像できないのは仕方無いだろう。何なれば彼らは恵まれているから。

 

 同日、共和国において総動員令が発令。“全て“の十二歳以上六十五歳未満の国民が対象となる。

同日、パルミラ帝国海軍所属潜水艦隊特別攻撃部隊が航空魔導士と“海中汎用加速装置”により合衆国空母打撃群とその補給船団を攻撃。

 

__

 

「作戦成功です!補給船を撃沈!空母の損傷に“成功”しました!」

 

「まさか本当に成功するとは、な」

 

 司令部を訪れていた侍従は複雑な表情で言う。世界最強の無敵艦隊の面子を潰したというのは愉快ではある。当事者が自分達でさえなければどれだけ良かったか。むしろ失敗してくれる事を祈っていたというのに。

 

 どこぞの戦狂いが停泊している港の詳細な海図と気象情報、さらにそれを参考に限りなく本物に近い港での実戦同様の過酷な訓練、貴重な航空魔導士から死者が出かねない勢いで練度を叩き上げて宮廷が乗り気にならなければここまで心労に悩むことは無かったというのに。

 まあその作戦を上に取り次いだのは侍従である自分なのだからどうしようもない。

 

「神の御加護と兵士の働きでしょう。これで停戦をする必要が無くなりました。共和国を圧殺して終わりです。まあ必要無いでしょうが念の為宮廷も首都から避難するべきですね。勝利した後に移動したならそれは逃走と見られないでしょう」

 

「しかし危険はまだ去っていない。合衆国の逆鱗に触れて本腰を入れて介入してくる可能性は十分ある。共和国の残りの核弾頭を全て投射すれば我が軍、いや帝国そのものが消滅しかねん」

 

「意外と伯父さんはロマンチストですね」

 

 アバ―シュは笑いながら言う。

 

「何?」

 

「核兵器の威力にそこまで夢は無いです。精々数十万、理想的に百万殺傷出来るかどうかという“だけ”の兵器ですよ。もしあるなら既に共和国は二発と言わず使ってます」

 

「…今更だがこの世はどうかしてるな」

 

「あと合衆国の介入ですがそもそも不可能ですよ。十年以上密林で泥遊びをしていたのにまた地上部隊派遣なんて論外ですよ。それにヘリ部隊の内情も分かりましたからね」

 

「報告書は見たがまさか合衆国があそこまで肩入れするとは。やはり合衆国の直接介入はあるんじゃないか?ここまで投資して見捨てるとは思えん」

 

 数百機の軍用ヘリとそのパイロットに整備員、パルミラ帝国がどれだけ背伸びをしても絶対に見ることすら叶わないだろう。

 

「投資を回収できるならの話です。それに逆に投資したことが今や足枷ですね。例えばこれをリークすれば政権を吹き飛ばせますよ。まあそんなことは今はどうでもいいんですが、面倒な事がありましてね。見られますか?」

 

__

 

「収容作業はどの程度進んでいる?」

 

「包囲されて脱出できた部隊は完全に崩壊していますからまるで掌握できていない。単純に数だけ考えるなら敗走した野戦軍の2,3割といった所か。しかも最悪な事に疫病が流行っている」

 

 現実を勝利という糖衣錠で覆わずにそのまま飲み込むしかない人間というのはこの世にいる。

 

「疫病?後方でもまあそれなりにはいるが野戦ならよくあることじゃないのか?」

 

「この数は異常だ。しかも医療キャンプも踏み荒らされて適切な医療も出来ずバタバタと倒れていった。司令部要員すらだ。クソが」

 

 吐き捨てる知り合いの佐官の話を聞きつつアズラ少佐は相槌を打つ。

 

「与えられた試練と思うしかあるまい。人間にどうこうできるものでもないだろう。それに帝国軍も被害を被っているかもしれない。実際追撃はそこまでされていないんだろう?」

 

 心辺りは無いという驚いた表情でアズラは話す。適切に扱えば生物兵器といえど拡散する事は無い。例えば現地の武装勢力に運用を押し付けたとしても監督責任はきちんと果たして適切に管理させていれば問題は無いしきっとそうしていることだろう、と思う事にした。

 つまり、確たる根拠が無い事を言うべきではない。

 二人は与り知らぬ事だが帝国軍にも疫病の影響が出てはいる。ただし敗走して医療体制が崩壊した共和国軍の方が当然大惨事である。カエサルのものはカエサルに、共和国の厄災は共和国に返された。

 

「ああ。ただ戦車とヘリ、車両は集中して狩られた。当分攻勢に出ることは出来ないだろう。魔導士は比較的無事なようだが」

 

 前線帰りの少佐はアズラ少佐の挙動不審な様子に気付かず自然に攻勢の目途を話す。積極的防御策が軍のテーゼであり、その思考は然るべき結論、現状を打破する為の方策を導き出した。

 すなわち、敵を撃滅して勝利を得るしかない、と。

 

 後方で六型防腐剤なる“悪臭”漂う汚物の後始末、回収に追われていたら突如かき集められて防衛線の構築と敗走兵の回収を命じられたアズラ少佐からすればまだ泥さらいの方がマシだったなあと懐古する。その次の彼の言葉を聞くまでは。

 

「そうそう、俺の部隊も敵の航空魔導士に襲われたが味方の魔導士に救われてな。たった一機で敵を殲滅したのは崇めずにはいられんだろう?しかも片足の少女が、だぞ。あのような子供がいるという事はやはり主は共和国を見捨てられてないだろう」

 

「イカレ…いや愛国的な少女がいるものだな」

 

 嫌な予感を感じつつアズラ少佐は話を合わせる。そんな彼に構わず少佐はギラついた笑顔で話す。

 

「機甲戦力とヘリ部隊が壊滅のは手痛い損失だが、核兵器の集中運用が出来れば話は変わる。王国の脅威を排除出来た以上南部から引き抜いた戦力と航空魔導士、核攻撃を合わせて反撃を試みる事が現実的だ」

 

 共和国はやはり見捨てられているのではないだろうか。

 

__

 

「少佐!?なぜこちらに!?」

 

「ああ君か。久しぶりだな。彼女はここに?」

 

 医療キャンプを訪れたアズラはライに出会う。例の疫病にかかったという人間の様子を確認したかっただけで、彼女には会いたくなかった。

 

「君の中隊は撤退できたか。コヴァルスカ少尉は?」

 

「戦死されました」

 

「彼女を庇ってか。律儀な奴だ…見舞いだけでもしておくか」

 

 ソレはベッドで横たわっていて、何かを待つようにラジオを眺めていた。

 




絶対に外れない正確な未来予知が出来たら未来予知そのものに意味が無くなり、絶対に当たる訳ではない未来予知ならする意味が無いという悲しみ(?)
それはそうと敗戦って人が外面を取り繕わなくなっていいですよね(?)
ぜひ国家たるもの一度は敗戦を味わってみてもいいのでは?
まあ一度の敗戦で終わることの方が多い気がしなくもないですが
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