ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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インフルエンザが流行っています。終わりです。


第十六話 訪問者

あれから、コハクは身体をざっと洗い流し、汗と砂埃を落としてから着替えを済ませた。ミレニアムの構内を出る頃には、全身の疲労がじわじわと押し寄せてきている。

 これでは戦闘訓練どころではない、と周囲にも判断され、訓練はそうじが全て終わったあと――つまり明後日に回された。まだあれだけ残量があったのだから当然だろう。

 

 それまでに、このゴーグルには慣れておかないとな。

 

 帰り道、いつも使う電車の駅が見えてきた。だが今日からはもう使えない。

 何せ、小鳥遊ホシノと鉢合わせする可能性がある。会えば余計な話を広げられるかもしれないし、訓練を控えている身として煩わしいことこの上ない。

 仕方なくバス停へ足を向ける。

 

 「はぁ……めんどくさいな」

 

 思わず声が漏れた。バスなど普段まったく利用していなかったため、時刻表の読み方で軽く迷子になりながらも、なんとか家までたどり着いた。

 

 黒服さんは今日も一日中不在だ。返事がないのはわかっている。だが習慣は習慣で、ルーティーンとして玄関に声をかける。

 

 「ただいま帰りましたー」

 

 靴を脱ごうとしたその瞬間――。

 

 「ようやくか、待ちくたびれたぞ」

 

 「え?」

 

 聞こえてきた声は、黒服さんのものではなかった。反射的に身体が動き、コハクは即座に戦闘態勢へ移行する。腰に手を伸ばし、スタングレネードを抜きかけた。

 

 「待て! 落ち着け! 私だ!」

 

 この声……どこかで聞いた。

 

 「あ! カイザー理事!」

 

 よくこんな侵入の仕方で堂々としていられるものだ、と腹の底で呆れる。理事は一歩も引かず、むしろこちらを非難するように鼻を鳴らした。

 

 「まったく、これだから生徒は嫌いなのだ。野蛮で浅はかで、考えもせずに行動する」

 

「それが子供の美徳ですよ」

 

「欠点に決まっているだろう。黙って利用されていればいいものを、一丁前に反抗しようとする奴までいるのだからな」

 

 「愚かな子供が増えれば得をするのは我々だ、って言ってましたよね。どっちかにしてくださいよ」

 

 人の家に勝手に上がり込んでおいてこの態度。

 権力者ってやつはどうしてこう……。

 胸の内で毒づきながらも、表情には出さない。

 

 「限度があるだろう。反砂漠化した学校と自治区を青春を捧げて守ろうとするような奴は愚か以外の何者でもなかろう」

 

 その点には正直同意だ。あれはバカにしかできない所業だ。ただ、バカにはバカなりに、どこか放っておけない魅力があるのも事実である。

 

 「そりゃそうですけど。その話が出るってことは……アビドス関連で何か?」

 

 「そうだ。トリニティの正義実現委員会の会長に宣戦布告がしたいという、お前の要望の対価だよ」

 

 「おお、早いですね。新年度始まってすぐなのに、よく動いてくれましたね。もっとかかると思ってました」

 

 ありがたい。理事は稼ぎ時で忙しいはずなのに、こちらの願いを最優先で処理してくれたわけだ。

 

 「貴様を使える機会は多いに越したことはない。それだけだ」

 

 ……これ、ツンデレってやつじゃないのか?

 頭の中に妙な想像が浮かび、コハクは思わず自分で振り払った。こんなものが夢に出てきたら悪夢だ。

 

 「わかってますよ。で、()()()()()()()()?」

 

 「30体だ」

 

 「30体ですか……なんかいつもより少ないですね。理由は?」

 

 「貴様にはもう一つやってもらうことがある」

 

 理事の声音が僅かに重くなる。嫌な予感がした。

 

 「……聞きましょう」

 

 「アビドス高校を襲撃して欲しいのだ。チンピラと一緒にな」

 

 「……アビドスの襲撃? なんで私がわざわざ……」

 

 正直、気が進まない。わざわざ自分が出るほどの相手でもない――と思っていた。

 

 「それって私が行く必要あります? 小鳥遊ホシノがいるとはいえ、全校生徒三人でしょ? チンピラだけでなんとかなりそうですけど」

 

 「三人ではない、五人だ。今年新しく二人の新入生が入学した」

 

 「アビドスに新入生? なんでそんな……。潰れるとわかってる学校に入学なんて、おかしいですよ」

 

 「バカの考えはわからん。だが優秀ではあるようでな。そこらのチンピラだけでは返り討ちに遭うようだ。そこで貴様の出番というわけだ」

 

 ずいぶん高く買われてるってことか。

 

 「ずいぶん高く買ってくれてるんですね」

 

 「使えそうな道具は、使い方を把握しておくものだ」

 

 いやだからその言い方。どう考えてもツンデレ……。

 口には出さず、胸の内でだけ呟いておいた。

 

 「では、作戦概要と日時、参加人数を教えてください」

 

 「作戦と言えるほどのものでもない。アビドス高校の校舎を破壊、もしくは生徒を戦闘不能にする。それだけだ。こちらとの繋がりが露呈しなければ何をしても構わん。実行は明日。実行時間は任せる。参加人数は三十人ほどだ」

 

 「チンピラは、私が参加することを知ってるんですか?」

 

 「うちからの戦力支援だと伝えてある」

 

「わかりました。では……私だとバレないための措置は?」

 

 「変声器と戦闘服、連中と同じヘルメット、AK-47を用意した。他はそちらで用意しろ」

 

 「十分です。……しかし明日とは、あまり時間はかけられませんよ」

 

 「ああ。成功する必要はない。目的は、奴らに学校を諦めさせることにあるのだからな」

 

 「そうですか。まあこちらとしては、小鳥遊ホシノの戦闘データが取れるんで、ある程度マジでやりますけど。武器が違うからボロ負けしそうですが」

 

 「奴はここ二年で大きく変わった。戦闘スタイルは守りに傾き、故人の盾などを下げかけている。存外、なんとかなるかもしれんぞ?」

 

 「そうですか。まあ、油断せずに行けるところまで行きますよ」

 

 「わかった。では私は戻るぞ。仕事があるのでな」

 

 「了解です。では」

 

 ガチャン、と扉が閉まり、理事の靴音が廊下の奥へ遠ざかっていく。

 その消えてゆく響きを確認してから、コハクはようやくソファに体を沈めた。

 

 ――アビドス襲撃。まさか自分が参加することになるとは、思ってもいなかった。

 

 けれど悪い話でもない。小鳥遊ホシノの戦闘データは貴重だし、アビドス高校は小規模ながら実力派が揃っている。

 C&Cの戦闘演習に続いて、今度はアビドスとの集団戦闘。高校に入ってから行ける場所が増えたこともあり、ここ最近、戦闘データの収集はかつてない勢いで進んでいる。

 

 ()()の制作に取り掛かるのも、そろそろ――かもしれないな。

 

 そう思うと胸が高鳴り、思わず立ち上がって踊り出しそうになる。慌てて自分を押しとどめた。

 

 「……今日は早めに寝るか」

 

 明日に備え、コハクはいつもより早くベッドにもぐり込んだ。

 瞼を閉じると、明日の戦場のイメージが静かに浮かび上がり、やがて眠りの底へと沈んでいった。

 




話ごとにスタイルが度々変化して申し訳ありません。気分屋なんです。煩わしかったら言ってください。
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