ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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テストあるんで、しばらくは二日に一回投稿になります。


第十八話 アビドスの襲撃

 砂嵐が吹き抜けるアビドス砂漠は、地表からは揺らぐ陽炎が立ちのぼっていた。

 

 引き金を絞った瞬間、圧縮された爆風が肩口から背中に抜け、耳鳴りと共に凄まじい反動が腕を痺れさせた。黒煙を引きながら弾頭は門へと突き刺さり、破砕音と爆裂光が眩しい閃光となって砂塵を巻き上げる。

 

「アビドスよ! 貴様らの学校、我々の新拠点として貰い受ける! 抵抗なく立ち去れ!」

 

 事前に作戦会議で無理にひねり出した“建前口上”を、風に飛ばされぬよう喉の奥から張り上げる。砂の匂いと火薬の臭いが入り混じる空気の中で、声はどこか虚しく響いた。

 

 その時、校門の向こうにぼんやりとした影が揺れた。最初は陽炎の延長かと思った。しかし、ぬるりと動きだしたそれは、他の誰でもない、小鳥遊ホシノだった。

 

「うへー。またきたのー? いい加減にしてほしいな。勝てないんだから諦めて他を当たりなよー」

 

 気怠げな声。けれどその目だけは、わたしの全身を的確に捕捉していた。瞬きする間に距離が縮む。砂に足跡が残るよりも早く、一瞬前まで門の影にいたはずの彼女のシールドが、もう目の前に迫っていた。

 

 とても、タンクの動きとは思えない。まるで軽業師のように、しかし重戦士の威圧を失わぬまま、こちらへ歩を詰めてくる。

 

「うちには優秀な新人ちゃんがいてさー。接近には事前に気づいてたんだよー。一人しかいなかったからおかしいとは思ったけど。本当に襲撃してくるとはねー」

 

 その声音は和やかでさえあるが、わたしの背中を嫌な汗が伝う。

 優秀な新人──アビドスの一年か? 二人いるうちのどちらだ?

 

「だからねー。別動隊が来てることもわかっちゃうんだよねー」

 

 ……やはり気づいていたか。

 

「わかっていながら出てきたのか」

 

 別働隊を察知したのなら、普通はそちらの迎撃を優先する。なのにホシノは自ら前線に姿を見せている。

 相当自信があるのか、それとも、こちらを誘っている?

 

「こちらの誘いにわざわざ乗ってくれるとは…随分と後輩への信頼が厚いんだな」

 

「そうだねー。おじさんには勿体ないくらいできた後輩だよー」

 

「は? え? おじさん? なんで?」

 

 言葉の違和感に反射的に声が裏返る。

 おじさん? 今の一人称?

 

 前会った時はもっと張りつめた雰囲気だったはずだ。鋭さを隠しもしない、研ぎ澄まされた刃のようなキャラだったのに──今目の前にいるホシノは、塩気の飛んだせんべいみたいに力が抜けている。いや、むしろ素の性格はこれなのか? わからん。

 

「おじさんはおじさんだよー」

 

「お前……ストレスで頭が……」

 

「失礼だなー。おじさんはまともだよ」

 

 まとも……?

 

 考えても詮無いことだ。人間、何でスイッチが入るかなんて誰にもわからん。

 わたしは深く息を吸い、アサルトライフルを肩に構え直した。

 

「はあ…まあいい…一旦納得したことにしておく」

 

「うへー。おじさんは戦いたくなんかないんだけどな…」

 

「戦わないのならアビドスはもらう」

 

「それは困っちゃうなー。仕方ないか」

 

 次の瞬間、ホシノの気配が変わった。ふにゃりとした空気はそのままなのに、戦場の匂いだけが濃厚に漂う。盾を構え、ショットガンを手元に収める動作に一切の迷いがなかった。

 

 先に動いたのは──彼女だった。

 

 砂が跳ねる。ホシノが低く踏み込み、ショットガンの砲口をこちらへ向ける。凶暴な破裂音と共に散弾が飛び、わたしは横へ飛んでかわす。だが、回避先に弾を置かれていた。初見で軌道を読むとは、ネルとは比べ物にならない。

 

 タンクというよりも、純粋な近接戦闘のプロだ。

 こちらの射撃は、そのすべてを盾で受けきられた。弾は一発たりともホシノの体に触れない。

 

 砂煙が巻き上がる中、互いの距離は常にホシノの間合いの内にある。

 三十秒ほどの攻防。だが、その時間だけで十分だった。

 

 ――押されている。

 

 至近弾は全部当てられている。回避できたのは遠距離の散弾だけ。近距離は読み切られ、正確に射線を塞がれ、対処されている。

 こちらの一発も届かず、ホシノの体勢には微塵の乱れもない。

 

「すごいな。正直言って予想以上だ。ゲヘナの風紀委員長の他にこんな奴がいるとはな」

 

 素直な感嘆が漏れた。

 小鳥遊ホシノが強いことは知っていた。だが、ここまでとは思わなかった。

 

「おじさんも感心したよー。まさかカタカタヘルメット団にこんなに強い奴がいるなんて思ってなかったなー。というか君、ヘルメット団なのかな? 前までのヘルメット団からしたら今回の襲撃はいろいろありえないことだらけなんだよねー」

 

「新人だよ」

 

「新人かー。君、一年生だよね? 高校に上がってすぐにチンピラになるなんて変わってるねー」

 

「自分からなろうと思ってなるやつと、仕方なくチンピラやってるやつ。色々いるだろ」

 

「君の場合どうなのかな。問題行動で退学? それとも自分からかな?」

 

「どうでもいいだろそんなこと」

 

「うへー。それもそうだね」

 

 なんでこいつ、こんな戦闘中に会話したがるんだ?

 わたしはようやく息を吐き、射撃姿勢を整えなおす。

 余裕──いや、わざとか? 誘導か? それとも通信で時間稼ぎか?

 

 脳裏に疑問が渦巻いた、その瞬間だった。

 

 ──ボンッ!

 

 鈍い破裂音が校庭の奥から響いた。続いて、濃い赤い煙が地面から立ち上がる。

 風に煽られ、血のような色が空へ広がる。

 

 ホシノの口元が、ゆるりと笑みを形作った。

 

 赤い煙は、まるで砂漠に突如として現れた傷口のように、校庭の中央からどくどくと立ちのぼっていた。風が吹くたびにその血の色が空へと薄く散り、砂と混じって赤茶色の霞となる。

 

「あれは……作戦失敗を知らせる合図……? まさか、もう別働隊は負けたのか……!?」

 

 喉の奥がひゅっと狭まる。ありえない。あいつらは確かに叩けばホコリが出るチンピラだが、弱いわけじゃない。正面から撃ち合えば一方的にやられる戦力差じゃないはずだ。

 

 だが、現実として赤煙は上がっている。

 

 ──罠。

 たった一文字が脳裏で点滅した。

 

「別働隊が気になるのかな?」

 

 小鳥遊ホシノが、まるで昼下がりに雑談でもするかのような声で尋ねてくる。

 

「……何をしたんだ。こんな短期間でやられるような戦力差じゃなかったはずだ」

 

「簡単だよー。うちの後輩ちゃんがね、君たちを発見したときに“接近がわかったなら罠を仕掛けよう”って提案してさ。地雷をいくつか置いておいたんだよねー」

 

「……砂狼シロコの判断か?」

 

 口にした瞬間、ホシノがぱちりと瞬きをした。

 

「おお~、そこでシロコちゃんの名前が出てくるってことは、おじさんたち結構アビドスのこと調べてた感じ?用意周到だねー」

 

 皮肉ではない。ただの感心。だからこそ、逆に腹が立つ。

 

 別働隊は罠に引っかかり、今頃退却戦をしているはずだ。

 アビドスの四人が追撃に回るようなら、あのチンピラたちは全滅する。

 

 撤退……するべきか?

 今ならまだ間に合う。ホシノが一人のうちなら、逃げるだけなら難しくないはずだ。

 

 だが。

 

 今回の目的──小鳥遊ホシノの戦闘データは、ほとんど取れていない。

 

 引き返す?

 残って戦う?

 それとも、少しでも時間を稼いで仲間の撤退を確実なものにするか?

 

 砂漠の風が頬を打つ。目の端に赤煙が揺らめく。

 

「君は撤退しないのかな?」

 

 ホシノは、遠くで砂煙を引きながら逃げていく別働隊の背中を見て、穏やかな声で言った。

 

「殿を務めるんでね。私が撤退するのは別働隊が全員安全な場所まで撤退した後だよ」

 

 気づけば、答えは口からこぼれていた。

 戦闘データが欲しい──それも本心だが、それ以上に、あのチンピラたちが追われてやられるのは後味が悪い。

 

 わたしは確かにこういう時には私情は挟まないタチだ。だが、仲間を見捨てるほど壊れてはいない。

 

「ホシノ先輩、チンピラ追う?」

 

 校門の向こうから、砂を踏みしめる規則的な足音が近づいてくる。

 姿を現したのは──砂狼シロコ。無表情にして、鋭い獣の感覚をまとった少女。

 

 その歩き方だけで、戦場経験が豊富なのがわかる。

 

「そうしたいのは山々なんだけどさ、この子が通してくれないんだよねー」

 

 ホシノが親指でわたしをさす。

 砂狼シロコの視線が、射抜くようにこちらへ向いた。

 

「では、倒してしまいましょうか」

 

 落ち着いた声が、じんわりと背中に冷たい汗を生む。

 

 校舎の影から、さらに一人──十六夜ノノミが歩いてくる。

 彼女の足取りはゆっくりだが、手にしたミニガンは一瞬の迷いもなくこちらへ向いていた。

 

 ──三対一。

 

「これは……少々まずいか?」

 

 思わず口に出た心の声は、乾いた砂漠に吸い込まれていく。

 

 ホシノは盾とショットガン。

 シロコは高水準の立ち回りと高精度のライフル。

 ノノミは範囲攻撃に特化──連携されれば一瞬で瓦解する。

 

 敗北が濃厚。

 しかし逃げ場はない。逃げた瞬間、チンピラの背中にアビドスの追撃が刺さる。

 

 胸の内で、脈拍が高鳴る。

 

 ──どうする?

 ──どう切り抜ける?

 

 風が巻き上げた砂が視界をかすめ、三人の影がゆっくりと迫る。

 アビドスの青い制服。陽光を受けて、砂を弾く武装。

 そして、ホシノの──気の抜けた笑顔の奥に宿る軍人の眼差し。

 

 その三つが、わたしの逃げ道を完全に塞いでいた。

 




アビドスではノノミの銃が一番好き。
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