巫女戦記   作:零デイ

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32話

 彼女、ディナ・へイルは気が付くと冷たい床に寝転がっていた。たまたま自殺に使ったロープが切れて彼女はたった鞭打ち症、脊髄損傷、低酸素脳症、そして索痕だけで済んだ。

 

 彼女にとっての親は創造主以外に有り得なかった。実の両親はいないと思うのが少女が思いついた自己防衛策だった。

 

「またアレリア人のテロだって」

 

「お前の仲間が成功出来てよかったな!」

 

 同じ孤児院の子供達から無邪気な、“ユニークなおしゃべり”をされ彼女は何も言わず俯く。悲しいかな彼女はどちらの血にも拒絶されていた。アレリア人の母親は親族の“親身かつ真摯”な説得を受けて彼女を生んだ後自殺しており、当然彼女は家族愛溢れる配慮により目出度く存在しなかったこととなる。

 ラコブス人の父親はどこかでくたばったらしい。生きていたとしても彼女にとっては死んだと変わらない。彼女の祝福された出生はこのようであった。

 

「いや暗いって」

 

 彼女は前世が恵まれていた事を神に感謝した。

 

 ラコブス共和国は宗教的熱意に溢れる敬虔な国家だ。聖戦という大義の下、建国以来いくたびの戦争を潜り抜けそして勝利してきた軍事大国でもある。あとついでに“先進的“な民主国家という事になっている。

ではこれだけの肩書き、見栄を張る為に支払われるコストとは何か?建国間もない小国が耐えうるものか?数千年流浪して手軽に迫害されたり虐殺されたりとごくありふれた筆舌に尽くしがたい苦難を味わった少数の集団に?唯一の共通項である信仰ですら“一致”とは程遠い集団に?

 常識的に考えれば答えは自明だ。無理だ。

 

まあそんな事は彼女にとってどうでもいい事だ。

 

「出来ることから地道にやっていくしかないか…」

 

 孤児院の病室のベッドで包帯に巻かれて目が覚めたディナは呟く。自殺に失敗した直後というのになぜか体は支障なく動き、むしろ軽やかですらあった。

 結局神と思われる存在から声をかけられたことで彼女は深く反省をするきっかけとなった。本当に創造主であったかは問題ではない。今までの人生が灰色であったとするなら今ははっきりとカラフルだ。何かの為に生きる事が出来るという事がこれだけ幸せかという発見、体験は疑いなく彼女を救った。

 

「信仰を全うする為には…敬虔深くする為には…不信心者と違うことを証明する為には…」

 

 外は深夜だった。丸一日昏睡していたのだろうか。彼女は音もなくベッドから起き上がると呟きながらドアに向かう。

 彼女は敬虔な少女らしく、直ぐに信心を証明できる行動に移すこととした。 

 真っすぐ廊下を進み、ある部屋にたどり着く。一切の躊躇なくドアを開けると寝ていた子供の枕を蹴り飛ばす。

 

「…!?な、な…!オェッ!」

 

 武士が闇討ちするとき斬る前に情けとして枕を蹴り飛ばしたという前世で聞いた話を彼女はふと思い出す。情けというより戦術的、合理的な理由があることを実際に理解しながら寝ぼけ眼のまま混乱した様子の男子の腹に蹴りを入れる。

 

「汝他人の物を盗むな、他人を偽証するな」

 

 彼女は無表情で体勢が崩れた彼に蹴りを入れ続ける。物音に起きた周りの子供や大人が止めても

 

 彼女はその後施設を転々とする中、独善的に“敵”を判断してはトラブルを起こし続けた。

 

__

 そして時は現在に戻る。

 

「上空に敵魔導部隊確認!」

 

「やり過ごしますか?」

 

 防衛線の北方、撤退…というか敗走中の友軍を支援するために連日第199特技中隊は出撃していた。しかし、いつもの如く交戦を避けて地上付近の低空を這うようにこそこそと飛行していた、

 

「…いや、敵は一個小隊でしかも飛行陣形も覚束ない。削れる時に削るべき…か」

 

__

 

戦略局には情報の奔流が押し寄せていた。

 

「パルミラ帝国軍の先鋒は未だクネイトラ北方に留まっており、我が軍は防衛線を構築しているとのことです」

 

「敵首都に攻めいって一旦態勢を立て直す為に“後退”した機甲師団の残余はほぼ収容されたようです」

 

「各国から先の核攻撃に対する非難と抗議の声が」

 

「敬虔派が集結している市街にて徴兵に対する抗議デモが連日続いており情勢が不安定と」

 

「新たに招集される予備軍の動員は順調に進んでいますが一部で国外に逃亡したり拒否したりと激しい反発が」

 

「合衆国とルーシー連邦から調停の申し出がありましたがどうすべきでしょうか。既にパルミラ帝国との事前交渉は」

 

「そういえば合衆国の空母が事故で損傷したというニュースが」

 

 報告を聞いていたS.B.Fは一つの報告に反応する。

 

「合衆国の空母の件が“攻撃”ではなく“事故”ですか?」

 

一瞬考えた彼女だったが直ぐに納得して“助言”を言い渡す。

 

「――ああなるほど、ありがとうございます。中央軍と南部軍から残りの現役部隊を全て北部に回して予備軍で穴埋めですね。抗議デモの件は放置で、むしろそれ以外の都市で徴兵逃れを取り締まるように徹底するべきでしょう」

 

 戦略局はあくまで助言という名目で指導している事になっている。実質的な権限がどの程度あるかは微妙だろう。ただ虚構を積み重ねれば現実として通用しうる。通用せずとも既成事実が出来てしまえば現実として受け入れざるを得なくなる。

 そんな体たらくなのに順調に掌握が進みつつあるのは単に泥船の指揮を執りたがる酔狂な人間が彼女の他にいないというだけの話なのだったが。

 

「ああ、それと」

 

 そして彼女は何気なく言う。

 

「戦車はもう“使い物にならない”ので少なくとも数合わせの旧型は防衛ラインで埋めてトーチカにするしかないでしょう」

 

__

 

「交渉はまあ挫折ですか。向こうもこちらもどうせ譲歩する気など無かったでしょうしね」

 

「ああ、“親切な方達”からの仲介の申し出はどちらもお引き取り願ったからな。どうせ破談になって彼らの面子を潰すだけだろう。手打ちするにしてもこのタイミングだけは有り得ん」

 

 アバ―シュは侍従でもある伯父と電話をしていた。

 

 軍事的にはもう帝国に負けの目は無い。共和国に残された道は本土決戦で帝国軍に出血を強要し核攻撃で経戦能力を削り切るしかない。もし今和平したとしても帝国は核兵器に交渉する価値を認めて勝利を手放した事になり、共和国も望むだけの勝利を交渉で得ることは不可能。よって戦争する他無くなる。

 

「それと”海の方”は順調そうですね。こっちでも明らかに影響が確認できました」

 

 彼は報告書を見やる。共和国空軍の出撃頻度、ソーティ、稼働率などの動きをまとめたそれはある日を境に“崩壊”していた。それまでの酷使されようが嘘のように大人しく影を潜めた。  

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