ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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期末テスト終わったンゴ。もう自由ンゴ


第二十話 知らない天井

意識が浮上した瞬間、まず最初に脳裏をよぎったのは光ではなく“違和感”だった。

 ぼんやりと開いた視界に映り込んだのは、見慣れない白――いや、白だったものが、時の経過で黄ばんだ色になりかけた天井。

 

 「知らない……天井だ……」

 

 我ながらとんでもなくテンプレな台詞だと苦笑しそうになった。アニメや漫画でしか存在しないと思っていた言葉。だが今、自分の口から現実に漏れた。

 

 「まさか実際に言う日が来るなんてな……」

 

 自嘲した瞬間、すぐ隣から人の息遣いが聞こえてきた。

 

「うへー、そんなベタなセリフ最近じゃあんまり聞かないよねー」

 

 ひょいと視線を横にやると、小鳥遊ホシノが椅子に座っていた。椅子の背もたれにだらしなく寄りかかっているけれど、その表情には安堵の色が濃い。

 焦げ跡を残した制服、ところどころチリチリになった髪の毛――戦闘の痕跡を誤魔化す気配すらない。

 

「でもまあ、そんなセリフ出るくらいなら意識は問題なさそうだねー。相当な爆発だったんだけど、頑丈なんだねー。……私でもあれは結構効きそうなんだけど。君、タンクの才能あるかもねー」

 

 口調こそ軽いが、瞳には本物の驚きが宿っている。

 

 ――つまり、このボロボロの私を運んだのはホシノなのだろう。

 

「私の装備は……ちゃんと粉々になりましたか?」

 

 まずそれだけ確認しておかなければならなかった。

 

「粉々に……って、もしかしてそれ目的で自爆したの!?」

 

「そうですよ。あの装備、依頼主からの支給品ですから。証拠になるんです」

 

 カイザーに辿り着かれたら困る。そう判断して、データ送信を済ませてから自爆した。自分の命より、契約を守るほうが優先順位として高いのだ。

 

 ホシノは唇をきゅっと結んだ。

 

「そこまでして依頼主を隠すんだね……」

 

 その声音には、怒りでも非難でもなく、淡い悲哀が滲んでいた。

 

「とりあえず、目が覚めたことみんなに伝えてくるから……逃げないでよ」

 

「逃げませんよ」

 

 ホシノは椅子から立ち上がり、医務室の古いドアを開けて出ていった。

 

 

 

 ――さて、状況把握をする。

 

 ここは恐らくアビドスの医務室。ただし、通常の医務室と呼ぶにはあまりにも設備が貧弱だ。

 ベッドはわずか三台、どれも金属フレームが錆びてきしみ、布団は黄ばみと黒い染みが散っている。薬棚はガラガラで、残っている瓶はラベルが剥がれたアイボリー色の薬瓶のみ。

 壁はひび割れ、配線がむき出しの箇所すらある。

 

 窓からは砂埃の匂いが吹き込んでくる。高さはざっと見積もって四階ほど。

 ――飛び降りれば逃げられる高さだ。覚悟はいるが不可能ではない。

 

 一応、時刻を確認。壁の時計は、針がぎこちなく震えながらも、昼過ぎを指している。爆発から四時間ほど眠っていたらしい。

 

 次に自分の身体を見る。

 

 身に付けているのは、薄すぎる病院服――いや、むしろレントゲン用の紙のエプロンに近い。下着はない。ほぼ裸エプロン状態。サイズも合っていないので、体を起こすだけでずり落ちそうだ。

 もし脱走したら、市街地をほぼ全裸で走り回る羽目になる。

 

 ……それは嫌だ。

 

 そう考えていると、ドアが再び開いた。

 

 ホシノの後ろに、アビドスの生徒たちが続々入って来る。

 

「おお、ちゃんと逃げずに待ってたね。えらいえらい」

 

 ホシノが近づいてくる。

 

「自爆した時はどうしようかと思いましたが、意識が戻ったんですね」

 

 十六夜ノノミ。柔らかな笑み。あまりにも優しくて、こちらが罪悪感さえ覚えるほどだ。

 

「服はそれしかなかった。我慢して」

 

 砂狼シロコ。簡潔な言葉。感情の色が見えにくいけれど、分析の目だ。

 

「本当に傷が全部治ってる……」

 

 黒見セリカ。驚愕と好奇心が混ざった表情で私を見つめる。

 

「さっきも思ったんですけど、すごく小さいですよね……」

 

 奥空アヤネ。柔らかい声で呟きながら、私の容体を観察する。

 

 これで全員揃った。

 

 

 

「まず聞きたいのですが、なぜ私をベッドに寝かせているんです?拘束すべきですよね?」

 

 これが一番の疑問だ。敵であり襲撃者であるはずなのに、自由に身動きできる状態になっている。

 

「いやーそれはね……事情があるって言ってたでしょ?だから強引に拘束する気は最初からなかったんだよね」

 

 ホシノ。

 

「私を励ましてくれた時の目は、嘘でも騙しでもないと思った。だから、悪い子じゃないって思ったんだけど……」

 

 セリカ。

 

「悪意は感じなかった」

 

 シロコ。

 

「勝てないって分かってるのに立ち塞がって、ヘルメット団の逃げる時間を稼いだ。その姿が好感持てたので、一旦信じてみたんですよ」

 

 ノノミ。

 

「私は……運んできた時、あなたが血だらけで服も装備も消し飛んでて、ボロボロだった。そんな子を拘束なんてできませんでした」

 

 アヤネ。

 

 ――想像以上にひどい状態だったらしい。意識がなかったから分からなかった。

 

「……私、どんな状態で運び込まれたんですか?」

 

 恐る恐る聞く。

 

「相当やばかったよ。体中から血が出てたし、爆弾や装備の破片が体に刺さってたし、顔もわけわかんないことになってたし」

 

 ホシノ。

 

「うわぁ……」

 

 知らなかった。

 

「正直、長くないんじゃないかと思ったけど、すぐ血は止まるし、顔も戻るし、傷も二十分くらいで塞がるし。……それはそれでわけわかんないけどね」

 

「運んでる時にも血がドバドバでしたし」

 

 ノノミ。

 

「でもしばらくしたら血が全部なくなってた。どうやったの?」

 

 セリカ。

 

「体質なんです。傷はすぐ塞がるし、血は一定時間で消えます」

 

「体質ってレベルじゃないでしょ。あんな傷が治るなんて普通じゃないわよ」

 

「普通じゃない部分なんて、誰にでもあるもんですよ。人間みんな、何かしらの事情は持ってるもんです」

 

「その事情、話せる?」

 

 ホシノが真剣な目で問う。

 

「前も言いましたが、無理です」

 

「そっか……残念」

 

 

 

 当然、これで釈放されるわけではない。

 

「えーと……それ以外は何が話せる?」

 

「趣味とか。それ以外は無理ですね。依頼主、こちらの事情、襲撃の理由、チンピラのことは話せません」

 

「何も聞けないって言ってるのと同じじゃない」

 

 セリカが近づいてくる。

 

「私は納得できない。せめて襲撃の理由だけでも答えて」

 

 困るが――言わざるを得ない。嘘はバレる。なら、責任を押し付けるしかない。

 

「特定されない範囲なら話せます。私はとある“契約”をしています」

 

「契約?」

 

「互いの条件を絶対化するものです。破れば罰が下る。代わりに契約内容は絶対的な効力を持つ」

 

 嘘ではない。ただ、理解させる方向が違うだけ。

 

「契約条件に命令権があります。今回の襲撃はその命令権によるものです」

 

「つまり、強制されたってこと?」

 

「そういうことです」

 

「解除できないの?」

 

「双方が納得しない限り不可能です」

 

「そっか……」

 

 ホシノの空気が変わった。静かな怒りが満ちていく。

 

「納得はできない。でも理解はした。あなたはやりたくなかったけど、命令されたから仕方なくやった。そういうことね」

 

 セリカ。

 

「随分優しいんですね」

 

「私からも聞きたい」

 

 シロコが銃を上げる。

 

「名前、所属学校、所属組織を聞きたい」

 

「わかりました。名前は真田利コハク。所属学校はミレニアムサイエンススクール一年」

 

「所属組織は?」

 

 言いにくい。

 

「……所属してません」

 

「言って」

 

 銃口が迫る。

 

 ホシノが止めに入る。

 

「ちょっとシロコちゃん。所属してないって言ってるんだから」

 

「さっきアヤネに頼んで調べた。名前も学校も出た。でも所属に“あり”とだけ出て組織名がない。どういうこと?」

 

 やはり調べていたか。

 

「すでに調べてましたか」

 

「嘘つくのは困るよ」

 

「言います。ただ一つ先に言わせてください」

 

「?」

 

「その組織は私一人だけです。活動はほぼありません。契約とは関係ありません」

 

「分かった」

 

「所属組織は――神秘研究会です」

 

 言った瞬間、ホシノが固まった。

 

「それって……神秘を研究してるってことで合ってるよね……?」

 

「はい」

 

「個人で?」

 

「そうです」

 

「……そう」

 

 ホシノは少し動揺がみて取れる。どこか不安げな表情をしていた。

 

「神秘……神秘属性とかヘイローとかで合ってますか?」

 

 ノノミ。

 

「そうです」

 

「じゃあなんでホシノ先輩はこんな顔を?」

 

 セリカ。

 

「本人が話してないなら言えません」

 

「答えて」

 

 銃口が更に近づく。ほほに触れる位置だ。

 

「これは、小鳥遊ホシノ本人の口から聞くことです」

 

 沈黙。空気がねばつく。時間が止まった。

 

「ねえ」

 

 ホシノが低い声で言った。

 

「ちょっと向こうで話せるかな?」

 

 その瞳には、先ほどまであったおっとりした雰囲気はなかった。

 逃れられない、真実を求める者の眼。

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