ミレニアムの秘密の研究室   作:まったり愛好家

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これが書きたくてこの小説書き始めたまである。


第二十二話 生まれ損ねた私たち私たち

カイザー本社のビルは、都市の輪郭そのものを変えてしまうほど、圧倒的な高さで空へ突き刺さっていた。

そこらの摩天楼と比べても別格で、見上げると胸の奥が自然と縮こまるほどの威圧感がある。

 

私はいつものように、VIP専用の入口へ向かう。

ジャージ姿の一学生がこのゲートから入るのは、やはり異様に映るだろう。

 

受付では指紋認証と瞳孔認証。眼球に照射される測定光が辛うじて暖かい。本人確認が終わると、受付のロボ市民が無機質な声で告げる。

 

「真多利コハク様。理事より、第5実験室へ通すよう指示されています」

 

案内役のロボ市民について進む。大きめのエレベーターの前で止まり、慣れた手つきでパネルを操作した。

 

「ここから先は、コハク様お一人となります。精密機器、武器類は持ち込めません」

 

出されたかごに銃とスマホ、コンタクトを入れ、エレベーターに乗り込む。

 

内部に鏡はなく、側面いっぱいに伸びた巨大スクリーンだけが乗客を映さず、一方的にカイザーの広告を垂れ流している。

 

下降が始まる。

重力が剥ぎ取られたような浮遊感。耳の奥が軽く圧される。

 

20秒ほどで停止。乗り込んだ扉とは反対側が開き、ひやりとした空気が流れ込んでくる。

思わず息が白くなるほどの冷気。4月とはとても思えない。

 

通路を進み、第5実験室の扉を開ける。

 

無機質な大空間。コンクリートの壁と天井が、音を吸い込むように静まり返っている。

中央に立っていたのは一人の影。カイザー理事だ。

 

「話は聞いた。失敗したらしいな」

 

手にした端末越しに、こちらを値踏みする視線。

 

「失敗するってわかってたでしょう。アビドス、予想以上に強かったですよ」

 

理事は淡泊に返す。

 

「去年の時点で撤退していた連中だ。そこに一年生が加わればなおさら勝ち目はない。お前を利用したのは、戦力把握のためだ」

 

当たり前のように言ってのける。

罪悪感も迷いも、欠片ほどもない。

 

「まあ、そんなとこだとは思ってました」

 

「さて、そちらの用は済んだ。次はこちらだ」

 

理事が片手で示す。提供されたのは、モーター式の切断機。

太い枝や鉄線を切るような工業用のもの。

 

「30体だ」

 

「了解。少し離れてください」

 

袖をまくる。冷気が肌を刺す。

右腕を切断機にセットし、深呼吸。

 

右腕へ神秘を収束させる瞬間、内部の感覚が変わる。

浮遊感、痺れ、ヘイローが薄まり、視界の隅が白く曇る。

自分の体は自分のものなのに、違う物質へ変換されていくような、不気味な乖離。

 

切断機のスイッチを押す。

 

モーター音が空間に響いた。

振動は思ったより穏やかだが、芯に刺し込むような硬さがある。

腕が締め付けられ、組織が抵抗する感覚が伝わってくる。

小さな線がゆっくりと引き裂かれていくような、内部の力学が嫌でも理解できてしまう。

 

皮膚の表面が破られた瞬間、熱が走った。

次いで内部の繊維が引き伸ばされる。

痛みは鮮烈だが、理解の外側へ転がり落ちていく感覚がある。

 

さらに深部へ。

感覚が、一本の糸を頼りに遠ざかっていく。

骨に到達したとき、圧力の質が変わる。

硬いものが「押されて」、やがて「外れる」。

 

その瞬間、視界が揺れた。

「何かが離れた」と脳が認識するより先に、体が反応した。

 

――落下。

右腕の重量が消え、空気の冷気が解放された断面を撫でる。

 

再生は即座に始まる。

骨格が組み上がり、内圧が戻っていく。

自分の腕が自分の体へ帰ってくるプロセスを、感覚として理解できる。

 

それとは別に、床に落ちた腕が動き出す。

断面は生き物のように形を探し、構造を伸ばし、組織を繋げる。

骨、筋肉、血管、皮膚。

まるで「私という設計図」を参照しているかのように、正確に。

 

そして――

 

そこには、私のコピーが息を吸っていた。

 

「これで一体…やっぱ疲れますね」

 

床に横たわるコピーを見下ろしながら、私は深く息を吐いた。

身体的な疲労ではない。神秘をあれだけ詰め込んだあとの脱力、そして神経が磨り減るような精神の消耗だ。

 

――私の能力は、理論としては単純だ。

しかし、その実際は限りなく厄介で奥が深い。

 

通常の再生。

それは「欠損した部分を補う」行為だ。

 

では欠損とは何か?

本来あるべき“形”に足りない部分。

 

腕がないなら腕を、足がないなら足を。

その原理の延長線上に、私は分裂という概念を置いた。

 

自分とは何か?

答えは、定義次第。

一般的には頭部が本体とされる。意識がある方が“自分”だと。

 

だが、もしそれを逆転できるのなら?

足こそが自分だと、能力が“誤認”してくれれば――

 

足から再生、つまりコピーが生まれる。

 

ただしコピーに「脳」や「情報」を持たせるすべはまだない。

ゆえに神秘を大量に込める。

生命を維持できるだけの、過剰な量を。

 

神秘は生命力。

それゆえ、脳や臓器が担う生命維持能力よりも、

切断される部位に多い生命要素を持たせる。

 

するとそこから、生命が始まる。

 

原理は見た目よりも合理的だ。

だが欠点は致命的だった。

 

「まあわかってはいましたが、意識はありませんね」

 

実験台に近づき、コピーの頭を軽く持ち上げる。

瞳孔は反応し、呼吸はしている。

筋肉は温度を保ち、神経も働いている。

 

それでも、そこには“心”がない。

 

神秘の塊。

人体構造だけは正確に模倣された器。

命令すれば従い、思考の手順を踏むことはできる。

 

だが、生まれたばかりの白紙だ。

 

感情も、喜怒哀楽も、願望も、意思も、人格もない。

 

カイザー理事から見れば最高の実験素材だろう。

命令を逸脱せず、何度壊れても再生し、あらゆる薬品・兵器の試験体になれる。

 

「これほど都合のいいものはない、か」

 

皮肉めいて呟く。

 

しかし、私は納得できなかった。

 

生命である以上、そこに“誰か”が宿っていなければ意味がない。

ただの機能ではなく、存在としての尊厳を。

 

だから私は、毎回わざわざ時間をかけて切断し、

失神する手前まで神秘を注ぎ込み、

理事に頼み込んで観察を続ける。

 

「はあ…今回もダメでしたか…なかなか自我は芽生えませんね…」

 

その後も方法を変え、順番を変え、

逆転に逆転を重ねても結果は同じ。

 

生命は芽吹く。

しかし人格は生まれない。

 

どれだけ変化を加えても、

コピーの表情は揺らがず、

反射以上の行動は示さない。

 

そして――三十体目。

 

最後のコピーが生成される。

生きてはいる。

しかし心は、どこにもなかった。

 

静まり返った実験室で、私は深く息を吐いた。

冷たい空気が肺に沈み込む。

 

「……まだ、足りないんですかね」

 

神秘の量なのか。

構造の問題なのか。

それとも、そもそも…

 

“人格とは何か”という問いそのものが、

根本的に見当違いなのかもしれない。

 

――その瞬間。

 

背後でカイザー理事の靴音が響いた。

実験室の静寂に、不自然なほど明瞭に。

 

「終わったようだな」

 

いつもよりわずかに柔らいだ声色。

理事に感情があるとは思えないが、観察対象としての興味はあるのだろう。

 

「結果は期待通り、か?」

 

「期待外れ、ですよ」

 

私は苦笑交じりにつぶやいた。

理事は軽く息を吸い、淡々と呟く。

 

「人格を作りたいのか、お前は」

 

「はい」

 

「なぜだ。実験素材としては十分すぎる性能だぞ」

 

私は床に並ぶコピーたちを見渡す。

彼らは呼吸し、心臓が鼓動している。

それでも、どこか“静物”のように見える。

 

「彼らは、“誰でもない”からです」

 

理事は黙る。

その沈黙が問いのように感じられる。

 

私は続けた。

 

「私は別に、感情もないマネキンを作りたいんじゃあないんですよ。喜び、悲しみ、怒り、落胆することにできる、そんな私を作りたいんです。そうすれば、新人類の完成にまた一歩近づきますから」

 

理事は少し考えてからため息をついた。

 

「お前は自分の価値をわかっていない。感情のない、再生能力を持った命令に従うマネキンの価値が一体どれだけあるのかまるでわかっていない」

 

コピーを杖でつきながら

 

「こいつらは無敵の軍隊とも、無限の労働力ともなる。どんな危険地帯も、どんな危険な作業も、こいつがいれば成り立つ。新人類なんかよりもよっぽど有用だ」

 

「…そうですか。まあいいです。元々私たちの目的は違いますし」

 

服を直し、血を拭き取る。

 

「利害の一致で協力してるだけなんで、理解なんて求めてませんよ」

 

コピーの元へ歩いていく。

 

「…しかし、これは何度見ても慣れませんね。自分と同じ顔、同じ体が何体も裸で重なってるなんて」

 

側から見ればそうとなものだろう。

 

「これに慣れることは一生来ないんだろうな…さて、そろそろ私は行きますね」

 

服をパッパと払って、一度のびをした。機械に腕をはめている時、ずっと中腰打たせいか、腰がパキパキと音を立てている。

 

「剣先ツルギの件、頼みましたよ」

 

そう言って研究室を後にした。熱った体に、入ってきた時の刺すような冷気が当たり、体を芯から一気に冷やす。

 

だが不思議と不快感はなく、爽快感すら感じながら私はエレベーターに乗り込んだ。

 

 




不死身キャラってただ不死身なだけじゃなくって、不死身の解釈を広げた能力も魅力の一つだと思います。
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