フクズクのさえずりが未の刻を告げる。それと同時に茶屋の周りは賑やかな声に包まれる。
アマツマガツチを退けて以来、里は大きな災禍に見舞われる事無く、穏やかな日常を送っている。最近はめっきり使われなくなった砦の設備の点検を終えた俺は、愛しの作品たちを抱えて集会所へと急ぐ。これから俺にとって大事な予定があるのだ。
「お待たせしました。頼まれた分持って来ましたよ。」
「ありがとね。お代と、あとこれ。火の国に売りに行った時に、あんたのお面を大層気に入ったっていう子がいてねぇ。こうして手紙まで認めてくれたんだよ。」
「確かに受け取りました。」
ロンディーネ殿が俺のお手製お面をエルガドに広めて以降、各地で人気を博しているらしい。相変わらず里のみんなからは白い目で見られているが、こうして気に入ってくれる人が少しでもいるだけで俺は嬉しい。
しかし、まさか手紙までくれる様な熱心なファンがいたとは!そろそろこの道でも弟子を取って良い頃合いかも知れないな。っと、いかんいかん。顔が綻びすぎて、コミツちゃんやセイハク君から変な目で見られている。俺は咳払いをして、例の手紙に視線を落とした。
『親愛なるウツシ教官並びに里長フゲン様へ
火の国の狩人 ほも』
封筒に書かれた文字が目に入った瞬間、一気に背筋が伸びた。これは単なるファンレターの類ではない。この紙の背後に何かただ事ではない事態が蠢いている。そんな直感が全身を駆け巡ったのだ。俺は吸い寄せられるように便箋を切った。
『親愛なるウツシ教官
突然この様な書簡を預かり、さぞ困惑されていることでしょう。しかしながら、どうしても貴殿にお伝えしたい事があり、不躾ながらも一筆取らせて頂いた次第です。
さて、初めて貴殿のお面を拝見した折、私の心の中で燻っていた焔が大きな火種へと成長しました。それ程までに貴殿は、貴里の火は輝いて見えたのです。
私が住む火の国は恥ずかしながら小さく弱い国です。常にモンスターの脅威に晒され、振り注ぐ灰により土地は痩せこけています。安寧の焔が宿る貴里とは正反対の暗く淀んだ国です。
そんな私の国にもかつては貴里の奸雄にも勝るとも劣らない様な者たちがおりました。しかし、その者たちは志半ばで倒れ、ついには歴史の闇の中へと消えていきました。そして、我が国の焔は灰の中へ沈み、代わりに人命を対価にした凄惨な現実逃避が繰り返されてきたのです。
貴殿らが雷神龍を、嵐龍を退けた報を見た時、私の魂は灰の中から頭を出したのです。災禍に喘ぎながらもなお、抗い続ける貴殿らの勇姿へ、たった一枚の瓦版から思いを馳せ続けておりました。
面の皮が厚いことは重々と承知しております。されど、どうか、どうか貴里の焔をこの灰の中で小さく燻る火種を我々に少しばかり分けては頂けないでしょうか。
たった一匹、一匹の翔蟲だけで構いません。私はこの仄暗い故郷に一筋の光を照らしたいのです。私は立ち上がる事を忘れた故郷をもう一度だけ奮い立たせたいのです。貴里がそうした様に。
何卒、何卒、よろしくお願い申し上げます。
火の国の無名の狩人 ほも』
胸の中を熱い何かが駆け巡った。それと同時に、里の景色が視界全体を埋め尽くした。たたら場の音、うさ団子が蒸し上がる音、そして子どもたちの声。里がこうして安寧を得た後も、災いに喘ぐ者たちはいる。そして、猛き炎の様にその勇姿を以て打ち破らんとする者も。
その夜、俺はハモンさんと盃を交わす里長の元を訪れた。
「里長。至急、お話が。」
「ウツシか。近頃お前が、そう忙しなく動く様は見ていなかったな。して、何があった?」
「里長と俺宛に文が届いております。」
お面の購入者から俺に宛てた手紙が届いた旨、里長にも宛てた物であること、そして災いから救いを求める者がいたことも。
「うむ。火の国か。」
「ご存知で?」
「ああ。実は前々からそちらの姫君とは懇意にさせてもらっていてな。百竜夜行を退けて以来、技術支援などを要請されていたが、向こうの政の都合で難航していたのだ。」
里長は珍しく難しい顔をして、酒を仰いだ。俺も噂で耳に挟んだことはあるが、外部の者を快く思わない層も一定数いるという。里長としてももどかしいのだろう。
「では、我々は何も助けになる事ができないと…」
「そうは言っておらん。むしろこれはお前や火の国の者たちにとっては好機だ。この差出人は飽くまでもお前の"ふぁん"として書状を出したのだ。いくら豪士の者でも友への土産までは口を出せまい。」
「ということは?!」
「ウツシよ、未だ災禍に苦しむ者は多い。お前が力になるのだ。そして、その書簡にはワシが返信しよう。ワシにも宛てられた物だ。一人の"友人"として応えようではないか!」
「ありがとうございます、里長!」
こうしてはいられない。そうと決まれば、早速準備をしなければ。翔蟲の使い方に操竜に、新進気鋭の狩人たちに伝えたい事は山程ある。狩場の下調べもしないといけない。俺は軽やかな足取りで戻ろうとした。
「待ってください!僕も連れて行ってくれませんか?!」
「聞いていたのか?イオリ。」
ハモンさんが険しい顔で駆け込んで来たイオリに目を向ける。
「僕もウツシ教官の話を聞いて、居ても立ってもいられなくなったんです!きっと火の国には故郷の危機に何もできずに苦しんでいる人も沢山いる筈です。僕はそんな人たちに戦うこと以外にも出来る事があるって伝えたいんです。だから!」
ああ見えて心配性なハモンさんのことだ。イオリを見知らぬ地へ送るのは複雑なのだろう。
「ハッハッハ!ハモンよ、イオリも百竜夜行を経て一皮剥けた。心配には及ぶまい。それに、可愛い子には旅をさせろと言う。」
ハモンさんは里長の説得もあり、不承不承ながらもイオリの火の国行きを承諾した。出発前日の夜は里のみんなでうさ団子を囲んで宴会をした。またこの光景を見るためにも頑張らなければ!
火の国へ向かう船旅は大荷物だった。向こうで養殖するための翔蟲の群れや、勾玉草の種、さらには繁殖用と騎乗用のガルクまで。
ギルドマスターからの書簡によると、火の国のハンターたちはまだまだ駆け出しで未熟な者が多いという。それに、不作に苦しむ農家も。姫君はそういった人たちが安定して扱える物を求めているそうだ。いずれにしても道は長そうだ。
「なんだか、街が沈んでいますね。ここまでの惨状だったなんて。」
火の国に上陸した俺たちは、ガルクたちを引き連れてギルドへと向かう。灰のせいか、街全体が薄暗く、心なしか道行く人たちも下を向いているように見える。そして、明らかに余所者である俺たちに向く視線は貫く様に厳しい。ガルクの姿を見るなり、怯えて逃げる人もいる。ガルクたちも尻尾がしなだれている。
俺は無意識に額を抑えていた。エルガドの時みたいにすんなりとは行かなそうだ。まずは、壁を取り除く所から始めなければならないと痛感した。
ギルドの建屋に到着した。カムラの里の集会所と比べても、簡素な出で立ちだ。この場所が始まったばかりであることを嫌でも思い知らされる。俺たちは門を叩き、新たな地での生活を始めるのだった。
「あなたがウツシ教官か。遠路遥々ご足労頂き感謝します。ずっとお会いしたかった。」
そう言って手を差し伸べて来たのは1人のクエスト帰りと思しきハンターだった。左腕に取り付けられた新大陸式のスリンガー、この人が件のほもという狩人だろう。
一見すると底冷えするような冷淡な目だが、その裏には迸るマグマの様な情動が見え隠れしていた。その熱さは正に、我が愛弟子と同じ物だった。
「君がほも君か!君の情熱、確かに受け取ったよ!俺に出来ることなら何だって教えよう!」
「それでは、早速。」
ほも君と力強い握手を交わした。確かにこの地には熱い焔が宿っている。俺は確かな希望を握り締めずにはいられなかった。