ラコブス共和国軍が過去の戦争において周辺国を蹂躙した要因は主にジェット戦闘機や航空魔導士などの航空戦力、ほとんど戦車で構成された機甲部隊、高度な諜報力によるものだった。
「既に撤収した後のようですね」
無線機の残骸を蹴飛ばしながら下士官が苦々し気に言う。
「ついさっきまでここにいたようですが、捜索しますか?それとも予定通りに?」
一瞬迷った素振りを見せたディナだが、
「目標の敵師団司令部の覆滅は達成したと認め指揮系統への打撃に成功した…と判断しうるので次の目標である敵後方の第二梯団、兵站段列への襲撃を実行します。」
「はっ」
下士官が名目上指揮官代理であるディナを立てようとする気遣いが迅速さを阻害しているのは明らかだが、あくまで計画通りに進めるならば問題ない範疇であり、共和国の国力の限界が垣間見える光景でもあった。
限界が見えるというのは時に哀愁が漂う物だが、そんな時あらゆる場面で限界が見えてしまうようになってしまう。それをどう形容すべきかと悩むが…哀愁という一単語で終わらせる事は出来ず…かといって冗長だと逆に悲壮感が薄れ…。
それはとても悲しい(小並感)光景だった。
本来ならば隠密を必須とする作戦行動においては低空、かつ高速飛行が概ね望ましい。
そして、乾いた高原の低空とは言い難い高度2000の上空を“巡航速度”の飛行という、大戦期の魔導士が見たら泡を吹くかカモネギだと舌なめずりをする光景が展開されていた。
教科書通りの行動が出来るのは訓練を積んだ新兵、それ以上の事が出来る兵士を一般にベテラン、精鋭と呼ぶのだろうがこの場合は前者でも後者でもない。
「脱落者は!?」
「今の所はいません!しかしこの速度だと計画に支障が出るのでは!?」
「いやまだ余裕はあります!命令通り戦力の温存を最優先に!」
単に部隊の数割を占める新兵が飛行だけで溺れかねないというだけだった。
緒戦で致命傷と言っても差し支えない損害を被った魔導兵団は損害の最小化を厳命。経験にも定石にも古典にも裏打ちされた拙速を貴ぶ熟練兵から当然猛反発が生じた。
が、命令に忠実、正確に言うなら精鋭が次々と撃墜され敗北主義に染まった傾向がある新兵が抑えるという歪な形になっていた。
「部隊を分離させるというのは!?」
「いや敵の魔導戦力はいまだ健在なのでそれも危険かと!」
ディナの提案もばっさりと一刀両断される。
彼女は比較的余裕があるようだが、連日の出撃の直後にこの作戦の為に魔導反応を出さず飛行せず地上移動で後方に長距離浸透。その後作戦開始時間に襲撃を敢行し索敵を継続しながら飛行するだけの「容易」な作戦であるにも関わらず他の新兵たちには既に疲労が濃くでていた。
口が裂けても言えないが誰もが少なからず心中で絶叫せざるを得なかった。
主よ、なぜあなたの御手の業を虐げる事をよしとされるのか、と。
戦争において苦しい時敵も苦しいというよく言えば普遍的、悪く言えば陳腐な言葉がある。
とてもお粗末、悲惨極まるとはいえディナ達は悩めるだけまだ余裕があるといっていいだろう。
パルミラ軍の苦境は言語に絶するものであった。
「主力を密かに後方に下げて温存し、わが軍の後方に“全て“の魔導士と航空戦力を投射し面制圧。しかも第一梯団と第二梯団が交代する一瞬の間隙を精密に狙い撃ちか。敵ながら中々やる」
敗走しながらも敗残兵をまとめつつ何とか即席の戦線を構築に辛うじて成功し、人心地ついた第三師団兼アバーシュ戦闘団臨時司令部という名の駅から離れた薄暗い倉庫でアバ―シュは呟く。
兵士の収容から配備、物資の確保に配分、陣地構築、友軍との連絡、負傷兵、爆撃された施設の残骸の後始末、司令部からの命令対応(基本的には無視)など混沌に忙殺されている司令部要員は誰も呟きに反応しない。
中々、というのは負け惜しみにしか見えないが彼は本気だった。
「魔導士の投射性、航空優勢と組み合わせた諸兵科連合の三次元の突破力、どれも大戦で種が割れた手品だ。そして戦力が絶対的に不足しているラコブス軍はかつての帝国軍のように包囲殲滅を狙う、いや狙うしか選択肢が無い」
パルミラ帝国軍少将たるアバ―シュ少将は不敵に笑う。彼の場合もそうするしか選択肢が無いのだが。
「敵の目論見が分かれば簡単だ。この街道の結節点であるこのクネトラを死守して後方を遮断されなければいい。いずれ突破されるだろうが友軍が撤退する時間を稼げばいい」
司令部を襲撃された後意外と早く直属の一個連隊と合流できたのは僥倖だった。彼の日頃の行い(現代の用語で言うなら過酷な訓練という正しくパワハラ、やりがい搾取、見なし残業)が良いからだろう。
その連隊は命令に即座に対応し迅速に後退しつつ司令部との合流に成功し、まとまった戦力単位で雪だるま式に敗残兵をかき集め、他の直属部隊も合流に成功し要地で撤退支援をする理想的な状況が整っていた。
「対空装備はどの程度確保できた?」
「対空車両に固定式対空砲は陣地上空をカバー出来るだけありますが、携帯式地対空ミサイル、携行式対戦車ロケットはいずれも前線にかなり送っていたようであまり余裕はありません。対戦車誘導ミサイルの量は数日は問題ないかと。ただし対魔導ロケットはかなり心もとないです。」
いずれもルーシー連邦から調達したものだ。かつて帝国に散々苦しめられたその辛酸が分かりやすく表れているラインナップだろう。魔導士を兵科として運用でさえ少なく、しかもその貴重な人的資源を戦術単位として前線に投入して浪費なんて贅沢の極みをしているのは世界広しといえどもここ位なのに対魔導ロケットを大量に生産、配備しているのは計画経済という「興味深い」システムの性かそれともトラウマからか。
「防空の傘を構築するには十分だ」
「しかし敵は防空の傘を突破する手段を編み出したのでは?現に我々は敵の航空戦力に苦しめられていますが」
「突破はされていない」
アバーシュは断言する。物量とは正義だ。それはどんな小細工でも覆せるものではない。
「連中のやり方は単純だ。防空の傘が無い場所だけ攻撃したというだけだ」
「そんな事がありえますか!?いくら諜報力が高いとはいえ全ての場所を割り出すなんて…」
「いや諜報もあるだろうが、それ以上にもっと簡単な方法がある。防空の傘は局所的、特に前線に対空兵器を集中するもので、当然数は限りがあるから他はおざなりになる。例えば前線の突出部や戦術的に優先度が低い場所、そして後方全ての領域だ」
ある意味空における縦深攻撃と言えるかもしれない。守りが堅い前線を迂回して航空戦力で敵の後方を面制圧、司令部や補給線、後方の予備兵力を徹底的に痛打する事でいわば後方との繋がりを絶たれた前線は遊兵と化す。そして前線の防空の傘でカバーされていない間隙から機甲部隊が斬り込み歩兵や砲兵が突破を支援してその間隙から奥にねじ込む。
前線の遊兵はいずれ包囲され後で煮るなり焼くなり好きに調理される。
「そうすれば後はいつものようにラコブス軍は勝利、めでたしめでたし…となる訳だ」
「しかし我々の切り札が対策された以上仮にこのクネトラで時間を稼いで態勢を立て直すことが出来たとしても先の戦争のように主導権を取り戻せず再び突破されるのでは?」
不安がる参謀に彼は断言する。半分は本心で、
「だから、私がここにいる。それが前回との決定的な違いだ」
もう半分は必要が必要とするから。
怖い話をします。
この作品の構想を思いついた頃人口とか具体的なデータを漁るじゃないですか。
すると人口から逆算するとこの話が成立出来るほど魔導士の人的資源いなくね?って気づいちゃったんですよね。
あの時は一瞬困りましたが、技術の発展で航空魔導士に出来る人的資源が増えた事にすればいいじゃんと気づいてすぐに恐怖は収まりました。