英雄とは、常に煌びやかな場所に身を置く者。また、英雄とは常に絶世の美女を侍らせ、美味い酒に酔い、世の羨望を一手に集める者。
そして、英雄とは、常に巨大な鉄塊と共に在らねばならぬ者。
いつか見たもう内容も覚えていない英雄譚は、幼い日の俺にとって鮮烈な体験だった。生まれて初めて見た豪華絢爛な建物や食事、そして男心をくすぐる大きな武器の数々。決して美麗とは言えないモノクロの挿絵であったが、灰ばかりの景色を彩るには十分過ぎた。
その日から、俺は英雄に憧れた。誰よりも優れていていて、誰よりも良い物を所有する。きっと大人になれば、周りの奴らをあっと言わせる位のとんでもない功績を叩き出せると無条件に信じていた。
でも、現実は違った。そもそも何の取り柄も無い、ただの坊やに大事など成し遂げられる筈など無かった。そもそも、こんな何も無い国にチャンスなど転がっている訳も無い。来る日も来る日も、灰に塗れながら畑を耕し、イモを育てるだけの日々。一生こんな惨めな、光の当たらない生活を続けるのだと頭に過った時、この世の全てが無駄に思えてしまった。根っからの田舎者には外を目指すだけの路銀も胆力も無い。半端者だ。
ある日、ふと水面に映った自分の身体を見た。それなり以上に鍛えられた身体。その筋肉が鍬を振るって身に付いた物だと思い返す度に、屈辱が湧き上がって来る。その歪な肉付きが、いつか憧れた英雄と俺の差を映し出しているようで、耐えられなかった。
それから、俺は酒浸りの日々を送った。昼間から不味い液体を流し込み、遊興に耽る、そんな毎日。両親は畑を手伝えと言うが、そんな安っぽい仕事なんて二度と御免だった。
そんな生活を続けていたある日、一枚の貼り紙が俺の目に入ってきた。それは、新設されたハンターズギルド支部による、新人ハンター募集の求人票だった。
「おいおい何だありゃ?余所者がこんな片田舎でなにしようってんだい。」
「知らねぇのか?ありゃじゃじゃ馬姫さんの手先だって専らの噂だぜ。まったく、血税でよく分からん趣味に付き合わされるのも勘弁してもらいたいもんだねぇ。」
「あの姫さんが山の神への"供物"を止めた時は腸が煮えくり返ったわい。その所為で近頃は山のモンスターが増えておるようじゃしのぉ。」
もはや俺にそんな年寄り連中の声など、どうでも良かった。挿絵に映った身の丈ほどもある剣や槌が、俺の中の憧憬を呼び覚ましたのだ。
俺は酒の臭いも落ちていないその足で、件の場所へと向かった。都の中でも、外れも外れの位置。火の国生まれ、火の国育ちの俺から見てもボロいとしか言えない朽ちかけの建物。その扉には似つかわしくない光沢を放つ鉄製の板が貼られている。曰く、「ハンターズギルド火の国支部兼集会所」。どうやらここで間違ってはいないらしい。
建物に入ると、竜人族の髭を生やした爺さんと、小ぎれいな服を着た女二人が目に入った。俺は思わず、女たちを見てぎょっとした。俺はあの二人を知っている。と言っても、俺の方から一方的に認識しているだけだが。あいつらはここでは色んな意味で有名人なんだ。
あいつらは、間違いなく「巫部」の一族だ。都の老人たちが言うには、奴らの先祖の所為で山は火を噴く様になったらしい。そして、それに怒った山の神がモンスターを生み出したという。そいつらを鎮めるためには定期的に生贄を差し出さなければならないそうだ。正直、本当の所はどうだか知らないが、俺たちは小さい頃から、穢れるからと巫部と関わってはいけないと教えられている。なので、率直に言ってあいつらと同じ空間にいるのは気分が悪い。
何だって巫部がここにいるのかは知らないが、きな臭くなってきやがった。竜人族というのも、ここらではあまり見ないし気味が悪い。ただまあ、ここまで来て何もせずに引き返すというのも癪なので、話ぐらいは聞いてやろうではないか。俺は恐らく、ここの責任者だと思われる爺さんの元へ向かった。
「この貼り紙を見て、来たんだが。」
「オォ!!よく来たのぉ!お主が一番乗りじゃ。さ、さ、向こうのテーブルにでも座って話でもせんか。」
うっげ、この爺さんも酒臭いな。まったく、ここは大丈夫なのか?
そんな疑念を余所に、説明は続いた。意外にもその内容は真面目な物だった。曰く、このハンターズギルドという組織は、山などに出現するモンスターを狩る者、ハンターを束ねる組織らしい。
そして、ハンターは巨大な武器を以てモンスターと対峙し、その素材を得る事で生計を立てるらしい。狩りをするにはこの組織に入らなければならず、その暁には様々な支援を受けれられるとのことだ。しかも、入るためには特別な資格や条件は無いとのこと。
俺は跳び上がりそうになるのを堪え、話を聞いた。話に出る狩人は俺が夢見た英雄そのものだったのだ。そして、それは武器を見せられた時、現実となった。合計十四種類の様々な武器、そのどれもが重厚で、英雄に相応しい威容だった。ちと、意匠は素朴だが、最初の足掛かりだと考えれば悪くない。俺はすっかりその気になっていた。
「爺さん。本当にどれか一つを貰っていいんだな?」
爺さんが頷くなり、俺は巨大な盾と大筒がセットになった武器を取った。どうもガンランスと呼ばれる代物らしい。これが一番鉄臭くて、きっと英雄に相応しい。そんな直感に導かれたのだ。
それから、外から来たというハンターに武器の使い方のレクチャーを受けた。俺の飲み込みは早かったようで、そいつは感心していた。加えて、爺さんから支度金という名目で3000 zもの大金を貰った。初めてのクエストは、山の麓で銀色コオロギを何匹か取って納品するという簡単な物だった。にもかかわらず、稼ぎは畑を耕すより断然いい。これで普段から口うるさい家のばばあも少しは黙るだろ。
おまけに食事場の飯も美味い。食前はアイルーの作る飯など気持ち悪くて仕方が無かったが、いざ口に入れてみるとそれはもう絶品だった。この世にこんな美味い物がある事を俺は知らなかった。あのアイルー達も俺が大成すればコックとして召し抱えてやらんでもないな。
それから、数ヶ月が経った。俺は着々と依頼を達成し、ついには新人の中で初めてラングロトラの討伐を成し遂げた。爺さん曰く、これで俺は一人前のハンターとして、十分な実力が証明されたらしい。周囲は口々に俺を称え、持ち上げる。その日は俺のおごりで盛大なパーティーを挙行した。集会所は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだった。俺への賞賛は止むことなく続いた。
美味い飯に手頃な酒、俺の夢見た世界に一歩近づいた。だが、まだまだこんなもんじゃない。あと数年もすれば、この手の中の安酒は高級な蒸留酒に変わり、飯はもっと豪勢になり、傍には女も付いてくるだろう。そんな確かなビジョンが今の俺には見える。俺は間違いなくこの国の、いや世界でも有数の成功者になるに違いない。家族も俺の稼ぎの額を見てからは何も言わなくなった。笑いが止まらなかった。
だが、そんな栄光の日々は長く続かなかった。
ラングロトラの狩猟を達成して以降、俺の依頼達成率は大きく下降した。山のモンスターの本領はまだ控えていたのだ。爺さんからは、ショウグンギザミの狩猟を達成すればハンターランクの昇進を認めてやっても良いとのことだが、失敗続きだ。
その間にも、後続たちはめきめきと実力をつけていく。俺は徐々に過去の人になりつつあった。いつの間にか羨望の眼差しが、憐憫や侮蔑のそれへと変わっている気がした。俺にとって到底許せる事ではなかった。しかし、憤れど現実が動く訳ではない。それは、理想との間で歯噛みするだけの日々の始まりだった。
そして、最大の憂鬱はあの男、ほもの出現だった。あの男はあろうことか、片腕が満足に使えない分際でハンターを志した。
ギルドの中では大いに噂になった。何日後に死ぬのか賭けをしようだとか、どうせ支度金目当ての一発屋だとか。まあ、俺も鬼ではない。後輩にちょっとばかし指導をしてやるのもやぶさかでない。
「おいお前。ここはそんな身体の奴がのこのこやって来ていい場所じゃないんだよ。分かったならとっとと帰って畑でも耕すんだな。半端者。」
奴は俺など意に介さず、出発口へ歩もうとする。俺は奴の前に躍り出る。
「おいおいつれないなぁ。先輩の話は聞くもんだぜ?まあ、今回は俺の顔に免じて”特別”にこの俺が色々と手伝ってやってもいいんだぜ?」
「時間の無駄だ。どけ。」
奴は一言だけ放つと、そそくさと出発してしまった。弱そうな癖して生意気なやつだ。いけ好かない。あんな奴どうせ、明日には死んでいる。気にするだけ無駄だったかな。まあ、弱い奴に気を遣うのも強き者の務めだ。
それから、奴は俺にとって何よりも許し難い事をしでかした。行商人の婆からあのスリンガーなどという豆鉄砲をこれ見よがしに、見せつける様にして購入した事だ。
あんな豆鉄砲一つで何ができるというのだ。仮に何かを成し得たとしても、それは英雄に、強者に相応しい姿ではない。ちょこまかと小手先の技量で掴み取った勝利など、はりぼて以外の何者ではない。勝利とは巨大な武器と圧倒的な力よってのみ得られなければならない。
あの野郎、マスターの爺さんにも自慢してやがる。それを真に受ける爺さんも爺さんだ。あんな取るに足らない物なぞに一々気を取られるとは。エリート様ご謹製の品らしいが、そんな物で成功者を気取れるなら安い肩書だ。案外、新天地の調査というのも方便で、実際は島流しだったのかもしれない。俺はそんな滑稽な光景を肴に、酒を流し込むのだった。
最悪の気分だ。あれから、ほもは俺の予想に反して次々に依頼を達成した。ギルドの連中の中でも一躍語り草になっている。ある者は奴の豆鉄砲に秘密があるのではないかだの、自分もそれが欲しいだのと宣っている。馬鹿馬鹿しい。きっと何か後ろ暗い手段を用いているに違いない。そうでなきゃ、碌に武器も扱えない人間がモンスターを倒せるはずがない。酒が不味くなる。
ふと、食事場からクエストカウンターに目をやると、奴がクエストを受注しているのが見えた。書面を注視すると、バサルモスのクエストであることが分かった。その瞬間、俺の頭の中に、考えが浮かんだ。奴を追跡すれば、悪事の証拠を掴めるかもしれない。突き出せれば、幾らか報酬も入って来る。そして、何よりあのすまし顔を慌てふためかせられる。途端に飯の味が美味くなったように感じた。
その後、俺は周囲に怪しまれないよう、奴が出発してからある程度、時間を置いて山のキャンプを目指した。到着すると、人影が見えたので、一旦身を隠して状況を確認しよう。
キャンプの真ん中に佇む人影が一つ。ほも本人だった。何もせずにボーっと突っ立ってやがる。怖気づいてたか。生意気な割には、本性はチキンだったようだ。これは良い笑い者になりそうだ。ここで奴に土下座でもさせて、助けを請わせるのも面白いかも知れない。いっそ絵にでもしてギルドに飾ってやるのもアリだろう。
「う゛お゛ぉぉぉぉぉ゛ーーッッ!!!!!」
耳を裂かんばかりの雄叫びが上がった。それと同時に、奴は凄まじい勢いで走り出し、この場から消えてしまった。俺は余りの迫力に腰を抜かし、しばらくの間動けなかった。
しばらくして、我に返った俺はすぐに奴を追い駆けた。足跡は森を抜け、岩場の方まで伸びていた。爆薬の臭いがする。もう戦闘を始めたというのだろうか。俺は岩陰に隠れて様子を窺うことにした。
目に飛び込んで来たのは衝撃の数々だった。奴はバサルモスの攻撃を紙一重で何度も何度も躱していく。そこに無駄な動きは一つも無い。本当に最低限の動作だけで攻撃を捌いているのだ。間合いの取り方、位置取り、バサルモスの行動、全てが絶妙に噛み合っており、まるで互いに示し合わせたかのようにも見えた。
「なんなんだよ、あいつは?」
冷や汗が止まらない。バサルモスがブレスの構えを取ると、奴は即刻、その足元に大タル爆弾を設置した。その手際は、もはや最近狩りに出たばかりの新人のそれとは思えない程、速く、自信に満ちたものだった。それに、爆弾を置く手順、普通は大タル爆弾を二つ置き終わってから小タル爆弾で爆破するという流れが普通なはずだ。だが、奴は大タルの合間に小タルを置いている。確かに爆破は早められるが、自分が巻き込まれる危険がある。にもかかわらず、奴はその爆風すらも繊細な体術で回避して見せたのだ。
もはや、あれは機械か何かだ。とても人間がする動きには見えない。どうして、爆風が自分の真横に迫っているというのに、顔色一つ変えないでいられる?あらゆる不可解さが、俺の心臓を刺激する。俺はこの光景がただただ怖かった。
爆風が炸裂したかと思うと、バサルモスは眠りこけてしまった。もう何がなんやら分からなかった。寝息が聞こえた瞬間、ガチャリと機械音らしき音が響いた。奴の左腕の豆鉄砲から鉤爪らしき物が発射されたのだ。それはバサルモスの頭部に食い込み、同時に奴の身体は頭へと吸い寄せられていった。そして、小気味良い破裂音と共に、バサルモスは壁に向かって無理やり走らされていった。
それから、俺の気が付いた時には奴の姿は無かった。シビレ罠の唸りと寝息を立てるバサルモスの存在が、あの一連の光景がすべて現実の物であったと思い出させた。
集会所に帰るまでの足取りは重かった。許せなかった。この俺が、武器を振るっても尚、命の削り合いを強いられる相手をいとも容易く倒していたことが。まるで、子供向けの簡単なパズルを解くかのように、涼しい顔をして帰って行ったあいつが心底憎かった。
俺の理想を、いや俺の全てを否定された気がした。この討伐隊正式銃槍が途端にただの大きいだけの鍬に思えてしまう。クソが。あんな奴にこの俺が虚仮にされて良い筈が無い。俺はもう惨めなイモ農家なんかじゃない。俺は狩人なんだ。未来の英雄となる男なんだ。そう思えば思う程、周囲の景色は霞んで、何も無くなっていく。
意識が明瞭になった時、俺は集会所の食事場にいた。テーブルには飲みかけの酒が鎮座している。気分が悪い。身体も重いし、最悪だ。そんな中、食事を終え立ち去ろうとするほもの姿が見えた。
「なあ!待ってくれよ!」
俺は無意識の内に奴を追っていた。
「はぁはぁ。お前は、お前は何者なんだよ?!なんで武器も無しにあそこまで戦えるんだ!?」
俺は脇目も振らずに、子供の様に叫んだ。ほもは背中を向けたまま静かに語った。
「私も出来る事なら、使いたいさ。幸い、お前は武器を使える立場にある。そのガンランスを使えば空だって飛べるだろう。」
立ち去って行く、奴の背中は今の俺にとって大きかった。ただ立ち尽くすことしか出来ない。それが奴と俺の圧倒的な差を見せつけられている様で、ひたすらに辛かった。
この数日後、俺は奴の言葉の本当の意味を理解することになる。奴を通した新たな出会いが、俺の運命を大きく変えることになるとは、知る由もなかった。