「…すまないがもう一度頼む。核攻撃は運河沿いのプトレマイオス連邦軍以外に行われただと?」
「はい、運河に沿って二回、更にラコブス共和国国内で一回の核爆発が確認されたとの事です。秘匿しようが無く既に世界中で報道されています」
司令部の全員が耳を疑った。
「ルーシー連邦の報復には早過ぎます!いくら情報を速く得られたとしてこうも短時間に出来る訳が」
「発射元はもう特定出来ているのか?」
アバ―シュが訊ねると困惑した様子で
「それが…発射元はラコブス共和国内からです。移動式の発射ユニットらしく発射の痕跡は確認されていないようです」
「攻撃された場所はどこだ?まさか人口密集地か?」
「それが…ブナイブリーク市です」
司令部にいた全員が言葉を失った。人口密集地どころか数十万の人口を抱える都市への核攻撃。どれだけの大愚名分があったとしても虐殺の誹りは免れないだろう。そこまでのリスクを負って実行された場所が場所であった。
「ブナイブリーク市?」
「なぜそんな場所に…所在する軍事施設は聞いた事がありませんが…」
「むしろ俗事に関する施設が忌避されているイメージがありますが…そういえば徴兵への抗議活動が過激化していると専らの噂でしたね。何か関係があるのでしょうか」
「反乱鎮圧の為に自国に核攻撃だと?バカバカしい。内紛の方がまだあり得るだろう」
衝撃と同時に困惑が訪れる。ブナイブリーク市は貴重な核兵器の使用先にはとても相応しくないだろう。軍事的には意味を見出せない。
「何か共和国内部で混乱が起きているのは確実でしょうが…」
「それよりも閣下。連邦軍が核攻撃で攻撃されたという事はいつ我々が攻撃されるか分かったものではありません!早急に対策を講じる必要があると思われます!」
「プトレマイオス連邦軍が核攻撃されたのは恐らく“手当てが出来ない”というそれだけの理由に尽きるだろう。しかも運河を渡河して防衛線を突破出来る場所はそう多くない。」戦力が集中した所を狙われたといった所だろう」
叩き起こされたアバ―シュは無表情のまま答える。
「我が軍は今のところ“与しやすい脅威”と思われている。それに戦域も運河に比べたら遥かに広大。効果的に核攻撃を行うにはもっと共和国内に引き込む必要があるからまだ無いだろう。それにアレだ、どのみち核攻撃されても戦略予備は控えている。むしろ今使ってくれた方が“有難い“」
よって、と彼は付け加える。
「方針は変わらず戦線の維持と敵軍の拘置だ、宣伝班にもそう指示させろ。共和国軍の強固な防衛線に阻まれて我が軍の攻勢は足踏みしていると書かせるんだ」
「なるべく戦意に影響が出ないよう伝えます」
「いやむしろ大袈裟に言え」
「具体的にはどのように?」
「戦局の打開策が見つからず核の脅威に怯えて司令部では厭戦気分の蔓延や終戦すらほのめかしている人間もいるとまで言っていい。とにかく戦意を下げる事を書かせろ」
職分に逆らって戦意低下の文章を書かされる気の毒な宣伝班には後日差し入れが届けられた。
__
時は遡る。
「避難勧告は終わりましたか?」
「はい…ですが他に手段は無いのでしょうか。このプランは余りにも人道的に問題があります」
「ああそれなら問題はありません。避難勧告は行われたので市内にいるのは“
テロリスト“だけですよ」
「…」
ラコブス共和国においてそのロジックを否定することは不可能だ。なぜならもう先例があるから。先の反乱軍制圧の際にも使われ幾度となく使われてきたソレを否定すれば共和国が掲げる“正義”は自己崩壊するだろう。
「では、プランの発動準備にかかるので暫く一人にしておいてください」
一人になったS.B.Fは準備されていた座標を発射装置に入力する。“国内における秩序回復“を目的としたS-4。そしてその陽動として国境に展開した深刻な脅威の排除を目的とするD-2を発動する為の準備はすぐに終わった。
「…」
無言で彼女は装置を眺める。極めて実戦的に改造された装置はもはや安全マージンという概念をかなぐり捨てたその装置は正確に素早く動作して準備を終える。
彼女は煙草をくわえてライターを探しながら装置のボタンを押す。
そして再び地上に地獄が現出した。
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「バッハか?」
「いや…ショパンだな。確かこの曲は…」
喧噪の中、ピアノがどこかで鳴り響く。“特別処理“の移送任務にあたっては粛々と手続きをする運びとなっている、筈だった。
「どういう事だ!なぜ我々が対象だ!何かの間違いだ!」
「我々の“協力”のおかげで“ノルマ“を達成出来た筈だ!この恥知らず共が!」
「お願いします!どうか子供だけは見逃して下さい!」
「いや12歳未満の子供は“最優先”移送対象だ。猶更論外だ。大人しくしてろ」
実際には住民が移送に抵抗して騒ぎになっていて静粛所ではないのだった。
成人は悉く祖国防衛義勇軍や労働奉仕団に取られ残っているのは主に老人や年端もいかない子供、しかも栄養事情は共和国の中でも劣悪で止めに共和国に“北方“から流行り出した疫病のせいで体力は削られきっている。
騒ぎになりつつも大人しい住民の抗議に取り合わず書類を確認して並ばせられ数えられる。
そんな中演奏が場違いに響いている光景は酷く現実離れしていた。
「これで全員です」
「よし、積み終わったトラックから順次出せ」
喧噪の中、派遣された担当者は淡々と職務を遂行する。その区画の人間をまとめてトラックに詰め込むと発車させる。
「ああ思い出した」
先程の演奏を聴いていた職員の一人が呟く。
「あの曲はピアノソナタ第2番…『葬送』だったか」
「貴重な燃料を割いて同じく貴重な人的資源を“処理”する為に貴重な労力を使うか…酷い矛盾だ。カニバリズムの方がまだ論理的じゃないのか?」
離れた場所の暗闇で偶然通りかかった彼は呟く。
「リソースをそんなことに集中してくれるお陰で我々としては非常にやりやすいが…公安関係者も移送に協力した入植地の住民も構わず移送対象?まさか国内の防諜、治安維持要員にまで手を回すとは…世界所か共和国も、全てを敵に回すつもりか」
彼、犯罪捜査部部長の大佐は呟くとその場を離れて集合場所に向かう。
__
アズラが首都の駅に降り立つとそこは別世界だった。戦線の劇的な変化に伴う混乱の中慣れない部隊指揮や休戦交渉などやる羽目になったが、ようやくお役御免となり晴れて首都に帰還出来た。
「隔世隔世…」
車窓から都市を眺めるアズラは呟く。
車の往来が激減しているのも、閉店している店が多いのも、空襲やミサイル攻撃で建物が荒廃しているのも脳が理解を拒むが納得は出来る。僅か数週間離れていただけでこの激変振りはとても理解出来ないが。“なぜか”首都とまともに連絡も取れず軍用回線を使えるはずの上司とも音信不通。共和国国内はいつの間にか完全に分断されていた。
しかも首都に到着した途端出迎えの車が待機しているのだから気味が悪い事この上無い。
「だが、まだそれなら納得できる。それだけ、なら…」
しばらく経ってようやく違和感の正体が分かった。“人が少なすぎた”。戦時中でしかも海上封鎖されていて活気が無いのは当然としてもこうも人がいなくなる訳が無い。配給や必要な物資に並ぶ行列も無ければ刹那的な享楽の為に騒ぐでもなくただただ人がまばらにしかいない。
碌でもない事が進んでいる事は確かだろう。
「もはや議論でどうにかなる範疇では無いのだろうな…」
車窓からは都市のあらゆる所にでかでかと張られたポスターやスローガンが見える。核兵器の威力を賛美している戦意高揚のポスターを見て顔をしかめると彼は煙草のケースを取り出す。
「憂鬱だ…」
変わり果てた友人に会って話しても何かが変わるとは到底思えない。彼女とまともに議論して考えを変えさせたことなど無い。彼女の議論はいつもそうだった。こちらの逃げ道を徹底的に潰し完膚なきまで叩き潰すかと思えば一撃で突破して勝利、劣勢となれば徹底的に粘ったりあっさり負けを認めたりとまるで手の内が読めなかった。
共通点があるとすれば、いつも勝つ時も負ける時も楽しんでいたことか。
「取り合えず今はディナ中尉、いや“巫女”の“神託”にでも縋るか…いや信じる事は出来るがやはり不安だ…」
煙草ケースは空だったので彼は諦めて席に座り直した。
戦略次元で破綻しているから作戦次元で一定の成功を収めても失敗な大陸打通作戦、戦略次元では一定の合理性はあるが作戦次元で破綻したインパール作戦
話は変わりますが小説15巻の展開はどこでしょうね。
WW2の欧州戦線の南東方面という隠れた地獄じゃないかと個人的には予想していますが(イルドアの攻撃可能な場所、政治的かつ軍事的に打撃、史実でもハートフルなエピソード多数ただしマイナー)泥沼に関わってDデイに参戦出来なくなるからやはり違いますかね