一瞬だけ呼吸を止めた気圧は、その刹那に滲む。
血脈のような赤燐が走り、黒き稲妻の如く、
地を削りながら空の「隙間」を埋めはじめる。
魔王の荊棘が呪いの王を囲い込む。
そこに、オール・フォー・ワンの声が低く滑るようにして降りる。
「君との接近戦は、あまり合理的ではない。ここからは、最適な手段を持ってして君を刻もう」
オール・フォー・ワンの指という指すべてから、
個性“鋲突”が無秩序に芽吹く。
枝分かれしながら伸びる黒鉄は、
意思を持つかのように宿儺を捉え、
呪いの王を閉じ込める“鉄籠の棺”へと形を変えた。
「君が持つ雷撃と斬撃──そのどれもでは対処不能だ」
支配の波が、戦場そのものを握り潰すように流れ込む。
宿儺は眉一つ動かさず、
ただ息遣いだけで魔王を見下ろす。
「……随分とヒマなのだな」
余程の退屈だったのか、
宿儺はオールフォーワンの一言一句に対し、
冷淡に切り捨てる。
オール・フォー・ワンはフッと薄ら笑いをする。
「勘違いしないでおくれよ?これでも君のことを
高く買っているんだ」
鋲突の射出の勢いが次第に上がる。
「言葉こそが、心を掌握する。
意志も呪いも“語られる形”で縛りつける……
それこそが、"魔王"が君臨するための秘訣だ」
延々と分岐し、交差し、折り重なり続ける鋲突を、
宿儺はぎりぎりの間合いで回避していく。
四本の腕が、触れずに蔓をいなす舞のように
軌跡を描き、黒鉄の雨をすり抜けた。
迫り来る黒鉄は幾度となく
雷武解の雷電と御厨子に断ち斬られ、
その結び目を断ち切られていく。
だが、断面からはなお、
呪詛のように膨れ上がり、
無数の触手が再び宿儺を追尾した。
オール・フォー・ワンは
一切攻撃を緩めることなく続けて言い放つ。
「存分に踊るといい。斬った先からさらに
君の位置を探知し、自動追尾で攻め込む……!」
斬れば斬るほど増殖し、足場を奪っていく鋲突。
その速度は、御厨子の斬撃さえも上回り始めていた。
相手の「得意」を逆手に取ること。
それはオール・フォー・ワンが最も好む嫌がらせであり、これまで幾度となく英雄たちの肉体と
──その精神までも侵し、崩してきた常套手段だった。
その渦中で、宿儺の動きがふっと静止する。
その瞬間を逃さぬと言わんばかりに、
鋲突は宿儺のみならず、周囲一帯をも埋め尽くした。
黒鉄が世界の輪郭を塗りつぶしていく中、
宿儺は口を開く。
暗く閉ざされた荊棘の鳥籠に、
■が灯され、一つの文字を紡いだ。
「 開 』
宿儺の術式・御厨子の斬撃には二種類ある。
対象を直接触れることで刻む「捌」
対象に斬撃そのものを飛ばす「解」
その2つを展開することで開く奥義。
魔王との一戦を交える前から既に
──門は開かれていた。
黒く塗りつぶされていた鉄格子は、
次の瞬間、高く昇る火柱と共に灰燼と化す。
業火の中心、宿儺に向かって、一条の光線が放たれた。
オール・フォー・ワンによる複数の個性を束ねた
一点の刺突。
宿儺はそのまま受け切るつもりで腹に呪力を集中させる──が、光の軌道が逸れる。
腹を焼くはずだったそれは、滑らかに曲がり、
宿儺の右下の腕を焼き落とすには十分な威力で貫いた。
肉が焼け焦げ、骨が弾ける匂いが、まだ燻る炎と混ざり合う。
煙が立ち込める中、
土煙を纏った"影"が、
下から上へ潜り込むように
宿儺の眼前へ迫った。
「よこせよ……その"異能"を!」
その刹那、魔王の右腕が
宿儺の残った3本ある内の左下の腕を握り潰す。
掌の中心に開いた虚空の穴が、
宿儺の呪いを吸い上げようと脈動する。
だが──オール・フォー・ワンは眉間に皺を寄せる。
(個性が"発動"しない……?)
奪取の個性が起動しなかった。
否──両者の「腕」としての生命そのものが
途絶えていた。
宿儺は、掴まれた瞬間に腕を切り離していたのだ。
(自ら腕を切り離したか……!
ましてや直前に僕の腕までも……!
だが……ここまで来て退くわけにもいかない。
なんとしてでもいただく……!)
負けじと、空いた片手を宿儺の右上の腕へ伸ばす。
宿儺は先程と変わらぬ表情で、魔王を見下ろしていた。
(先ほどから、やたらと触りたがる……
やはり触れただけで相手をどうこうする類か)
ニィッと嗤い、
己に伸びてくるその執着を冷たく観測する。
(そんなに欲しいのならば、くれてやる)
宿儺は、あえて雷武解を押し付ける形で"試した"。
オール・フォー・ワンは瞬時に反応する。
(武器で防いだか。……だがそれでも、
因子には触れている。このまま奪う…!)
特級呪具から蒼い波が走る。
術式構造が流れ込む感覚に、
オール・フォー・ワンは確信を深めた。
「もらうぞ、その個性──否、
“術式”を!」
宿儺は、その一瞬の隙を見逃さない。
呪具ごと掴むオール・フォー・ワンの右手をそのままさらに握り潰す。
「触りたいのならば、こちらから触れてやろう」
さらに左上の腕で、
オール・フォー・ワンの首根っこを掴み上げる。
オール・フォー・ワンの思考に揺らぎが走る。
(まさか、異能を囮にしてまで僕を離さない気か?
ちょうどいい……このまま“壊して”やる……!)
宿儺を凝視しながら、
支配と破壊の衝動が彼の胸中を押し上げていく。
その直後、オール・フォー・ワンは
微かな囁きを聞き取った。
「龍鱗……反発」
その瞬間、魔王は
破壊者・死柄木弔の肉体を奪ってから初めて、
背筋に走る“悪寒”を自覚する。
「何をする気だ……!無駄なあがきを…離せッ!」
だが宿儺の握力は、弱まる隙すら与えない。
"腹にあるもう一つの口"は止まることなく
詠唱を紡いでいく。
「番の流星」
「先に触れてきたのは貴様だろう……?
避けられるものなら避けてみるがいい」
御厨子の術式解釈を拡張し、
世界そのものを対象とした
防御不能の技。
「──解」
二人の距離をなす「面」が割れる刹那、
音すら生まれない。
余波だけが地を薙ぎ、
その先の木々をまとめて吹き飛ばす。
宿儺は反転術式で欠損した腕を再生させながら、
目の前に広がる爪痕を見渡す。
「クハッ……支配者気取りにしては、
随分と焦っていたな」
割れた空と地、その境界線に、
なお一つの影が佇んでいた。
オール・フォー・ワン。
世界を断つ斬撃が放たれる直前、
片腕をもぎ、首元から肉を膨れ上がらせ、
暴発させることで自身の肉体を斬撃から遠ざけ
なんとか──「死の線」だけを外していた。
オール・フォー・ワンは、宿儺へ視線を戻す。
「今のは危うかった……
まさか、道具と本体の異能が
それぞれ独立していたとはね……」
「だが──功を奏した。見せたな?奥の手を……!」
声に熱が混じる。
「先程の斬撃……
大地と空だけでなく、空間すら断つ異能。それが君の本質か。今までにない強力な異能だ……ますます欲しくなったッ……!」
宿儺は一瞥をくれてやるだけで、
オール・フォー・ワンを嘲笑う。
「バカの一つ覚えというやつか……
二度も触れられると思うなよ」
その直後、
オール・フォー・ワンに術式を奪われ、
もはや役割を失った呪具は、
少し握っただけで塵となって崩れ落ちた。
宿儺は崩れゆく雷武解を眺めながら思考する。
(術式を奪うだけでなく、
対象を“崩壊”させるか……。
道理でやたらと触れたがるわけだ)
オール・フォー・ワンは、
視線を宿儺から逸らさぬまま、
不敵に笑みを浮かべる。
超速再生によって欠損した片腕を生やし、
その指先で呪いの王を指し示した。
「次は──君だ…!」
宿儺は、目の前の“魔王”と名乗る存在が、
支配だけでなく破壊までもたらすのだと
認識するには十分な光景を
──すでに肌で嗅ぎ取っていた。
「いいぞ……見せてみろ。
"貴様が持つ呪い"を」
支配と呪いは、破壊の渦を巻きながら、
周囲を飲み込みつつあった。
◆お読みいただき、ありがとうございました。
次回・第三話は《11月23日》に投稿予定です。
どうぞ引き続きお楽しみください。