ラコブス共和国の切り札、“選択肢”なる核ミサイルだがそれは余りにも実戦的な代物であった。実戦的とは“悲観的”であるという事でもある。その発射システムはありとあらゆる絶望的な状況下においても発射出来るように入念に設計されていた。勿論偶発的な事故、馬鹿や狂人の暴走は対策されている。安全対策は盤石だった。
とにかく発射出来る事がシステムの最優先事項でなければ、だが。
「貴方は本当に、まともな、尊敬すべき方でしたよ大佐」
S.B.Fは唯一の上司であった彼を偲んで呟く。追い詰められた時人の本性は出ると言われるが彼の場合は彼の良心、理性が遺憾なく現れた。核攻撃による大量虐殺の責任を痛感し一身に責任を引き受けて部下の免責と和平交渉を訴える遺書を残して彼は自裁した。
「不義理を働く事が大変心苦しいですが…それが必要とされているので」
彼女は“孔”と呼ばれる地下の司令部から出て日光を味わう。地下深くのジメジメとした場所は性に合わない。
「役目を果たすとしましょう。“主なる神は、私に弟子としての舌を与え、疲れた人を言葉で励ますことを教えられた”」
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数分前、会議室に乱入した彼女は口を開く。
「発射は私が強要したという事にして頂きたい」
一応安全装置を付けたままの拳銃を突きつけて彼女は首脳部に提案する。
「は?」
「だから私が核攻撃の責任と権限を一手に預かりたいという事です。実際の所もう預かってしまっているので事後報告になります」
絶句する会議室。
「何を世迷い事を!」
「警備兵!少佐が錯乱した!直ちに拘束しろ!」
「確かめてみられては?」
数分後彼女の言葉が確認される。現場の責任者である大佐が死亡した場合、一人でも発射の手順を行う事が可能なように設計されていた。更に更に本来の発射の指令を下す上位者たる首相が死亡しあくまで代行であり正規の引継ぎが妨げられあくまで代行である時、緊急時において現場の正規の発射権限を持つ人間を優先することとされていた。
正規の引継ぎが妨げられる場合として例えば“戦時下“に“殺害”された時などだ。
内閣と戦略局の人員がほぼ全滅した最悪の場合を想定して、その場合でも核ミサイルを投射出来るようにしたシステム開発者とそれを承認した先人はとても想像力豊かだったのだろう。
詰まる所、システムは正常に稼働しており、現状を戦時下における最悪のケースだと認識して生き残った現場の発射責任者に全てを委ねてしまっていた。
「では今後の話をしましょう」
彼女は拳銃をしまって和やかに微笑んで話す。
結論から言うと彼女の要求は全て受け入れられた。
一つ、和平交渉は行うが戦争継続の姿勢は示す為に国家総動員を発令する
一つ、和平の最低条件は共和国の安全保障がなされることでその為ならあらゆる譲歩を行う
一つ、和平が成立しなかった場合、戦略局の“助言”の下戦争指導を行うこと
一つ、治安維持権限の戦略局への一元化
予想に反して理性的な提案だった事もあった。ただしそんなことは詭弁でしかない。極言してしまえば先進的な共和国において“力”こそが影響力を持つ。かつて魔導総監が異常な政治力を持ちえたのは彼の魔導士としての圧倒的な“力”とそして全ての航空魔導士を個人の影響下においたからだ。彼は個人にして国を転覆させかねない“力“を持っていた。
では核兵器を掌握してしまった彼女がどうなるかは言うまでも無いだろう。
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敗走中の軍隊は悲惨だ。それも整然とした統制が取れていない敗走中の彼らは武装した民衆と大差ない。軍隊が敗北そのものではなく撤退において大損害を被る事が圧倒的多数な事もむべなるかな。
「敵航空魔導師接近!」
「退避ぃ!」
一面の砂漠、遮蔽物が無い場所で退避しようがない。地面の僅かな窪みを争って奪ったり小銃を空に乱射したりあるいは諦めて座り込んだりと自主性にあふれた行動がとられる。
「面倒だな」
「どうかされましたか?碌に抵抗も出来ない相手を叩くのは気が引けますか?」
「いや統制が取れず離散したら追撃がやりにくい」
指揮官がばっさり切り捨てる。
「多少時間がかかる程度なら問題ないのでは?」
「いや順調過ぎるか…それに突出し過ぎだ。手早く叩いて引き上げよう」
数台あった車両は次々と空から撃ち下ろされ炎上する。爆裂術式の斉射で兵士を吹き飛ばしながら指揮官は嫌な悪寒を感じる。パルミラ帝国軍魔導師は骨の髄まで連中の恐怖を理解している。共和国軍特技兵団とかいう航空魔導師共はそれこそ単騎でもって戦術単位に対抗しかねない。
戦前は戦術単位の航空魔導師に充足するだけの宝珠を集めるのに悪戦苦闘していた帝国軍からすれば悪夢だ。今は撃ち減らされ磨りつぶされ数を減らされている事が唯一の救いだろう。
ちなみに宝珠の数が足りなかったという事は魔導師の人的資源が手付かずで温存されていたという事でもあり、ルーシー連邦の支援が本格的に到着したこともあり大量の航空魔導師部隊の編成を可能にした。
「しかし敵を叩ける内に叩くべきでは?またぞろ態勢を立て直してきたら辛酸を味わうのは我々ですよ?」
何となれば軍令として地上部隊の性急な追撃は固く戒められている。名目としては流行っている疫病対策と準備されている和平交渉への一応の配慮、追撃の過程で凹凸だらけになった戦線の整理という事にはなっているが、額面をそのまま受け取る間抜けは長生き出来ない。要は調子に乗って進撃したところをカウンター喰らってダウンという醜態を誰もが内心恐れているという事だ。
共和国軍の切り札である機甲部隊と空軍、更に最近配備されたヘリ部隊全てに致命傷を負ったにも関わらず、である。誰だって手負いの獣、あるいは窮鼠を相手にしたくない。
「一理あるが…命令は命令だ。それにこちらの消耗も甚大だ。共和国には核兵器もある。万全の態勢で無ければ勝ち切る事は無理だ」
「司令部はどういう腹積もりでしょう。何か状況を打開する計画があるのでしょうか?それともまさかこのまま休戦して連中が軍隊を再建するのを見逃すとでも?」
「さあな。それを考えるのは我々の仕事ではない…やはり嫌な予感がするな。周辺の索敵を厳にしろ」
だから、彼は幸運に恵まれる。
「高速で接近する一機の飛行物体確認!共和国軍魔導師です!ライブラリ照合!エースです!」
「やっぱり順調な時は碌な事にならんな…対地襲撃は切り上げて迎撃準備!数回斉射して撤退する!」
「相手は単騎ですが」
「単騎で突っ込んでくるという事はそれだけの猛者かもしくは伏兵がいるか、その両方かだ。地表付近を洗ってみろ」
地表を念入りに索敵すると果たして中隊規模の航空魔導師が低空飛行をしていた。
「我が方が数で優位です!」
そう言った副官の視界に敵エースの長距離術式で撃墜される味方航空魔導師が写る。
「なっこの距離で落としてきただと!」
「死兵当たるべからず、だ。三回斉射して引き上げる。突出した部隊も直ぐに引き上げさせろ」
死体に群がるハゲワシにように空から啄んできた敵航空魔導士が追い払われる。魔導小隊に低空からディナは急上昇。貫通術式の斉射を防殻で防ぎ、異常な性能に戸惑う隙に懐に入り込み銃剣で小隊長を切り裂こうとするが防殻で防がれ刃が途中で止まる。動きが止まった所に敵兵の術式を四方八方から浴びる。頭に直撃を受けて、ぎごちなく振り向き溢れる血と脳漿から覗く右目で敵を見る。
「おい…何でまだ動くんだよ」
「っ!避けろ」
小銃から手を放しサブマシンガンを取り出す瞬間に気付けた魔導師はまだマシだった。彼らは数発の被弾で済んだが、気付かなかった魔導師は残らず刈り取られた。
「て、撤退っーー!」
援護射撃の元残存兵は撤退した。ディナは回収した小銃で狙っていたが諦めて地表から浸透していたライ達と合流する。
「逃げられた。私を囮に地表から奇襲するのはやはり駄目ですね。危険すぎる」
自分で手早く、というか雑に包帯を巻きながらディナは嘆息する。九七式の反動で左目からは血が流れているが気にも留めていない。
「友軍支援は出来たので十分でしょう…それにしてもやっぱり気味が悪いですね」
地上で手を振る友軍を見やりつつライは呟く。
「まあ確かに帝国軍が慎重なのは気になりますね。絶好の機会に追撃が不活発で精々魔導師や空軍の嫌がらせに抑えるとは…帝国軍も人道に目覚めましたかね」
ライの呟きに反応してディナは冗談を飛ばす。そして隊員達が愛想笑いのようにぎごちなく笑う。
「それも不気味ではあるのですが…いやなんでも無いです」
ライはディナの頭部の負傷を見る。脳漿まで食い込んだ銃弾はどう楽観的に見ても命に支障が出る致命傷だ。というか即死しても不思議ではない。それはまだいい。最も不気味なのは何故九七式演算宝珠を使っても流暢に意思疎通が“出来てしまう”事だ。
撤退戦の最中、ベラが彼女を庇って左足を削られ生死の淵をまた彷徨ってから彼女の様子は異常をきたした。元から異常だったが、それでも人外の化け物が突如流暢に喋り出すような恐怖経験に慣れた人間は誰もいなかった。不幸な事に。
やる気の無い帝国軍の攻勢だったが、背骨を折られるように弱体化した共和国軍はそれでも耐えきれず戦線はズルズルと押され続けていた。
北部軍司令部は戦線の更なる再編を企図。前線で可能な限り遅滞戦闘を続行しつつ敗走兵を収容。稼いだ時間と兵力で後方に縦深的な防衛線を構築し、敵に出血を強要。その最終防衛線を開戦前の国境である高原に設定。場合によっては敵を国内に引き込みつつ敵の主力を誘引し核攻撃により打撃。国内から大量動員された予備軍を合わせて反撃に出る事とされた。
そして、彼女は歴史の表舞台に立つ。血で彩られた華やかな、輝かしい舞台に。
「“ラコブス共和国国民”の皆様、私は参謀本部戦略局―――少佐です。先日の共和国への脅威に対する核攻撃について、その任務を遂行した責任者としてこの場を借りて説明させて頂きます」
医療キャンプでベッドに座ってディナは無表情にラジオを聞く。
「共和国に侵攻せんとした“王国軍“は戦闘力を喪失、脅威は排除されました。もし彼らが共和国に侵攻すれば阻むものは何もなく共和国が蹂躙されていたことは疑いの余地がありません。共和国軍はパルミラ帝国との激戦により即座の対応は極めて難しい状況にありました」
ベラについてディナに話していたアズラ少佐はS.B.Fの豹変に気付いた。以前の彼女を表す単語は諦観、無気力だったが、今は対極と言ってもいい。
「現在の共和国を取り巻く情勢は極めて危機的と言う他ありません。外には敵国に囲まれ内には共和国を蝕む勢力が存在しております。共和国建国以来、いえ有史以来最大の危機に瀕しております。我々が絶滅するか敵が打ち破られるかという瀬戸際です」
ラジオを聞きながら人がすっかり減った犯罪捜査局で大佐は敬虔派の動向の報告書を読む。今や人口の四分の一以上に膨れ上がった彼らの徴兵義務に関する交渉が最近“急速に”進展しつつあり、同時に一部地域ではボランティアを代替とする案がありそこに敬虔派の人間が殺到している。
「しかし、だからこそ、この困難を我々が超克した時、『御国』が初めて訪れると断言致します。誰もが神の教えに従い、“分け隔てなく”神に仕え、そして何より戦争の無い平和な国。二千年来我々が求め続けていたそれが手を伸ばせる程近くにあります」
アバ―シュは傍受しながら誰だコイツと首を捻った。少佐風情だから名前を知らないのは良いとしてもクーデターの兆候は一切捉えられていなかった。下手すれば数時間で“処理”される泡沫か、あるいは奇跡的に“終わり”まで権力を掌握して自殺するかのどちらかだろう。
「今こそ、共和国国民はあらゆる垣根を越えて、無益な憎しみを退け、神の名の下に一致団結してこの聖戦を戦うべき時です。全ての“敵”を聖絶させ、歴史に共和国の存在を深く刻みこんだ時、我々の行いは義人の英雄譚として後世まで語り継がれることでしょう。」
マイクの前で即興で演説を読み上げつつS.B.Fは不思議な感慨を覚える。本来なら彼女はそこには立たなかった。
「今こそ想起すべきかの預言を引用して私の話は終わらせて頂きます。“すべての人々、聖なる都に住む人々、そしてヨシャファト王よ、よく聞きなさい。主はあなたたちにこう言われる。この大軍を前にしても、恐れてはならない。おののいてはならない。この戦いはあなたたちの戦いではなく、神の戦いだからである。”」
演説が終わり、ラジオは無味乾燥な戦局報道を始めるとディナはポツリと言う。
「私は打ち倒すべき”敵”が見えるんですよね」
「は?」
戸惑うアズラに構わずディナは続ける。
「今となっては、周り全ての人間が敵に見えてしょうがないのですが、まあそれはいいとして。彼女は死ぬべきでしょう」
さらっと言った彼女はアズラ少佐に向かって言う。
「少佐、貴方が彼女を撃つべきです。それが望まれているから」
アズラは一瞬考えたが答える。
「人は法によって裁かれるべきだ。だが、奴に話をしに行くべきではあるのだろう」
ディナは年相応に笑いながら話す。後半は部下の少年兵達を一瞬見て続ける。
「私は自分の役目がやっと見えてきた気がするのであと少し生きてみることにします。それに彼らはここで死ぬべきではないでしょう」
詰め込んだせいで過去最大の分量になってしまいました。
次回はほのぼの日常回の予定です。
前の作者は神様転生も憑依も独自設定もあった事に気付いて今更タグ付けする反逆者でしたが今度の私はもっとうまくやるでしょう。
戦争と恋愛では全てが正しいと言いますがどんな展開にしても戦争だから恋愛だからという戦略的優位で戦術、作戦次元の問題を解決できるのやばいです(小並感)
バトル物が男子、恋愛物が女子の間で圧倒的なのはやはりそれが大きいのですかね。