なんかアスナだけかわいそうのベクトルが違いません?
カリンとの戦闘が終わり、私たちは廃墟の中心――最初に集合していた場所へと戻ってきていた。壁の崩れた空間から差し込むわずかな光が、粉塵に反射して淡く舞い上がっている。先ほどまでの戦闘の緊張が、微量の硝煙の匂いと共に空気に残っていた。
「まずはC&C一敗だな」
美甘ネルが肩をすくめ、わざとらしくため息をついてみせる。その声は柔らかいが、内容は容赦が無い。だがそれが彼女らしい。
「あれは……仕方ないと思うよ。撃たれながら突っ込んでくるなんて思わないし」
アスナが軽く笑いながらカリンの肩に手を置く。慰めているというより、驚きと苦笑が混ざった声だ。敗北したカリンはまだ息を整えているが、そこまで深刻なダメージではない。キヴォトス人の頑丈さはさすがだ。
「部長に勝ったと聞いてはいましたが……強い、というより奇抜ですね」
アカリが鋭い眼差しでこちらを眺める。観察対象を見る研究者のような目だ。戦闘直後の私は、血の跡が服に残っているにもかかわらず、すでに傷が塞がっている。それを確認するようにアカリはじっと見ていた。
「アタシと戦ったときに見せた戦法と同じだったな。被弾覚悟で突っ込んで、強烈な一撃をお見舞いする。基本的な戦闘スタイルなのか?」
美甘ネルの視線は鋭い。しかし嫌味ではなく、戦闘者同士の敬意が宿っている。
「まあそうですね。相手の普段の立ち回りの想定外の動きですから刺さりやすいですし、何より手っ取り早いですからね」
私は素直に答えた。アドリブの突撃戦術――普通なら無茶だが、私の再生能力があって初めて成立する方法だ。初見殺しとしては最高に効く。
「確かにな……だが、次の相手からはもう初見殺しは通用しないぞ? C&Cは一度見た戦法には二度と引っかからないからな」
美甘ネルがニヤリと口角を上げる。挑発ではなく、事実を述べているだけなのだろう。
「なんか聞いたことありますねそのセリフ」
どこかの漫画かアニメの決まり文句みたいだ。内心で突っ込むと、美甘ネルは「そうか?」と苦笑しながら腕を組み直した。
「さて、カリンの次は……誰がいく?」
ネルの目線が残る二人へと向けられる。
「はーい。私が行きたーい」
元気よく手を挙げたのは、一ノ瀬アスナ。今回の私の目的、観察対象、研究対象とも言える相手だ。
「アスナか。これはどうなるかわからんな」
美甘ネルは腕を組んだまま、ニヤニヤした笑みをこちらに投げてくる。完全に面白がっている。
「一ノ瀬アスナですか。早いうちに今回の目当てと戦えるのはありがたいですね」
私は腰のポーチから、戦闘記録用の3D録画ゴーグルを取り出し、ゆっくり装着した。
透明なレンズの内側に、各種感知表示がぼんやりと浮かぶ。視界が補助されるような感覚だ。
「前きたときもつけてたが……そのゴーグルなんだ?」
美甘ネルが興味深そうに眉を上げる。
「これは測定ゴーグルですよ。戦ってるときのデータを収集してくれて、後から戦いで得たデータを解析してくれるんです。今回の目的の一つは、一ノ瀬アスナの戦闘データ収集なので、今回だけつけさせてもらいますよ」
詳しい内部構造や出力は伏せておく。さすがに企業秘密だ。
「そうか、わかった。アスナは大丈夫か?」
「私は全然いいよ。なんかかっこいいじゃん」
アスナが笑って言う。明るい声が廃墟の静寂に反響する。その無邪気さが、逆に彼女の強さを感じさせた。
「ではさっきと同じように位置についてくれ」
「わかったよー」
「わかりました」
短く言葉を交わし、私とアスナは再び廃墟の暗部へと足を踏み入れた。
粉塵の漂う空気。錆びた鉄骨の匂い。薄暗い迷宮のような廃墟の奥へ。
――第二戦が始まる。
廃墟はまるで巨大な迷宮のように広がっている。
外見は朽ち果てたただの施設だが、内部は意外なほど入り組んでいて、階段や渡り廊下、倒れた壁、瓦礫の山が複雑に入り交じっていた。
空気には鉄錆と粉塵の匂いが強く混じり、ひんやりと湿っている。
遠くで落ちた鉄骨が寂しい音を響かせ、埃がゆっくりと舞い続けている。
私のゴーグルはその全体を――まるで立体地図のように透視していた。
建物の構造、アスナの位置、動き、呼吸すらわかる。
私は瓦礫の陰にしゃがみ、呼吸を整える。
体格上、小さく丸まればほとんど影となって背景に溶ける。小学生並みの身長が、ここでは利点になる。
(まずは相手の位置確認…廃墟北東……柱の陰か)
ゴーグルが示すのはアスナの姿勢。
しゃがみ、ライフルを構えている。
視界を狭めている。狙撃の構えだ。
(狙撃はラインさえ潰せば機能しない)
私は床にスモークを転がした。
瞬時に白煙が広がり、人工の霧が廃墟を包み込んでいく。
視界はゼロ。
しかし、私には関係ない。
ゴーグルの中では、世界がはっきり見えている。
――突っ込む。
瓦礫を踏み、コンクリ片を蹴散らし、一直線にアスナへと向かう。
射程圏内に入る。
拳を握る。
リボルバーの引き金に指をかけ――
「そこだよね?」
爆ぜる銃声。
肩に焼けるような痛みが走る。
(っ!? こいつ……煙の中でわかったのか!?)
私はアスナの射線から飛び退き、粉塵の床を転がって影に隠れた。
アスナの声は冗談めかしているようで、しかし洞察の鋭さが滲む。
「突っこんでくると思ったんだよね。君、そういう戦い方っぽいし」
私は息を整え、荒く呼気を吐いた。
(こっちは透視しているのに……あいつはただ直感だけで見破るのか?)
だが再戦、再挑戦。
私は再び位置を変えた。
今度は天井近く、鉄骨の梁の上。
ここはアスナの狙撃位置から死角。
真上から落ちる――
視界外で撃てば、よけようがない。
私はゆっくり、静かに息を吸い込み――
鉄骨を伝って移動。
アスナの位置ははっきり見える。
彼女は煙の外まで移動している。
視界ゼロから脱出しようという判断だ。
(これは好機)
私は梁から飛び降りた。
音を限界まで殺し、狙いを定め、発砲寸前――
「君、上から来ると思った」
(……は? なんで?)
弾丸がほぼゼロ距離で発砲される。
私は咄嗟に身をひねるが避けきれず、脇腹に掠り傷。
血と熱が走る。
私は瓦礫に転がり込む。
痛みが胸に広がるが、再生力が働き、傷はすぐ塞がっていく。
(読まれてる……煙越しだけじゃない……視界外からも……)
アスナは追撃せず、冷静に距離を取った。
「うん、やっぱ強いね。でも突撃のタイミングが似てる。カリンの時と」
(過去戦の情報を瞬時に統合してる? 戦闘の最中に?)
その時、私はほんの少しだけ理解した。
――この子は“異常な勘”を持っている。
だが、まだ全容は知らない。
私は肺に息を満たし、煙の二つ目を両手に持つ。
(だったらもっと情報をノイズで埋めてやる)
私は両方の煙を同時に投げた。
廃墟が全体が、濃厚な霧のように真っ白になる。
床と天井の区別すらできないほど。
普通の人間なら、完全に目を閉じて防御に徹する。
だがアスナは――
「どう来るかな? 右?左?それとも上?」
読んでいる……まるで予知だ。
だが、私はそれさえ“逆手に取る”。
視界は真っ白。
しかし、ゴーグル内では――
まるで霧が存在しないかのようにクリア。
私はほぼ四つん這いで地面を滑り、足音を極限まで殺し、アスナの後ろにまわりこんだ。
(今度は攻撃じゃない……撹乱する)
私はわざと別の方向から瓦礫を投げた。
ガラガラ、と音が響く。
アスナは反応し、そちらに銃口を向ける。
「そっち!」
その瞬間――私は真正面へと突撃した。
(読みを逆に読んだ!)
床を蹴り、三歩で射程圏内。
弾丸を装填し直し、銃口を強引に突き出す。
「……終わりっ!」
ゼロ距離射撃。
アスナの身体が吹き飛び、背中から壁に叩きつけられ、粉塵が舞う。
その場に崩れ落ちる。
しかし、笑っている。
「ははっ……まじかー…いけると思ったんだけどな」
私は肩で息をしながら、壁に背中を預けた。
(勝った……けど危なすぎる。これ、普通の人間なら精神折れる)
アスナは気絶している。
しかし普通の人間と違い、キヴォトス人の頑丈さがある。
すぐ回復するだろう。
「異常な勘…あなたの神秘はそれですか」
まだそうと決まったわけではないが、大方の検討はつく。
この戦闘データを解析するのは後だ。
だがひとつだけ言える。
――今までの誰とも違う戦いだった。
そして廃墟に残ったのは、煙の匂い、弾丸の痕、そして奇妙な静けさだけだった。
次回はアカネと戦う予定なんですけど…アカネって一対一でどう戦うんだ…考えてなかった…ボマーか?ボマーになればいいのか?