ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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最近寒すぎません?川で亀が凍ってたんですけど…


第十九話 決死の時間稼ぎ

チンピラどもが安全圏へ逃げ切るまで、あと数分。

崩れかけた倉庫群の路地裏で、瓦礫に身を隠しながら私は呼吸を整えた。冬の乾いた風が吹き抜け、砂埃が頬に当たる。耳の奥では、自分の鼓動がいやに大きく響いていた。

 

戦力差は歴然――真正面から戦えば勝ち目は薄い。

だからこそ、時間稼ぎが必要だった。必死に次の一手を考えていると、不意に軽い声が頭上から降ってきた。

 

「この戦力差じゃ勝てないだろうしさ、いったん話し合ってみない? 君、たぶん雇われの人だろうし、案外和解できるかもよ?」

 

振り向けば、夕日色の風がふわりと揺らしたピンク髪。

小鳥遊ホシノが、いつも通りの気の抜けた笑みを浮かべて立っていた。

肩にかけたショットガンが、柔らかい光に反射して鈍く光る。

 

「和解? 学校を襲撃してきたやつと和解したいのか?」

 

思わず唸る。

小鳥遊ホシノ――二度しか会っていないが、敵対者には容赦しないタイプに見えていた。

そんな人物が和解を持ちかけてくるなんて、どう考えてもおかしい。

何か裏があるはずだ。

 

私が警戒を強めたそのとき。

 

「ホシノ先輩、和解なんかせずに倒してしまおう。学校を襲ってきたやつに情けはいらない」

 

砂狼シロコが、冷ややかな目でこちらへ銃口を向け直しながら言い捨てた。

その声は風よりも冷たく、背中の皮膚が粟立つ。

 

「でもさー、この子にもなんか理由があると思うんだよー。それを聞かずに倒しちゃうのはちょっと、ね」

 

ホシノは、まるで友達の喧嘩をなだめるような調子で答える。

その柔らかさが逆に怪しい。

 

「いやに優しいんだな。事前情報では向かってくる奴には容赦がないとされていたんだが…心変わりでもしたか?」

 

私は皮肉半分で返したが、胸の内では警戒が膨れあがる。

そんなホシノが急に人道的な判断をするのか?

まさか――何か、私について知っている?

 

「いやー普段は問答無用なんだけどさ、君ってすごく見た目が小さいじゃん? だからちょっとだけ気が引けるんだよねー」

 

小さいのは事実だ。

だが、ホシノも大差ないはずだ。

それだけで攻撃を渋るなんてありえない。

 

「それだけか? 身長が小さいだけで攻撃の手を緩めるのか? とてもそうとは思えん。何を企んでいる」

 

「わかっちゃうかー。そうだよね。事前に調べてるんだもんね」

 

ヘラヘラした笑顔を崩さぬまま、しかし視線だけは鋭く私を射抜く。

その目に、軽薄さは欠片もない。

背筋が一気に冷える。

 

「まあ答えなくてもいいんだけど…いややっぱ答えては欲しいんだけど…」

 

ホシノの纏う空気が、じりじりと重く沈んでいく。

気配が、揺らぎなく一点へ収束していく気がした。

 

そして――

 

「君、初対面じゃないよね?」

 

「ッ‼︎」

 

肺の奥がひきつるほどの衝撃だった。

予想外すぎる。

まさか、正体が――バレてる?

 

徹底的に変装したはずだ。

服も、声も、ヘイローの偽装まで施した。

それなのに?

 

「その反応…やっぱりおじさんの気のせいじゃないよね?」

 

否定しなければ。

認めれば終わる。

私はすぐに平然を装った。

 

「なんのことかわからないな。私が初対面じゃないって? そんなわけないだろう。私はこんな辺鄙な自治区に来たのは今回が初めてだ。人違いだろう」

 

「しらばっくれてるけどさー。おじさんはもう確信しちゃったんだよねー。さっきの反応、明らかに動揺してた」

 

最悪だ。

バレること自体は問題ではない。

問題なのは――いまこの状況で、それが露見したこと。

 

逃走は難しい。

戦力差は致命的。

ましてホシノが本気になれば、一瞬で詰む。

 

「おじさんさ、君と同じくらいの身長の子を一人だけ知ってるんだよね」

 

ホシノの口調が変わった。

まるで幼い子を慰めるような、優しくて柔らかい響き。

 

「その子との初対面はアビドスのオフィス街でさ、虚な顔してたからほっとけなかったんだよね」

 

……あの時か。

虚な顔じゃなくて、ただ眠かっただけだけれど。

 

「次に会ったのはアビドスの電車の中でさ、俯いて震えてたんだ。何かに怯えてたんだけど、話してはくれなかったな」

 

震えていたのは正体がバレないようにしていただけだ。

 

「セリカちゃんも電車の中で会ったらしくてさ、励ましてくれたんだって」

 

あれは、まあ、事実だ。

彼女を見て、なんとなく声をかけたくなっただけだ。

 

「いい子なんだよ、自分も辛いことがあるだろうに、他人に頼ろうとせず、巻き込もうとせず、自分一人で抱え込んで」

 

……いや、そこまで深読みするのは勘違いだ。

私はそこまで殊勝な性格じゃない。

 

「でも他人が頑張ってたら励ましてくれるような、優しくて強い子なんだ」

 

完全に、ホシノの中で答えが出ている。

間違ってないが、なんだかむず痒い。

 

一応、しらばっくれてみる。

 

「その子がどうしたんだ? まさか私だなんて言わないよな?」

 

「もういいんだよ。わかってるから」

 

ホシノは、静かに、優しく言った。

その声音は、怒りでも疑念でもなく――ただ心配の色を帯びていた。

 

「誰に命令されてこんなことやってるかはわからない。どんな事情があるかはわからない。話してくれなくてもいい。けどね、うちの後輩ちゃんはきっとそれじゃ納得しないんだ」

 

……無理か。

ここまで言われては、もう隠す意味もない。

 

私はヘルメットとゴーグルを外し、ヘイロー照射装置を切った。

乾いた風が額に当たり、汗を冷やす。

 

十六夜ノノミは目を丸くして固まっていた。

砂狼シロコは、驚いたように銃口を下ろしている。

 

「…どうしてわかったんですか」

 

純粋な疑問が口をついて出た。

変装は完璧にしたはず。

何が決め手だった?

 

「最初はね、小さな違和感だったんだ。戦ってる相手が、なんだか会ったことあるような気がして。でもそんなわけないから気のせいだと思ってほっておいたんだ」

 

その時点で勘づいていたのか。

 

「でもね、色々考えてるうちに違和感が強くなっていった。いつものカタカタヘルメット団にはいなかった、異様に小柄の子。こちらのことを調べ尽くしていて、私に関しては過去も知ってる風だった。なんか怪しいと思ったんだよね」

 

ホシノは一つ一つ、丁寧に積み上げるように説明する。

 

「でもやっぱり、決定的だったのは初対面じゃないよね?って聞いた時の反応かな。あれで確信が持てたよ。だって、おじさんが知ってる生徒の中でここまで身長が低い生徒って君しかいなかったからね」

 

「身長の偽装は流石に断念したんですが、やっぱり無理にでもやっておくべきでしたか」

 

苦い息が漏れた。

 

「何かしら事情があるのは知ってるからね。誰に依頼を受けたか、大体検討はつくんだけど、答え合わせしてもいい?」

 

「残念ながら、答えられませんね」

 

「うへー。だよねー」

 

ホシノが肩を落とす。

緊張がわずかに緩んだ、その時。

 

「ホシノ先輩、カタカタヘルメット団には逃げられた。ごめん」

 

横の路地から、服を焦がした黒見セリカが現れた。

息を切らし、悔しそうに眉を寄せている。

 

「仕方ないよー。あいつらいっつも逃げ足だけは早いんだもん。セリカちゃんのせいじゃないよ」

 

ホシノが優しく肩を叩く。

 

つまり――

時間稼ぎの意味がなくなった。

 

「ということは、私が時間稼ぎをする意味も無くなったわけですが…見逃してもらえますかね?」

 

一応、聞いてみる。

 

「ダメだねー。そっちにも事情はあると思うんだけど、とりあえず拘束させてもらうかな」

 

やはり、そう簡単にはいかない。

 

「え?これどういう状況? あの子って電車で励ましてくれた子だよね?」

 

セリカが混乱した声を上げる。

 

「衝撃の展開すぎてついていけませんねー」

 

ノノミもぽかんとしていた。

 

「よくわからないけど、抵抗するなら撃つ」

 

砂狼シロコは冷静に銃口を向け直す。

 

詰んだ。

どう考えても八方ふさがりだ。

 

――選択肢は二つ。

 

1、必死で抵抗する。だが勝てるはずがない。

2、嘘をついて情に訴える。演技力の問題で無理。

 

ならば残る道は一つ。

 

「かくなるうえは…」

 

私はゴーグルの戦闘データをクラウドへ転送した。

せめて情報だけでも残す。

 

「何かするつもり…ホシノ先輩、警戒して」

 

ノノミが緊張の声を上げる。

 

「何するつもりか知らないけどさ、大人しく降参…」

 

ホシノが一歩踏み込んだ瞬間。

 

私は手榴弾、C4、バズーカの弾を取り出し――

手榴弾のピンを抜いた。

 

「させない!」

 

ホシノが疾風のように駆けてくる。

地面を蹴った音すら聞こえないほどの速さ。

その影が目前に迫る――

 

が、遅い。

 

私は、残されていた唯一の選択肢を実行した。

 

凄まじい閃光。

爆風。

世界が白く塗りつぶされる。

 

音が消え、身体の感覚が遠のいていくなか、私は静かに視界を閉じた。

 

意識が、闇へと吸い込まれていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

爆発の瞬間、世界がひっくり返ったように感じた。

 

轟音。閃光。空気そのものが捻じ曲がったような衝撃。

耳を劈く音がすべてを塗りつぶし、視界は一面の白。

 

自爆した――!

 

理解した瞬間、背筋が氷のように冷えた。

情報漏洩を防ぐため? 逃げ切れないことを悟ったから?

理由はわからない。だけど――。

 

放っておけるわけがない。

 

爆風は私の体も巻き込んだ。

咄嗟に盾展開を試みたが間に合わず、数メートル吹き飛ばされて地面を転がる。

砂が服の中に入り込み、露出している腕が焼けるように痛む。

 

身体を起こすと、自分の制服が黒く焦げているのがわかった。

髪も一部、焼け焦げて縮れてしまっている。

 

だが、そんなことはどうでもいい。

どうでもよかった。

 

――あの子は?

 

胸が脈打ち、息が荒れるのを無理やり押さえて、私は爆心地に走り出した。

 

まだ熱が残っている瓦礫を踏み越えて、煙の中へ。

 

そして――

 

「え……?」

 

声が漏れた。

 

焼け焦げた地面の中央、

そこに横たわっていたのは――あの子、だった。

 

さっきまで言葉を交わしていた少女。

 

けれど、もう…その姿形は、ほとんど崩れ落ちている。

 

服は跡形もなく吹き飛び、装備は金属片と化し、

皮膚は炎に焼かれ、どこがどこなのか判別できない。

 

「こんっ…こんなことって……」

 

喉が震えて、言葉にならなかった。

 

生きている――か?

いや、これではもう……。

 

「ホシノ先輩! 大丈夫ですか!」

 

ノノミちゃんの声が聞こえた。

私は振り返ることもせず、少女を抱え上げて見せた。

 

「ノノミちゃん! この子が……!」

 

ノノミちゃんは目を見開き、すぐに状況を理解した。

 

「こ、これは……! 急いで医務室に運びましょう!!」

 

二人で、少女の体をできるだけ揺らさないように慎重に持ち、

全速力で医務室へ向かう。

通路に滴る血は、赤い線となって床を染めていった。

 

校舎内にいるシロコちゃんとセリカちゃん、

そして医務室に待機していたアヤネちゃんには、

医療機器や薬品を揃えてもらうよう指示しておいた。

 

廊下を走りながら、私は何度も心の中で自分を責めた。

 

――私が、あの言い方をしなければ。

――もう少し丁寧に事情を聞けていたら。

――あの子を追い詰めずにすんだのかもしれない。

 

「まさか自爆するなんて……そこまでして隠したいことなの……?」

 

独り言のようにつぶやいてしまう。

 

私の声が、震えていた。

 

医務室の扉を蹴るように開け、ベッドへ横たえる。

ノノミちゃんが迅速に消毒液を準備し、私も手伝おうとしたその時――

 

「ホシノ先輩、ちょっと、あれ見てください!」

 

ノノミちゃんが廊下の方を指差した。

私は反射的にそちらを見る。

 

床に広がった血痕が、蒸発していた。

 

湯気のような白煙を上げ、

“シュー”という小さな音を立てながら気化していく。

 

「え……? 何これ……。まさか……この子は!」

 

私はベッドへ目を戻した。

 

少女の身体からも、血液が蒸発していた。

そして――

 

割れていた皮膚が、ゆっくりと閉じ始めている。

 

完全に信じられない光景だった。

 

「……傷が、治ってる……?」

 

ノノミちゃんは唖然とし、

私は言葉を失い、

ただその現象を眺めるしかなかった。

 

漫画やゲームの世界。

あり得ない速度で傷が塞がっていく。

小さな裂傷は、もう薄い皮膚で覆われていた。

 

そこへ、シロコちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃんが機材を抱えて到着した。

 

「これで足りると思うけど、追加いる?」

 

「みんな、ちょっとこれ見て」

 

全員、少女の傷が治っていく光景に目を奪われた。

 

「これは……どういうことでしょうか……」

 

ノノミちゃんの声が震える。

 

「傷の治りが……早いってレベルじゃないね」

 

シロコちゃんも困惑している。

 

「うわ、これなら30分もしたらピンピンしてるんじゃない?」

 

セリカちゃんは、呆けたような口ぶりだったが、

どこか楽観的ですらあった。

 

「この子がホシノ先輩やセリカちゃんが言ってた子ですか……

もっとちゃんと会いたかったですね……」

 

アヤネちゃんはそっと少女の顔を覗き込みながら言う。

 

私は皆に指示した。

 

「いつ起きてもおかしくない。だからおじさんが見張っとくよ。

みんなは、いつも通りお願い」

 

「起きたら呼んでくださいね!」

 

「何かあったら大声で!」

 

そう言って、皆は医務室を後にした。

 

私は残って、ベッドで眠る少女をじっと見つめた。

 

――また、私は判断を誤ったのか?

 

胸の奥に、重たい感情が沈んでいく。

 

けれど、その子の呼吸は確かにあった。

そして、傷は確実に治っていっていた。

 

だから、私は離れずに見守ることにした。

 

――もう、目を逸らしたくないから。




二日に一回投稿の代わりに、文章量を増やしています。これで許してください。
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