巫女戦記   作:零デイ

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36話

「まさか共和国で最も危険な状況におられる方と直接会う機会が得られるとは思っていなかったです」

 

「信頼できる人間から君を紹介されたものでね。こちらとしてもまさかラコブス人が提携を持ち掛けてくるものとは夢にも思わなかった。ラコブス人には恥の概念があると思っていたが。それにてっきり戦争か入植に血眼になっていて現実逃避しているものかと」

 

 その老人は微笑をたたえながら会話に応じる。

 

「いえいえそちらと同じですよ」

 

「というと?」

 

「一部の意思が全体の総意である訳が無いでしょう。貴方がたも別に全員が我々全てと最後まで闘争をしたいという訳ではないでしょう?今この場が偶然爆破されて我々皆死亡という事もあり得るのでは?」

 

「いやいやそちらこそ大変だろう。既に何人も穏健派が殺害された実績もあって謙遜される事はあるまい。幸か不幸か我々アレリア人は激減しておりましてそもそも数が少ない強硬派が出来る事などたかが知れているのでね。それに数が減ると統率も楽なものですよ」

 

 犯罪捜査部部長の大佐とその老人の間で和やかに会話は弾む。臨界を越えた怒りが人に冷静さを齎す事もある。

 

「本題に入ろうか。我々の目的は勿論ラコブス共和国を崩壊させてラコブス人をこの地から全て追い出す事だが、まさかそれに協力してくれると?」

 

「野心的な目標を持つことはいい事だと思いますよ。はい、まあ一般論として現実を鑑みて実現可能な目標に落ち着かせる事が大事ではありますが」

 

 笑顔が引きつりそうになるのを誤魔化してそれとなく窘める大佐。目の前の老人がやろうと思えば実現可能であるかどうかを置いてやりかねない事を彼は知っている。この怪物が非効率的な事をするような性格では無いのだろうし、恐らく冗談で言っているだけなのだろうがそれでも背中に冷や汗を感じずにはいられない。

 

「ほう、ラコブス人を全てこの地から叩き出す事が不可能と?実際に試してみるかね?時として人はあらゆる不条理を克服するものだぞ?」

 

「別の問題を発生させるようでは克服ではないでしょう。行政に経済、共和国の実務を担っている人間まで全て追い出せばまあそれは珍しい物が見れるでしょうね。完全な無政府状態、万人の万人に対する闘争がご覧になりたいなら止めませんが」

 

 ジョークを交えながら和やかに会話は進む。

 

「政権を崩壊させて戦争を終結させるまでは協力は可能だ。その後は今は話すべきではあるまい」

 

「そうでしょうね。今は目の前の問題の対処を最優先にするべきでしょう。現状ではこの地にいる人間が全滅する可能性すらあります」

 

「全滅などそう起きるものでは無い。人間という生き物は常識では測れない、しぶとい存在だよ」

 

 その老人は答える。共和国建国時の虐殺やら迫害やら追放といったほのぼのとした少年期を過ごし、戦争で青年期を過ごし、テロやデモ、反乱の指導で壮年期を過ごして穏やかに引退して後進の育成(共和国の定義ではテロリスト育成とも言う)をしていた彼が言うと説得力が違った。

 

__

 

「穏やかではないですね」

 

「平穏そのものでは?」

 

 北部戦線は極めて静かだった。パルミラ帝国軍は偵察や嫌がらせの砲撃をするのみで陣地に引き籠ったまま動こうとしない。つい数日前までの血で血を洗う激戦が嘘のようであった。上空を飛行しながらディナとライは会話を交わす。

 

「いや…敵に満ちていますね。具体的には敵陣より自陣の方が敵が多いです」

 

「冗談ですよね?」

 

「…笑える冗談ですかね」

 

「それなりには」

 

 上空から自陣の様子は良く見えた。兵站段列を除けば陣地を行きかう車両や戦車はほぼ皆無であり、食料や水の供給が十全では無い為兵士の疲弊も深刻、さらに後送される負傷兵の担架や傷病兵が辛うじて歩く惨状が。

 

「更に戦線を下げる必要もあり得ますかね。ここだと鉄道から距離が離れすぎていますから」

 

 ラコブス共和国国防軍北方軍司令部には逃れられようもない惨憺たる数字が突き付けられていた。数字は嘘を付かないが、優しい噓を付くくらいの良心は無いものかと数字を見直しても何も変わらない。

先の侵攻作戦の失敗以来撤退を続けているが高原にある前線と国内の鉄道との距離は未だ数十キロ以上もあり、その間をトラックで往復する手間はなけなしの燃料事情に重くのしかかっていた。

 

「鉄道まで下がる事が出来れば補給も改善されるのですが…」

 

「無理だ。テべリア湖まで失う事になる」

 

 テべリア湖という国内の水需要の三分の一を満たす貴重な水源の喪失は文字通り亡国に直結する。もう棺桶に片足突っ込んでいるが飢餓と水不足では大きな断絶がある。飢えてもまだ食べ物を求める体力は残るが渇きは瞬く間に体力を奪い精神を折る。

 

「それにアレリア人兵士の動揺が酷いものです。家族や縁者が収容された上に今では完全に連絡が途絶えているとかで。更に敵の扇動工作の形跡も幾つか確認されております」

 

「不味いな」

 

「至急対処すべきでは?差し当たって配置を弄ってアレリア人部隊を離すなど…」

 

 孤立感は時に人を無敵たらしめる。例えば親無し妻無し子無し版木無し金も無けれど死にたくも無しな人間は御法度と言えどその行動を掣肘出来ない。裏を返すならもはや失う物が何も無いという事。人との繋がりが少なければ少ないほど行動への心理的障壁は下がる。

 

「却下だ。戦友を疑うなど恥を知れ。そのような発言は我が部隊では絶対に許さん」

 

「失礼しました」

 

 北方軍司令官は不幸なことにも理性と良心をバランスよく残していた。北部軍に配属されている歩兵大隊の内半数近くはアレリア人が占めており、今アレリア人が反乱を起こせば前線の崩壊は必至。予言の自己成就を避けるためにも疑ってる雰囲気を見せる事すら致命的な誤りになりかねない。

そうでなくとも彼にとって戦友とは人種に関係など無かった。

 

「司令官」

 

__

 将軍との交渉を伝えた後アズラ少佐が降伏について話を切り出すと彼女の返した言葉に愕然としてアズラ少佐は聞き返す。

 

「今…なんて言った?」

 

「だから現在共和国への脅威は無いって。南のプトレマイオス連邦軍は核攻撃で崩壊、運河沿いで核攻撃を行ったから付近は核汚染地帯で軍の展開に著しく制約を掛けたでしょうね。東のフィラデルフィア王国も最初の核攻撃で再起不能、北方のパルミラ帝国も“今のところ”は国境で押しとどめられている、あと国内の解放戦線も敬虔派も叩いて他の有象無象も“処理“が順調に進んでいる」

 

 彼女は普段と変わらない調子で話す。書類に溢れているだけでそれ以外何も無い執務室でソレは話し続ける。

 

「待て。初撃以外にもまだ他に核攻撃を実行したのか?」

 

「うん、本命は敬虔派を消滅させる事で、徴兵制度を議会を通さずに行政令として通させてブナイブリーク市に追い込み漁をしてね。案の定大半は諦めが悪くて抗議活動する所か武装蜂起して庁舎を襲撃したり行政の職員を虐殺したりとやらかしてくれてね。全くその元気があるなら大人しく徴兵されてくれたらよかったのに」

 

「…だから核で焼いたのか?」

 

「あとついでに南部のプトレマイオス連邦軍が展開していたから目くらましも兼ねて同時に核攻撃をしたよ。まあ目くらましとしては予想以上に効果があってどの国の工作員が共和国の核を奪取して核報復したとか内紛だとかまあそれは愉快な事になってたよ。まさか占領されてもない自国の都市に核攻撃をする国家があるとは誰も思いもよらなかったみたいだね。お陰で未だに前回のようなルーシー連邦からの核報復はまだ来てない」

 

「…ブナイブリーク市を核攻撃したと言ったが住民はどうした?全員が敬虔派な訳が無い」

 

「複数回避難勧告は出したよ」

 

「…まさか」

 

「そう、残っているのはテロリストだけ。なら何も問題は無いでしょう?」

 

「何が目的だ?そうまでして何がしたい?はっきり言うがもうお前碌な死に方は出来んよ」

 

 詰問されたS.B.Fは不思議そうに答える。

 

「アレ前に言わなかったっけ?少しでも長く戦争の極致を楽しみたいって」

 

「は?」

 

「その為にも今の所527483人“処理”した。既に選別と移送と収容のシステムは確立されていたからあと“処理”さえ付け足せばよかったからその分楽は出来たけどただ“処理”が中々手間取ってね。なんせノウハウが無いから0から組み立てる必要がある。それに抵抗感を示す人間も多いからなるべく負担を減らすために作業を細分化して効率化とそれはもう大変だったよ」

 

 分業による労働生産性の上昇を論じたかの経済学者もこの創造性あふれる事業での応用は予期しなかっただろう。

 

__

 

「さて、戦争の時間は終わりだ。これからはただの…殲滅戦だ」

 

懐中時計の時間を確かめながらアバ―シュは嫌々そうに呟く。

 

同時刻、北方戦線を耕す砲撃が大地を揺るがした。

 

「前線において敵が一斉に砲撃を開始しました!」

 

「敵の電子戦により通信状況が著しく悪化しています!直ちに対抗電子戦と有線での通信に切り替えを行います!」

 

「司令官!エリア349の陣地が突破されました!」

 

「後方第244予備役歩兵大隊より入電!敵の中隊規模の戦車と交戦!魔導師の増援を要請しています!」

 

「第24歩兵師団からです!連隊規模の敵魔導師に襲撃され移動が出来ないと!至急航空魔導師の増援を乞うとの事です!」

 

「…敵の目標は間違いなくテベリア湖か」

 

「最悪の場所を敵も狙って来ましたね」

 

「数日来大人しかったのはこの攻勢意図を秘匿する為か…!」

 

 北方軍には選択肢など無い。国の主要な水資源を奪われる事は飢餓よりも深刻な状況になる。

 

「全航空魔導師は現在の任務を解除。防衛ラインの後方に浸透した敵機甲部隊を対処させろ。当然敵航空魔導師との交戦も予想されるがどんな犠牲を払ってでも敵の進撃を食い止めるよう伝えろ」

 

 




ティベリウスが優秀な皇帝というのは絶対に間違いないとは思うのですがローマ帝国においてあまり再評価がされなかったのが不思議と言えば不思議ですね。
パンとサーカスを取り上げたとか終始リモートワーク位しか不満点思いつかない…
セイヤヌスの粛清にしても大して死んでないしどう考えても非難される謂れも無い気が…
やはり大工の息子を処刑した時の皇帝というのがそれなりに効いているんですかね
あとは批判していたのは一部の層の人間だった可能性
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