「つまり、少尉がイルデル准将を殺害したのは十分に情状酌量の余地があるという事か?」
「はい、閣下。あくまで私見ですが、本人は軽はずみにした訳ではなく未成年という事も加味して通常の手続きに従ったとしてもまず罪には問えないかと」
「話を聞く限り本人も殺害を自己弁護するでもなく深刻さを重々理解しているようだな」
「はい、本人も軍規を乱したことは深く反省しているようでした」
報告をしている間もアズラ少佐はどこかズレた印象を与えてしまっている歯がゆさを覚えずにいられなかった。
「ごく“普通“の“若手“士官が義憤と恐怖に駆られ正当防衛として上官を射殺。不幸だがよくある出来事だな」
「本人は正当な手続きで裁かれる事を望んでいるようでこの処理に不満があるようでした」
少佐の答えに対して憲兵総監が率直な感想を言う。
「順法精神を持ち合わせている、一歩間違えれば極刑もありうるのに軍規に従おうとするとはその若さで称賛されてしかるべき自己犠牲精神だな」
「自分の無実を客観的に認識した上でのふてぶてしさと見ることも出来なくは無いですがね。」
彼の直属の上司である大佐の発言に少佐は返す。
「本官が聴取をした印象では死に対する恐れがない、いやむしろ望んでいるようにも見えました。」
「それこそ恐れ知らずな若者にありがちな美徳と言うべきだろう。勿論主から頂いた命を粗末に扱うのは褒められたことでは無いが、祖国の為に身を挺するという事情なら寛大な主は許してくださるだろう」
「報告を聞く限り貴官ほど否定的に捉える必要は無いように感じたが。」
「本官は彼女の資質、能力に疑念を呈しているわけではありません。ただ…」
「ただ?」
「彼女の倫理観、志操にはどこか危うい物を感じました。…いえ単に、恐らく子供故の経験不足でしょう。ほとぼりを冷ます意味でも訓練学校に戻すか後方支援部隊に回すべきと考えます。」
「…貴官の報告は参考にするが、前線での魔導士不足は危機的状況だ。よってディナ少尉には引き続き前線で活躍してもらう。」
黙って報告を聞いていた魔導総監が断言する。
「はっ」
国防軍において絶大な影響力、権力を持つ彼の決定に否と言えるだろうか、いや言って何の意味があるだろうか。
「では邪魔をした。実務の話に部外者がいても邪魔だろうし退散させてもらうよ」
挨拶を手早く終えた彼が部屋からいなくなると部屋に漂っていた圧迫感は消え、ただ薄暗い雰囲気だけが残った。
「確認だが、この件について他に知っている人間はいないな?」
「はい少将閣下。目撃者は二名のみ。また、少尉は当時単独行動中だったようで彼女の所属する第148特技大隊の隊員も目撃していないようです。後は…あー准将が“作戦地域内の付随的被害”として処理する予定だった民間人十数名です。」
「ふむ…まあいいだろう。本件は機密保持が最優先される。嘆かわしいことだが既に怪しい噂がいくつか出回っているようだ。その対策も必要なら検討するべきだろう。」
他にもいくつか事務的な事を話した後、憲兵総監がそうまとめてその話は終わった。
「それで少佐、他の三件についてだが該当する兵士に傾向があると言う報告についてだが…」
「はい、いずれもルーシー連邦や南方からのここ最近の移民です。」
「また面倒な…その件に関しては一旦保留で本人達に関しては戦時の手続きで処理する。」
その後、矢継ぎ早に繰り出される質問にも少佐は機械的に答え、その場は解散となった。
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「果たして常識が通用する相手かどうか…そもそも常識が通用するとするならあの国は存在するはずがないんだがなあ…なんでまた神はあのような国をお創りになったんだ…」
司令部を置いている民家の粗末な寝床にそう呟きながら潜り込んだ瞬間アーバーシュ少将は深い眠りに落ちた。30代の若さにして将軍という彼は正しくパルミラ帝国の国家の若さを象徴する存在だろう。
若さ故に許される程度の過ちを犯すことができたり、世の不条理に恐れ知らずにも反抗したり、不可解な程楽天的だったりなど若さの長所(あるいは欠点ともいう)はいくつかあるが、自らを酷使できるというのはその最たるものだろう。
数日の徹夜で酷使され眠りに飢えた脳が貪欲に休息を貪るあの不快な感覚と共にオーバーホール中の脳で突如として昔の記憶が蘇った。
彼が新大陸の大学に留学していた頃、図書館の蔵書をあさっていた時様々な大戦期の戦況についての本に遭遇した。
ある本は帝国軍の東部戦線における勝利を確信し帝国と友好を結ぶべきと主張する物、帝国は攻勢限界を迎えており旧大陸はアカに支配されるようになると危機感を叫ぶ物、いや帝国の残党が月や南極、地球の裏側、異世界に逃走するかもしれないからそれらへの進出を進めるべきだとする意味不明な物など色々あった。
結局実現したのは一番最後だけだった。
「時間です閣下。」
「酷い夢だった…なんだ帝国の残党が月にいるとか意味わからん…」
「閣下?」
「何でもない」
ぶつぶつと言いながら少将は手早く身支度を整える。
「司令部からの返答は?」
「ちょうど今届きました。作戦の進捗が予定通りな事から既定の作戦通りのままだと」
既存の作戦計画とは要するに縦深攻撃のパロディと言うべき物だった。定刻通り攻撃を始め時間が来たら攻勢限界を迎えた第一梯団と新手の第二梯団が交代し進撃を続けるという物だった。
パロディと彼が評価する所以は典型的な流行りに乗っかって表面だけなぞっただけの陳腐な作品のそれだからだ。
「それで司令部は34師と攻撃を交代するようにと…」
「それはまた“斬新的な”命令だな。予定通り攻勢を続けるだと?」
司令部に戻った彼は参謀達に不満をもらす。
「ですが主導権を握っているのはわが軍です」
「闇雲に攻撃をするだけでは主導権を握っているとは言わん。もしそうならあの東部戦線がアレほど長引く訳が…しまった」
彼が絶句した為司令部は一瞬静まり返った。
「どうされましたか?」
「すぐに撤収する。各部隊は任意の判断で予定地点に、いや可能な限り北上するように。他師団にも足並みを合わせるよう伝達しろ。その後無線機と暗号書の処分の準備を」
「閣下!?正気ですか!?」
「それはまるで敗走ではないですか!?わが軍は今攻勢を継続しているのですよ!」
「まるでではなくその通り敗走だ」
泡を食って反論する参謀にアーバーシュは断言する。その瞬間だった。
「急報!所属不明の2個中隊規模の魔導部隊、それに複数の機体が侵入中!」
「っすぐに伝達を実行しろ!」
「了解しました!」
司令部は瞬間あわただしくなった。既にいくつかの戦争で死線を潜り抜けた、つまりラコブス共和国軍に蹂躙され敗走した経験がある歴戦の兵士達の動きは迅速だった。
その上空に複数の小さな災厄が迫りつつあった。
「捕捉しました!目標です!」
「くそっ、時間がかかり過ぎた!」
「…っ」
焦りをつい口に出してしまった隊員の声につられて一瞬表情に焦りが出たディナだったが命令を伝える。
「すぐに襲撃陣形に変更!射程圏内に入り次第長距離術式を目標に投射します!」
魔導反応を抑えた長距離浸透に成功した第148特技大隊だったが、本命の斬首作戦の直前というここに来て部隊の消耗、疲弊が出てしまった。
指揮官代理のひよっこ少尉であるディナ少尉を古参の下士官が補佐する形で騙し騙し任務を遂行してきたが、それは熟達したオーケストラを新米の指揮者が指揮するようなものだ。極論だが仮に指揮者がいなくてもオーケストラの阿吽の呼吸で演奏自体は出来るし耳が肥えてない聴衆相手なら未熟な指揮でも誤魔化せるかもしれない。
しかし相手によればすぐに襤褸が出る。
目標の敵師団司令部が巧みに隠蔽されており、発見に手間取った上、時間差をおいて攻撃するはずの空軍機と同時に突入する形となってしまった。
「目標までの距離2400…2200!」
「術式準備!」
事情がどうであれ、ありあわせの物で心づくしの饗応を行い、歓待されなければいけないのが世の常識であり、戦争における常識もまた同じだろう。
「距離2000!」
「撃てェッッ!」
そしてラコブス共和国軍の反撃を告げる狼煙がパルミラ軍第三師団の司令部に上がった。
三話でここまで進めたかったなぁ…という怨念で未練がましく書きました。
つまり実質三話です。
2+2=5に成り得るように四話も三話に成り得ると思います。(無理)