いつも通りの朝――そう思っていたはずなのに、現実はとうにそのイメージから外れていた。
私は今、カイザー理事から受けた依頼を果たすため、まだ日も低い時間に地下鉄へ乗り込み、そのままチンピラどもの拠点へと足を運んでいた。湿気のこもった空気が淀む薄暗い建物の奥、コンクリがむき出しの廊下を進むたび、足音が鈍く跳ね返る。こんな朝を迎えるとは昨日までの私には想像もつかなかっただろう。
理事から支給された黒い戦闘服は体へ鋭く沿い、動くたびに布地がかすかな擦過音を立てる。喉にはチョーカー型の変声器。胸には、使い慣れてはいないが手に馴染みのよいAK-47の重量がずっしりと残っている。顔は、チンピラどもに合わせたフルフェイスヘルメットで完全に隠していた。さらに自前で用意した、ヘイローの形状を偽装するホログラム装置――それらを装備した私は、鏡で自分を見ても疑うレベルで“別人”だった。
そして、別人でいなければならない理由――小鳥遊ホシノに正体がバレないため。
いや、それだけじゃない。少しはこういう“やってみたかった格好”に自分が浮かれているのも事実だ。
錆びた扉が開かれると、薄暗い倉庫じみた拠点に、荒んだ目をした不良たちが集まっていた。彼らの視線が一斉にこちらへ突き刺さる。
「……聞いていると思うが、今回の依頼主から派遣された戦力支援のものだ」
変声器を通した声が、普段の自分とはまるで違う渋みを帯びて響く。
私は背筋を伸ばし、軍人を気取った無機質さをあえて体にまとわせて続けた。
「今回のアビドス高等学校襲撃において、貴様らと戦線を共にする。今回限りの付き合いだろうが――よろしく頼む」
場が少しざわめく。数人の舌打ちが聞こえた。
一歩、前へ。埃の舞い上がる床板が鳴る。
「お前か……話は聞いてるよ」
リーダー格らしい少女が肩をすくめながら出てきた。腰には拳銃、背中には汚れたダッフルバッグ。
彼女は面倒くさそうに私を見上げながら吐き捨てる。
「お偉いさんからはお前の指示に従えって言われたんだが……どうにもそれが気に入らねえ」
「というと?」
問い返すと、少女は眉をひそめ、髪をかき上げながら続けた。
「あたしたちにだってプライドがあんだよ。ポット出のお前に指図されて、“はいそうですか”と従えるわけねえだろ?」
……はあ。
めんどくさいな。
金をもらってんだから黙って働けばいいのに。
「従わせたいんなら、そう思わせるだけの“何か”が必要だよな?」
“何か”――ああ、そう来るか。
「金か」
「そうだ! 話が早くて助かるね」
指をパチンと鳴らすような声色。
私は深く息を吸い、肩をすくめた。
「あいにく、手持ちがなくてな。他の要素ではダメか?」
「チッ。んなこたあ関係ねぇんだよ。持ってるもんだしな」
クソ。理事からもらってる額で満足しておけよ。
「これは……反抗と捉えて構わないな?」
「だからどうしたよ? 上に言いつけるってか? おおこわいこわい。喋れないようにしなきゃな」
「そうか……わかった。こっちへこい」
手招きすると、少女はあざ笑うように歩み寄ってきた。
「そうだよ。最初からそうやって大人し――」
ベキャッ‼︎
乾いた破壊音。
少女の腕が、ありえない角度に折れ曲がった。
「……あ?」
場の空気が瞬時に凍りつく。
折れた腕からは変な方向に角が突き出し、彼女の声が遅れて震えた。
「ア“ア”ア“‼︎ ウデッ‼︎ 腕がア“ア”ア“‼︎」
「てめえ! 何しやがる!」
「ぶっ殺すぞ!」
怒号とともに、複数の銃口がこちらへ向く。
引き金が引かれ――倉庫に轟音が満ちた。
銃弾の嵐。それでも私は、目の前でもがく不良の足を掴み、そのままヌンチャクの要領で振り回した。
人体が空気を裂き、骨と肉が耐えきれず異様な音を立てる。
その身体が、盾となり、飛来する弾丸を弾き落としていった。
数秒の後、銃声が止んだ。
私の体には、傷一つない。
足元には、ボロ雑巾のようになった不良が転がり、か細い息だけを漏らしている。
「ガ……アァ……」
不良たちは一斉に後ずさった。
「こいつ……なんて事しやがる」
「人間を道具みたいに……化け物……」
「おい、あいつやばくねえか? 呼吸が変だぞ」
恐怖と困惑。先ほどまでの威勢は完全に消え失せていた。
私は淡々と言う。
「さて、お前らの言っていた“従わせる何か”だが、単純だ」
視線をゆっくりと巡らせる。
「私はお前らよりも強い。圧倒的にな。弱者は強者に従う。わかりやすいじゃないか」
予想していた。
結局、武力行使になるだろうと。
「ああそれと、こいつはいますぐ治療してやれ。放っておくと腕が再起不能になるぞ」
私は足元の生徒をひょいと持ち上げ、最寄りのチンピラへ投げ渡した。
受け取った彼女は呆然としつつも、すぐに仲間を抱えて奥へ走り去る。
「一応確認なのだが、私に従うことについて、何か不満はあるかな?」
全員が同時に首を横に振った。
「よろしい。では作戦概要を話す」
それを合図に、空気が張り詰める。
重い埃の匂いが、喉の奥にまとわりつく。
「まず、アビドスの戦力をある程度調査してきた。人数は五人。近接タンク一人、中距離二人、遠距離アタッカー一人、後方サポーター一人だ。ここまではまあ、知っていると思う」
数名が頷いた。
私はメモを確認しながら続ける。
「順番に行く。タンク、小鳥遊ホシノ。三年生。武器はショットガンと盾。戦闘スタイルについてはこちらではわからなかった。何か情報はあるか?」
すぐに、一人が前へ出た。
視線は真剣で、ただのチンピラよりずっと観察眼を持っていることが見て取れる。
「小鳥遊ホシノは、常に我々と後方のアビドス生の直線上にいる。シールドを展開することもあって、なかなか突破できない。というか、突破できたことはない」
「なるほど、いい情報だ。よく観察できている」
私は頷きながら心の中で感心する。
こういう奴は本来ならもっとまともな環境にいた方が良いのにな。
「この人数で突破できない、か。やはり相当硬いな。突破できないことを前提に考えておこう。他の生徒の情報もわかるか?」
「新入生の二人に関しては、一回しか戦闘を見てないからわからない部分がある」
「わかった。それでいい。私が生徒情報を言った後、戦闘スタイルの解説を頼む」
「了解」
……優秀だ。
烏合の衆ばかりと思っていたが、使えるやつも混じってるらしい。
「次、後方アタッカー、十六夜ノノミ。二年生。武器はミニガン」
「推定100キロのミニガンを手で持って撃ってくる怪力。耐久力も高め。基本的に後方からの乱射が主だが、たまに薙ぎ払うように撃ってくる。一発一発がかなり重いのに、それをものすごい密度で撃ってくる……アビドスのメイン火力だ」
「……お前、本当に不良か? 優秀すぎるぞ。欲しいくらいだ。名は?」
「え? 言わないよ。なんのためにヘルメットかぶってると思ってるんだ」
「……そうだったな」
残念。切り替えていこう。
「火力特化か……耐久もあるとなると厄介だ。要警戒。次、中距離アタッカー。砂狼シロコ。二年生。武器はアサルトライフル」
「ミサイル付きのドローン、手榴弾を積極的に使ってくる。常に動き続けるから狙いにくい。特攻して近接まで持ち込んでくることもある。運動神経が高いから、市街地ではかなり危険」
「オールラウンダーか……対策しづらいな。では次。同じく中距離アタッカー、黒見セリカ。一年生。武器はアサルトライフル」
「命中精度、リロード速度、場所取り、狙う相手……全部が高水準。中距離戦闘のお手本みたいな動き。でも少し攻めっ気が強い感じだな」
「一年生だからスタイルが固定されていないのか、それとも単純に相性がいいのか……注意度は他より低いか」
――電車で会った子だ。
励ましておいて、次は襲撃側で向かうなんて……胸が少し痛む。
だがこれは仕事だ。割り切れ、私。
「次で最後。後方サポーター、奥空アヤネ。一年生。武器はハンドガン」
「後方からドローンで戦場把握、物資輸送、治療を行ってくる。顔は見たことがない。攻撃能力はあるかもしれないが、私たちは見てない」
「……よし、これで全部か。追加の情報があるものはいるか?」
名乗り出るものはなかった。
「では――今出た情報を元に、作戦を立てる」
倉庫の奥のテーブルへ全員が集まり、灯りの下に雑に広げられた地図を囲む。
私は作戦内容を説明しながら、彼らの表情を確認していく。
倉庫の中央に置かれた長テーブルは、ところどころ角が欠け、金属部分は錆が浮いていた。
そこへ油染みのついた古い地図が広げられる。地図の端を押さえるために置かれたのは、工具、弾倉、ペットボトル――まとまりはないが、それだけに“ここで生きている連中”の生々しさが伺える。
私はテーブルの一端に立ち、ヘルメットの奥から視線を走らせた。
「まず、前提の確認からだ。小鳥遊ホシノ――あいつは突破不可能と見ていい」
ペンで地図のアビドス側位置をトントンと叩く。紙が乾いた音を返す。
「盾の耐久、立ち位置の安定性、位置取り……聞く限りでは完全に最前線の壁だ。突破を試みること自体が時間の無駄になる可能性が高い」
チンピラたちの間で低いざわめき。
さっきまで殴りかかってきた連中とは思えないほど真剣な顔になっている。
――やっぱり、力で黙らせると態度が変わるものだな。
「では、どうするのかというと――ホシノは“無視する”。撃つな。近づくな。挑発に乗るな。奴の役割は壁だ。私たちはそこを正面から殴る必要はない」
「でもよ、自分らが前に出なきゃ、後ろのヤツらに届かねえだろ?」
別の不良が眉をひそめる。
「届かせるんだよ。別の方向からな」
私は地図を半回転させ、側面の路地を指でなぞった。
「ここ。アビドスは人数が少ない。つまり、ホシノを中心に防衛線を組む場合、“守り漏れ”が絶対に出る。特に中距離の二人――シロコとセリカは動くから、ホシノの後衛に位置取りづらい。そこを突く」
「側面……?」
「そうだ。正面をホシノが塞ぐなら、側面と後方は別の生徒がケアしなければならない。だが五人ではカバーしきれない位置が必ず出る。そこを叩く」
即席の軍人声で喋っているが、しだいに理屈が固まっていくと、私自身の思考が勝って力が入る。
「では各個に対策を言っていく」
私は地図にいくつか丸や矢印を描きながら口を開く。
「まず一番の火力であるノノミ。あいつはまず“弾幕”が問題だ」
私は指で空中に線を引くように示す。
「正面に広い弾の雨を降らせ、一定以上の密度で撃ち続ける。つまり、前から近づくのは不可能。わかりやすい弱点は“発射のための溜め”だ。あの武器の特性上、撃ち始めは動作が重い」
「じゃあ撃ってくる前に潰すってわけか?」
「理理屈の上ではそうだが、現実はそう簡単じゃない。ホシノにガードされる可能性が高い。だから――側面から撃たせずに圧力をかけて動きを封じる」
私は矢印をホシノとノノミの間に描く。
「ノノミは味方の盾の後ろで撃つことで真価を発揮する。逆に言えば、盾の後ろにいられない状況を作ればいい。私が正面を抑えるので、お前らは左右から距離を詰めて、あいつの射線を固定させろ」
「動きを固定……?」
「動き続けると、ノノミのミニガンは“片側に薙ぎ払う”か、“正面を固定して撃ち続ける”しかできなくなる。つまり、回避も位置替えもしづらくなる。そこを叩く」
「次にシロコだ。正直、こいつが一番やっかいだ」
私は地図の建物と路地に点を打つ。
「ドローン、手榴弾、AR、機動力……引き出しが多すぎる。市街地ならなおさら強い。奴の弱点は“討ち漏らしやすい”ことだ」
「どういう意味だ?」
「器用貧乏と言ってもいい。万能な代わりに、どの距離でも“完全特化”していない。ドローンや手榴弾を投げると、ARの射線がゆるむ。逆にARに集中するとドローンや補助が止まる。選択肢の多さは、裏を返せば“常に優先順位をつけざるをえない”ということだ」
「じゃあどうすんだ?」
「“分断”する」
私の声に、周囲が息を飲む。
「真正面からシロコを押しても意味がない。だが奴は仲間が前に出ると、それを守るために位置取りを変える習性がある。だからあえて“乱戦気味”にして、判断を狂わせる」
「乱戦……」
「混戦の中で多様な武器を全部使うのは、いくら万能でも難しい。だから、シロコは密集戦に弱い。逆に、広く散開されると強い。なら、散開させなければいいだけだ」
「次、セリカ。一年生だが――油断するな」
ペン先で地図の射線を何本も描く。
「命中精度、リロード、位置取り……お手本みたいな戦い方だ。だが逆に言えば、“教科書通りに戦う分、読みやすい”。攻撃のタイミング、走る方向、遮蔽物の使い方、全てパターン化されている」
「パターン?」
「ああ。セリカは確かに強い。だが経験が浅い分、“型”がある。その型を読めば、対処しやすい。例えば撃ったあとに必ず左へ回避する癖があるとか、敵を見失うと必ず建物の影へ下がるとか……細かいが、そういう規則性がある」
内心、胸がチクリと痛む。
「最後にアヤネ。後方サポートだ」
私は地図の最も後ろへ丸をつけた。
「顔は見えないが、ドローンで情報共有、治療、物資輸送……厄介ではある。ただし、本人の位置はかなり後方で固定されるはずだ」
「じゃあ、真っ先に狙えるじゃん」
「いや、逆だ。真っ先に狙ってはいけない」
「は?」
「サポーターは放置すべきだ。倒すのが難しいわけではないが、倒すまでに割く戦力と時間が無駄。ホシノとノノミが健在のうちに後方へ突っ込むのは自殺行為だ。アヤネは最後でいい」
「まとめる」
私は地図の中央へ指を置いた。
「まず正面は私が受ける。ホシノは私に釘付けになるだろう。そこから――」
ペンを走らせながら矢印を描く。
「――左右の路地からお前らが散開。ノノミの射線を絞らせ、シロコに判断を迫り、セリカを遮蔽物から引きずり出す」
ペン先が止まる。
「混戦を作り、後衛が自由に撃てない状況を作る。崩れた瞬間に一気に押し込む」
視線を上げる。
「わかったな?」
緊張した空気の中、不良たちはゆっくりと頷いた。
先ほどの反抗的な態度はどこにもない。
彼らは今、恐怖と、そして……奇妙な信頼を同時に抱いている顔をしていた。
「……っと、他に質問は?」
誰も手を挙げない。
「なら、作戦開始だ」
倉庫のランプが揺れる。
チンピラどもの足音と武器の金属音が広がり、出撃の準備が進む。
私は一度深呼吸し、ヘルメットの奥で目を閉じた。
――さて、行くか。
――こんな役回り、正直やりたくはないが……やる以上は徹底的にやる。
頑張った。あんま頭良くないけど頑張って描いたぞ!