巫女戦記   作:零デイ

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33話

「我が艦隊はプトレマイオス連邦海軍と共同で展開。連邦海軍は既にエレート港を封鎖しており、我がミサイル艇部隊が連邦海軍と共同でラコブス共和国のミサイル艇部隊を圧迫。数週間で完全封鎖の見込みです。既に原油の輸送ラインは断っており共和国は数週間から数か月で備蓄が枯渇するでしょう」

 

「燃料を止められた国家は終わりですよ。このまま休戦で共和国も降伏するのでは?」

 

「…共和国のミサイル艇の制圧にはあとどれだけかかる?」

 

 パルミラ帝国海軍司令部に打ち合わせの為訪れていたアバ―シュは報告を聞いて苦い表情のまま尋ねる。

 

「敵は高度な電子戦能力を有しており開戦初頭で大損害を被り…」

 

 言葉を濁す海軍の参謀。ルーシー連邦直伝のアウトレンジからのミサイル攻撃というドクトリンはあっさり共和国海軍に破られた。チャフやジャミングを活用した共和国のミサイル艇はミサイルを躱し接近戦をしかけて圧勝。結果艦隊保全主義に目覚めた海軍は閉塞してしまっていた。

 

「空軍の増援を回せばより順調に制圧が出来るのでは?」

 

「それならば少なくとも昼間なら敵は出撃すら出来ないでしょう」

 

「二個飛行隊を回そう。“バルバロス”の発動まで敵海軍を押し込むには十分だろう。作戦の準備は滞りないか?」

 

 参謀は資料を取り出して報告する。

 

「船舶は十分な数が揃いましたが、そもそもノウハウが乏しく各種資材や訓練が不足しているので実施に当たり相当な困難が予測されるかと。やはりこの作戦の発動は危険すぎるのでは?そもそも燃料を絶たれた共和国が経戦できるとはとても考えられないのですが…流石に連中と言えど音を上げるのでは?」

 

 彼は口に出さなかったが内心思う。核兵器を躊躇いなく使う狂った国家とまともに戦争なんて続けたくないと。彼に限らず大勢がそう思わずにはいられないだろう。だから危険を冒してでも合衆国の空母打撃群に攻撃をしかけ、共和国に対する囂々たる非難と合わせて共和国を詰ませるという遠回りをしたのでは、と目の前の将軍に暗黙の裡に疑問を投げかける。

 

「このまま共和国が降伏して戦争が終わるならそれに越したことは無いが…」

 

 アバ―シュは共和国の政治的かつ軍事的、いやもはや“精神的”指導者となりつつある少佐を思い浮かべて話す。彼女の経歴はまっさらだった。特定の政治団体とのつながりは一切なく本人の政治思想は伺えない。首席で卒業した出世コースのエリート軍官僚。それ以外何も特筆すべき事は無い。交友関係も乏しく一切が予測できない

 そんな彼女が表舞台に出てきたという事は単に人材が払底したか、あるいは

 

「この世は我々の想像を越える事など幾らでも起こりうる。備えはしておくべきだろう」

 

神の如き完璧さと、悪魔の如き冷酷さでも目覚めてしまったか、だ。

 

__

 

「“特別処理”の進捗はどうなっています?当面の目標である十万規模はやはり難しいですか?」

 

 新たに発令された国家安全保障特別行政令第119号に基づく措置の報告に来た官僚にS.B.Fは訊ねる。

 

「現場では問題が続出しています。“非難計画”や“選考”は順調なのですが一部の作業、特に“消毒”や“特殊任務”の負担が重いようです。何と言いますか…“その手の任務”に不慣れな者が多く…」

 

「なるほど、じゃあこうしましょう。それらの作業の担当と対象を分けましょう。具体的にはアレリア人に対してはラコブス人、ラコブス人に対してはアレリア人の担当者や収容者が対応するという事にして心理的重圧を減らしましょう。作業の細分化による単純化も有効でしょう」

 

 困難は分割せよ、とはよく言ったものだろう。

 

「関係者には負担をかけますがここまで計画が進展したのは単に皆さんの努力によるものです。休暇や配給の優遇など可能な限り便宜を図らせましょう」

 

 提案当初は多数の困難に見舞われたが大勢の努力により驚異的なスピードで進んでいた。どんな困難も多数の人間で協力し努力すれば打破出来るという事実に彼女は人の可能性を見出さずにいられない。

 

「内務省からの報告はどうです?国内の治安問題は“ちゃんと“確認されていますか?」

 

「予想されていたことではありますが徴兵免除が停止される敬虔派からの反発は強く、今のところ応じたのは全体の数%程です。残りは暫定的にまだ徴兵が控えられているブナイブリークや入植地の都市に集結して抗議活動を行い、当局と衝突しているようです。比較的にアレリア人は徴兵が順調ですが一部は暴徒化して武器庫を襲撃しているようです」

 

「入植地での徴兵を進めましょう。ブナイブリーク市は放置で」

 

「構わないのですか?それでは危険と思いますが…」

 

「プランS-4の準備は完了しています。対応可能なので問題ありません。ああもう時間ですね」

 

 S.B.Fが時計を見たその時轟音の防空サイレンが鳴り響く。鳴った電話を彼女はすぐに取る。

 

「はい、こちら戦略局」

 

「大変です!ルーシー連邦が!連中が!」

 

 錯乱した様子の電話相手からS.B.Fは察する。窓の外をちらっと見やって続ける。戦略局の窓から見える首都の光景は普段と何も変わらない。

 

「ルーシー連邦の核報復ですか?開戦直後にルーシー連邦の短距離弾道ミサイルがプトレマイオス連邦に配備されたと報告がありましたが…」

 

「そうです。停戦開けと同時に発射され、我が国の対空迎撃では対応できず」

 

「どこに着弾しましたか?首都が目標のようでは無いですが」

 

「“縫製工場”が狙われました!」

 

 慌てふためいた様子の報告を聞いてS.B.Fは一瞬困惑したが続ける。

 

「被害状況の確認をすぐにお願いします。“在庫”は全て搬送済みですね?はい、よろしくお願いします」

 

 電話を切った彼女は普段と変わらない様子で話す。

 

「まあ核兵器の製造は不可能でしょうね。地下深くに建造された原子炉とは言え核兵器の直撃を受けては施設内の設備も損傷しているでしょうし周辺のインフラが壊滅しては製造できても搬送出来ませんしね」

 

「…痛恨の極みですね」

 

「むしろ最良の結果ですよ。都合が良過ぎて逆に不安になるくらいです」

 

 煙草に火をつけて勧めながら上機嫌でS.B.Fは宣う。

 

「私なら迷わず首都に打ち込んでいましたね」

__

 

「時間か」

 

「効力射、着弾」

 

「第12師団、第25師団、第6師団が同時に前進を開始しました」

 

「近接航空支援も順調です。敵の航空戦力による妨害は現在確認されていません」

 

「魔導部隊、敵の魔導戦力と交戦に入ったようです。」

 

 停戦明けと同時にパルミラ帝国軍は一斉にクネイトラ市周辺の共和国防衛線への攻撃を開始した。前線から活気に満ちた連絡が来る中、伝令が司令部に駆け込む。

 

「司令官!首都から至急電です!」

 

 紙を見たアバ―シュは呟く。

 

「まさか本当に核報復するとは」

 

「ルーシー連邦ですか?」

 

「ああ、ラコブス共和国の原子炉に甚大な損害を与えたらしい。当面は核製造は不可能だろうという観測らしい」

 

 司令部はざわつく。

 

「核報復の心理的衝撃は絶大でしょうし核製造も困難となれば共和国もおいそれと核兵器を使えなくなったのでは?」

 

「すぐに前線の将兵に伝えましょう。先に行われた共和国による核攻撃による士気の低下を補うでしょう」

 

 パルミラ帝国軍は未だに核の脅威に怯えながら作戦行動をしていた。核攻撃による一網打尽を避けるため徹底して分散配置されており、前線には極最低限の戦力しか投入できていない。その代わり砲兵や航空戦力の集中は可能だから辛うじて攻勢に踏み切れた程だ。ルーシー連邦の核報復は天恵と言っていい。

 一方、アバ―シュは複雑な表情をしていた。

 

「首都ではなく原子炉か…」

 

「どうかされましたか?」

 

「いや何でも無い」

 

 彼は素っ気なく言うと煙草に火をつける。

 攻撃目標が決定打足りうる首都ではなく被害が少ない原子炉を狙ったという事はルーシー連邦も共和国の完全崩壊は望んでいないという事だ。先の核攻撃に対する核報復には格好の攻撃目標で核抑止のためのアピールとしては十分過ぎる位だろう。そして共和国への打撃も最小限に留められる。ルーシー連邦からの移民が一定の政治力を持ち、親ルーシー連邦派が根強いラコブス共和国を完全に切り捨てる事は出来なかったのだろう。

 

「結局はただの駒か」

 

 合衆国もルーシー連邦も共和国を非難しつつも地域のパワーバランスが崩壊することまでは望んで無いのだろう。ましてパルミラ帝国が完全勝利するなど論外だろう。おそらく共和国が完全降伏する段階かその手前でストップをかけて交渉の仲介という名目で戦後の秩序を決めて“提案”して終わらせてくると見ていい。

 共和国が徹底抗戦の姿勢を崩さないのはそれを期待しているから、と考えれば納得は出来る。

 本当にそれだけなら分かりやすくて有り難いが敵の無能に期待するのは悪手だ。最悪は想定するべきだろう。共和国の最善の結果とは国家の存続では”あり得ない”。安全保障が担保されない限りは。

 そして担保されるとしたら大国の保証ではなくラコブス共和国が圧倒的な国力を持つしかない。それこそ大ラコブス主義でも実現しない限りは無理だ。だから共和国は滅ぶしかない。滅ぼすしかない。

 

「それが分からない人間が相手ならやりやすいが…彼女が何を考えているのか判断できる情報が乏しすぎるな…現地調達するか」

 

__

 

 悪寒を感じたアズラは慌てて塹壕の中に身を竦める。その瞬間砲弾がすぐ近くに落ちる。

 

「少佐、危険です!」

 

「場所はどこでも変わらんだろう。もはや首都でも安全では無いだろう」

 

「少佐!」

 

「分かった分かった。身を保つようには努力する」

 

 上空を見上げる。空を傲然と飛んでいるのは敵の飛行機ばかりだ。それがどんな悪夢であるかという事は前線に疎い彼でも分かる。狭所に縦深を確保した強固な防衛線とは言え攻勢を防ぎきるのは至難だろう。

 

「奴は何を考えている…戦争の趨勢は決した。もう選択肢は降伏しか無いだろうに…まあ碌でも無いという事は確か…か」

 

 首都からは“愉快な”動静ばかり伝えられる彼女の考えを理解できずに彼は苦々しく呟く。

 上空では共和国の航空魔導師が帝国軍の航空機を切り裂いていた。陣地から歓声が上がる。燃料の欠乏により十八番の航空機と戦車の運用が大きく制約を掛けられた共和国軍では歩兵と航空魔導師が戦場の主役となっていた。

 そしてその中でも“彼女”は特に目立っていた。その尋常ならざる戦果や逸話、そして一部が欠けた身体で絶大な活躍をする彼女が目立たない訳が無かった。いつしか、誰ともなく彼女は”巫女”と呼ばれるようになった。そして戦場が開戦前の国境に近づくにつれその存在は広まり場所にあやかってこう呼ばれた。

 ”高原の巫女”と。

 




トンプソンのパラグアイ戦争史を読んだのですが、戦争の本を読んでて気分が悪くなったのはかなり新鮮かつ貴重な体験でした。
まだ自分の想像力は現実に遠く及ばないなあと感じました。(小並感)
牧歌的に絶滅戦争するやん君ら…(ドン引き)
娯楽感覚で戦争してるように感じてしまったのは自分の思い違いか理解力不足だと信じたいです。
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