巫女戦記   作:零デイ

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6話

 時代が移り変わろうと不変、人である限り超越できない厳然たる事実がある。

 軍隊、すなわち人間は水を飲まないと死ぬと。

(孫)子曰く、凡そ軍を処する法は、高陵を愛くし、陽に止まり、生(水などの生活物資)を右にし、隘を前とす。此れ軍の利なり、と。

 水源ではなく高地という戦術的要地を確保することで勝てるという登山家は流石に現代においてはあまり存在しないだろう…個人の才能に依存せずマニュアル、操典を旨とする近代軍隊においては…多分。

 

「座標に到達。予定の水源を確認…いや…熱源を確認!集団が既にいるようです」

 

 そのような自然の摂理に基づき148も水源を求めて闇夜をさまよっていた。ようやく情報通りの場所に発見したかと思えば先客の存在で部隊は緊張せざるを得なかった。

 

「この距離でこちらに対空砲火で歓迎してこないという事はパルミラ軍の敗残兵か避難民、遊牧民でしょうか」

 

「困りましたね…ここから一番近い別の水源は?」

 

 ディナの質問に対して絶望的な現実が突きつけられる。

 

「距離自体は余り問題では無いですが敵部隊が確認されたり一部は交戦中、最悪だと破壊されている可能性があるかと」

 

 ラコブス共和国の“人道的で融和的な”入植政策にも関わらず“非論理的な現地住民の一部による頑迷なる抵抗や非協力的な態度”により水源の情報をあまり確保する事が出来ていない。その為取れる選択肢というのは非常に“文明的”な物に限定される。

 

「戦闘隊形に移りつつこの速度を維持して接近。私が数名で先行して接触します。各自発砲を受けても防殻術式で対処を」

 

「代理殿!それは危険です!」

 

「敵が敗残兵なら魔導士に対抗できる武器なんて持ち合わせていないし、まともに抵抗せず逃げ散るでしょう。民間人なら猶更対処できる範疇でしょう。民間人が対魔導ロケットを正規軍並に保有していれば話は変わりますが」

 

 ディナが僅かな余裕で絞り出したジョークはあまり受けなかった。ジョークなど解さない生真面目な士官と思われていたか疲弊の極みで反応出来なかったか、あまり面白くなかったか。

 

「時間が惜しいので数人追随して下さい」

 

「…はっ」

 

 結論で言うと泉の周りにいたのはごく普通の遊牧民で水の確保もすんなりいった。問題は別に生じた。

 

「ここから更に移動するのは厳しいですね…」

 

「我々はまだ余裕がありますがやはり長時間の作戦行動に慣れていない新兵の疲弊は予想通り深刻です。ここまで大事故が起きなかったのが奇跡でしょう。少尉殿もかなり負担では?」

 

「忌々しいですが否定出来ません…結局哨兵を立てるのは変わりませんしここで野営にしましょう」

 

 ちらっと遊牧民のテントの方を見た下士官は続ける。

 

「了解です。まあ流石に魔導士を生身で相手に回す自殺志願者がいるとは考え難いですが…明日の作戦もありますし急いで兵士を休ませましょう。…どちらに?」

 

 ふらっとその場を離れようとしたディナに下士官は怪訝に尋ねる。

 

「遊牧民の長に連絡をしてきます」

 

「誰か連れていってください」

 

「すぐそこなので一人で大丈夫なので残りで野営の準備を。この辺りに“敵兵”はいませんよ」

 

 そう言って歩き去る彼女に急いで下士官は声をかける。

 

「すぐに一人を追わせます」

 

 言葉に反応したディナはそのまま歩いていった。

 

「我々はここで野営します」

 

「やーこれはご丁寧にどうも。ラコブス人に違わぬ真面目っぷりですなー」

 

「いえ…」

 

 連絡に訪れると酒を飲んだ長が和やかに迎えた。

 

「その若さで指揮官とは!ラコブス軍の精強さを改めて」

 

「いえ私は代理ですので…」

 

 喋り続ける長の勢いに完全に気圧されていた。しかし、

 

「……」

 

 周囲の視線が歓迎とは言えないものに満ちているという事は彼女の経験上すぐに分かった。一般に敵意と呼ばれるべきソレを向けられているかどうかは特に分かりやすい。

 

「最近の若者は周囲への気配りがなっていないですが貴女のように分かりやすく周囲を窺うのも珍しい。まるでアレリア人のように」

 

「……」

 

 一瞬だけだが場が静まりかえった。

 

「あーいや失礼酒のせいで少々不躾な発言で気を悪くされたら申し訳ない」

 

「…では私はこれで失礼します」

 

 身内で酒盛りをしている中招かれざる客が訪れたといった感じで針の筵に座らせられているという有益な人生経験を十分味わったので撤退しようとするが、

 

「まあまあもう少し」

 

 なぜかこの族長が延々と話し続け引き留めてきて返そうとしない。

 女子供が山羊の乳などを飲んで静かにしているのはともかく他の男性が酒を飲んでいるのに一様に押し黙っている不気味さは半端なホラーでも及ばないだろう。この世で一番怖いのは怪異や悪鬼羅刹なぞよりやはり人間なのだろう。

 一人族長の話は延々と続く。

 

「しかし汚らわしいアレリア人の混血がラコブス教徒として認められ、軍、それも士官なんて不可能でしょうしなあ!しかも士官なんてラコブス人からも同胞からすらも蔑まれる事間違い無し!」

 

 彼の言葉は正確を期すなら二つほど間違いがある。すなわちアレリア人も人種間の平等という国家の大義の元で歩兵や偵察兵、戦闘工兵など「活躍の場に恵まれた兵科」のみに編成されている。

 そしてもう一つはアレリア人の混血、それも母方に持った人間が士官になった例外が目の前に存在するという事だ。

 

「まあもしそんな人間がいたなら神というのは」

 

「失礼します。少尉殿はこちらに?」

 

タイミングよく彼女の部下が呼びに来たのを幸い、ディナは挨拶もそこそこに退散した。

 

ーー

「それでアズラ君さっき何か言い淀んでなかった?」

 

 総監室から捜査部に戻る廊下で唐突に部長がアズラ少佐に尋ねた。

 

「いえそんな事はありません」

 

「あーいやすっとぼける方がいいよそういう時は。」

 

「…」

 

「例の彼女の人格について話していた時何か言おうとしてやめたでしょ?違うかい?」

 

 彼女の聴取で得た印象は全て伝えて後はお偉方に全て丸投げしようと思っていた。が、何故か報告の時一部を言わなかった。

 

「いやあまり重要な事ではないです…ただ…」

 

「ただ?」

 

 上司が差し出した煙草を馳走になりながら少佐は続ける。

 

「彼女が現状軍規に従うのはあくまで彼女の信仰と反しないからでしかないという予感がしました」

 

「それなら何も問題ない。我が軍が主の思し召しに反した行動をした事がこれまであったかい?」

 

「…無いです。」

 

 答えが一つしかあり得ない問いを一般に「閉じた質問」という。

 

「しかしあくまで私の所感に過ぎませんが彼女の信仰はかなり幼稚、独善的な傾向があるかと」

 

「それは若さからの純真、素朴といってあげなよ…つまり彼女が抗命や叛乱するような可能性があり、あくまで君の印象であり彼女の評価に関わるから言わなかったと?」

 

「…はい、申し訳ありません」

 

 聞くまでもなく既に察しがついていたであろう大佐は聞いても特に動揺する事なく煙草を吹かせる。

 廊下の窓から見える外の光景は既に真っ暗だった。

 

「いや謝らなくていいよ。いざとなれば貴官は取りうる最善の対応をしたと証言してもいい。それに、」

 

 捜査部に辿り着きドアを開けようとしたアズラに大佐は続ける。その顔の表情は部屋の薄暗さで余り見えなかった。

 

「この状況を表すならCarpe diem(カルペ・ディエム)、正しく彼女は摘むべきその日の花だよ」

 

 ドアノブに手をかけたままふと少佐は尋ねる。

 

「所で大佐、総監が仰っていた"怪しい噂"とは?」

 

「様々だね。天啓を受けた少女が全ての罪人に矢継ぎ早に裁きを下し、その時光が降りてきて祝福された、だの罪人達の魂は自ら懺悔し救済され軍はその信託に従った、だの異教徒ですらその栄光を崇めざるを得なかった、だのね」

 

「お詳しいですね」

 

 少佐が言うと大佐は首をすくめて言った。

 

「仕事だからね」

 

 その頃「摘むべき花」ことディナは自分の頭に手をのせ祈りを捧げて貴重な水を飲んでいた。

 祈りの内容を聞き取った者は誰もいなかった。

 

 全能なる主よ。我は汝の御前で罪を犯し、法を破り、道を逸れた事を告白す。願わくば、この贄を我が代償と為し給え、と…。




現地住民との心温まる交流回です。
剣の名人が物を切っても繋がっているように、極めた達人のいけずは言われた本人が全く気付かないものだと思います。多分
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