ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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第十五話 研究室掃除 2

掃除を始めてどれくらい経っただろう。時間の流れは地下深くの空間に吸われてしまったかのようで、感覚ではすでに数時間は働いているように感じるが、実際にはまだそこまで経っていないかもしれない。

 

とはいえ、見渡せば、掃除が終わった場所と終わっていない場所の境界が少しずつ広がっていた。

 

すこし前までくすんだ灰色だった床に、わずかに光が差し込み、タイルの目地がはっきりと浮かび上がる。壁の煤汚れも、ところどころ白さを取り戻し始めていた。

 

「おお……見ろよ、ちょっとだけ広がったぞ」

 

ネルがモップを杖のように立てて、達成感の滲んだ声で言う。

 

アスナがその隣で、腰に手を当てながら呼吸を整える。

 

「こうして見ると、やった分だけちゃんと綺麗になってるんだね。最初は無限に広がる荒野かと思ったけど」

 

カリンが壁用ブラシを水で洗いながら笑う。

 

「まあな。広いが、終わらないほどじゃない……たぶん」

 

「“たぶん”って言ったよ今」

 

アスナがツッコミを入れ、作業の疲れにも関わらず少しだけ笑いが起こる。

 

一方アカネは、周囲の汚れを分析したメモを取りつつ、低く呟く。

 

「化学的な汚れも多いですが、幸い危険性の高いものは見当たりませんね。古い火薬痕が大半です。一安心です」

 

コハクは床に座って、スケッチブックのような大きな図面を広げていた。いかにも研究者らしい姿勢で、周囲の配置を確認しながら線を引いている。

 

「ここ、結構広くて使い勝手が良さそうですよね。研究設備をどこに置くか考えるとワクワクしてきちゃいます」

 

そう言いながら、空間の中央、奥、左右――いろいろな位置に視線を走らせる。

 

ネルが苦笑しつつ声をかけた。

 

「お前……掃除しながら研究室の間取り考えてたのかよ」

 

「はい。どこに何を置くか決めないと、掃除の順番も変わってきますからね」

「仕事熱心すぎる……」

 

アスナが笑いながら肩をすくめる。

 

コハクの目は輝いていた。

 

「ここなら、実験スペースを二つに分けられますし、天井が高いので大型装置も置けます。放電実験のときの排気も上に逃がしやすいですし……うーん、夢が広がりますねぇ」

 

「いや、それは聞いてるだけで爆発音がしそうな研究内容なんだけど」

 

ネルが明らかに警戒の目で見てくる。

 

「安心してください、爆発する確率のある実験は……ここでやります」

 

「ここでやるのかよ!!」

 

一同が揃って突っ込む。そりゃあそうだろう、なんのために戦闘訓練場跡地にしたと思ってるんだ。

 

地下空間のエコーで、ツッコミの声が何倍にも響いた。

 

しばらくすると、誰かが「あー、そろそろ休憩しよ」と呟いた。

誰が言い出したのかはわからない。気づいたら、全員が同じことを考えていたようだった。

 

休憩スペースとして決めたのは、まだ掃除が済んでいない隅の方ではなく、最初に掃除した中央寄りの少しだけ綺麗になった場所だった。

 

埃を払った折りたたみ椅子を広げ、荷物置き場の横で水分補給が始まる。

 

アスナがペットボトルを開けながら伸びをする。

 

「はーっ……動き続けてたから気づかなかったけど、めっちゃ疲れたぁ……」

 

ネルはタオルで首元を拭きながら笑う。

 

「そりゃあれだけ広けりゃな。けど、こうしてみると案外進んでるだろ?」

 

カリンも腕を回しながら周囲を見回す。

 

「最初見た時は終わる気がしなかったが……まあ、光が見えてきたな」

 

アカネはペットボトルのお茶を飲みつつ、冷静に状況を分析する。

 

「作業効率は問題ありませんね。今日のうちに半分は終わりそうです」

 

「半分!?」

 

アスナが素で驚く。

 

「アカネちゃん、それ“今日の目標”としては重すぎない?」

 

「大丈夫ですよ。……皆さん、頑丈ですから」

 

「褒められたような、酷使されてるような……」

 

そんな中、コハクは図面を膝の上に置いたまま、しみじみと呟いた。

 

「……でも、本当に助かってます。ここ、ずっと私のやりたいことを詰め込んで、好きなだけ実験できる場所にしたかったんです」

 

その声は、普段より少しだけ素直で、少しだけ熱い。

 

「設備が完成したら、最初の実験は……」

 

と、口元に手を当てて考え込むコハク。

 

ネルがすかさず止めに入る。

 

「いや、最初の実験の話はもうちょっと掃除が進んでからにしような!?

今は『爆発しないといいな』って不安要素を増やす時じゃねえ」

 

「大丈夫ですよネルさん。最初は安全なレベルの実験をしますから」

 

最初は神秘の伝達を調べるつもりだ。耐久実験はあと。

 

「“最初は”って付けるな!」

 

アスナとカリンが吹き出して、アカネですら少しだけ笑っていた。

 

休憩が終わると、私たちは再び立ち上がり、広大な空間に向き合った。休む前よりも身体が軽く感じたのは、少し掃除が進んだ達成感があったからだろう。

 

モップを手に取り、ブラシを構え、スプレーを持ち直す。空気はまだ乾いた埃が混じっていて、壁の煤は頑固なままだ。

 

だが――確かに、変わり始めている。

 

「よし、後半戦いくぞー!」

 

ネルの掛け声に、全員が頷いて返した。

 

――広大な空間の奥へと、また一歩、また一歩。

私たちは再び、巨大な“未来の研究室”を磨きにかかった。

 

作業を終えた頃には、広大な空間を満たしていた埃の匂いが、ほんの少しだけ薄まっていた。とはいえ、まだどこを歩いても靴が粉を踏む音がして、完璧には程遠い。

 

ーーー

 

「……はぁ~~~、腰いてぇ……」

 

モップを杖代わりにしながら伸びをしたネルのこめかみを、汗が伝い落ちる。ヘイローの金属光沢で淡く反射した。

 

「お疲れさまでした。とりあえず、今日のところはこのくらいで十分だと思います」

 

コハクがそう言いながら手袋の汚れをパンパンと落とすが、散るだけで綺麗にはならない。

 

「全体の4割くらいだな……いや、5割か? 想像以上に広いし、奥の壁なんてまだ手すらつけてない」

 

呆れたようなカリンの声に、

 

「でも見て見て、入り口付近だけでもだいぶ明るくなったよ! ほら、床もちゃんと光ってる!」

 

アスナがライトを床に向けて嬉しそうにした。反射は弱々しいが、確かに光る。煤も赤錆も砂埃も積もっていた場所とは思えないほどだった。

 

「……こうして見ると、やっただけ成果はあるんですね。最初はどうなるかと思いましたけど」

 

アカネは少し驚いたようにつぶやき、

 

「床だけじゃなくて、壁の汚れも前より薄くなってますよ。こびりついてる部分はまた洗剤を変えてみたら落ちるかもしれません」

 

コハクも自分の成果を確認するように壁を見た。

 

「お前が気合入れて壁こすってたもんな。あの音、まだ耳に残ってるぞ。ガリガリガリ~って」

 

「でも、そのおかげで壁の右側だけ妙に綺麗なんですよね。そこだけ新品みたい」

 

アカネが感心すると、

 

「うん、ここだけ現実改編したみたいなピカピカ具合になってるよ」

 

アスナが大げさに目を輝かせる。

 

「それは言い過ぎですって」

 

和やかに話してはいたが、全員イスに座った瞬間にどっと疲れがあふれた。荷物を下ろした肩が重く、腕もふるえている。

 

「あれだけ掃除しても、まだこれだけ残ってるとはな。明日以降の予定、どうする?」

 

カリンが現実的なことを口にすると、

 

「まずは換気ですね。フィルター類は全部交換して、空気を入れ替えられるようにします。それから床の奥側と天井……」

 

コハクが淡々と作業計画を続けた。

 

「おい、もう仕事の話かよ。いまは休ませろって……」

 

ネルが額を押さえてため息をつくと、どこか笑いが混じった。

 

「でも、きっと綺麗になったらすっごく使いやすい場所になるよ。演習にも使えるし、倉庫にもできるし」

 

アスナは明るい声で未来を語り、

 

「今日だけでこれだけ進んだんですし、あと数日で形にはなると思いますよ」

 

アカネが落ち着いた声でまとめた。

 

 

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