巫女戦記   作:零デイ

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38話

 作戦「バルバロス」は同時複数個所に上陸するという字面だけなら勇ましい大胆な作戦だが、実態は勿論違う。

 

「ヨッパ港において敵の抵抗は微弱、順調に占領しつつありと」

 

「航空偵察によると付近に強力な機甲部隊は確認されていないようです」

 

 上陸作戦など碌にノウハウなど無い国家がそんな高尚なものが出来る訳が無い。敵前上陸など夢のまた夢。という訳で上陸作戦というより単なる揚陸作業が行われていた。兵士には上陸戦闘よりもとにかく揚陸作業の手順を優先して叩き込み促成ながらも簡略化が功を奏していた。

 戦闘はほぼ想定しておらず荷揚げも最小限の人員で行えるよう上陸する将兵の数は限界まで切り詰め、持ち込む装備は小火器や精々軽機関銃が打ち止め。万が一火力が必要な敵が現れた場合は戦闘を避け、航空支援で対処。

 事前に共和国軍の戦力配置を分析して主力が全て北方戦線にあることを確認し、北方戦線で攻勢を発動して拘置を行った上で“上陸作戦”を行っているからまともな敵がいる筈が無いのだが。もし現地守備隊が強力に抵抗して上陸に失敗しても幾らかの失敗は織り込み済みで複数箇所に上陸しているので大勢に影響は無い。

 徹底して簡略化された、上陸作戦というより限りなく実戦的な上陸演習と言った方が正確だろう。

 

「橋頭堡の陣地構築と浮桟橋の建造を急がせろ。浮桟橋は三時間で物資の揚陸が可能な程度に仕上げればいい」

 

「はっ」

 

 最小限の部隊で複数箇所に上陸した一番の理由は単純。一か所なら核攻撃で消滅させられるという事だ。簡易的な揚陸が可能な小規模な物も含めれば既に片手を越える数で港を確保しており、ダメ押しに仮設の浮桟橋も十数本持ち込んで構築。

 これら全てを吹き飛ばそうとしたら核弾頭が片手の指では足りない。しかも吹き飛ばされる兵力は全て総計しても一個師団にも満たない。“たったそれだけの損失”で核弾頭数発と引き換えなら十分釣り合いが取れる。

 

「アゾトス港において守備隊の抵抗が激しく、航空支援と増援を要請しています」

 

「二個大隊ほど回せ。航空支援もしばらくはアゾトス港に集中させろ。他に爆撃する標的も無いしな」

 

 共和国軍も制海権を失って敵の上陸に対して無為無策であったわけでは無いが、如何せん回せるリソースが殆ど無かった。アゾトス港のような主要な港の守備隊の民兵に優先して武器を支給するのが限界であった。国内でかき集められた民兵部隊、祖国防衛義勇軍と仰々しい名前を付けられた烏合の衆が基本的に武器は自弁で間に合わせており、小銃すら行き渡っていない有様に比べたらまだマシではある。

 

 そんな有様であった為下手な鉄砲も何とやらで開始した“上陸作戦”も全てにおいて順調に進んでいた。橋頭堡を排除しようとする共和国軍の反撃に対しては随時沖合に待機している予備兵力から増援が回され航空支援も駆けつけ破砕。橋頭堡は着々と拡大していた。

 

 「とはいえ、なぜ核攻撃してこない?」

 

 作戦があまりにも順調な事にアバ―シュは首をかしげる。

 いくら分散しているとはいえ最低でも最大の荷揚げ能力を持つアゾトス港は核攻撃で破壊するべきだろう。自分なら確実にそうする。祖国の国土で、国民も巻き込むからと核攻撃を躊躇するような“非合理的な”発想を彼女は持ち合わせていないだろう。

 

「まあいいか。どの道チェックメイトだ。北方戦線はどうなっている?」

 

 血沸き肉躍る戦争を“覚悟”して乗り込んだ彼としては拍子抜けだが、想定外の事が無いという事は良い事だ。想定外の事が起きるからこそ現実は楽しいというのに口惜しいが良い事なのだ。

 

「敵の防衛線は崩壊はしていないようですが指揮系統の混乱で動揺している様子です。突破した機甲部隊と魔導部隊は予定通り防空網を構築して共和国軍魔導師と交戦してなおも前進を続けていると」

 

「待て」

 

「続報が来ました。一部の部隊はテベリア湖が見える位置まで進出したと」

 

「…テベリア湖への攻勢はあくまでブラフで本命は共和国の魔導師が対処せざるを得ない状況に持ち込んで防空の傘と魔導部隊で消耗させる事だと口を酸っぱくして機甲軍支隊の指揮官に伝えたよな」

 

「はい閣下」

 

「“不可抗力”で水源を絶ってしまったならともかく、流石に水源を目標にした攻勢で実際に絶ったら言い逃れ出来ない戦争犯罪になり、もし水路が破壊されようものなら共和国を占領した際にかなり面倒な事になるから絶対に水源には手を出すなと伝えたよな?」

 

「はい閣下」

 

「…つまりあくまで共和国軍を追い詰める為のポーズで自分の命令はきちんと理解されているという認識でいいか?」

 

「はい閣下」

 

 彼に誤りがあったとするなら機甲屋への理解が不足していたという事だろう。そもそもパルミラ軍はいつも機甲戦において共和国軍の後塵を拝していて、当然パルミラ軍は機甲屋という生き物について学ぶ機会が少なかった。

 機甲屋という生き物は戦機が目の前にあればいかなる制約にも縛られず突き進むものだ。止まれと言われて止まる指揮官は機甲屋ではないと言っても過言では無い。

 

「さっさと指揮官を呼び出せぇ!!」

 

 アバ―シュは絶叫する。“卑劣で残忍”なラコブス共和国国防軍に対して“清廉潔白”なパルミラ帝国軍という彼が苦労して組み立てたイメージ戦略、ナラティブが水の泡となりかねなかった。

 戦後、彼は最も大変だった戦いに開戦時の敗走とこの「バルバロス」作戦を挙げているが、前者はともかくパーフェクトゲームの後者であっても圧倒的優勢だからと驕らず油断なく詰め切った名将の鑑だと誰もが褒め称え、当人や幕僚はそれに対して何もコメントしなかったという。

 

__

 

「友人に殺される事が一番恵まれた死に方とは思うけど、ただ今の私にはそれすら不相応なんだよね」

 

 アズラが放った弾丸を避けたS.B.Fはしれっと言って煙草を吸う。正確に脳天に放たれた弾丸が裏目となった。いくら戦闘が不得手と言っても腐っても軍人による至近距離での銃撃は正確過ぎた。

 

「確実に私を殺す為ならサブマシンガン位撃ち込んでも誰も非難しなかっただろうに。まあ悪いけどまだ私は死ぬわけにはいかないし、死ぬことも出来ないから有難いけど」

 

「…」

 

 銃撃を外し警備兵に取り押さえられたアズラは一瞬でも殊勝な態度を見せた彼女に情けを見せるのではなくワンマガジン打ち切れば良かったと激しく後悔した。多少苦しんで死ぬ位は当然の報いだろう。

 

「あの陳腐な演説で話したのは偽らざる本心ではある。生きている間に“御国”は見れそうにはない事は残念と言えば残念だが、私にはその未来が見えているから別にいいかな」

 

「…」

 

「じゃあ今度こそさよならだ。連れて行ってください」

 

「…」

 

 連行されるアズラは無言のままだった。

 

 誰もいなくなった静かな部屋で彼女は無言で煙草をくゆらせる。

 突如電話が鳴り響く。

 

「どうしました?」

 

 終わりを告げる知らせが舞い降りる。

 

「複数で発射サイロが所属不明の武装勢力により襲撃を受けているとの事です!」

 

 彼女は無表情のまま呟く。

 

「それはまあ…穏やかじゃないですね」

 

__

 

 北方戦線、共和国における全ての航空魔導師はこの戦線に投入されていた。共和国が誇る特技兵団、内線戦略の要であり建軍以来の伝説そのもの。衝撃と畏怖を持って戦場を蹂躙した特技兵団はその日、終焉を迎えた。

 

「対空車両は半分程度に減らしたが…厳しいな」

 

「針鼠と真正面から取っ組み合う事が土台無理があったとしか。魔導師単独でどうにか出来る相手では無いかと」

 

「せっかく敵の魔導師がいるのに撃墜スコア上乗せ出来ねえ」

 

「言ってろ。今そんな事に拘っているのはお前だけだ」

 

「先任はもう五機撃墜したからそら文句は無いでしょう」

 

「どうします?この調子では対地襲撃を繰り返すのは無理ですが攻撃を抑制して外殻を削る事に専念しては?」

 

 開戦以来、航空魔導師は最も酷使され消耗を重ねてきた。その結果往時の精強さは見る影も無く大多数は新兵で構成されていた。多くのエースがここまで辿り着けず、少数の怪物でもってその脅威を保持していた。

開戦以来散々に苦杯をなめさせられた防空の傘に対して特技兵団、というより共和国軍はその対抗策をほぼ会得していた。その境地に到達した達成感を味わうには余りにも払った代償が重かった。

 

「戦車すら対空使用可能な榴弾を山ほど抱えてきたのは流石に笑いましたね。あれでは戦車戦碌に出来ないでしょうに」

 

 諸兵科連合、身も蓋も無い言い方をすればチョキに対して敵がグーを用意してくるなら全出しを出せば対抗出来るという単純な発想。相手が対応出来ない手段を用意するという安直だが強力なそれは防空の傘に対しても極めて有効だった。今はどれも無いが。

 対空装備を局所に集中させた弱点としてそれ以外の脆弱な箇所を攻撃すればいいという浸透戦術擬きも発明された。

 諸兵科連合も電子戦も飽和攻撃も浸透も全て今は使えない。むしろ敵が使いこなしている。

 

「残りは…数個連隊程度はいるか」

 

「コフッ…ガガギギッ……。ギェギガン…………ガ……」

 

 頭部に破片を食らって血も滴る彼女、ディナはある確信を持って提案する。

 

「なるほど…まあそれなら帳尻合うか」

 

「今の理解出来たんですか」

 

「全く分からん」

 

「ダメじゃん」

 

「何を言いたいのか位は言葉が通じなくとも察しはつく」

 

「カッコつけて引っ込みつかなくなったから誤魔化し始めたよこの人」

 

 すぐ近くにロケット弾が着弾する。陣形を立て直すために空中で再集結しようとしても長距離対空ミサイルや航空機による襲撃を飛ばしてくるのでおちおち空中待機も出来ず地面に張り付き、尚もその場所にロケット弾や砲弾を叩き込んでくるのだから好感度の程が分かる。

 

「一撃離脱は限界。我々はともかく新兵は無理だ。そしてこの状況で自重は解決には程遠い。そして」

 

 彼は空を見上げて言う。

 

「共和国魔導師は全ての困難に対する“解”だ。ならいつもと同じだ。これ以上の戦線の崩壊と水路の損傷は看過できん。帝国の機甲部隊と魔導部隊には速やかにお引き取り願おう」

 

「やり方はどうします?」

 

「低空から接近して急上昇。トップアタックによる突撃的集中を行う。戦車砲は仰角が向かず、対空網も方向転換に多少タイムラグがあるのは今までの交戦からも明らかだ。そして、生還は期さず、光学術式などの欺瞞も行わず全ての魔力を速度に回す」

 

「敵の魔導戦力は恐らく捕捉次第低空にいる我々を高所から釣瓶撃ちにしてくるだろうからまともに相手をせず急上昇で振り切るしかないか。敵の練度も相応にはあるが集団戦での機動性は我が方が圧倒的だから攻撃をしのぎ切ればいいか」

 

 集団戦の練度は経験値に勝る特技兵団に軍配が上がる。いくら数と練度を揃えても年季だけは誤魔化しが効かない。

 

「そうなると特技兵団は…」

 

「この地で終わりだ。最早特技兵団が戦局において果たしうる役割は多くないが…敵の機甲戦力を道連れにすれば北方戦線はまだ保つ。国家全てを救う事は叶わないがこの地域を保持する事は可能だ」

 

 講和の際戦力が形骸でも残っているか、書類上の物となっているかは大きな違いとなる。円滑な復員作業には行政組織との連携が欠かせず、また不要な衝突を避けるためにも相応な配慮を要求する事も出来る。

 

「魔導総監にこの憂き目を見せずに済んだ事は不幸中の幸いか」

 

「閣下がこの有様を見ればさぞ嘆かれるでしょうね」

 

「いやかの御仁がこの体たらくを見れば我々ごと敵を消滅させかねないな」

 

「間違いない」

 

 古参兵達は爆笑する。かの魔王は本当にやりかねないと知っている彼らの笑みは若干引き攣っていた。

 最先任将校の訓示というか砲声にかき消されない為の怒号を聞くために砲撃の降り注ぐ中にじり寄って集結する。

 

「これより最後の突撃を行う!脱落した者は置いていくので各自の判断で離脱せよ」

 

 恐らくこの攻撃に追随出来る魔導師はごく一部で、新兵は多数がトップアタックの前に脱落するだろう。新兵もそれなりに生還出来るかもしれない。

 戦略的意義など結局は建前でしかない。要は祖国の危機を幾度となく救ってきた特技兵団が祖国の滅亡を前にして座視する事を当の本人達は許容出来ないというエゴだ。伝説に憑りつかれた人間は自らもその妄執に焼かれて死ぬことを欲する。

 

「この攻撃で友軍、ひいては国民は救われるだろう」

 

 とはいえ水源を守る事は大義名分としては申し分ない。ただし国家は救いようが無いが。

 

「彼の他に神は無し」

 

「「彼の他に神は無し」」

 

 ある歴史家はこのように表現した。“方陣に対する騎兵突撃の偉大なる成功”と。

 敵魔導師や航空機の襲撃をしのぎ切り特技兵団の残余は機甲部隊の真上から理想的なトップアタックを敢行した。想定外と言えば脱落する見込みだった新兵の大半が急上昇に食らいつき幸か不幸かある程度戦力を保って行われたその突撃力は極めて抜群であった。

 

 しかしそれでも防空の傘の迎撃は熾烈を極め突撃は破砕されようとした。その時パルミラ帝国軍機甲部隊にとって悪夢が起きた。特技兵団の前列にいたある魔導師が瀕死の重傷を負いながら急加速を行い防空の傘の内側に辿り着いた。

 そして片は一瞬でついた。陣地の中で暴れる死兵と化した魔導師に対抗する手段など無く、防空の傘に亀裂が入り、その亀裂から共和国魔導師が殺到した。

 

 ラコブス共和国軍の栄光そのものであった特技兵団は残る戦力の八割を喪失し壊滅。そしてパルミラ帝国軍機甲部隊は致命的な打撃を被り以後終戦までその影を潜めた。

 




個人的に軍事書籍で一番大事な事は地図が分かりやすいかどうかですね
素人に読ませる気が無い本だと地図が読みにくいわそもそも付いてないわで辛いです
極論それぞれの戦争についての詳細な分かりやすい地図だけまとめた本とか需要あるのでは
というか探せばありそうですね
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