「解毒薬を頼む。」
「解毒薬ですか?薬品を買うの珍しいですね?」
「ああ。ついにドスフロギィの狩猟を許可されたんだ。」
片腕しか使えないハンターのほもさんがお店を訪れました。変わらない様子に安心したのも束の間、彼の装備を見て私は少しだけチクリとした感覚を覚えました。
最初のレザー装備から金属のプレートで固められたアロイ装備に変わっていました。ギルドマスターから言いつけられた依頼を順調にこなし、ついに大型モンスターの狩猟許可が下りたそうです。きっとこの人はもう引き返すつもりは無い、それを突き付けられた気がして。それでも、私には笑って送り出すことしか出来ません。
ほもさんを見送ってから程なくして、ギルドの受付は剣呑な雰囲気に包まれていました。きっかけは一通の書状がギルドマスター宛、厳密には、ほもさん宛にも届いた事です。
それはカムラの里の里長から発せられた物でした。内容は、里長が友人であるほもさんに対して大きな贈り物をしたいという旨で、その「ついでに」新人ハンターへの指導を行うと打診する物でした。
カムラの里と言えば、姫様が目を掛けられていた集落です。なんでも、そこの方々は独自の技術を多く保有していて、仁義に厚く信頼出来る者たちだとも姫様はしきりに仰っていました。そして、彼らの風をこの火の国が変わる契機にしたいとも。結局、ギルドの設立と時期を合わせれば、姫様の立場がますます悪くなってしまうということで、彼らの招聘は実現しませんでしたが。
ギルドマスターの朗らかな表情は鳴りを潜め、真剣な面持ちで書面に向かっています。それから、凄まじい速さで手紙を書き上げ、待機させていた郵便屋のアイルーさんに渡してしまいました。その時のギルドマスターは、どこか晴れやかな顔をしてお酒を仰っていました。
私は先日、ギルドマスターが漏らしていた言葉を思い出していました。曰く、ほもさんがこの国を変えるハンターになるかも知れないと。彼の行動力を見れば強ち、そうでないとは言い切れません。
私は自分が情けなくなっています。ほもさんは、狩りに行くだけでも一苦労なのに、それでもたった一人で陰鬱な現実に立ち向かおうとしています。本当は私だって、いや私こそがそんな行動を取らないといけないのに。
私はいつも誰かに守られてばかりだ。供物として捧げられそうになった所を姫様に匿われてからずっとそう。他の巫部の娘たちが虐げられるのを見ていることしか出来なかった。虚ろな目で自身の務めの時を待っているあの娘たちを解き放ってあげられない。
ほもさんは、満足に戦えない身体でモンスターに挑もうとしいている。姫様ですら成し得なかった外への扉を呆気なく開いてしまった。村八分にされてこの国にいられなくなっても可笑しくないのに、あの人はそれでも故郷のために何かをしようとしているんだ。姫様が知ったら喜んでくれそうだな。私とは大違いだ。
ドスフロギィの狩猟に成功したと報告するほもさんの背中は大きかったです。この人なら私たちの現実を本当に何とかしてくれるかも知れない、そんな自分勝手な幻想に逃避しながら、気付けば彼に食い入る様に話し込んでいました。
その日以来、私は少しでも何かしたくて、店番の合間を縫ってモンスターや狩猟技術の勉強をしています。ギルドマスターに言ったら喜んで書物を貸してくれました。どうやら、中央のギルドで纏められた最新の資料だそうです。
田舎育ちの私には難しい言葉はよく分かりません。付箋ばかりが増えていって、まるで迷路みたいに分からない事が芋づる式に増えていきます。
私は思わずため息を吐いてしまいました。こんな事をしていても、姫様のお役に立つことは出来ない。巫部の娘たちを助けることも出来ない。ただ虚しいだけ。独り善がりな自己満足に過ぎないんだ。
そんな時、ネコタクのアイルーさんたちの話し声が耳に入って来ました。
「今日は仕事が少なくて良かったニャー。キャンプから近いバサルモスのハンターさんだけだから、楽だったニャ。」
バサルモスという名前を聞いて血の気が引きそうになりました。今日、バサルモスのクエストを受注していたのは、ほもさんだけだったから。
最近のほもさんの活躍は良くも悪くもギルド内で話題になっていました。武器を一切使わないそのスタイルは余りにも異色すぎたのです。私は後悔しています。やっぱりどこかのタイミングで引き留められていれば、彼を危険な目に遭わせずに済んだかも知れないのに。
「いつもの爆弾とトラップツールのセットを頼む。」
私は無意識に彼の腕を掴んでいました。
「あ、ごめんなさい。ネコタクの方があなたを運んだって聞いてつい。」
いつの間にか、彼の右手が優しく私の頭に触れていました。
「今回ばかりはしくじった。私のような者に心配をしてくれてありがとう。」
私は顔がに熱が登るのを堪えながら、急いで仕事に戻りました。彼の手は今の私にはちょっとだけ温かすぎたみたいです。
商品を受け渡そうとすると、ほもさんの視線が私の乱雑に広げられた書物たちに向けられているのに気が付いてしまいました。
「あっ、これはその!」
恥ずかしくなって彼の視線を遮るように身じろぎしてしまいます。
「やっぱり、良くは思われませんよね。供物になり損ねた女がこうしてのうのうと本を読んでるなんて。」
結局、何をしていても私の身分は変わらない。こうして外のハイカラな本を携えていても私は私なんだ。私はほもさんみたいな勇敢な人にはなれない。涙が込み上げそうになるのを必死に堪えます。
「そうじゃない。」
「え?」
「そのページ。」
ほもさんが指差したのは、私が読んでいた最新の狩猟道具に関するページでした。そこには、いくつかの種類のフードがついた外套の挿絵と、その効果が記されていました。
「そこに書いてある"隠れ身の装衣"。それをどうにか仕入れてはくれないか?必要になることを忘れていてね。勿論、代金なら言い値で支払おう。」
私は真剣な眼差しで書物を見るほもさんに呆気に取られてしまいました。
「えぇと、時間は掛かるかも知れませんけど、それでも大丈夫ですか?」
「ああ。君がいてくれて良かった。私としたことが、猟具の調達を忘れてしまう所だった。ありがとう。君にはいつも救われてばかりだ。」
彼は私に頭を下げると、間もなくクエストカウンターの方へ走って行きました。私は胸の中が湧き上がるのを感じていました。私なんかでも誰かの役に立てるかも知れない。初めてそう思えた気がしました。もうちょっとだけ、頑張ってみようかな。
ほもさんがクエストに発ってからしばらくして、ギルド内が大きな喧騒に包まれました。扉が開かれた瞬間響き渡る動物の鳴き声と、立ち込める獣臭。そして、ギルドの皆さんは口々に困惑や不安の声を上げています。
連れられていた獣は人の背程もある大きなガルクでした。ハンターさんたちを乗せる脚として、今注目されてると書いてありました。大きくて怖いけど、妙に愛嬌があるしょんぼりとした顔は何だか可愛いと思いました。
そして、その飼い主と思しき黒い軽装を着けたハンサムな男の人がギルドマスターと握手を交わしています。隣にはもう一人、幼さを残した、多分私と同じ位の年頃の男の子がいます。
「おお~。遠路遥々よく来てくれたのぉ。何も無い所じゃが、ゆっくりして行くといい。」
「此度は我々を招待してくださり、カムラの里の一同を代表して感謝します。」
間違いないのです。この前ギルドマスターが言っていたカムラの里からの使者、もといお客人のようです。私は頭を巡らせています。どうにかして彼らを姫様に引き合わせなければなりません。この日を最も熱望していたのは、他ならぬ姫様ですから。
場の喧騒が収まりきらない中、ほもさんがクエストから帰還しました。彼は報告も早々に、カムラの使者様の元へ向かい、握手を交わしています。
カムラの狩猟技術は少しだけ勉強しました。ガルクに跨って移動し、翔蟲という強靭な糸を吐く昆虫を使い、狩場を駆け抜ける。正にほもさん境遇を考えれば、垂涎の技術だと思います。
「即刻武器を捨て、投降なさい。ハンターズギルド火の国支部、クーデターの容疑がかけられていますので。」
突如としてギルドの扉が蹴破られ、粘着質な男の声が響く。それと同時に、武装した兵士の一団が私たちを取り囲みました。私の心臓は跳ね上がりました。囲まれた事じゃない。あの男の登場で。
忘れもしない。大臣、あの男は姫様の政敵にして、巫部の儀式の管理者。あいつのせいでお母さんは!みんなは!あいつの一声で私たちは死地に送られる。護国のためという大義のために。
「はて?クーデターとな?身に覚えがないですのぉ。」
ギルドマスターは立ち上がり、悠然とした足取りで大臣と対峙します。ハンターの皆さんはギルドの規定により、人へ武器を向けられないため、両手を上げながら固唾を飲んで見守っています。
「惚けるとは、往生際の悪い。そこのケダモノが何よりの証拠でしょうに。」
あの男は大人しく座っていた一匹のガルクを蹴飛ばしました。その子は牙を剥こうとしましたが、カムラの男の子の手で直ぐに止められています。
「いやはや、本日ガルクを持ち込むことは貴国の議会から許可を頂いたはずじゃが?まさか、一国の大臣ともあろう者が、かような小さな組織との約束を反故にするとは言いますまいな?」
ギルドマスターの普段のおおらかな表情は鳴りを潜め、毅然とした態度で大臣と向き合っています。
きっと今の私は酷い表情をしてるでしょうね。掌から温かい雫が垂れ落ちても、私の心は落ち着かない。
「勿論、存じ上げているとも。しかし、私はこの国の民の命を預かる身。その民から多くの通報が寄せられたとあれば、時に民の為を思って決定に背くことも必要だと思いますがね?まさか、タンジアから来られたあなたに理解出来ぬ筈がないでしょうに。」
何が「民の為」だ。嘘ばっかり。あいつはいつもそうだ。苦しむ人たちに良い顔をする癖に、本当に手を差し伸べた事なんて一度もない。代わりにするのは、私たち巫部を山に放り込んで、大勢の前でポーズを取ることだけだ。そうして安堵する人たちの裏で、あいつは私腹を肥やしている。だからあいつは姫様が憎いんだ。外の人が来るので、儀式が出来なくなって、隠れ蓑を失って、不正を追及されるのが怖いんだ。
「いい機会です。国を代表して少しお小言を。」
あの男は私の方を見ながら、口を開いた。
「彼女ら巫部の一族を雇用するのはお控え頂きたい。なにせ、彼女らは我が国にとって、安寧を守る柱なのですから。もっとも、そちらの彼女は役割一つ果たせない出来損ないですが。」
私の中にドス黒い感情が渦巻いて来る。お前に夜に不安で泣いているあの娘たちの何が分かるの!?私たちを犠牲にさせないように自分から供物に名乗り出たお母さんたちの気持ちが分かるの?!姫様が今までどんな思いで外に助けを求めていたか分かるの?!
その時、私の頭の上にポンと優しい感触がありました。それと同時に、コツコツと一つの足音が響いています。
「早々にお引き取り願おうか。」
その底冷えする様な声は間違いなく、あのほもさんの物でした。私を庇うように、大臣との間に割り込んで、立ちはだかっています。
「何をっ?!」
「我々は時間が惜しいのだ。一秒でも速く次の狩場へと向かわなければならない。故にお引き取り願いたいのだ。」
その発言に、ギルドマスターも、カムラの里の使者の方々も呆気に取られています。私も状況を理解できずにいます。
「そのガルクたちを手配したのはこの私だ。市井の者に余計な不安を与えた事について謝ろう。しかし、私はそのクーデターとやらには一切の興味がない。これらは狩猟の、果てはここにいる家族を守る為に取り寄せた物だ。罪に問われる謂れは無い。」
「貴様!この私を愚弄するというのか?!」
ほもさんはあの男には目も暮れず、兵士たちを一人ひとり見つめながらゆっくりと歩いています。この一瞬で、場の主導権が一気に彼の物になった気がします。
「彼女は華奢な身体でありながらも、その呪われた出自に苛まれながらも、懸命に抗い、火を絶やさんとしている。これがその何よりの証だ。」
ほもさんはいつの間にか私の付箋だらけの本を取り、掲げました。私は抑えられなくなり、顔が濡れていくのを感じます。
「それに引き換え、我々はどうだ。モンスターの齎す災厄を恐れ、剰え家が荒れ、家族が犠牲になるのを甘んじて受け入れ続けている。私が欲しているのは地位でも富でもない。時間だ。いつ果てるとも知れぬ故郷と目一杯共にするだけの時間だ。ただ、彼女と同じようにこの悲惨な現実に抗い、明日のボロ家を守りたいだけなのだ。」
ほもさんは兵士の方の胸に手を当て、カムラの使者様の翔蟲を引き寄せ、糸を出させました。そして、小気味よい音を弾けさせながら、飛び回っています。凄い。本当にあんな事が出来るなんて。兵士の方々も驚いたご様子で、上を向いています。
「私はこれから、この蟲を使ってトレーニングをする。今日訪れた彼らと共に。もし、貴殿らの中に家で待つ家族を、生まれ育ったあばら屋を守りたいと願う火が消えていないのなら、同行してはくれないか。私は片手が不自由なのでね、助手がいると心強いのだ。」
何人かの兵士は、武器を下ろしていました。中にはペンダントを握り締めている方、建物の外を眺めている方、拳を強く結んでいる方もいます。そして、ほもさんは床にへたり込む私の手を取ってくれました。その手は大きくて熱かった。
「大臣、お分かり頂けたかな。私も形は違えど、"故郷を愛する"貴殿と志を同じくする、同志なのです。そんなあなたと刃を交えるのは本意ではない。どうか、市井の者にもその旨、ご説明して頂けないでしょうか。あなたの声であれば、理解して貰えることでしょう。あと、ついでにトレーニングの件も告知して頂ければ。」
ほもさんが大臣を一瞥した瞬間、あの男はそそくさとギルドの建屋から出ていきました。それでも、兵士の一部はこの場に残っていました。
「ウツシ教官、お見苦しい所をお見せしました。ここにいる者たちも含めてご指導の程をお願いします。」
集会所は嵐が過ぎ去った後のように、静寂に包まれています。ギルドマスターもほっと胸を撫で下ろしながら、お酒のボトルに口を付けていました。
私も緊張の糸が切れたように、しばらくの間動けませんでした。今はギルドの中を吹き抜ける風も心地良く感じます。
次回は久々の実況パートになります。ゆっくりしていってね!