巫女戦記   作:零デイ

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8話

 アズラ少佐と部長が犯罪捜査部のドアを開けると中は興奮と活気に満ちていた。俗に言う“愛国感情の発露”だろう。

 部屋を出る時とはまるで逆の雰囲気に二人は困惑するがすぐに原因が分かった。

 

「あっ大佐にアズラ少佐、お疲れ様です。ちょうど今ラジオで」

 

「戦況放送か」

 

二人が耳を傾けると当直室に置かれたラジオから少し粗い、がなり立てる声が聞こえる。

 

「繰り返しお伝えします。北部軍は北部戦線においてパルミラ帝国軍に反攻作戦、「投石」作戦を発動――敵の大多数を包囲し進撃を続行中――高原からの駆逐達成も時間の問題――戦争終結への戦略的勝利――勝利、勝利、勝利」

 

 部屋のラジオから配給される勝利の美酒。酒に酔わずにいられる人間はいるだろうか、いやいない。将に酒を進めんとす、杯停むること莫れ。

 

「共和国万歳!」

 

「我らが約束された祖国に!」

 

「祖国に!」

 部屋は祖国を讃える歓喜の声に包まれる。部屋の人数はいつも通り、つまり動員作業に引き抜かれていた人員が戻ってきていた。

 

アズラ少佐も酒には酔いやすい性質である。なんせ軍が死に物狂いでもぎ取った戦争の主導権だ。戦況が明らかに優勢になったとなれば彼の仕事も大いにやりやすくなる。

 

「開戦以来ようやく“まとも”なニュースですね」

 

 つい漏れた笑顔で大佐を振り返る。と、そこには酒に酔えない気の毒な人間がいた。

 

「…そうだな。」

 

「部長?」

 

「察するに君の仕事、特に厄介な部類が減ると喜んでると見た。違うか?」

 

 精神的に余裕があれば軍の士気、モラルはかなり改善が見込める。モラル(士気)は概ねモラル(倫理)に直結する、としても…多分…学術的にはやや心許ないが…経験則で言うと…過言ではない。

 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言った(言ってない)どこぞの宰相も経験と歴史両方から学んでいるのだ。

 

「楽したいですから」

 

 断言した少佐に苦笑しながら

 

「うん、だから上司の前なんだから少しは取り繕おうと努力しようね?まあそれはいいとしてこれから忙しくなるよ」

 

 優勢となれば戦争犯罪の発生もかなり抑制出来るだろう。という切実な希望を持った少佐に容赦なく冷や水がかけられる。犯罪捜査部で最も“経験”豊富な部長の言葉だ。それを裏打ちする数々の実績。杞憂と笑い飛ばせるものではない。

 

「というと?」

 

「…君、開放されるのが遅かったけどそんなに今回の動員作業手間取ったか?」

 

 アズラ少佐の質問に答えず大佐は先ほど戻ったであろう職員に尋ねる。

 

「はい、大佐殿。通常の予備役動員だけでなく一部部隊の移送もありかなり手間取りました。噂ですが空軍、航空魔導士を根こそぎ、しかもさらに中央軍から一部の師団を北部に回したらしいです」

 

「ふむふむ…」

 

「北部戦線にほぼ全ての戦力を根こそぎ転用したと言った感じですね」

 

「それがどうしましたか?」

 

 

 それを聞いて黙ったまま部長はふらっと部長室に入っていった。部屋の熱狂から微妙に距離を置いていたアズラのみ、それに気付いた。彼の苦虫を嚙み潰したような表情と彼の口から洩れた呟き――

 大海ならばこの血を洗い流してくれるだろうか、と。

 

__

 

 クネトラ市、街道の結節点であり古来より交易が盛んな都市であった。人や物が集まる流通の拠点。すなわち平和の繁栄の代金を戦争において支払いがちである。

 

「効力射、来ます!」

 

「退避ぃ!」

 

 地面を揺らさんばかりの轟音と共に降り注ぐ砲弾の雨。つい先日ラコブス軍が制圧した山の観測哨からの支援もあり僅かな観測射撃で効力射に移った。

 歴史ある古い町並みは瞬く間に残骸と化す。

 

「敵戦車、歩兵部隊接近!」

 

「戦車から魔導反応!タンクデサントです!」

 

「航空機は?」

 

「レーダーでは確認出来ません!」

 

 薄暗い簡易司令部でその報告を聞いてアバーシュは喝采を叫ぶ。

 

「すなわち我々の勝利だ!」

 

 叫びながらも彼は内心首をかしげる。敵の攻勢軸を誘引できたという十分な戦果。

クネトラを無視して後方に突進する事も不可能では無いのにわざわざ制圧にこだわった、つまり電撃戦において命よりも貴重な数時間、打撃力を自ら捨てたという事だ。

 

 電撃戦において叩くべきは戦力や要地ではない。敵の指揮系統や後方連絡線、いや言ってしまえば“近代軍隊”というシステムそのものを粉砕するのだ。

そして戦場のルールは昔に巻き戻る。産業革命以前の時代、戦場の霧や摩擦を克服出来るか悪戦苦闘していた時代、軍の作戦能力を単に指揮官達に依存していた時代、そして「名将」がいた時代に。

 

(もし自分が敵の指揮官なら後背に敵を抱え込もうが構わず前進するが…それだけ脅威として過大評価されたか、あるいは)

 

 事実上パルミラ軍は救われた。包囲された軍隊とは、一部例外を除いてだが戦力ではない。司令部の迷走に真面目に殉じた、すなわち包囲されたり潰走して追い立てられている部隊も少なくないが…まあ必要経費と言っていいだろう。

 

「しかし少将、あの戦力はあくまで一部で別動隊や航空戦力が我々の後方を扼せんとしているのでは?」

 

 砲撃音にかき消されないように参謀が声を張り上げる。

 

「神の軍勢でも突如降りてきて戦力が補充されたならそれが出来ただろう!」

 

 だが悲しいかな、ラコブス軍への物理的な神の加護は無かったらしい。あったら困るが。

 

「敵が二兎を追えば我々の完全勝利だがそれはとても期待出来る程ラコブス軍は無能では無かったようだ!」

 

 司令部から笑い声が絞り出される。

 

 繰り返すがラコブス軍には十分な戦力が無い。完全包囲と突破という二兎を追えばどちらも失敗する。

 アバーシュにとって最悪のパターン、すなわちラコブス軍がクネトラをガン無視して“前方への脱出“を企図しても対応は可能なのだ。

 補給を遮断されようが数日は持つだけの物資はあり、包囲とは言えないような薄い包囲網を切り裂いて敵の腹の中で暴れる。うまくいけば敵の後方を遮断する事も狙えるだろう。

 だろう、と付くあたりこの展開だとかなり不確定要素が多過ぎた。お互いに、ではあるが。

 

「敵戦車、接近!」

 

「各自判断で対戦車ロケットの発射を許可!魔導士の防殻術式で減衰されるだろうが構わず撃たせ続けろ!魔導部隊はそのまま待機!」

 

 本来は参謀本部に直轄している魔導部隊。ただ指揮系統が混乱しているからと言いくるめて彼が有効活用させてもらおう。

 既に司令部の命令無視を連発しており、もう笑って済むラインを踏み越えている気がしないでもないが…まあ些事だろう。

 戦争と恋愛においてはあらゆる行為が正当化されるものだ。

 




今週は時間が無く1申し訳ないですが12/21投稿は無理そうです…
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