ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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黄砂が!黄砂が目にしみるうう!


第十三話 危険な電車

朝。

薄いカーテン越しに射し込む光が、部屋の空気をゆっくり温めていく。目を覚ましてベッドから降りると、足の裏にひんやりとした床板の感触が広がった。寝起きの身体を引きずりながらリビングへ向かうと、いつもはそこにいるはずの黒服さんの姿が見えない。

 

普段なら、ソファにもたれながら湯気の上がるコーヒーを片手に本を読んでいる。その光景がまるで日常の柱のように思えていたから、いないというだけで部屋が少し広く、少し静かに感じられた。

 

代わりに、整えられた机の上に書き置きと、厚みのあるゴーグルのような機械が並べて置かれていた。まるで展示品のように無駄のない配置だ。

 

 

 

書き置き

 

私は今日は、一日中おりません。急を要する場合は、090ー〇〇〇〇にかけてください。それと、新型の3D録画ゴーグルを置いておきますので、データ収集よろしくお願いします。

 

 

 

淡々とした字面はいつも通りで、無駄な感情を挟まないのが黒服さんらしい。

しかし「新型」とある文字に、思わず眉をひそめた。

 

新型の3D録画ゴーグル……いや、早くない?

こんなペースで新型出てたっけ? 少なくとも私の知る限り、型落ちになる速度はスマホ並みに速くなかったはずなのに。

 

もしかして、今回のC&Cの戦闘用?

試作品のフィードバックでも取る気なのか?

……いやいや、そもそもコンタクトの時点で試作品だったような気もするし、それの改良版という線の方が強いか。

 

試しに手に取ってみた。

見た目より重みはなく、しかし手触りは妙に密度を感じさせる。精密機械独特の、触れた瞬間に「高い」と察する質感だ。

 

「一旦つけてみて……っと」

 

ゴーグルを顔に固定し、視界が暗転した後、ゆっくりと光が復帰する。

――その瞬間、思わず息を飲んだ。

 

壁の向こうに、家具の影が透けて見える。

床下の配管や、天井の梁の輪郭ですら捉えられる。視界全体に情報が重なり、まるで現実が透明になったみたいだ。

 

「……すごいな、これ」

 

能力としては完全に反則。

しかし同時に、情報が多すぎてどこを見ればいいか分からない混乱も押し寄せてくる。人間の脳みそは、こんな種類の“多層世界”に慣れるようできていない。

 

だからこそ“試作品”なのだろう。

 

「まあ、慣れればなんとかなるでしょ」

 

そう自分に言い聞かせて、ゴーグルをつけたまま朝の支度を始めた。

 

 

電車に乗り込む。

朝のラッシュには少し早い時間帯で、車内はほどよく空いている。金属のレールを叩く規則的な音が、偏ったテンポで心臓に寄り添ってくるようだった。

 

ゴーグル越しに見える景色は、いつもの通勤風景をまるで別物に変えていた。

走っている電車の内部から、窓の外の線路が鮮明に捉えられる。電線の中を走る電流の揺らぎのようなものさえ視えて、ちょっとした秘密を覗き見しているような背徳感があった。

 

隣の車両の様子まで、このゴーグルは余裕で見通してしまう。

浮かない顔のサラリーマン。

スマホに集中している学生。

そして――こっちの車両へ歩いているピンクの髪の……。

 

「……あれ? こいつって」

 

次の瞬間、ドアが開く音とともに、その人物がこちらへ渡ってきた。

 

昨日ぶりの、小鳥遊ホシノだった。

 

ヤバい、と条件反射で顔を伏せ、スマホの画面に視線を落とす。

ゴーグルの存在は幸い髪に隠れているが、服も髪型も昨日と同じ。気づかれない方が無理だ。

 

「――あれ? 君は……あの時の!」

 

うっわ、やっぱりだ。

そりゃそうだよな、昨日の今日なんだから忘れる方がおかしい。

 

「……あ、昨日の……」

 

ついてない。

朝一で会うのは勘弁してほしい。ここ逃げ場ゼロなんだよな。流石に窓ぶち割って逃げたら本気で追ってきそうだし。

 

ホシノは少し眉を下げて、こちらを覗き込む。

 

「君は、その……あれから大丈夫だった?」

 

「はい……特に何も……」

 

「そっか。辛くなったら、いつでも頼っていいからね」

 

完全に“可哀想な子”ムーブで見られている。

まあ、それはそれで都合はいい。

 

「そうだ、昨日セリカちゃんから聞いたよ。励ましてくれたんだって? うちの可愛い後輩をありがとね」

 

ホシノが柔らかな笑みを浮かべて、当然のように手を伸ばしてくる。

 

そして頭を撫でようと――

 

「ま、まずい!」

 

心の中で叫んだ時には遅かった。

 

指先が髪に触れ、撫でるようにかき分けて――。

 

「ん? これは……」

 

「っ! あの、頭は……!」

 

「ちょっと失礼するよ」

 

ホシノの手はためらいなく、私の髪を分け、頭皮を露出させた。

 

そしてそこにある“痕”を、見逃すはずがない。

 

「……これって」

 

露わになったのは、獣人の耳を切り落とした跡。

 

昨日と同じように、ホシノの表情が一瞬で曇る。空が急に曇ったかのように。

 

「耳の痕……だよね……? 切り落とした痕……こんなことって!」

 

「私は大丈夫ですから」

 

「そんなわけないでしょ!?」

 

……ん?

この会話、昨日もやったよな。

 

「これは……自分で切り落としたものですから……」

 

これは本当だ。

再生能力の限界を調べるために色々やり過ぎた結果、当時の未熟な再生力では耳と尻尾を戻せなかった。ただそれだけの話。

 

今なら腕だろうが足だろうが再生できるけれど、あの頃はまだ不完全だった。

 

「これは本当に、私のせいなんです。他の人に何かされたとかじゃなく、私がやったんです」

 

「…………そうなんだ」

 

ホシノの声は静かだった。

納得というより、受け止めようとする沈黙に近い。

 

「なんでそんなことをしたのかな……?」

 

「……言いたくありません」

 

「なんで?」

 

「なんでもです。誰にだって、秘密の一つや二つあるもんですよ」

 

その言葉にホシノはハッとしたように目を伏せた。

思い当たる節でもあったのだろう。口を閉ざし、少しだけ申し訳なさそうに息を吐いた。

 

「…………そう、だね。ごめんね」

 

踏み込んでほしくない、という演技をしたつもりだったのに、思った以上に踏み込んでくるから困るんだよ。

 

ホシノはしばらくしてから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「私、この駅だから……またね」

 

そう言って電車を降りて行った。

背中が見えなくなった瞬間、途端に車内の音が戻ってくる。

 

……今日の帰りはバスで帰ろう。

電車は、ちょっと危険すぎる。

 

ーーーーーー

 

電車を降りてからは、小鳥遊ホシノとの会話で疲れた心を、冷たい朝風が撫でていく。ゴーグル越しの世界は相変わらず多層的で、歩くたびに建物の内部構造や配線が透けて見え、現実と非現実の境界がぼんやり揺らいでいた。

 

ミレニアムサイエンススクールの外壁が視界に入る頃には、街全体の雑音が電子的な響きへと変換されるように感じられた。校舎へ近づくにつれ、周囲の空気がひんやりと冴え、景色そのものがメタリックな光沢を帯びて見える。

――いや、これはゴーグルのせいか。

 

ミレニアムの校門はいつもの通り、無機質さの中に妙な温かみを宿している。スピーカーから流れる電子音声の挨拶、規律よりも趣味が勝ったようなポスター、電源の入れっぱなしの端末が無造作に置かれたベンチ。雑然としているのに妙に整っている、あの独特の雰囲気だ。

 

ゴーグルを通して校舎を見ると、外壁の下に埋め込まれた無数のデータラインが脈打つように光り、まるで巨大な生き物の呼吸を覗き込んでいるようだった。

 

「……やっぱミレニアムって、こういうの似合うな」

 

自嘲気味に呟きながら校門を通る。

通学路を歩く生徒たちは相変わらず忙しそうで、誰かが自走ロボを抱えて走っていたり、謎の装置を床に置いた途端に爆音が響いたりと、いつもの混沌は健在だった。

 

ある生徒が不意にこちらを振り返る。

ゴーグルのせいで視線を向けられた気がして一瞬身構えたが、どうやらただの偶然だったらしい。焦った自分に小さく苦笑する。

 

校舎の自動ドアが開くと、空調の人工的な風が前髪を軽く揺らした。

ホールには巨大スクリーンが複数並び、今日の授業予定と、サークルからの告知、そして「爆発物の持ち込み申請は正規ルートで」という注意書きが高速スクロールしている。

 

ミレニアムに来たことで、ようやく“日常モード”に意識が切り替わった気がした。

ホシノの顔や、あのしつこいくらいの心配が頭の隅に残ってはいたが、それでもここに来ると無理やりでも現実に引き戻される。

 

「さて……まずはC&C、か」

 

ゴーグルを軽く押し上げて視界を調整し、私は校内の廊下を歩き出した

 

 




今回めっちゃ情景描写増やしました。なぜか、かさましです。なんも思いつかなかったので情景描写増やして文字数確保しました。テスト期間なんで許してください。
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