激しい市街地戦の結果首都は制圧され、共和国は降伏した。城下の盟を結ばせた完全勝利。勝利者たるパルミラ帝国軍は今__地獄を見ていた。
「住居に関する訴えが多数寄せられています。ただこちらは予想よりは」
「深刻な問題は治安状況でしょう。治安要員が不足していて治安の悪化は深刻ですね」
「確か国際支援の車両も襲撃されたとかだったか」
会議室の面々からうめき声が漏れる。明らかにパルミラ軍への負担は戦争中の比ではなかった。
「消失した戸籍の復元は極めて時間がかかりそうでいっそ新しく作り直した方が早いかと…」
「水インフラも食糧事情も絶望的です!このままでは冬を越えられる人間がどれだけいる事か…」
全てが崩壊した
「収穫はどうなっている!?」
「水不足と肥料不足、労働力不足が祟って前年度比較で良くて半減の見込みかと」
「ラコブス人の所有している“良好”な農地ですらその有様ではアレリア人の農地からはとても期待できんか…」
その収益率の高さで知られた共和国の農業は悲しいかな、逆境において酷く脆弱であった。ただでさえ商業作物に注力していたというのに戦争の悪影響は甚大。高い生産性の代償として長年の酷使により地力は著しく衰えている。
「本国からなけなしの食料備蓄を回したとしても全く足らんな」
パルミラ帝国も地上戦の結果満身創痍なのだ。膨張した軍事費と復興費をどこから捻出するかという一点だけ四苦八苦している有様でも先が思いやられる。それでも先を見ることが出来るだけ恵まれてはいるのだが。
占領統治、戦乱、飢餓に渇水、疫病がカオスに入り混じった状況の共和国“跡地”。現状を端的に表すなら黙示録の四騎士の大集合。戦争が他の災いを呼び相互に協力してその暴虐さを苛烈にする。
ある意味、“平和”だった。食料が足りない?なら他人の物を奪えばいい。相手は同胞?同胞愛でも隣人愛でも腹は膨れない。
行政機能が崩壊しつつあった共和国を占領した彼らは無我夢中で事態を掌握しようと足掻いていた。軍が自前で用意していた行政に関する職員では絶望的に足らず、共和国の行政職員を根こそぎかき集めても尚足らず本国からも集める羽目に。
ちなみに、土地に関する訴えは主にラコブス共和国建国以来の長年の“複雑”な経緯になるものも多かった。具体的にはラコブス人がアレリア人から奪った土地について。
幸いなことに当事者のどちらか、つまり奪った側か奪われた側かのいずれか、酷い時には両方の当事者達が全滅しているという事も多々あり、予想されていたよりは土地に関する処理は順調に行われていた。
__
「結局…辞めるタイミング逃したようです。そういう物ですかね」
憲兵総監の墓に石を置いてアズラは呟く。
「久方ぶりか」
「大佐もお変わりないようで。とはいえ数日振り程度ですよね」
待ち合わせていた大佐も墓に石を置く。
「数日もあれば何か起きるには十分だろう。つい数時間前にも前教育相が自殺したとか。いやしかしこうして首都を眺める事が出来ようとはなぁ…」
「それはどういう…まさか」
「…」
沈黙したまま二人は首都の残骸を眺める。建物の鉄骨が剥き出しになった建物の墓標が立ち並ぶ。世界で有数の繁栄を誇った都市は見る影も無い。
「核兵器に関する情報を解放戦線に流出させたのは大佐ですよね」
「不本意だがそうだな」
「なぜ最後の二発については情報を与えなかったのですか?」
アズラの質問に
「俺も把握していなかったからな。まさか核攻撃を受けた原子炉に予備のサイロが極秘に建設してあってしかも稼働できたとは。常識では考えられないだろう」
「では想定はしていたと」
「…」
「…数発の核兵器が抑え漏れて共和国指導部、いや“彼女”が持っている“かもしれない”という状況で一番利益を得られる勢力はどこか考えれば動機も自明でしょう」
「手持ちが僅かしかない彼女は核攻撃を簡単には行えない。ブナイブリーク市のような共和国内の反抗的な勢力への使用はとても不可能。そもそも彼女の権力の源泉は核兵器を手中に収めていた事によるものでそれが削がれれば権力を失う。一方でパルミラ軍は集結した時の核攻撃のリスクによって首都攻撃を躊躇う。ならば交渉の余地が出来る」
溜息をついて大佐は言う。
「結局は何もかも失敗したがな。首都での市街地戦を防げず彼女は首都への核攻撃に踏み切った。今となれば彼女が何を考えていたのか知る手がかりも無い」
アズラはその光景を思い出す。厳重に警戒されていた筈の獄中に倒れ伏すS.B.Fの亡骸を。自殺ではなく下手人は未だに手がかりすらない。
「さて、ここに来たのは頼みと今後についてだ」
「…伺いましょう」
「戦争犯罪に関する捜査を当然占領軍は進めると思うが、それに“積極的”に協力してくれ」
「なぜ自分に?そして積極的とは具体的にどういう意味ですか?捜査の方向誘導でもしろと?」
「貴様に頼むのはひとえにその影響力だ。ある程度なら発言も考慮…されるかもしれない。あとは知り過ぎたから」
失敗に終わったとはいえ狂った指導者を暗殺しようとした“英雄”という事になっていた。そして大佐の指示の元行ったという口裏を合わせる事を頼まれ、アズラも了承した。
如何にも“良識的な”反主流派が組織立って共和国政府に反抗していたように見せかける為に。
「そもそも戦争犯罪の調査にラコブス人、それも一部は隠蔽に加担した憲兵を使いますかね?」
「それに関しては問題無い。憲兵が白眼視されていたのは分かりやすいだろう。クーデター騒ぎの時上層部以外で殺された高位の将官は憲兵総監のみだ。正義を追求した憲兵とそれに対する悪逆非道な強硬派。構図としては出来過ぎている位だ」
彼らの立場は極めて恵まれていた。
「総監はそれも見越して殺されたと?」
「…分からん…しかしあのような死に方をされるべき方では無かった」
瞑目した彼は断固たる口調で言う。
「だがお陰でどうにか道筋は立てられた。前借りと踏み倒しと詐欺と破産申請を駆使すれば過去の莫大な負債にも取り組めるはずだ」
「まともな手段が一つも無いですね…」
自嘲を漏らした後アズラは前々から疑問に思っていた事をふと思い出し尋ねてみることにした。
「大佐がそこまでされる動機は何ですか?」
「昔の話だ。この土地に人が溢れていなかった頃、アレリア人の結婚式にラコブス人が出席したりまたはその逆もあったとか。今では御伽噺だが。もはや往年を知っているのは老人位だろう。」
「それが大佐の目的ですか」
「まあそんなとこだな」
「…以前の話は出版許可は降りそうです。占領軍もいつアレリア人とラコブス人の間で爆発するか気が気でないらしく取り合えず手当たり次第に試してみるようです」
「それは重畳…件の彼女は回収されたらしい」
「本当ですか?何故その情報を大佐が?」
「聞いた話だが、パルミラ軍の連中、共和国の魔導技術を血眼になって接収していたがあの日首都上空で彼女を発見して当然回収したようだ」
「彼女は生きていると?」
「“生きて”はいるらしい」
__
とある“神話”がある。曰く、熾烈な闘争の末、争いに疲れ果てた当事者は紆余曲折の末和解に至ったという物だ。
無論真実では無く、人工のナラティブの一つでしかない。ただ、完全なる捏造という訳でも無かった。
「確認ですが、これは正式な通達でしょうか」
招集された雑多な人間達の一人がアバ―シュに恐る恐る反問する。彼らは占領統治における現地協力者であり、一般に占領軍協力者と呼ばれる複雑な立場にあった。
「治安回復に必要な“あらゆる措置”を講じる事を要請するものであり、我が軍は最大限の協力、便宜は惜しまない。必要なら武器の支援も行おう」
要は片端から犯罪者を取り締まれ、いやもっと直截に言うなら射殺しろという事だろう。
治安状況は最悪としか形容しようがない。大まかに分けて“悪人”か“死体”のいずれかしかいない。
「何か質問は?」
「人手が足りません。指揮統制可能な人員と言えば捕虜となっている共和国国防軍の将兵が最適ですが解放していただけるのですか?」
元共和国軍人の一人が訪ねる。アバ―シュは向き合って答える。
「勿論。ただ戦争犯罪に関係した人間は場合によっては解放できないがそれ以外は問題無かろう。ただし、当然成果は出してもらわないとこちらとしては困る」
治安維持に駆り出された彼らは手段を選ばず、対象を選ばず次々と遂行する。もはや人種を気にする余裕などない。ラコブス人とアレリア人が肩を並べて騒擾分子や犯罪者を射殺していった。
悪辣なのはあくまで帝国軍は治安回復への協力を要請しただけであり、具体的な手段は明確に指示していなかった。
「これでしくじれば歴史上の戦争馬鹿の仲間入りだな」
解散した後、アバ―シュは呟く。夏も終わりの時期になって豪勢だが広い部屋は寒々としている。
ある少佐と面会する。
「君らは戦争で終わることが出来て良かったな。いや皮肉ではないぞ」
「パルミラ流のジョークですか?」
アズラは辛辣に返す。
「戦争も出来ずに惨めに終わる国家なんて歴史上幾らでもいる。そして戦争よりも酷い目に遭うことすらある」
一瞬の沈黙の後、業務上の話を始める。
「頼んでいた“整理品”のリストの進捗はどうなっている?」
今や勝者と敗者に分かれた二人。
「取り急ぎではありますが、実際に実行した人間だけでも数百人以上、関与も疑われる人間となると数千人以上に上るかと。また、大量破壊兵器については核弾頭は定数を確認していますが生物兵器、化学兵器は書類と数が合わないです。特に六型防腐剤という秘匿呼称の生物兵器は戦争中に無許可で持ち出されていたようで追跡も難航しています。対策のワクチンなどは用意されていますが蔓延した一部は既に変異の兆候もあるとか」
疫病、というか共和国軍が開発し拡散した生物兵器はあっという間に地域一帯を蝕んだ。行政機能も一部麻痺した結果戦争中に行われた“特別処理“すら滞る程だったのは皮肉としか言いようが無い。死によって別の死が救われた。
アバ―シュは苦々し気に言う。
「データさえあるなら対策も容易だとは思いたいな…ここまで被害が深刻化したのも栄養不足が一因ではあるから食料事情が改善されれば多少マシにはなるだろう。あくまで個人の意見にはなるが核兵器保有に微塵も興味は無いな。今のわが国には身分不相応でもある。しかも安全保障を担保する訳でも無い。共和国のようにな…上の方針次第だがどこかの核保有国に押し付けるか解体するのが無難だろう」
共和国の跡地でそれを言われては否が応でも納得せずにはいられない。ラコブス共和国は幾多の誤りを犯したが、何よりも“力”を信仰してしまった。力に縋らざるを得なかった面はあるが本来信仰すべき神より戦車や航空機、核兵器といった“偶像崇拝”に堕落してしまっていた。
アバ―シュは煙草を取り出しながら何気なく言う。
「法を遵守させるよう厳命した人間としてはやはり厳正に…根切でもするか」
「そのジョークは流石に分かりますね」
差し出された煙草を受け取ってアズラは答える。それに対して明言せずアバ―シュは煙草を吸って笑う。
「気休めにはなるが私はそれなりに真面目に統治するつもりだ。信用してくれとは言わないが信頼はして欲しいな。なんせ地面に塩を撒かせていない」
敗戦国民のアズラからしてみれば今の所帝国軍は常識的な占領政策を施していた。国際的な人道支援を積極的に呼びかけて受け入れ、治安対策に奔走し殺到する訴えも対応している。原資は共和国の保有していた資産ではあるのだろうが。
市場も開かれ、行政インフラの修復も進められていた。食料事情も劇的とは言えないがマシにはなっている、。
寛容と言うべきだろう。特にラコブス共和国民に対してという意味において。少なくとも「自分達の引き起こした戦争の結果を理解させる」「本質的に農耕的および牧歌的な性質を持つ国へと変更」「文明世界は国境で終わり」とまでは言われていない。今の所は。
「一先ずは正常に戻す事が最優先だ。外面さえ整えてしまえば合衆国もルーシー連邦も介入する口実が無くなるだろう。既に本国は散々注文を付けられているとは聞くがここにはまだ届いていない。安定さえさせてしまえば文句の付けようが無い」
極めて良識的な占領政策。当然裏があるだろうからアズラは不躾にも訪ねてみることにした。
「ここの支配を盤石にしてそれからどうされるので?単に信託統治というならここまで将軍が熱心に取り組まれる訳がないでしょう?」
「“いつの日にか、聖なるイリオスも、槍執るプリアモスと、その人々も滅び去る時が来るであろう”」
「…?」
その言葉はある将が因縁の敵国を滅ぼした時引用したものだった。勝者の特権であり呪縛である。
「凡そ国という物は滅びを免れない。ならば定命の身で行ける所まで行ってみたいな。フィラデルフィア王国は何もせずともこちらに靡くだろう。そしてプトレマイオス連邦からすればパルミラ帝国が戦勝の権益を独占しているとしか見れないだろうから必ず衝突する。国力的にはこちらが劣勢だが大義名分さえ有れば勝てる。代理戦争の形に持ち込んでしまえば大国は軍事支援以上の介入をしたがらない」
アズラは既視感を覚えずにいられない。
「差し当たっての目標は沿岸部一帯の併合。そしてゆくゆくは再び一つの国家によってこの地域を統一する。つい一世紀前までは紛争も一切無い平和な地域だったのだからその再現が出来ない訳が無い。そして当然、征服に妥当な指揮官は一人だろうなァ」
積年の密かに抱いた願望が目の前に開けた愉悦に浸りながらアバ―シュは葉巻を吸う。
一年後、彼は左遷される。
独断専行と越権が過ぎる彼は、失脚し退役まで追い込まれる。当然の帰結。狡兎死して走狗烹らる。
そして彼の寛容を過ぎて放縦と危険視された彼の占領政策は見直され適度に修正しようとしたが過去を水に流したい現地諸勢力は一致団結して反乱。
多数の兵器で武装し、連携も指揮統制も取れ極めつけには実戦経験も豊富というその反乱の鎮圧に帝国軍は手を焼き、その対処の為に再び彼は呼び戻される事になる。マッチポンプとも言うがともかく彼は同じような浮沈の激しいキャリアを進む。
__
「エリアに高魔力反応確認、大隊規模です!」
「共和国の航空魔導師は北部で壊滅したはずだが…まだそれだけの戦力を隠し持っていたか!」
パルミラ帝国軍第23魔導連隊は即応に最適な状況にあった。当然迎撃に向かわされる貧乏籤…もとい軍功のチャンスを引くことになった。戦争が終わるまで数日も無いだろうに安全な対地襲撃任務ではなく共和国魔導師と交戦する羽目になったのだから士気が上がろう筈が無い。
「待機していた第9魔導連隊も増援に向かっているとのことです」
「せっかくだから撃墜スコアを分け合うべきか…」
充足していない共和国魔導師一個大隊に対してパルミラ帝国軍魔導師一個連隊では蹴散らされる事もしばしばだった。辟易とした調子で話していた連隊長は違和感に気付く。
「待て、コントロール、目標を視認できない。本当にこの空域に大隊規模の魔力反応があるのか?」
高度6000の上空、雲一つない快晴の天気だ。肉眼でも隊列を組んだ魔導大隊が見えるはずなのに見えない。
「大佐!2時方向に一機補足しました!距離4000!」
魔力反応を追って双眼鏡を覗いていた部下が遂に発見する。
「高度8000!更に上昇しています!」
「誘っている…?いや我々の事を無視しているのか?」
一方地上では激震が走っていた。
「高速飛翔体が大気圏を突破!予定コースは…共和国首都です!」
「やつら正気か!?自国の首都に核攻撃だと!?」
首都では熾烈な市街地戦が今も継続中であり、国中から避難民が百万人規模で押し寄せている。この地域で一度にそれだけの人間が死ぬのはひょっとすると方舟の洪水以来かもしれない。
「直ぐに前線部隊に避難勧告を!?」
「間に合う訳が無い!伝達される頃には“落着”している!」
弾道ミサイルを迎撃出来る兵器という物は普及していない。核戦争の準備に余念が無い超大国なら最新鋭の撃墜可能な兵器を保有しているかもしれないが、他の国が保有しようとするだけで財政は吹き飛ぶだろう。
誰もが惨劇を覚悟した。ただ惨劇という物は慣れ親しんだ物でしかないのでまたかという以上の感想も無かったが。
帝国の数個師団が消滅するのは痛手だがよく考えてみれば開戦以来幾多の師団が書類に至るまで消されており、しかも数万人の師団の消滅と違いラコブス共和国人が数百万死ぬ事に比べたら些事だろう。
「アンノウン、依然上昇中!高度10000!」
管制からの急報を聞いた連隊長はソレの目的を悟る。
「まさか奴の狙いは…ミサイルを迎撃する事か!?」
対処困難であるからこそ核ミサイルは抑止力足り得る。世界を成り立たせる不変の原理。それを人の身で覆せる筈がない。
「…」
ソレは目標の高度に達するとぎごちなく体を動かしライフルの照準を構える。高度10000は技術改良が進んでも尚航空魔導師にとっては鬼門であり、現に追撃を行っていた第23魔導連隊も脱落が相次ぎ残りも溺れかけていた。
「高度11000、12000…尚も上昇中!?」
「ありえん…!?魔力で無理やり押し上げているのか…人間かアレは!?」
上昇限界に達したミサイルを迎撃するのは高度15000の高層大気圏が限界とされる。それを下回れば迎撃に成功しても破片、特に核ミサイルならば核物質が地上にばら撒かれる。
通常の飛行術式では揚力を賄いきれない為、魔力を暴発させて辛うじて上昇を続けていた。減圧を防ぐ為の魔力の余裕は無い為体内の気体は膨張して破裂を始め、体内の液体は沸騰する。
高度15000。 数キロ離れて直下してくる二発の終末軌道を取った核ミサイルに対し、上昇を止めてゆっくりと落ちながらソレは二つの全く異なる術式を同時に展開した。
一つは、極限まで練り上げた貫通術式。 それは遠く離れた一発目の弾頭の側面を、真横から撫でるように切り裂いた。空力バランスを崩されたミサイルは、自らが引き起こす超音速の気流に耐えきれず、成層圏の空中で勝手に砕け散る。
だが、もう一発を狙い撃つ時間は無い。 故にソレは、残る一発の予測進路上に自らを置き、防殻術式を展開した。
右脳と左脳を断裂させるような、完全に常軌を逸した並行処理。脳神経が焼き切れ、眼球から血が噴き出す中、ソレはその瞬間を待った。
その光景を見た帝国軍魔導師はとても現実の物とは認識出来なかった。この高度でミサイルを撃墜するというだけでも神業としか言えない。そしてもう一発の核ミサイルは進路上のソレに衝突し、ミサイルは起爆する間もなく自身の運動エネルギーによって自重で潰れ、粉砕された。ソレも当然原型を留める事無く肉体は四散する。
無意識に畏怖の念を覚えずにいられなかった彼らは落下してきたソレを回収する。敬意もあるが、それ以上にあの尋常では無い魔力量のカラクリについての情報が喉から手が出る程欲しい。
しかし回収した彼らは徒労という事を思い知らされた。死体と思われていたソレ、ディナの肉体は何故か原型を留めていた。そして更に気味の悪いことに彼女は“生きていた”。
天と地の狭間で、彼らは途方に暮れた。
__
「証言ご苦労だった。一先ず区切りも付いたことだし裁判に呼ばれる事はもう無いだろう」
「…一つお伺いしても?」
ようやく始まった裁判。共和国の公安による数々の暗躍や陰謀の証言やらに呼ばれたライは感情を表には出さず尋ねる。
「コレは貴方方の仕込みですか?」
彼が取り出したのは一冊の絵本。流通が安定し始めたとはいえ新聞ですら配給の紙を有難がる時世においてその本は不思議にもそれなりに流通していた。
「そうだと言ったら?」
「理由次第ですね。理由によっては…」
前線帰りの死に憑りつかれた兵士が行動を躊躇う訳が無いだろう。
「許可は取ってある。時間はあるな?」
ライは頷く。
__
目的地に向かう車中でアズラは問いかける。
「内容はどう思った?」
「つまらないプロパガンダですね。陳腐な上に」
ライはバッサリと切り捨てる。
その絵本の内容は他愛無いものだ。ラコブス人とアレリア人の間に生まれた少女が戦争で活躍するというものだ。
「まあそうだろうな」
厳重に警備された門を通る。
「ここは?」
「元はパルミラ軍の軍病院の一つだったが、患者の数が減って要らなくなった施設を流用して便利に使っているとか」
病院の一室でディナは横たわっていた。
「回収したラコブス軍が徹底的に調べても何も分からなかったらしい。異常な量の魔力量は観測されたのに当人の魔力量は人並み、使用していた宝珠は大戦期の骨董品。しかも本来なら上空で死んでいる筈なのに生存活動だけはしている。植物状態という訳でも無く覚醒はするが意思疎通は一切出来ない。脳も半分壊死しているとか」
目は開いているが彼女は病室に入ってきた二人に一切反応を示さない。
「コレが本当に彼女ですか?」
ライは呟く。
夕日が差し込む病室でアズラは淡々と説明する。
「彼女は民族間の融和の象徴というナラティブに使われる。ラコブス人にとってはアレリア人の少女が共和国を信じて戦ったというのはアリバイとしてちょうどよく、またアレリア人にとっても自分達がただ虐げられる弱者であったという恨み節より爽快な英雄譚の方が好まれる」
正しく需要と供給が一致した例だろう。
「政治の為に彼女を悲劇のヒロインに仕立て上げたと?」
「有体に言うなら何も間違ってないな」
ぬけぬけと言い放つアズラにライは苛立ちながら尋ねる。
「では最後に一つ。彼女についてどう思いますか?」
「まあ…何というか…アレだ。ただの背伸びした可愛げが無い餓鬼だな。貴様も…彼女も」
「ヒドくないですか?」
想定外の答えにライは思わず笑ってしまう。
「子供を戦争に駆り出した我々がとても口が裂けても言えんがな。まともな感性が残っていれば」
「…」
「結論は出たか?私を殺すならここは迷惑だから離れるが」
「やめておきます。既に十分苦しんでいるようなので一生抱えてください」
アズラは苦笑する。
「これからどうする?占領軍の意向としては実戦経験持ちの魔導師を野放しにはとても出来ないらしい。キャリアの選択肢としては監視の元日常生活を送るかこの地域を離れるか、あとは帝国軍に再就職するかといった所か」
航空魔導師は活躍し過ぎた。しかも今回の戦争では正規軍以外の非正規武装勢力すら魔導師を戦力として組み込める事が証明された。アレリア解放戦線の魔導戦力化は世界的には氷山の一角でしかないだろう。
ますます魔導師は注目され、生き辛くなるだろう。
「…成り行きでなった航空魔導師ですが、案外性に合っていましてね。暫くは続けてみたいので、外国に渡ることにします。パルミラ帝国軍はまあ論外ですね」
ライの希望を聞いてアズラは一つ思い出す。
「そういえば航空魔導師のスカウトに来ていた民間軍事会社がいたな。詳細は知らんが国際的な魔導技術や魔導師の拡散防止という名目でその筋から圧力も加えてねじ込んできたらしい。特に実戦経験のある航空魔導師を探しているとか。胡散臭いが、それでもいいか?」
希少価値のある技術を持っていても脛に傷のある経歴持ちの人間は一般に採用を避けられる。そのような人間の中途採用はコストを抑えられて効率的という事だろう。
「ここで燻るよりはよっぽど面白そうですね。じゃあその会社にします。会社の名前は?」
即決したライの質問にアズラは記憶から社名を引っ張り出す。
「確か…ZASと言ったか」
病室を出る前にライは思い出したように言う。
「さっきの話ですが彼女、本当に一度も意識を取り戻していないのですか?」
「そう聞いているが…」
アズラが怪訝そうに返すとライは一切笑わず言う。
「彼女を見たんですよね。以前。確かあの日は…」
__
「…」
「まさかもう一度会えるとは想像していなかった」
「…」
「何故と。それは何に対して?147万人死なせた事について?戦争を続けた事について?首都に核攻撃を仕掛けた事について?それとも」
「…」
「…私は歴史に名を刻みたかった…ただこの国では物語の主人公のような存在は存在出来ない。そして英雄になるための手段が目の前にあってそれが必要であったなら躊躇する訳が無かった」
「…」
「最期に君と話せてよかった。後悔といえば…主を疑ってしまった事か」
大変お待たせしました。完結となります。
gdgdとなり申し訳ありませんが、ご愛顧いただきありがとうございました。
完結出来たのは読んでいただいた読者の皆様の存在がとても大きかったです。
幼女戦記に初めて接したのは深夜のガラケーで見た1期の第七話でしたがその衝撃は凄まじく、こんな作品が存在出来るのかと思いました。
自分にとって小説を書いてみたいと思った原動力の一つでもあります。
二次創作という形ですが微弱なりとも作品の盛り上がりに貢献できればこれ以上に嬉しい事は無いです。
参考というか影響を受けた文献
戦略の形成
イスラエル 人類史上最もやっかいな問題
食権力の世界史
パレスチナ実験場
秘録イスラエル特殊部隊
イスラエル軍事史
イスラエル外交史
イスラエル人の世界観
パラグアイ戦争史
関心領域
1984年
増補 普通の人びと
炎628
軍艦武蔵
ナチス 破壊の経済
イスラエルとパレスチナ 約束の地は誰の物か
ヒトラーの逆襲
HELLSING
同志カルロ・ゼン氏の作品